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soranokizunaのカケラたちや筆者のひとりごとを さらさらと ゆらゆらと
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ブルーのリボンにチェックのプリーツスカート。
涙が止まらず立ち尽くす高校生の私。
抱えきれない思いが溢れて、
誰にも受け止められずにこぼれて落ちて。

浮かんだ涙を手の甲で擦ろうとした時、
柔らかな何かが
ふわりと瞼をかすめた。
また1つ、頬を涙が伝った時、
今度は頬にふわりと落ちた。

ーー不思議、涙が消えていく…。

誰にも受け止められる事の無い想い、
なのに涙を受け止めてくれたのはアスランで、
これは夢なんだとカガリは思った。

だって、今もラクスを想い続けるアスランが、
私にキスをくれる筈無い。

これは、儚い、
でも優しい夢ーー

何度も何度もキスをして、
開いた瞳の先アスランは
何故か泣きそうな顔をしていて。
きっとまた、かなしい夢を見たのだろう、
カガリはアスランをそっと抱きしめた。

アスランが抱くかなしみを
少しでもわけてほしくて。



雫の音 - shizuku no ne ー 12


拍手[9回]

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目を覚まして、視界に広がった見慣れぬ天井に

ーーそうだ、ここはエリカの家だっけ。

と思い、毎朝同じ事を考えてるなぁと、頭をポリポリしながらカガリは苦笑した。
1週間くらいで慣れるだろうか、そんな事を思った時、
自分が部屋着ではなくスラックスにブラウスのままで眠ってしまった事に気付く。
帰宅して即ベッドへダイブしたのだろう、
カガリはぼんやりとした頭で、“とりあえずシャワーかな…。”と、
脱いだスラックスとブラウスを置いて部屋を出た、
所で気がついた。

ーーあれ?バスルームは寝室を出て右斜め前じゃなかったけ?

しかし、バスルームは左斜め前にある。
鏡の世界に入ったようなグニャリと世界が歪むような感覚に頭を抑えた時、

ゴッ。

ペットボトルが床に落ちたような音がして、
音源に視線を向けるとアスランがいて、
カガリは首を傾げる。

ーー何で、エリカの家にアスランがいるんだ?

“ふむ…。”と考えだしたカガリを前に、
どこか慌てた様子でアスランが背を向けて叫んだ。

「カガリっ!
ふ、服っ!」

ーー服…?

は身につけておらず、下着姿の自分ーー
漸く事態を理解したカガリは

「うわぁぁぁぁぁっ!」

と叫んでペタンと座りこんだ。
両腕をクロスさせても何も隠せず、
カガリは恥ずかしさにぎゅっと目を閉じる。
と、バサリと頭上から布が降ってきて、
その拍子にアスランの香がふわっと広がり、反射的にカガリは赤面する。

「とっ、とりあえず、それっ!」

と言って、アスランはリビングの方へと消えていった。
カガリは猛スピードで布を被った。
ほんのりとあたたかいことから、アスランが着ていたVネックのTシャツをそのまま渡してくれたのだと悟り、
残ったぬくもりが肌に触れればアスランに抱きしめられているような錯覚を覚え
ぴょんっと飛び上がってしまう。

ーーあんな夢見たせいだっ。

夢が現実のようにリアルに思い出されて、カガリの胸は限界を超える程に高鳴っていた。
と、リビングの方からアスランの声がして、
それだけでカガリは子猫のように飛び上がった。

「ごめん、俺が着てた服で…。
新しいやつは寝室にあるんだが…。」

「こっ、これでいいっ!」

思いの外大きな声が出て、自分の声なのに驚いてぎゅっとTシャツの裾を握った。

「そうか…。
その…、そっちへ行ってもいいか。
服を取りに。」

アスランをそのまま放置してしまった事に今更気づき、カガリは慌ててリビングへ向かい、

「ご、ごめっ!
わっ、わわわっ!」

目に入った姿に思わず顔を覆った。
アスランの着ていた服をカガリが着てしまったのだから、上半身裸であることは当然の事、
とは分かっていても免疫の無いカガリには刺激が強すぎる。
そんなカガリの横をすり抜けてアスランが寝室に入って、カガリは漸く息が出来るようになった。

そしてクルリとリビングを見渡して気付いた、
ここはエリカの家じゃないと。

ーーもしかして、もしかして、もしかしてっ!

ここはエリカの家じゃない、
こんな生活感のあるホテルなんて無い、
そしてラフな格好のアスランがいる、
この条件を満たす場所は

ーーアスランの家っ!

「う、嘘だろぉっ!」

と、カガリが叫んだ時だった。
背後から声がして、カガリは子猫のように飛び上がった。

「気分はどうだ?
とりあえず、水。」

と、アスランは冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、
ソファーの前のローテーブルに置いた。
“ありがとう。”と言ってカガリはおずおずとソファーにかけ、ペットボトルを手に取った。
よく冷えたミネラルウォーターが体の中心を貫くようで心地よい。
カガリは段々と冷静さを取り戻し、意を決してアスランに尋ねた。

「ここって、アスランの家…なんだよな。
ごめん、寝ちゃって。」

「昨日の事、覚えているか?」

と真剣な眼差しで聞かれ、カガリは記憶の糸を辿った。

「えーっと、バルドフェルドさんのバーに行って。
フルーツカクテルがとっても美味しくて…。」

カガリは腕を組んで“うーん”と頭を傾けるが、記憶のカケラは出てこない。
という事は、

「私、寝ちゃった…とか。」

「あぁ、飲んでいる途中で。
その後のこと…は?」

アスランの態度はどこか緊張をはらんでいて、

ーーもしかして、とんでもない事をやらかしたのか…私!

咄嗟にカガリはアスランの胸ぐらを掴んだ。

「私、何しちゃったんだ!」

が、瞬時にカガリは方向転換をする。
やらかしてしまったのであれば、

「やっぱり教えてくれなくていいっ!
とにかくごめんっ!」

と言ってガバっと勢い良く頭を下げた。
自分の醜態の詳細を知って、アスランと普通に接する自信は無く、
かと言ってこの状況からアスランに迷惑をかけた事は明らかで無視は出来ない。
だから精一杯謝って、これで終わりにしてもらうのが得策だと考えたのだ。
めまぐるしい展開に呆気にとられた顔をしたアスランに、カガリは顔を上げるよう促された。

「いや、本当に、カガリが謝るような事は何も無い。
バルドフェルドさんが少し強いお酒を出してしまったようで…。」

申し訳無さそうに微笑むアスランに、
カガリは“でもっ、寝ちゃった私が悪いぞっ!”と詰め寄る。
すると、そっと距離を置かれた気がして、
ほんのりとさみしさを覚えた自分の身勝手さに唇を噛んだ。

「君を送り届けられれば良かったんだが、何処に住んでいるのか分からなくて、俺の家に。
それで…。」

言い淀み、膝の上で組んだ手を見詰めるアスラン。
どうしたのだろうかとカガリが首を傾けた時、
何気無くカウンターキッチンが目に入ってカガリは大きく瞳を開き、
引き寄せられるようにトテトテとキッチンに向かった。

ーー似てる、エリカのキッチンに。

ワークトップも色や質感、シンクや水栓金具、引き出しの木目の色合いや取っ手も同じだ。
それだけじゃない、とカガリはクルリとリビングを見渡した。
扉の色やノブの形、フローリングの色、それにーー
今度はバルコニーへ向かい、カガリはぴょんぴょんとジャンプした。
一面ガラス張りのリビングはバルコニーに直結しており、
そこからの風景までもそっくりなのだ。

「カガリ、どうした?」

アスランからしたらかなりの挙動不審な行動だっただろう。
しかし、カガリは興奮しながらアスランに問うた。

「なぁ、アスランのマンションって、カグヤ駅の近くか?」

「え、あぁ、そうだけど。」

それを聞いて確信したカガリは、今度は玄関へ向かった。
まるで子どものようにトタタタタと駆けていくカガリは、そのままドアを開けた。

「やっぱり!」

とはしゃぎ声を上げた時、カガリはアスランに抱き上げられて部屋に押し戻された。

「カガリ!
自分がどんな格好をしているのか分かっているのかっ!」

アスランの指摘にカガリは赤面し、ぐぐっとTシャツも裾を引っ張った。
借りたTシャツはワンピースのような着丈があるとは言え、
下着の上に1枚被っただけだったのを思い出し、“うぅぅ”と子猫が唸るような声を上げた。
一方のアスランは額に手を当てて緩く首を振っており、呆れられてしまったとカガリは下を向く。

