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ラクスの帰国ばかりが頭を占めて、正直浮かれていたのだと思い知る。
だからカガリの変化に気が付けなかった、なんて言い訳を許せない。
どれ程カガリは泣いたのだろう、
それ程の悲しみに気付けなかった自分は何て鈍感で、
何て自己中心的なのだろう。
今朝の通勤の時も、
午前中の業務時間中も、
ラクスを迎えに空港へ向かう電車の中でも、
空港のラウンジでも──
カガリはいつものカガリだった、
少なくとも自分にはそう見えていた。
でも、
──本当は無理をしていたのか…?
俺に心配かけまいと。
アスランはシンが閉めた扉の音を聞き届けると、改めてカガリと向き合った。
まだ涙が乾かない瞳を見詰めれば、カガリは何かを恐がるような顔をして、
アスランは苦い思いに駆られた。
だけどこのままカガリに何も出来ないなんて、そんな事は絶対に嫌だった。
「何が、あったんだ。」
するとカガリから血色が引いて、瞳を伏せられた。
長い睫毛、その先に残った涙が悲しく煌めいていた。
何も答えないカガリに、アスランはシンへの嫉妬を覚えて拳を握り締める。
明らかに自分とシンでは、カガリから向けられる態度が違ったからだ。
シンの言葉がアスランの胸を刺す。
『俺はスカンジナビアに居たとき、誰よりもカガリのそばにいたから、
カガリの事は分かってる。』
自分だって、高校生の頃は誰よりもカガリのそばにいたと思っていた、
彼女と自分は特別な関係だと。
でも実際には──
『高校の同級生だ。』
『ただの友達だって。』
カガリの声を反芻し、アスランは自らの立ち位置を思い知る。
──俺はカガリにとって、
ただの同級生で、
ただの同僚で、
それだけなんだ。
横たわる沈黙が2人の距離を表しているようで、
耐えきれずアスランは言葉をつないだ。
「仕事の事なら、責任者として聞かなくちゃいけない。」
そう最もらしい事を言うしかない、
自分が悔しい。
「ちがっ。」
涙で上手くしゃべれない、
それ程の悲しみを抱く君に何ができるだろう。
「そうか。
…俺には、
話しづらいか。」
瞼を伏せた君が頷いた。
分かっていた結末であってもアスランの胸が軋む。
──俺には話せない、シンには話せるのに…。
俺は君に何ができるだろう、
今はそれを全力で考えて、全力で実現しなくちゃいけないのに──
君を抱きしめたい、
君の涙が止まるまで
朱に染まった瞼にキスをしたい、
そんな身勝手な欲望ばかりが突き上げるなんて。
理性を総動員しなければ抑えきれない程膨れ上がって、
そんな自分に嫌悪さえ覚える。
「この事を相談できる人は、シン以外にもいるのか?