「で、何が“やっぱり”なんだ?」

すると、カガリはぱっと顔を上げ興奮気味にアスランに詰め寄った。

「あのな、私も同じマンションに住んでるんだ!
しかもな、アスランとお隣さんなんだぞ!!」

“すごい偶然だ!”と飛び跳ねるカガリに
混乱ぎみのアスランは自らの絡まった糸を解くように問う。

「隣って…、もしかしてシモンズさんの言っていた女の子って、カガリのことだったのか?
バカンスの間、知り合いが住むって。」

「そうそう!
丁度、エリカ達の留守と私の出向の時期が重なってさ、住まわせてもらってるんだ。」

「そんな偶然って…。」

アスランの驚いた瞳の中に映るカガリは曇り無い笑顔だった。

「奇跡みたいだな。」

もう1度、アスランと交わる奇跡。
それが純粋に嬉しかった。

「本当だな。
やっと来てくれた、奇跡だ。」

そう言って笑いあった時は気が付かなかった──














「それって、大丈夫なの?
カガリは。」

フレイとミリィと一緒に、再会を祝してちょっぴり贅沢なランチを取っている時だった。
フレイは眉を寄せてカガリを見た。

「確かに、いきなり担当者が変更してアスランと一緒に仕事することになって、しかも家が隣って、奇跡的な偶然だと思うわ。
でも、高校生の頃あんた大変だったじゃない…。」

「あ…。」

カガリは思わずフォークを前菜の皿にカシャンと落とした。
その顔は真っ青だ。

「今ごろ気付いたの?
まぁ、もう大人なんだし、あんな事にはならないだろうけどね。」

と、食事をしても落ちないキレイなルージュが弧を描いた。
が、下を向いたままのカガリにミリィが控えめに、でも確実に核心をつく、
流石はフリーランスのライターだ。

「もしかして、カガリは今も…。」

金襴の友の前で感情は隠せずカガリの瞳に涙が溜まって、フレイとミリィは顔を合わせた。
今時、こんなピュアな恋なんてあるのだろうか。
あれから約10年経とうとしているのに、未だに初恋を胸に抱き続けているなんて。
しかもあんなに辛い初恋を──
ならば、全力で応援しなけれはならない。

「あんた綺麗になったんだから、もう1度頑張ってみるってのもアリよ!」

「そうね、あれから随分時間が過ぎたんだもの。
奇跡の再会は運命だったのかもよ。」

しかし、2人のエールは空振りに終わる。

「ダメなんだ。」

「え?」

カガリは真鯛の上にのったコンソメジュレを突っついて応えた。

「あの時と同じなんだ、今も。」

アスランにはずっと好きな人がいて、
その人とは離れ離れで、
でも忘れられなくて…。

「でも、アスラン君は、その人がラクスさんだとは言ってなかったんでしょ?」

話を冷静に整理していくミリィにフレイも頷く。
しかし、カガリはフルフルと首を振った。

「ラクス…だと思う。
だって、ラクスの写真を見た時のアスラン、すごく切なそうだったから…。」

フレイは顎に指先を当てた。
確かに、アスランの好きな人がラクスであるなら、カガリの恋は茨の道になるかもしれない。
けれど──

「アスランはシングルなんだし、
あんたの方に振り向かせる事は不可能じゃないわ。」

「そうよ。
自分の気持ちを大切にして、ね。」

いつでも味方でいてくれるフレイとミリィに、カガリは潤んだ瞳でコクンと頷いた。
何をどう頑張ればいいのか分からない、
だいたい自分に女としての魅力なんてあるのか疑問だし、
男の人を誘った事も口説いた事も無い。
だけど、これだけは分かる、
この奇跡を大切にする事が
アスランにとっても自分にとっても1番幸せな事なんだ。
例えこの恋が叶わなくても。













「えーーー!!!」

キラの絶叫がパソコンのパーツが散らばった部屋に響いた。

「うるさいぞ、キラ。」

アスランはため息を落とした。
キラとは大学を卒業した後も気楽な距離感が続いていた。
今日はキラがパソコンを組み替えたいと言い出したので、
こうしてキラの部屋に呼び出され、専らアスランが作業をしている。

「何それ!
カガリと同じ職場で家は隣って!
僕何も聞いてないんだけど!!」

「カガリを責めるなよ、家が隣なのは今朝分かったんだし。
それより何でカガリが帰国するって教えてくれなかった──」

「今朝あぁぁぁぁ!!!???」

アスランの声を遮ってキラが叫んだ。

「今朝って、今朝って、
君たち朝まで一緒だったとか言わないよね?」

キラの目が据わっている。
アスランは、このまま真実を伝えるべき迷った、その一瞬こそが真実を語っていることを悟り、キラは声ともつかない何かを発しながら頭を抱えて転げ回った。
その拍子にパーツの一つが電子ピアノの下に転がり、アスランはため息を落とす。
キラの完全な誤解だ。

「昨日はバルドフェルドさんの所で飲んで、カガリが寝てしまったから連れて帰っただけで。
キラが想像するような事は何も──」

キラはホラー映画並みのあり得ない動きで起き上がると
アスランの胸ぐらを掴んだ。

「わーざーとーだーろー!!!
わざと強いお酒を飲ませて、お持ち帰りしたんだろ!!
アスランのバカ!!」

キラは床に突っ伏して、おーいおいおいと泣き崩れてしまった。
カガリの事を溺愛するキラはカガリの帰国をどれ程楽しみにしていたかはアスランも理解できる、
が、冷静に見てキラのテンションは明らかにおかしく、“しばらく放っておこう。”と、アスランは作業に戻った。

バルドフェルドが変な気を回して強い酒を作ってカガリが寝てしまったのだ、そこにやましい下心は無い。
が、今朝のカガリには驚いたと、うっかり思い出したアスランは赤面した。
まさか下着姿で寝室から出てくるなんて…。
ブカブカのTシャツはカガリの体のラインを如実になぞり、視線のやり場に困っても抗えない力で引き付けられてしまった。
しかも、カガリは着丈も気にせず飛んだり跳ねたり走ったり、その度に裾は揺れるし、
恥ずかしがって裾を引っ張る度にVネックの胸元から谷間が覗いて──
良く理性が持ったものだと、自分を褒めてやりたいとアスランは思う。
と、同時にアスランの中で嫉妬も生まれる、
こんな無防備なカガリを、他の男がどれ程見てきたのだろうかと。
過去のカガリも今これからのカガリも独り占めしてしまいたい、
こんなにも欲望が強く色濃くなったのは昨日のキスのせい──。

──カガリは昨夜の事を知りたくないと言っていたけれど、
本当にこれで良かったのか…。

意思確認をせずに自分の気持ちを押し付けて、
それでいい筈無いのにもう弁解のチャンスは失われてしまった。

「カガリは何て言ってるの?
こんな偶然が重なってビックリしてるんじゃない?」

幾分冷静さを取り戻したのか、泣くのに飽きたのか、キラがまともな質問をしてきた、

「最初はぎこちなかったけど…、今朝は飛び跳ねて喜んでいたよ、“奇跡”だってさ。
月曜からは一緒に通勤するし、時々夕食を一緒にって約束もしたよ。」

だからありのままに応えたのにキラは無反応で、
“キラ?”と視線を向けると、何やら真剣な面持ちで考え込んでいる。
“うんうん”と頷いた所を見ると、キラなりの結論が出たようだ。

──本当にマイペースな奴だよな。

マイペースだが1度決めた事はやり通す、そんな強さはラクスに似ているとアスランは思った、その時だった。

「僕はカガリの味方だからね!」

宣戦布告のような語気にアスランは驚くが、

「そうなると思った。」

と、困ったような微笑みに変わって、キラはある予感に駆られる。

「アスラン、もしかして…。」

アスランは作業を続けながらキラに告げた。
自分の想いをキラに打ち明けたのは、初めての事だった。

「キラに何と言われようと、俺はやるだけの事はやってみる。
もう、後悔したくないんだ。」

やっと来てくれた奇跡を、運命に変えて。



ーーーーーーーーー

今回はパロディらしいドタバタな展開でした☆

無防備で無邪気すぎるカガリさんを目の前に、
アスランは理性を総動員(笑。
でも、ここで理性がぶっ壊れたら2人の幸せはもっと早くに訪れたのに…。

アスカガの関係って、実はお互いの理性が障壁になってしまうことってありますよね。
まぁ、そんな所が2人らしくて切な萌えなんですけどね。

さてさて、優しくもズバっと切り込むミリィと、
超絶美し~フレイ様の登場です!
この2人は、カガリの強力な応援団として今後も登場してくれます。

また、最後にキラ兄様も登場しました。
この物語では、キラ兄様はずっとこの調子ですのでご了承ください。
私はこんなキラ兄様がかわいらしくて好きですよ!

さて、次回はアスランとカガリが初めて2人で通勤します!
きゃ~、緊張しますね~。


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タクシーが左折したタイミングで
眠っているカガリがアスランにもたれかかってきて、
とっさに腰を抱き寄せた。
あまりに細く華奢なそれは、力を込めれば壊れてしまいそうで。
でも、

アスランは息をゆっくりと吐き出した。

このまま君を抱きしめてしまいたい、
そんな熱を持て余して。


雫の音 ーshiziku no be ー 11

拍手[10回]











会議室で君を見た時、これは夢なんじゃないかと思った。
会いたくて、会いたくて、でも叶わなくて。
その君が目の前に現れたのだから。

『…カガリ…?』

ふわふわとして実感がまるで付いてこなくて、
君の名を呼んで、今を現実と結び付けたかった。

『久しぶり、アスラン。』

そう言って君が笑った、
それだけで奇跡に触れたようで、
鼓動が高鳴っていった。

ぎこちない、再会だった。
“それはそうだ。”と苦笑する。
ずっと会いたかったのは俺の一方的な想いであって、
カガリにとって俺はーーどんな存在なのだろう。

求めた握手、
触れた瞬間に手を離されて、
カガリにとっての自分の立ち位置を突き付けられた気がした。

ーーバカだな、俺は…。

再会に1人で舞い上がって。
カガリにとっては、ただの同級生で、
おまけに昔振られた男で…。
弟の親友であっても、カガリにとっては関係無い話だ。

スタートラインはマイナスだ。
だけど、

ーー絶対に、諦めない。

この奇跡のような巡り合わせを大事にしたい。
2度と、君と繋がる糸を離さないように。

そう心に誓った時だった。

『うわぁ、シンだ!シンだ!』

『相変わらずだな、カガリは』

カガリは当たり前のようにシンの腕の中に収まった。
好きな女が他の男に抱きしめられて平気でいられる程、
アスランは鈍感でも寛大でも無い。
さらに、自分へ向けられた態度の落差に、素直に心にグサリと来る。
が、カガリは海外育ちが長く様々な文化的背景を持つ上に、
男女分け隔て無くスキンシップを取る性格を考えれば、
シンとは特別仲の良い関係なのだろうと、自分に言い聞かせて無理矢理感情を押し込んだ時だった。

『留学仲間から親友になって、付き合って…。』

ーー付き合って…っ?

『元カノってことっ?』

ーー嘘…だろ。

一瞬で体が冷え切った。
心は現実を受け止められないのに、頭は冷酷な程クレバーで、
高校卒業後にカガリに恋人が何人かいたとしても不思議じゃないだろうと
分かりきった一般論を唱えていて、

ーーしかも、相手がシンって…。

アスランは目眩を覚えた。

『アスラン、大丈夫か?』

カガリの声で現実に引き戻される。
あれから何年も経つのに、あの頃のように自分に寄り添ってくれるカガリに
冷え切った胸の内があたたまってくる。

『もしかして、高校生の頃、
アスランとカガリさん、付き合ってたりして!』

はしゃいだルナの声に、

『そんな訳無いだろ?
ただの友達だって!』

カガリは事実を言っただけなのに、
胸に巣食った後悔が痛みと共に疼きだす。
“ただの友達”、その関係を選んだのは
紛れも無く自分なのだから。

カガリが懐かしい写真を繰っていると、
3年生の文化祭の写真が見えた。
アリスに扮したカガリの左手の薬指には、
自分が結んだブルーのリボンがあった。

ーー本当の気持ちは、そこにあったのに。

どうして気付けなかったのだろう、
どうして道を誤ったのだろう、
もう何度も繰り返した問いの答えを、
会議室で笑い合うシンとカガリに見た気がした。
同じ空気を纏う2人に、アスランは切なく瞳を細めた。







もう2度と後悔はしない。
打ち合わせの後にシンがカガリを飲みに誘う事は計算済みで、
足止め策を打ってカガリを連れ出した。

“一緒に帰ろう”だなんて、まるで高校生の様で、
年相応の誘い方も出来ない自分の不器用さに呆れるけれど、
一方でアスランは仕方ないとも思う。
あの頃から自分の恋は止まったままなのだから。

食事をして、
会話を重ねて、
高校生に戻ったような距離になったり、
現実の立ち位置に戻ったりを繰り返す。

『少し飲んで帰らないか。』

君が頷いてくれた時、
君も同じ気持ちでいてくれたらと願った。
もう少しだけ、一緒にいたいと。

だけど、それはあまりにも自分に都合の良い思い違いだったのだと
突き付けられた。

『私にも、忘れられない人がいるんだ。
でも、その人には心に決めた人がいて…。
最初から、叶わない恋だったんだ。』

カガリに好きな人がいたとしても、不思議じゃ無い。
だけど、
睫毛に揺れた涙を見て
どれ程カガリがその男の事を愛しているのか
想いの深さを知って、
胸が詰まった。
カガリの想いを受け止めずに他の誰かを愛し続ける男へ嫉妬を覚えるよりも、
カガリが抱き続けてきた痛みに、純粋に共鳴した。

タクシーの窓から流れる夜景を瞳に写して
アスランは呟いた。

「最初から叶わない恋、か。」

それはまるで自分の事のようだと
アスランは思った。









タクシーを降りてカガリを抱き上げた拍子に懐かしい香がした。
この香に包まれて何度も救われたのを思い出し、そっと手に力を込めた。

マンションの最上階だからか吹き抜ける風は冷たくて、
アスランは急いで鍵を開けると、玄関の壁を背にふっと息をついた。
室内は秋の陽光を残したかのようにあたたかくほっとする。

「カガリ、着いたぞ。」

とカガリの顔覗くと、涙を浮かべた睫毛を震わせていて、
かなしい夢でも見ているようで。
アスランはそっとカガリの左瞼にキスを落とした。
すると右頬を涙が伝って、唇で受け止めて。

ーー泣かないで、カガリ…。

そのまま唇を重ねた。
何度も、
何度も、
君の涙が止まるまで。

どれくらい、こうしていたのだろう。
カガリの手がアスランのジャケットの胸元をぎゅっと握りしめた時、
アスランは唇を離した。
するとカガリはうっとりと瞳開いて微笑んで、
そっとアスランの頬に触れた。

「どうしたんだ、アスラン。
また、かなしい夢でも見たのか。」

それは、高校生2年生の冬、ニコルを喪った時に
カガリがいつも言ってくれた言葉。

「大丈夫だぞ。
私がそばにいるからな。」

あの時のように、カガリは首に腕を回してアスランを抱きしめた。

ーーかなしい夢を見続けているのは、君の方だろ?