例えば、ミリアリアやフレイとか。」
全神経を使って、柔らかく問う。
するとカガリはほんの少しだけ緊張を解いて、
小さく頷き“前から相談、してるから、大丈夫。”と言ってくれた。
「そうか。
今日はこのまま帰っても大丈夫だ。
イベントは順調だし、そもそも午後は外回りのためにスケジュールを開けてたしな。」
なるべくカガリが気を病まないように言葉を選んだ。
本当は、こんなに痛々しいカガリをこれ以上外に晒したくない。
自分の腕の中に閉じ込められないならせめて、誰の目にも触れない場所へ…。
するとカガリはぐっと親指を立てて、
「大丈夫だ。
シンにこれ、持ってきてもらったから。
10分で何とかする。
だからアスランは先に戻ってて、な。」
と言うから
「何とかって…。」
そんな気合いで何とかなるレベルじゃない筈なのに、
カガリにグイグイと押し切られてアスランは資料室を追い出されてしまった。
アスランは足早にエレベーターに乗り込むと、デスクではなくカフェスペースへ向かった。
手早く携帯を操作しフレイとミリィにメッセージを送る、
それくらいしかカガリの力になれない自分が悔しい。
ホイップクリームたっぷりのホットココアとブラックをオーダーした。
『『やっぱり、ココア飲むと生き返るよね〜。』』
そう言ってほにゃりと笑った親友と君の顔が浮かんだ。
高校生の頃、
生徒会室を満たす甘い甘い香り――
「カガリも喜んでくれるといいな…。」
いつもは胸の内だけに響く声が、今日は抑えきれずに飛び出した。
定時になるとすぐにカガリを帰して、アスランは残務をざっと片付けて帰路についた。
カガリの宣言通り、きっかり10分で自席についたカガリの目元からは完全に朱の色彩が消え、
資料室での出来事が無かったかのように“いつものカガリ”に戻っていて、
アスランは驚きを飲み込むように口元を押さえた。
カガリが“何事も無かった”ふりをして気丈に振る舞っている、ならば自分もそれに合わせるべきだ。
そしてさみしさが胸の内に広がった。
カガリはあれ程の悲しみを隠せる人なんだと思い知った。
そんな強さを、君はいつ身に付けたのだろう、
どうして、
何のために。
その時も俺は、君の悲しみに寄り添えなかったのだろうか。
こぼれたため息が冬の空に溶けていく。
「あれ?アスラン?」
振り返れば、赤い髪を揺らしてフレイが近づいて来た。
化粧品会社に勤める彼女の帰宅時間帯が重なったのだろう。
「驚いちゃった、急に連絡して来るんだもの。
でも安心してね、これからカガリとミリィと一緒に私の家で宅飲みして、
ちゃーんと話を聞いてくるわ。」
カフェスペースでアスランはフレイとミリィに、
カガリと出来るだけ早く会ってほしいとメッセージを送っていたのだ。
直ぐに行動に移してくれた彼女達にアスランはほっとしていた、
自分が直接カガリの力になれないならせめて、と思っていた。
「ありがとう。
そうだ、少し時間はあるか?
俺から差し入れをさせてほしい。」
「それなら大歓迎よっ!」
フレイのリクエストした店へ並んで歩きながら、アスランはフレイに尋ねた。
「カガリがあんなメイクが上手だなんて知らなかった。
今日も、あんなに泣き腫らした目元が元通りなっていて驚いた。」
するとフレイは得意げに笑った。
「フレイ様直伝ですからね!
カガリは高校生の頃から上手だったわよ。」
「え?」
驚いてフレイを見れば、ルージュが綺麗な弧を描いていた。
フレイは何かを知っている、アスランは直感的に思った。
記憶の中のカガリは、学校でも休日もメイクをしているようには見えなかった、
少なくとも自分の前では、目元も唇も色付いていなかった。
ーーじゃぁ、いつ、カガリは化粧をしていたんだ…?
向かいの商業ビルの巨大モニターに化粧品のCMが流れた。
キャッチフレーズは“彼を振り向かせるルージュ”。
ーー誰かの、ために…?
アスランの心の声はフレイに筒抜けだったのかもしれない。
フレイは過去を瞳に映したように、遠い視線で呟いた。
「女が化粧をしたい時ってね、
自分を輝かせたい時と、
何かを隠したい時、なのよ。」
それを聞いて、アスランは素直に溜息を落として苦味を帯びた笑みを浮かべた。
「俺は、カガリの事を何も分かっていなかったんだな。
高校生の頃、1番近くでずっと見てきたと思っていたのに。」
認めざるを得ない、
自分はカガリの事を分かっている気になっていただけなんだって。
特別な関係だと、勝手に思い込んで。
するとフレイはトレンチコートにかかった髪をふわりとかき上げて答えた。
「誰だって、他人の全部なんてそう簡単には分からないわよ。
確かにアスランはカガリのそばにいたんだもの、
だからきっと、アスランしか知らないカガリもちゃんと見てきた筈よ。」
フレイなりに励ましてくれているのだろう、
“ほら、自信持ちなさいよっ。”と背中を叩かれた。
フレイを駅まで送って、夜空を見上げた。
澄んだ空に星が瞬いている。
冬が来るーー
カガリがスカンジナビアへ戻るまであと1ヶ月。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
更新が滞ってしまい、申訳ございませんでした!