アスランは未だ夢から覚めないカガリを強く抱きしめた。
最初から叶わない恋に、カガリはどれ程の涙を落としてきたのだろう。
それでも、自分のかなしみを後回しにしてアスランを想い慰めようとしてくれる優しさに、
アスランはカガリに告げた。

「こんなかなしい恋は、もう終わりにしよう。
俺が絶対に、君を幸せにするから。」



ーーーーーー

こどもたちの体調不良で更新が滞ってしまい、申し訳ございません!

えーっと、アスラン、勝手にキスしちゃってますけど!!
どうなることやら…ですね。

さて、文化祭のお写真で、カガリさんが左手の薬指にリボンをしています。
これがどうして“本当の気持ち”なのか…は、今後のお話で出てきますので
少々お待ちくださいませ。

さぁ、次回は2人で迎える朝ですよ〜!
甘い朝…になるのでしょうか?


追記を閉じる▲

カガリと自分を繋ぐ糸が
ひとつ、またひとつと切れていく。
それに気づいた時にはもう、
君は手の届かない場所へと飛び立っていた。




雫の音 ーshizuku no ne ー 10


拍手[13回]







秋が深まるにつれて、受験という大きな空気の流れが加速し、
それと同時に、カガリと過ごす時間が目に見えて減っていった。

昼休みにカガリが姿を見せなくなって、
キラに理由を尋ねれば、“カガリは受験勉強に燃えてるからね。”と、少し寂しそうに笑っていた。
いつも一緒に帰った通学路も、気付けば隣はキラだけになっていた。
キラによると、カガリは帰国子女枠で受験するため通常の受験勉強に加えて対策が必要で、
“なんか、ソレ専用の予備校に通ってるんだよね。”と、また寂しそうに笑っていた。

両親からの電話で今日が自分の誕生日なのだと気づいた。
去年はキラの家でカガリの手作りのロールキャベツとチーズケーキでお祝いしてくれて、
懐かしさにため息が混じった。

ーー受験なんて早く終わればいい。
そしたらまた…。

カガリと一緒に、あの時のように過ごせるのだと信じて疑わなかった。
キラとカガリの代わりに誕生日を祝ってくれたのはラクスだった。
ラクスの家に行く度にこっそりと覗くピアノの部屋、
グランドピアノの上にはラクスの譜面が乗るようになっていた。

駆け抜けていくような冬。
大学の合格発表の日、
インターネットで確認するのが怖いと言って泣きついてきたキラ。
一緒にキラの部屋で確認した番号。
喜びを爆発させる間もなく、イソイソと埃を被ったゲーム機を取り出したのが
あまりにもキラらしくて笑いあった。

『またキラと一緒だな。
カガリの発表は明日か。』

と言えば、またキラは寂しそうに笑った。
キラのこんな顔を見るのは何度目だろうと思った時、
あまり勘は良くない方だけど嫌な予感がした。

『カガリはオーブ大は受けなかったんだよ。
フレイやミリィと同じ大学へ行くことが、もう決まってる。』

その時アスランは何がショックだったのか、分からなかった。
いやきっと、何もかもがショックだったのだろう。
志望校を変えた事を自分だけが知らなかったこと、
受験の先のカガリの未来に自分がいないこと、
カガリと自分の関係が分からなくなったこと…。
特別だと思っていたのは、自分だけだったのかもしれないと。

まだ寒さの残る卒業式。
友人や後輩達に揉みくちゃに囲まれるカガリを遠くから眺めていた。
キラキラとした笑顔が眩しくて目を細める。
あの笑顔を、最後に自分に向けてくれたのはいつだっただろう。
そんな事を考えていると、いつに無くキラが厳しい声で言った。

『アスランはこのままでいいの?!』

きっとこのままではいけないんだと、頭では分かっていた。
でも、それ以上にカガリが何を望んでいるのかが分からなくて踏み出せない。
“もう、アスラン!”と、キラが大声を出したからかカガリがこちらを向いた。
目が合った、それだけで鼓動が高鳴った。
だけど、滑らかに視線は逸らされて、その仕草に傷つくよりも先にアスランは駆け出していた。

『カガリ…っ。』

その先の言葉が見付からず、焦りばかりがせり上がって喉を詰まらせる。
“えっと、その…。”と、口ごもっているとカガリが小さく笑った。

『アスランは本当に、手先以外はてんで不器用だな。』

さっき友人達に見せていた太陽のようにキラキラとした笑顔ではなく、
もっと奥行きのある微笑みに引き込まれる。

『綺麗になったな、カガリ。』

心のままの言葉が口から出てアスランは驚きに赤面する。
それが移ったようにカガリも真っ赤になっている。

『な、なんだよ、急にっ!。』

と言って顔を背けられてしまい、
アスランは衝動的にカガリの両肩に手を置いて、力づくでこちらを向かせた。

ーーもっと君を、見ていたい…。

自分でも制御不能な感情と行動を止められなかった。
驚いた琥珀色の瞳の中に自分が映っていることに喜びが湧き上がった。

『大学でも、頑張れよ。
応援してるから。』

『…うん。
アスラン、も。
元気でな。』

友人達のもとへと戻っていったカガリの背中見つめながら、
アスランは胸の内に残った何かがあることに気がついた、
それが何か分からないまま。








覚悟はしていたけれど、大学生活の中にカガリという存在が無いことに
ジリジリと寂しさが募っていった。
だけど、カガリが国際政治を学ぶために志望校を変えたのだから、
寂しいと思うのは身勝手な事だ。
それでもキャンパスで、電車で、街でーー
カガリの姿を視線が探してしてしまうのを止められなかった。

慌ただしい新生活の中でカガリと連絡を取ろうと思えば出来た筈だが、
いざ携帯の画面を開くと何を伝えればいいのか分からなくてなってしまい、
空白のメッセージ欄を見詰める時間だけが過ぎていった。

バイトとゼミと研究で明け暮れた夏休みの終わり、
立ち止まったまま流れた時が、決定的な距離となって突き付けられる出来事が起きたーー

いきなりキラからテーマパークへ行こうと誘われた。
そういった類に興味が薄いアスランはフツーに断ろうとした。
大体、男子2人でそんな所へ行けば確実に浮くだろう。
しかし、キラによると、メインキャラクターである“ベアー”の生誕何年かの記念ぬいぐるみが販売されるらしく、

『絶対、絶対、ぜぇ〜ったい、欲しいんだ!』

と、半ば強制的に戦力に加えられしまった。
結局アスランも付いて行ったのだが、開園のスタートダッシュでキラは目的のぬいぐるみを確保できたらしく、
アスランはスーベニアエリアにほど近い場所でキラを待ちながら、
ぼんやりと生徒会のメンバーで遊びにきた事を思い出していた。

ーーカガリもベアーが大好きで、着ぐるみに抱きついていたっけ。

まるで子どものようにはしゃいでいたカガリの姿に、ふっと笑顔が浮かんだ時ーー

『あれ?アスラン…?』

記憶の中の声が現実に聴こえて、アスランは驚きに振り返った。
するとそこにカガリがいたのだ、
知らない男と手をつないで。

鼓動が1つ、鈍い音をたてた。
よく分からない感情がじわじわと体を侵食していくのに困惑し、アスランは何も言えなかった。
そんな沈黙を破ったのは、カガリの隣の男だった。

『カガリ、知り合い?』
『えっ…、あぁ、高校の…同級生。』

ーー同級生…。

カガリは何も間違った事は言っていない、
だが、アスランの中で軋んだ音を立てて響いた。
カガリの隣の男は“ふ〜ん”と言い、
なぜだろう牽制するような視線を向けられ、アスランの胸に得体の知れない感情がうごめく。

『あっ、アスランも誰かと遊びに来たのか?』
カガリの様子も少しおかしいが、それ以上に、
『デートじゃねぇの?俺たちみたいに。』
こちらへ向けられた問いに何故か隣の男が答え、
アスランは苛立つ、この男は何なんだ、と。
しかしアスランは感情を飲み込んで淡々と答えた。

『キラがベアーの記念ぬいぐるみが欲しいと言って、その付き添いだ。』

するとカガリが“あっ。”と声を漏らして、少し視線を下げたのをアスランは見逃さなかった。
が、

『カガリ、そろそろファストパス取りに行かないと!』
と、隣の男がカガリの手を引いて、
『あっ、うん。
じゃぁな、アスランっ!』

姿は程なく他の来園者に紛れて見えなくなってしまった。
アスランは直ぐにキラに連絡をしながら駆け出した、
まとわりつくような得体の知れない感情を振り切るように。

『キラっ!
まだぬいぐるみはあるか?』

しかし、全力疾走してもその感情が消える事は無く、
鼓動が胸を叩く度に全身に広がっていく。

『えぇっ!アスランも欲しいの?
えっとねぇ…、棚にはもう…。』

上手く息も出来ず、携帯を持つ指先はチリチリと焼けるようで、
まるで自分の体ではないみたいだ。
自分が支配された感情は何なのか分からない、
だけど、今自分がしたい事も、すべき事も、叶えたい事もはっきりとしていた。

長いストライドで店に入ってきたアスランにキラはアプリ画面を見せた。
今回の記念ベアーは各スーベニアショップで数量限定で販売しており、
アプリでリアルタイムの在庫を確認できる。
すると今自分たちがいるショップにしか在庫は残っておらず、数は2と表示されている。
キラが手にしているものの他、会計を終えてないベアーは1体のみ…。
陳列棚は空になっており、キラ同様にベアーを確保しなが買い物を続けている客がいるのかもしれない。
アスランの背筋に嫌な汗が浮かぶ。

ーー遅かった…。

その言葉が想像以上に胸を刺して、アスランの視線は落ちる。
が、やはり自分を救ってくれるのはいつもこの双子なのかもしれない。

『アスラン、諦めちゃダメだよ!
最後の1個は“隠れベアー”って言って、棚じゃ無い場所に隠してあるって噂だよ!』

弾かれたように顔を上げたアスランは、キラと共に店内を見渡した。
同じくラスト1を狙う客が多いのだろう、
ごった返した店内で“隠れベアー”を見つけられる可能性は限り無く低いかもしれない。
キラがアスランの顔を覗くと“必ず手に入れる”と書いてあって、
こうなったらアスランは強い事を最もよく知るキラは、本当に見つけ出せるかもしれないとの予感を覚える。
その予感の通り、アスランはいきなり壁面へ向かって駆け出すと、バスケットボール選手並みの跳躍を見せる。

タトン。

軽やかな着地の靴音、
胸にはベアーのぬいぐるみを大事そうに抱えていた。
アスランの眼差しは熱を帯びながら優しさで満ちていて、
キラは別の予感に駆られる。

『アスラン、それ、誰にーー。』

『カガリに。』

キラの予感は、確信に変わった。








“せっかく来たんだから、アトラクションを制覇しよう!”と言い出したのはキラで、
特に予定の無いアスランは付き合うことにした。
アトラクションの多くは2人乗りのため、男子大学生が2人並んでハニーポットで冒険したり、
小舟に乗って世界を旅したり、丸太に乗って落下したり…。
キラは120%楽しんでいたが、控えめに言っても完全に浮いていた。
客層を見れば多くはカップルで、
ふとアトラクションに並ぶ男女が目に入り、男は彼女の肩を抱き親密そうに顔を寄せていた。
そこにカガリの姿がオーバーラップし思わずアスランは視線を外しても、
自分を支配するあの感情からは逃れられず、自動的に脳裏で映像が構築されていく。

カガリがあの男とーー

ーー嫌だ。

そう思ってしまう身勝手さに、アスランは拳を握りしめた。
後悔が胸を押し潰す。

《本当に付き合っちゃおうか、私達。
私、もっとアスランと一緒にいたいんだ。》

あの日の君の言葉も、その意味も、想いも全部、
嬉しかった。

《ありがとう。
でも、ごめん。
俺はラクスの側にいたいんだ。》

あの日の俺の言葉も、その意味も、想いも全部、
嘘は無かった。
ただ、これが恋と知らなかっただけでーー

ーー本当はずっと、君のことが好きだったんだ。

ーーずっと、
今も。











キラには“直接渡したら?”と言われたが、
デート帰りのカガリに会う気にはなれなくて、
でも出来るだけ早くベアーのぬいぐるみを渡したくて。
結局アスランはキラに託す事にした。

帰宅しシャワーを済ませた頃、アスランは今更疲れを実感し、ベッドに沈むように腰かけた。
ラフにタオルドライしただけの髪から雫が落ちて、シャツの色を変えていく。
想いが決壊するように溢れて、
行き場の無い胸の痛みを飲み込もうとしても後悔が喉を塞いで、
アスランは瞳を閉じた。
その時だった、携帯の着信が鳴る。
ディスプレイに表示された“カガリ”の名前に指が震えた。

『わっ!
も…、もしもし。』

電話に出ただけなのに飛び上がりそうな程驚いたカガリの声が聞こえて、
アスランは小さく笑った。

ーーかわいいな、カガリは。

素直すぎる自分の心に赤面して、思わずアスランは口元を抑えた。
と同時に気付くのだ、
自分の本当の想いは、決してカガリには告げてはならないと。

ーーカガリには、恋人がいるんだ…。

『…、アスラン、疲れて…るよな。
夜遅くにごめん。』

ずっと黙っている事でカガリに心配をかけてしまい、
アスランは慌てて返事をした。

『ごめん、大丈夫…だから。』

気付いたばかりの想いに戸惑って、本当は何もかも大丈夫ではなかった。
だけど、カガリからの電話は高校生以来のことで
繋がった糸を途切れさせたくなくて、アスランは言葉を続けた。
声が震えそうで、こわかった。

『どうしたんだ、カガリ。』

と、問えば、

『ベアー、ありがとな。
とっても嬉しい。』

と、はにかんだ声が聞こえて、
恐怖に縮こまった心に優しく浸透してアスランはふわりと笑みを浮かべた。

『良かった、気に入ってもらえて。』

ーー本当に、良かった。

カガリが喜んでいる、
それだけで心が満たされていく。

『ベアーの記念ぬいぐるみのこと知ってたんだけど、買いに行けなくて。』

カガリのことだ、
隣にいた彼氏はアトラクション中心に楽しみたかったのだろう、
空気を読んでベアーの事を言い出せ無かったのではないか。
そこまで考えて、アスランは益々あの男に対して嫌な感情が湧いて来た、
何故アイツはカガリの事を1番に考え無かったのだろう、と。
少なくともカガリの様子からベアーのぬいぐるみを欲しがっている事は分かっただろうに、
何て鈍感なヤツだ、と。

ーー俺なら、カガリの事を何よりも大切にするのに。

その瞬間、アスランは己の身勝手さに凍りつく。
カガリの事を1番に考えなかったのも、鈍感なのも、自分の方だと。
カガリが差し出してくれた想いを受け止めずラクスを優先し、
カガリを傷つけたくせに、今まで通りの特別な関係でいてほしいと願っていた自分の方が…。
再び黙ってしまったアスランに気付かず、カガリは続ける。

『キラが買いに行くって知らなかったし、
あ、でも、1人1コまでだからお願いしてもダメだったんだけど…。
と、とにかく!
すごく嬉しかったんだ。
ありがとう、アスラン。』

名前を呼ばれるだけで、愛しさが溢れて止まらなくなる。
そんな資格、自分には無いのに。

髪から滴り落ちた雫が、また1つシャツにシミを作った。

“アスラン、諦めちゃダメだよ!”と、
何故か今日のキラの声がした気がして、アスランは前を向く。
せっかく繋がった糸を自ら手放したくは無かった、
これからも、どんな名前のついた関係性であっても、
君と繋がっていたいーー

アスランが意を決して吸い込んだ息は、声にならずに喉元に止まった。

『このベアー、留学先に持って行くな。』

ーー留学…?