こどもたちが時間差攻撃で体調不良を起こして
気が付けば12月が終わろうとしている…。
えー、今回はアスランがコテンパンに落ち込んでおります。
そりゃそうですよね、元カレのシンには泣きながら相談してるのに
アスランには一切話してくれない、頼ってくれない…。
カガリさんの事を好きな分だけ、現実的な力になれないのは悔しくて
哀しみや苦しみを分けてもらえない事がさみしくて。
シンがしかけた攻撃は、アスランに多大なダメージを与えていますね。
で、ここでフレイ様の登場です!
さすがですね、「女が化粧をする時は…」なんてカッコイイ!
さて、アスランとカガリさんの距離は縮まっていくのでしょうか。
次回はなるべく早くUPしたいと思います。
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「ただいまぁ…。」
カガリは帰宅すると、ふらふらとソファーに沈み込んだ。
ファミリータイプのソファーが全身を受け止めてくれて、心地良さに目を閉じる。
と、今日のアスランの表情が思い出され、カガリは苦い気持ちでいっぱいになった。
雫の音 ー shizuku no ne ー 16
カガリは帰宅すると、ふらふらとソファーに沈み込んだ。
ファミリータイプのソファーが全身を受け止めてくれて、心地良さに目を閉じる。
と、今日のアスランの表情が思い出され、カガリは苦い気持ちでいっぱいになった。
雫の音 ー shizuku no ne ー 16
アスランはパーティーの間中、表面上は笑顔を浮かべてはいたが控えめに言っても楽しんでいるようには思えなかった。
バースデーケーキのケーキカットに至っては場が混乱し、
流石のアスランからも社交上の笑顔が消えて困惑した様子で。
あのままアスランを放っておくことも、
誰も手を出さない状況を見逃す事も出来なかった。
そこで急な仕事を言い訳にアスランをあの場から離れさせ、
即興で企画したじゃんけん大会が予想以上に盛り上がってくれて本当に良かったとカガリは思う。
これをきっかけに、カガリは普段関わりの無い部署の者達と交流できたのは嬉しいハプニングではあったが…。
カガリはソファーに身を預けて天井を仰いだ。
アスランがこんな誕生日を望んでいなかった事は確かだ。
──今朝、私がアスランを誘ったりしたからだ。
カガリは足元のカバンから携帯を取り出した。
──やっぱり、アスランに謝った方がいい…かな。
でも、今朝謝った時は逆にアスランに気を遣わせてしまったことを考えると安易に謝るのも気が引ける。
溜息が零れた時、喉が渇いていた事を思い出して冷蔵庫を開けた。
ファミリータイプの大型冷蔵庫の1番上、
昨夜焼いたチーズケーキが目に入ってカガリは苦い思いで視線を落とした。
──このケーキをアスランに渡す事は、
もう出来ないだろうな…。
それ以前に、おめでとうの一言さえ言えていない。
全部自分の播いた種だと分かっていても、
アスランに、大切な誕生日に、迷惑をかけてしまったと分かっていても、
カガリは涙を堪えきれず、
ゴシゴシと目元を擦った。
まるで高校生に戻ったように。
ピンポーン。
土曜の朝から鳴ったインターフォンをキラは無視した。
この時間帯であれば宅配便では無いだろう、
だとしたら新聞の勧誘か何かだと決め込んで二度寝に入った。
が、
ピンポーン!
ピンポーン!
ピンポーン!
──3連打って、も~!!!
昼前まで寝るという健全な土曜日の過ごし方を邪魔されて、
不機嫌な顔でキラはリビングのインターフォン画面を見た、
瞬間、先程の不機嫌は吹き飛び小躍りしそうな勢いでマンションのロックを外した。
「ごめんな、キラ。
こんな朝から。
寝てただろ?」
「いいんだよ!