『カガリ、留学って…。』

自分の声が遠く聞こえた。

『…うん、夏休みが終わったらスカンジナビアへ留学するんだ、1年間。』

国際政治に興味があることは高校生の頃から知っていて、
それを学ぶために志望校を変えて、
さらに高みを目指して留学を決意して。
カガリの意思を尊重したい、そう心から思っている、
ならば繋がった糸から手を引かなければいけないのに…。

──嫌だ…。

そう思ってしまう自分が、何よりも嫌だった。
カガリの幸せを祝福できず、
カガリの夢を応援できず、
過去にカガリを傷つけたまま何もしてこなかったくせに、
今になって繋がった関係に縋り付こうだなんて、

──バカだ、俺は。

『そうか。
1年生から留学するなんて、カガリらしいな。』

なんとか絞り出した嘘の無い言葉。
すると不思議なことに、素直な気持ちが流れ出す。

『カガリは昔からそうだよな、
自分の世界を変えていく力があって。
そんな所に憧れていたんだ。』

『か、かいかぶりすぎだって!
私は好きな事をしてきただけでっ。』

ちょっとムキになるカガリが可愛くて、アスランは小さく笑った。

『一生懸命頑張る姿が、いつも励みになっていた。
俺も頑張ろうって。』

そう、だから、
身勝手なさみしさから手を引こう。
君が誰より大切だから──

『留学、頑張れよ。
応援してるから。』

少し声が震えていたけれど、
大切にしたい気持ちで押し切った。
ただの強がりが自分の精一杯だった。

『…うん。』

返ってきたカガリの声は涙で濡れている気がした。

『カガリ?』

呼びかけにも応えが無くて、
沈黙に耳を澄ませても何も聞こえてこない。
けれど、きっとカガリはいま泣いている。
現実的な力になれない自分の立ち位置に、もどかしさばかりが降り積もる。
本当は今すぐ君を抱きしめたかった。

『ごめんな!
ちょと…、ふっ…。』

元気な声を出そうとして、失敗して涙を隠せないカガリが
いじらくしてかわいくて、どこまでもアスランを優しくさせた。

『大丈夫だよ、カガリ。』

肩を貸すようなアスランの声に、カガリはもう涙を隠そうとはしなかった。
物理的な距離が離れていても確かに通じ合っている事を感じて、アスランは静かに満たされていった。

『カガリがこんなに泣き虫だなんて知らなかったな。』
少し冗談めかして言えば、
『なっ、泣き虫なんかじゃないぞ!』
この状況では全く説得力を持たず、アスランは笑い出す。
『わーらーうーなーっ!』
とムキになるカガリに、
高校生に戻ったような錯覚を覚える。
心地良い距離感でじゃれあうような。

『向こうで泣きたくなったら、いつでも話を聞くから。』

さり気なさを装って告げた願い、
これからも、どんな細い糸でもいい、君と繋がっていたい。
しかし、アスランの目の前で糸は切られた。
カガリの確固たる意志によって。

『連絡手段があるとどうしても甘えちゃうから、
留学中は家族とも必要最低限以外、なるべく連絡取らないようにしようと思ってる。
だから、ごめんな。』

どこまでもストイックに突き進む姿勢がカガリらしく、
アスランは“そうか…。”と言うことしか出来なかった。
その後、まるで高校生の頃のように、また明日学校で会えるような、
そんな別れの言葉を交わして電話を切った。
それがカガリとの最後の会話になるなんて、思いもしなかった。








カガリの留学は1年の予定だったから、
アスランはカガリと連絡が取れずとも1年後にはまた会えるのだと信じていた。
しかし、大学2年生の夏、キラは寂しそうに笑って告げた、
“カガリはスカンジナビアの大学に編入することに決めたんだって。”、と。
卒業まで会えない、その事実に愕然とした。
アスランがどこかで予感していた通り、カガリが一時帰国する事は無く、
ヤマト家がスカンジナビアへ旅行へ行く際、アスランはキラに手紙やメッセージを託す事はしなかった。
自ら厳しい環境に身を置こうと決めたカガリの意志を尊重したかった気持ちが半分、
カガリの望みが分からないのに自分の想いを優先する勇気が無かったのが半分だった。

就職活動の足音が聞こえてくる頃、キラに告げられた。
“カガリはモルゲンレーテのスカンジナビア支社に就職が決まったって。”
こんな風に寂しそうに笑うキラを、もう何度見たことだろう。

変わらない想いを抱いたまま、月日だけが過ぎて行く。
愛しいと思う度に、後悔が胸を刺す。
恋を知らなかった罪、
その罰としての今が永遠と続いていった。




ーーーーーーー

アスランの誕生日なのに、こんな展開でごめんよアスラン。
でもね、アスラン、よく考えてくれたまえ。
君がカガリさんを振っちゃったからこんな事になった訳で…。

次回も引き続きアスラン視点です。


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高校2年生の2月、
今にも雪が降り出しそうな重い雲、
冬の匂い。

あの事故が起きた冬ーー




雫の音 ーshizuku no ne ー 9


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幼馴染のラクスと弟のニコルは、親同士も仲が良く家が近かった事もあり、
幼少の頃から仲が良かった。
ラクスは歌が好きで、ニコルはラクスの歌に合わせてピアノを奏でるのが好きで、
アスランは2人のハーモニーが好きだった。
音楽には疎いアスランはラクスとニコルが演奏している作曲家や曲目は分からなかったが、
3人で過ごす穏やかな時間が心地良くて。

2月に開催される音楽祭には、海外アーティストや国内で有名な管弦楽団が参加する規模の大きなもので、
ラクスとニコルは特別に招待されていた。
2人の実力はもちろん、美しい容姿も話題となっていたからだ。

出演が決まってから音楽祭へ向けて練習に励み、迎えた当日。
出演時間ギリギリまでホールに隣接する公園でリハーサルをしていた2人。

『そろそろ控え室へ行こう。』

アスランが声を掛けると、返事までもハーモニーになっていて笑いあった午後。

ホールへと向かう途中で凍てつく風が吹き抜けた時、
ラクスの腕の中の譜面が曇天に舞った。
思わず駆け出したラクスは躓いて、
咄嗟に彼女を支えたアスラン。

『僕が取ってきますっ!』

そう言って歩道を駆けていったニコル。
雪を含んだ重い雲に、眩しい程白い譜面。

『いい、ニコルっ。俺が行くーー。』

アスランの言葉は衝撃音によって阻まれる。
トラックの追突によって弾き出された車がーー





ニコルの命が奪われたのは一瞬だった。





霊安室に横たわるニコルは、まるでピアノを奏でている時のように穏やかな顔をしていた。
あれだけの事故だったのに両手に傷は無く、
胸の上で組んだ指は白く美しかった。

永遠の別れを決めるのは心ではなく、
全てがオートマティカルに済まされていった。
心と、アスランとラクスを置き去りにして。

そして全てが終わって気づいたのだ、
奪われたのはニコルの命だけではない。
ニコルと共にある未来も、
大好きな穏やかな時間も、
そしてラクスの歌も。
ニコルの死によって、ラクスは歌声をなしくてしまったのだから。

それでも残酷な程正確に時は刻まれて行く。
学校の授業を受け、生徒会の仕事をし、電子工学部の後輩の面倒を見、宿題と予習をしてーー
日常を自動的にこなしていく、
と同時に、ふとした時にあの一瞬が再現前化するのを繰り返す。
あの時の風の感触も、匂いも、見た全てもーー。
その度に喪失感で麻痺した心に後悔が雪のように降り積もる。

あの時、俺が追いかければ良かった。
そしたらニコルは死なずにすんだのにーー

時計の針で夜だと気付きベッドで瞳を閉じても、朝日に瞼を開いても、
自分が眠っていたのかどうかも分からなくなった。
味覚も食欲も抜け落ちて、キラとカガリと過ごす昼休み以外に食事を取ることが出来なくなった。
日常をこなしながらもすり減る何かを感じていたことは確かで、
学校から帰るとベッドに沈むようになった。
すると決まって瞼の裏にはあの一瞬が映っては、もう何度目か分からない後悔が胸を潰す。

その痛みに瞼を強く閉じた時だった、来客を告げるベルが鳴った。
リビングにあるインターフォン画面を確認するのも億劫で、アスランは玄関のドアを開けた。
すると全身に衝撃が走り、壁に背を預けてバランスを取った。

ーーなにがおきた…?