カガリならいつでも大歓迎!!!」
キラのマンションにやって来たのはカガリだった。
手には大きな紙袋を持っている。
キラの視線に気付いたカガリは困ったと言わんばかりに笑った。
「ケーキが余っちゃってさ。
でも、午前中には食べきらないと悪くなりそうで…。
キラなら朝からケーキ、いけるだろ?」
「もちろん!!
ホールだっていけちゃう!!」
「そう言うと思った。」
と、2人で笑い合った。
こうして2人でいるだけで離れていた時間を越えられる。
カガリと双子で良かったと、こんな瞬間にも奇跡を感じだ。
そしてこれも自分達が双子だからなんだろう。
「カガリ、何かあった?」
一目見た時から何か見えない糸のような違和感があったのだ。
その違和感は何処か懐かしい香りがした。
カガリは曖昧に笑って、
「おすすめの紅茶持ってきたから、今淹れるな。」
と、キッチンに立ってしまった。
紅茶を淹れる所作だけで、カガリがお嬢さまなのだと思い知る。
サッパリとした性格とのギャップからお育ちの良さが際立つ。
「じゃ、僕はケーキを用意しよーっと♪」
ケーキの箱を開けて、キラはパタンと箱を閉じた。
「はい、キラ。
ナイフと、それから皿な。
タルト地になってるから切るの大変かも!」
と、テキパキと出された指示に従えばこの箱の中のケーキを食べる事になるのだが、
その前にキラは確認しておきたかった。
「あのさぁ、カガリ。
このケーキ、本当に食べてもいい…んだよね?」
「変なこと言うなよ、
キラと一緒に食べるために持ってきたんだから。」
カガリは変わらぬ表情で手を動かしている。
こんなに指細かったっけ、なんて関係ない事をキラは考えてしまった。
キラはもう一度箱を開けて平皿にベイクドチーズケーキを出した。
ケーキにのったプレートに書かれた文字、
それこそがキラの感じた違和感の正体だった。
“ Happy birthday ! Athrun ”
カガリがダイニングテーブルに茶器を並べている間に、キラは空に語りかけるように天井を仰いだ。
──ねぇ、どうするべきだと思う?
応えが無いことを知っていても、
問うてしまうのはいつものキラの癖。
遠く離れた君を想って、
耳を澄ませて。
──そうだよね。
キラは手早く携帯を操作すると、
何気なさを装ってダイニングテーブルにケーキを運んだ。
「「いただきまーす!」」
向かい合って君と朝食を。
なんて贅沢な時間なんだ、とキラが浸っていた幸せの時間は携帯の着信音で遮られた。
この着信音を待ってた…のも事実だけど、
けどやっぱり、
──癪にさわるよねっ!
「オハヨー。」
キラは棒読みで電話に出た。
目の前のカガリがそっと席を外そうとしてくれて、キラは軽く手を上げて制した。
「残念、多分もう間に合わないよ。
ごしゅーしょーサマー。
じゃね。」
これくらい意地悪をしてもいいだろう、
だって多分、じゃなくて確実に、
──昨日の夜カガリを泣かせたのは君なんだから。
しかし、思いの外電話の相手は食い下がる。
──まぁ、これくらいの根性は見せてもらわないとね。
電話を切ると、カガリが心配そうにこっちを見ていたから、
にっこりと笑ってみせて
「さぁ、食べよう!」
と、カガリが並べたフォークを使わずに
キラはベイクドチーズケーキにかぶりついた。
カガリのお手製ベイクドチーズケーキは懐かしくて、そして
「しゃいこ〜!!!」
キラはほにゃりと目を細めて味わった。
彼がやって来たのは、
3杯目の紅茶のお代わりを飲み干した頃だった。
滅多に焦る事の無い君が、秋も深まったこの季節に汗だくなっいる。
こんな珍しい姿にキラは笑いが止まらなかったが、
ここは大切な妹を守る兄として毅然とした態度を示した。
「おはよー、思ったより早かったね。
でも残念、ケーキならもう売り切れだよ。」
玄関で棒読みで伝えると彼はズカズカとリビングへ向かい、
やれやれとキラは肩を竦めて後に続いた。
“キラ、お客さんかぁ?”と呑気な声を出したカガリは来客者を見て固まった。
キラは想像通りの展開に、やはり吹き出しそうになりググッと耐えた。
「アスラン…、なん…で?」
「ケーキ…。」
「へ?」
「ケーキを…、食べたい。」
耐えきれずキラに爆笑がリビングに響いた。
キラはひーひー言いながらアスランの肩を叩いて
「もっと他に言い方あるでしょ、アスラン!
面白すぎっ!」
アスランはばつが悪そうな表情をした後、ダイニングテーブルを見た。
中央の平皿にはタルト地のカケラしか残っていなかった、が、
メッセージプレートののった最後の1ピースがキラの座っていた席の前に残っていた、
最初の一口をかじられた状態で。
「これ、食べてもいいか?」
と聞かれたカガリは顔を真っ赤にして、キラの皿を取り上げた。
「ダメだっ、こんな食べかけっ!
そ、それにアスラン、二日酔いなのに朝からケーキなんて食べられないだろ?
また今度焼くから、その時にーー。」
「いいんだっ!
今、食べたい。
そのケーキを。」
あまりに不器用すぎるアスランに、
“でも…。”と言って瞳を揺らすかわいいカガリに、
キラはくすぐったいような気持ちになる。
最初はアスランの目の前で最後の1ピースをこれ見よがしに食べてやろうと思っていたが、
ーーまぁ、いっか。
面白過ぎる光景を見せてくれたお礼にとキラは親友にケーキを譲ることにした。
アスランがとても嬉しそうに笑うから、
そんなアスランを見るカガリが幸せそうだから、
きっとこれで良かったんだ。
ーーちょっと癪にさわるけどね!
ずっとかなしい恋に涙してきたカガリと、
ずっと後悔を抱いてきたアスランを、
僕はずっとそばで見てきた。
だからもう一度、2人が出会う時が来たら
絶対に応援しようと決めていた。
ただ見守るだけじゃなくて、今度は現実的な力になろう、と。
ーーねぇ、君達は知らないでしょ。
かなしみも、後悔も、
抱いていたのは君達だけじゃないって事を。
でも、応援の必要は無いのかもしれないとキラは思う。
だって、どう見てもこの2人はーー
昼前になって、カガリはフレイとミリィとランチの約束があるからと帰り支度を始めた。
ショートパンツからスラリと伸びる脚、透け感のあるニットから見える体のライン、
大人になっちゃったなぁとキラはぼんやりと思いつつ、
隣の不器用すぎる朴念仁をチラリと見る。
ーーねぇ、君。
こんなに可愛いカガリを毎日のように見てて、良く手を出さないよね?
ブーティーを履いてクルリと振り返って、“じゃぁな。”と振ったカガリの手を
いきなりアスランが掴んだ。
ぎょっとする僕。
ーーえっ!何なのっ?!
一方のカガリは、ほわんと頬を染めていて、
ーーそこは恐がる所でしょっ!
とキラはツッコミを入れる。
「ケーキ、ありがとう。
とても美味しかったし、嬉しかった。」
もう何処からつっこんでいいのか分からない程不器用な言葉なのに、
「良かった。
私も食べてもらえて、嬉しかった…ぞ。
お誕生日おめでとう、アスラン。」
応えるカガリのはにかんだ表情が超絶かわいくて、
ーーあぁ〜、もぉ〜!!
キラは身悶える。
カガリが扉の向こうへ消えると、キラはアスランに詰め寄ろうとして空振りに終わる。
アスランが“反則だろ…”と、その場にしゃがみ込んだからだ。
そんなアスランの胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「ねぇ、君達何なのっ!
どうなってるのっ?
てか、良く我慢できるよねっ!