鈍くなった五感でぼんやりとそんな事を思っていると、
カガリに抱きしめられたのだと、数学の解のように頭で理解した。

『どうしたんだ、カガリ。』

そう問えば、瞳に涙を貯めたカガリが顔を上げた。
キラキラと輝いていて、綺麗だと思った。

『1人で抱え込むなって言っただろっ!』

そう言ったきりアスランの腕の中で泣き崩れてしまったカガリを
アスランは衝動的に抱き寄せた。
飛び混んできたぬくもりに
凍てついた心が溶け出して、
どうしようもない感情をどうすることも出来なくて、
ただカガリを抱きしめた。
強く、強く。






誰にも話せなかった今までの事を、
カガリに全て話すことが出来たのは何故だろう。
喪失感も、後悔も、分類出来ない感情も…、
カガリはずっと手を繋ぎながら静かに受け止めてくれた。
気付けば泣いているのはアスランの方で、
驚いた自分に混乱した時、カガリが抱きしめてくれた。
伝わる鼓動が心地良くて、
そのまま瞳を閉じて耳を澄ましていると心が落ち着いていくのが分かった。

『ちょっと、大丈夫になったな。』

そう言って離れたぬくもりが寂しく感じたけれど、
これ以上甘える訳にもいかなくて。

『ごめん、でも、ありがとう。』

アスランは家まで送ると言ったが、カガリは駅までキラに迎えに来てもらうと言って固辞した。
玄関でトントンと靴を履くカガリの背中に、
アスランは感情ばかりが先走って言葉が出なくて押し黙る。
クルリと振り向いたカガリは、すっかり涙の乾いたアスランの目元をそっと撫でた。

『かなしい時はいつでも呼んでくれよな。
直ぐに飛んで行くから。』

カガリが出て行ったドアを見つめたまま、しばらくアスランは動けなかった。
胸に手を当てる、
この感情がかなしみなのだと知った。







やっぱりカガリは世界を変える人なんだと、アスランは思った。
漸くかなしみと向き合うことが出来るようになって、つらい事の方が多かった。
けれど、

『アスラン、今度僕の家に泊まりにおいでよ。
どうしてもクリア出来ないゲームがあってさ~。』

『またお昼はパン1つなのか!
私のおかず、半分やるから食べろよな。』

いつも賑やかな双子が日常に光を与えてくれた。
キラは事情をカガリから聞いても、変わらない距離感で接しながら見守ってくれていた。
そしてカガリはーー

『大丈夫だぞ、私がそばにいるからな。』

いつもぬくもりをくれた。
抱えきれない感情をどうしようもなくなった時、
あの日の言葉のとおり、直ぐに飛んで来て。

欲しくなれば衝動的に抱きしめる自分は、
まるで吸血鬼のようだったとも思う。
キラのいない帰り道、
2人きりの生徒会室、
眠れなかった朝ーー

アスラン自身むちゃくちゃな事をしているとの自覚はあったけれど、
自分を保つために必要だったことも理解していた、
言い訳ではなく真実として。
カガリが無条件で差し出してくれる優しさがアスランの心を支え、
キラが散らばったピースを集めるように日常を取り戻させてくれた。

この2人がいなければ自分はどうなっていたか分からない、
感謝という言葉では括れない感情が
アスランを動かした。

生徒会長の責務を最後までやり遂げた春、
電子工学部の大会への作品作りに没頭しキラと共に表彰された梅雨、
そして迎えた夏。
カガリとキラの支えがあって1人で立つことが出来るようになった、
そうして見えた自分のすべき事ーー

ニコルを亡くして以来初めて、アスランはラクスに会いにいった。
あれから半年が経っていた。








盛夏であるのにラクスは長袖のブラウスを着ていて、服の上からでもどれ程痩せたのか分かった。
うららかな春の空のような瞳はあの日の曇天のようで。
ラクスはきっと自分以上のかなしみを抱き続けているのだと、アスランは共鳴するように感じた。

ーーラクスに俺は何が出来るだろう…。

不器用な自分には、
カガリのように全身で優しさを注ぐことも、
キラのように日常へと導くこともできないだろう。

ーーきっと俺には、ラクスのそばにいることしか出来ない。

夏休みの間、アスランは毎日のようにラクスの家を訪ねた。
一輪の花を持って。
自分以上のかなしみを抱くラクスにかけられる言葉は無くて、
かつてハーモニーで溢れていた部屋は沈黙で埋まっていたけれど、
アスランはラクスの隣に座って読書をしたり、受験へ向けた勉強をしたり…。
ただそれだけだった。

ある日、アスランはラクスとニコルのピアノの部屋をこっそりと覗いた。
中に誰も立ち入れないのだろう、ピアノも譜面の入った棚も繭のように埃を纏っていた、
あの日から眠り続けるように。
扉を閉めて、アスランは奥歯を噛みしめる。
半年もラクスを1人にしたのは自分で、今も直接的な力になれずにいて。

ーーこんな時、カガリとキラだったらな…。

自分の無力さに下を向きそうになっても、アスランは自分に出来ることをやり遂げようと思った。
アスランを支えていたのは間違いなく、これまでのキラとカガリの支えがあったからだった。

晩夏を迎えた時だった。
いつもは家政婦が用意するお茶をラクスが淹れてくれたのだ。

『アスラン、お茶にいたしましょう。』

久しぶりに聞いたラクスの声にアスランの涙が滲んだ。
この日を境に、小さな野の花のような変化がゆっくりと広がっていった。
2人でいる時に細やかな会話が生まれたり、
ラクスが庭の花を摘んできたり、
クッキーを焼いてくれたり…。
いつかラクスが歌声を取り戻せる日が来ると、
信じることが出来るようになったのは、風に秋が薫るようになった頃だった。





あの日、
いつもの帰り道にキラの姿は無くて、カガリと2人で並んで歩いた。
この頃はもう、カガリやキラの支えが無くても自分を生きることが出来るようになっていて、
最後にカガリを抱きしめたのは遠い昔のように感じていた。

カガリとの関係は、
生徒会の仲間、
親友の家族、
そしてーー。
この冬を越えて、カガリはもう特別としか言いようの無い存在になっていた。
だからとても驚いたんだ。

『私達、本当に付き合っちゃおうか。』

恋を知らない自分でも意味は理解していた。
だけど、アスランの中でカガリは既に友達や恋人といった枠さえも超えた存在になっていたから、
純粋に驚きが胸を占めた。
言ったカガリも驚いた瞳をしていて、西日にキラキラと輝いていた。
その瞳に強く射抜かれる。

『私、もっとアスランと一緒にいたいんだ。』

嬉しさに全身が満たされていく。
カガリが同じ想いでいてくれること、
その幸せがアスランの微笑みをどこまでも優しくさせた。
でもーー

『ありがとう。
でも、俺はラクスのそばにいたいんだ。』

ーー今は、
あともう少しだけ。
ラクスがラクスとして生きられるように…。

恋を知らないあの頃は、カガリとキラが自分にしてくれたように、
同じかなしみを抱くラクスの力になりたいと、ただそれだけだった。
だからこんなことが言えたんだ、
誰より特別なカガリを傷つけて、
自分の本当の気持ちにも気付かずに。







ーーーーーー

アスランがカガリさんを(結果的に)振ってしまった理由は
コレだったんです。
アスランは、カガリさんとキラの支えがあったから前を向けるようになりました。
だからこそアスランはラクスの力になりたかったんですよね、
2人への感謝の分だけ強く。

カガリから「もっと一緒にいたい」と言われてアスランは心から嬉しかったけれど、
今はラクスを支える時間が必要で、
これ以上カガリとの時間を増やす事は出来ません。
だからアスランは「(今は)俺はラクスの側にいたいんだ。」と言ってしまうんですね。

もしもカガリが、「アスランの事が好きなんだ。」と告白していたら
アスランの応えは違っていたかもしれません。
そして2人の歩む道も。

にしても…アスラン、
2人きりになったら所構わずカガリさんを抱きしめちゃうって(〃ω〃)
カガリさんのこと大好きすぎでしょ。
もう〜。



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恋を知らなかった、

それが罪なら、

胸を満たす痛みと後悔が

俺の罰ーーー




雫の音 ーshizku no ne ー 8

拍手[13回]










「…、カガリ…?」

いきなり肩にもたれかかってきたカガリを
アスランはとっさに支えた。
見れば、長い睫毛に真珠のように丸い涙を乗せたまま寝息をたてている。
瞬時に、アスランはほぼ空になったデザートカクテルのグラスからバルドフェルドへ鋭い視線を向けた。

「どういうことですか。」

静かな分だけ凄みの増した声に、バルドフェルドはウィンクで応え、
アスランはため息をこぼした。
カガリが誕生日を祝えなかったようなので、バルドフェルドにデザートカクテルをオーダーしたのはアスランだ。
だが、酔潰れる程強い酒を出せとは言っていない。

ーーハメられた。

バルドフェルドはアスランがカガリをお持ち帰りできるよう気を利かせたつもりだろうが。

ーーどうすれば…。

そんなアスランの心の声を読んでか知らずか、
バルドフェルドは予言のように助言する。

「ベッドで愛の言葉を囁けばいい。
そうすれば、きっと2人は幸せになれることでしょう。」

呆れた、と顔に書いてアスランはバルドフェルドに返した。

「聞いていたでしょう、
カガリには他に想う人が…、いるんですから。」

アカガリの顔を覗けば、まるで天使のように無垢な表情をしているからこそ、
浮かべた涙に切なさを覚える。
どれ程つらい恋をしているのだろうかと。
そして同時にアスラン胸を後悔が満たしていく。

アスランはジャケットに手をいれると、バルドフェルドは“ノンノン!”と人差し指を振った。

「今日は私がご馳走するよ。
その代わり、今度カガリ姫を連れてカフェの方へ来てくれよ。
デートに誘って、ね。」

ーーこの人は何も聞いていなかったのだろうか。

アスランはあからさまにため息をついた後に、

「お言葉に甘えて。
カガリにカフェを紹介しておきます、
ただし、俺が一緒に行けるかは約束出来ませんが。」

アスランは釘を刺して、カガリを抱えて店を出た。
何度声をかけても起きる気配は無く、
3日前にスカンジナビアから帰国したばかりだということを考えれば、
このまま気持ち良く寝かせてあげたいというのが本音で。
でも、

ーー何処に向かえばいい。

ビジネスホテルに宿泊するにしても金曜の夜に空きがある保証は無く、

ーー俺の家…しか無い、か。

消去法で決定した行き先を、捕まえタクシーの運転手に告げた。











キラからカガリを紹介されたのは、高校1年生の春だった。

『僕の双子の妹がね、オーブで僕と一緒に住むことになったんだ!』

キラは幼い頃に両親を亡くし、双子の妹とは別々に引き取られて育ったと聞いていた。
しかも、妹の方は親の仕事の都合で海外におり気軽に会える状況では無かったという。
その環境は妹にとっても寂しかったのであろう、
彼女はキラと高校生活を送るために単身で親元を離れ、キラの家に住むことなったらしい。

『父さんも母さんも、カガリを迎えるためにお家をリフォームしちゃいそうな勢いで!』

飛び上がる程喜んでいたキラを見ながら、
アスランは、自分の世界を変えるような女の子の行動力に、素直にすごいと思っていた。
つい先日まで中学生だったアスランにとって親という存在はあまりにも大きく、
大げさかもしれないが世界を形作る神様のようで、
自らぶつかって動かそうなんて考えも無かった。

ーーどんな子だろう。

アスランの胸に落ちた小さな感情、
それは、

『はじめまして、カガリだ!
よろしくなっ。』

キラキラとした太陽のような笑顔に
呼び起こされるように芽吹いた。

海外を飛び回っていたということもあって、数カ国語を操る彼女は国際政治に興味があるため文系クラスを選択し、
理系特進クラスであるキラとアスランとは別々のクラスであり、
カガリはバレー部に入部し、
キラとアスランは中学から引き続き電子工学部に入ってたため、
当初アスランは、カガリとは学校生活での接点はほとんど無いだろうと思っていた。
しかし、

『おーい、アスランいるかー?』

と、フツーにアスランのクラスに入り込んでは数学の質問をしたり、

『お弁当、一緒に食べるぞ。
その後は一緒にバスケしよう!球技大会へ向けて特訓しないとな!』

と、昼休みを一緒に過ごしたり。
あまりにも自然にアスランの生活に溶け込むので、
人付き合いがあまり得意ではないアスランは驚きの連続であったが、
変わっていく毎日と変わっていく自分が心地よく、何より楽しかった。

だから、高校1年生の秋に両親が海外転勤になったため実家に1人で残ることになっても、
アスランは寂しくも心細くも無かった。

高校2年生の春、電子工学部の先輩にハメられて生徒会長に立候補せざるを得なくなった。
これまで、学級委員や委員会の役員等を押し付けられて引き受けた事はあっても、自ら手を上げた事は無かった。
そんなアスランが煮え切らない思いと不安とプレッシャーと苛立ちと、
そんなぐちゃぐちゃな感情のまま立候補する罪悪感に苛まれていた時、
前を向くよう背中を押してくれたのはカガリだった。

『いいじゃないか!
アスランが生徒会長になったら、きっとこの学校はもっと良くなるよ。
学校が良くなれば、毎日が楽しくなって、
友達や先生やこの学校をもっと好きになる子がいっぱい出てくるよ!』

『そんな、世界を変えるような事、俺には…。』

と、万有引力よりも強い力で落ちた視線は、強制的にカガリによって持ち上げられた。
カガリがアスランの手を取っていたのだ。

『大丈夫、アスランを1人にはしない、私もキラも手伝うから!
でもな、これはアスランがいなくちゃ出来ないんだ。』

その時のキラの絶叫よりも、カガリの言葉の方がずっとアスランの胸に響いた。

自らの意思で就いた生徒会長という役割によって、
文字通りアスランの世界は変わった。
定例の雑務に加えて、学校行事、突発的な案件への対処に想像以上の時間と労力を要し、
何より今まで使ったことの無い範疇の能力を求められて。
それでも立ち止まらずに続けてこられたのは、副会長のカガリと庶務係のキラが支えてくれたからだった。
特にカガリは、2年生の秋からバレー部主将になって益々忙しくなった筈なのに。

アスランは事務処理能力がありすぎる上にこういった立場に不慣れで、
元々奥手な性格も相まってか、他のメンバーに仕事を振れずにいることがあった。
1人で黙々と作業をしていると何処からともなくカガリが現れて、

『仕事を1人で抱え込むなって言ってるだろ!
少しは手伝わせろよ。』

と叱られて、いつもアスランは困ったように笑って。

『笑い事じゃないって!
アスランは優秀なのにどこか抜けてて、
優しすぎるくらい人の気持ちに敏感なのに、自分の事は鈍感で。
放っておけないよ。』

この言葉だけでも、どれ程カガリがアスランのことを見ていたのか分かる。

だから嬉しかったんだ、
突然生徒会室に飛び込んできた君の顔も、
俺のことを叱ってくれる君の声も、
太陽のようにあたたかい眼差しも、
全部。

だけど、この時はまだ恋を知らなくて。

でも、確かにアスランの胸の中でカガリは特別な存在になっていた、
その関係に名前が無いだけで。





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更新が1日遅れてしまって申し訳ございません。
子どもがアデノウイルスに感染しましててんやわんやでした。

さて、予告通りアスラン視点のお話がスタートしました。
時間軸は高校時代、何だか可愛らしいカガリさんとアスランです。
カガリさんはキラキラしていて、アスランはバカがつくほど誠実で。
(そしてキラ兄様に和む筆者)

この時の2人は、輝くような時の中で楽しい日々を過ごしていました。
が、次回、2人の関係が変化していく出来事が起こります。
以前にもお伝えしましたが、
この物語には2人の邪魔をするような人物は登場しませんので
安心して読み進めていただければと思います。

次回は金曜日に更新する予定です。

拍手と共にコメントを残してくださった方へのお返事は後程させていただきますね。


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