君ってホントに男なのっ?」
「意味が分からないぞ、キラ…。」
「意味分かんないのは君の方だから!」
リビングに移動すると、キラはテレビドラマで良くある取り調べのようにアスランを睨んだ。
全部吐けと言わんばかりのキラの表情に、アスランは“参ったな”と呟いて続けた。
「キラ、ケーキのことを教えてくれてありがとう。
また後悔する所だった。
それにさっきも。」
「さっきって?」
するとアスランは左手で目元を押さえた。
「玄関で…、
キラがいなければカガリに手を出していたかも…。」
と、ため息を落とすアスランにキラは
「手を出しちゃえばいいじゃん!
まぁ、手を出したらタダじゃおかないけど!!」
兄として、目の前で妹に手を出す輩がいればぶん殴るが、
あんなにかわいいカガリを目の前に何も出来ないのは男としてどうかと思う。
複雑な兄心というものだ。
「カガリの意思を無視してそんな事出来る訳無いだろう。」
と本気で真面目に遠い目をするアスランに、キラは目が点になる。
ーーはぁ?何言ってるの?
誕生日にわざわざ手作りのケーキ焼いてくれるんだよ、
あんなはにかんだ表情でお祝いしてくれるんだよ、
カガリの気持ちは分かりきってるじゃん!!
何も言わないキラを他所にアスランは続ける。
「キラも知ってるじゃないか、
カガリにずっと好きな人がいるって。」
ーーそれって、君の事でしょ?
「ずっとつらい恋をしているようで…。
そんなカガリに俺の気持ちを押し付けても、結果は見えているだろ。」
ーーうん、上手くいくよね。
「カガリを困らせるだけだ。」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
キラの絶叫にアスランは目をむいた。
「君ってバカなんじゃないの?!」
「バカとは何だっ。俺は真剣にー」
「それは分かってるけど、う〜ぁあぁぁ、もうっ!」
キラ叫びながら頭を抱えた。
カガリの想いを伝えのは自分の役割じゃないとは分かっていても、
呆れる程真面目にすれ違っている2人を見るのはもどかしいを通り越して発狂しそうだ。
今朝のカガリの様子から、カガリもアスランの想いに気付いていないようで。
ーーと言うか、カガリは積極的に距離を取ろうとしてない?
あんな愛情ダダ漏れのケーキなんか作っておいて!
「キラ、大丈夫か。
さっきから様子がおかしいぞ。」
ーーおかしいのは君の方だからっ!
とツッコミを入れたい所をぐっと抑えて、キラはアスランに諭した。
「とにかく!
カガリはあと2ヶ月でスカンジナビアに帰っちゃうんだから、
もう押して押して押し倒すしかないんじゃないの?!」
キラのアドバイスは半ばヤケクソだったが、唯一にして決定的な作戦であることも事実だったが、
「そんな一方的にーー」
バカが付くほど誠実な彼には難易度が高すぎる作戦で。
ーーねぇ、どうしたらいいと思う?
キラは空を見上げるように天井を仰いだ。
遠く離れた君がいてくれたら、
そう思わずにはいられなかった。
ーーーーーーー
カガリのこともアスランのことも、1番側で見てきたのはキラです。
キラもまた、かなしみと後悔を抱いています。
カガリが涙を流す度に、アスランが後悔を滲ませる度に、
キラだってつらい思いを抱いてきたんですね。
さて、次回はまたしても時間が動き
カガリがスカンジナビアへ帰るカウントダウンが始まります。
追記を閉じる▲
切り分けられたケーキが全員の手に渡った頃、アスランはこっそりと会場に戻り
窓際のシンとルナのテーブルについて、ゆったりとしたため息をついた。
やっと息ができる、そんな気分だった。
雫の音 ー shizuku no ne ー 15
窓際のシンとルナのテーブルについて、ゆったりとしたため息をついた。
やっと息ができる、そんな気分だった。
雫の音 ー shizuku no ne ー 15
カガリが余興として即興で企画したじゃんけん大会のお陰で、
アスランのバースデーパーティーからただの楽しい飲み会に空気が大きく変わった。
主役がいなくなった事で綺麗所の一極集中が解けて、
さらに元気と希望を取り戻した男達が積極的に動き出したのだ。
これも全てカガリのお陰だとアスランは思う。
「参ったけど助かったよ。
本当に、カガリはすごいな。」
と、アスランは懐かしさに目を細める。
「高校生の頃、俺は人付き合いが苦手なのに生徒会長になってしまって。
いつもカガリに助けてもらっていたな。」
くしゃりと笑ったアスランに、シンとルナもつられるように笑った。
そこへ会場を動き回っていたカガリが駆けてきた、
その姿はブルーのリボンにチェックのスカートを翻す、あの日のカガリが眩しく重なった。
カガリから、“余興に一役かってくれた女性達に感謝の言葉をかけて回れ。”、と耳打ちされ、
アスランは頷いた。
「私からもお礼は言ったんだけど、
きっとアスランから声をかけてもらった方がみんな喜ぶからさっ!」
彼女達にはお礼を言わなければならないが、
それ以上に感謝をしなければならない、
いや感謝をしたいのはーー
「わかった、直ぐに。
その前にカガリ、ありがーー。」
「カガリちゃーん!
みんな待ってるんだぜ。
さ、飲もう飲もう!」
アスランの言葉は遮られ、カガリは男に肩を抱かれて連れて行かれてしまった。
中程のテーブルには部署を跨いだ男達、だけではなく若手の女性職員も集まっており、
その中心でカガリはひまわりのような笑顔を向けていた。
今夜はあの笑顔を独り占めできる筈だったのに…。
アスランはルナから勧められた赤ワインを受け取って、やり切れなさを飲み込んだ。
今日が自分の誕生日だなんて、カガリに言われるまで忘れていた。
カガリが誕生日を覚えていてくれた事も、
初めて食事に誘ってくれた事も、
ーーすごく、嬉しかった。
今夜は2人で過ごせると思っていたのに…。
まともに会話もできない状況にアスランは何度目かのため息をついた。
ーー散々な誕生日だな。
アスランは気持ちを切り替えられないまま、カガリに教えてもらった功労者達へと挨拶に回った。
「あーあ、ありゃ何人カガリに落ちたかなぁ。」
シンとルナのテーブルに戻った時、何気無いシンの呟きをアスランは聞き逃さなかった。
ーー落ちたって…?
どういう意味なのか、ただ嫌な予感がアスランを焦られる。
ルナがシンに問う。
「落ちたって、惚れちゃったってこと?」
「そうそう、カガリってすごいモテるんだよ。
スカンジナビアではミスキャンパスよりも大学のアイドルよりも、
ある意味人気だったんじゃないかなぁ。」
昔を懐かしむようにシンが笑った。
「それも男女関係無く。
まぁ、分け隔て無く仲良くしちゃうし、ノーガードだからさ、
勘違いした男達が泣きを見るんだよ。」
「親みのあるカリスマ性っていうのかしら、矛盾してるかもしれないけど。
惹きつけられるものがあるあよね。
あの性格だし、笑顔に華があって、スタイルもいいし。」
シンとルナの会話を聞きながら、アスランは衝撃を受けていた。
カガリが魅力的な事は誰よりも知っている、
だからカガリがモテるのも理解は出来る、
が、実際にあのテーブルの中にカガリを狙う男がいるのを許せない。
今すぐカガリを連れ戻したい、そんな衝動に駆られた、
「スタイルはスゲェよ。
あぁ見えて隠れ巨乳だし、ヒップラインなんか最高だし!」
「へー、良くご存知でっ!」
「元カレですから。」
が、シンの発言にアスランは拳を握りしめる。
シンが元カレである以上、カガリを抱いた事がある…のだろう。
中学生のようなプラトニックなお付き合いを大学生がするなんて考えられない。
覚悟も理解もしていたが、言いようの無い感情が蠢く。
今朝、電車で抱きしめたカガリの体を、
自分のものにした男達がいるーー。
それを許した過去の自分が、何よりも許せない。
「でも、シンがちょっと羨ましいっ!
私も見てみたいっ!」
ここで嫉妬するのではなく、こうなる所がサッパリとしたルナの良さだ。
すると、
「じゃぁ、今度カガリさんを誘って温泉へ行こうよ、お姉ちゃん。」
どこからともなくメイリンが現れ、テーブルに収まった。
「カガリさんに今日のお礼もしたいし。
アスランさんも一緒に行きませんか?」
「えっ、あ…。
カガリに聞く方が先じゃないか。」
アスランはやっとの思いで言葉を繋いだ。
同僚と一緒にプライベートで外出した事なんて殆ど無く、
ましてや旅行なんて行った事は無い。
だけどカガリも行くのであれば一緒に行きたいし、
ーーもし飲みすぎて、この間のように寝てしまったらっ。
と考えてアスランはカガリのいるテーブルを見た。
まるで旧知の仲のように打ち解けた彼等と一緒に写真を撮っている、
その様子を見るに飲み過ぎでも飲まされ過ぎでも無いようだ。
アスランは腕時計を確認し、そろそろお開きであることにホッとした。
ーー疲れた…。
だから、早くカガリと2人きりになりたかった。
いつもの道を2人で帰りたい、
声が聞きたい。
でも本当はそれだけでは無くて、
手を繋いで、抱きしめて。
カガリが欲しいと、思う。
暴走気味な自分の思考にアスランは苦笑した。
ーーそれもこれも、今朝の電車のせいだ。
カガリが潰されないように守ろうとした、
事はきっかけに過ぎなくて、
この状況を言い訳にしてカガリを抱きしめていた。
カガリに触れるのは再会したあの日以来で、
煩い程に鼓動が打ってカガリに聞こえてしまうそうだと焦った時、
カガリからも鼓動が聞こえてきて、
その音とリズムが嬉しくて。
声をかけても返事をしてくれず、
でも髪の間から覗く耳たぶもうなじも真っ赤になっていて、
こんなにかわいい君を離すなんて事は無理だった。
再会したあの日に増して甘い匂いがする気がして、呼吸をする度に胸を満たした。
思い出しただけで体に熱がこもるようで、アスランは静めるように息を吐き出した。
お開きの時間となり、店員に促され各々身支度をし外へ流れ出した時、
アスランはカガリが例のテーブルのメンバーと外へ出たのを確認すると後を追いかけた。
「カガリっ。」
そう声を掛けようとして強く腕を引かれた。
見ればメイリンがガバリと頭を下げた。
「今日はすみませんでしたっ。
こんな大規模なパーティーになってしまって。」
「いや…、賑やかで、みんな楽しんでいたようだから。
幹事、大変だっただろ。
お疲れ様、ありがとう。」
と、アスランは切り上げようとしたが、メイリンが女子とは思えない力でしがみついてきた。
アスランは驚きで言葉を失った。
「あの、これじゃ私の気がすみませんっ。
この後、少しだけでいいんで、お礼をさせてくださいっ!」
お礼の意味が良く分からず反応に遅れた、のがアスランの最大の敗因だった。
「あらあらメイリン、少し酔ってるんじゃ無い?
幹事をねぎらって送ってあげたらアスラン。」
と言い出したのはルナで、
よりによって加勢に回ったのは、
「大丈夫か、メイリンっ!
アスラン、送ってやれよ。
色んな気苦労もあったろうに…、ご苦労様メイリン。」
カガリだった。
まるで何処かの国の騎士のように凛々しくメイリンを撫でる姿に、
周囲の女性から悲鳴が上がった。
「退路は断たれな、アスラン。」
シンにポムと肩を叩かれて、アスランは空に叫びたくなった。
ーー何て誕生日だっ!
そうこうしている内に、
カガリは先程の男に腰を抱かれて“もう一杯飲んで帰ろう”と誘われながら彼等の輪に飲み込まれ、
シンとルナは何だかんだで仲良く手を繋いで歩き出し、
残されたアスランはメイリンを送るしか無い現実を受け止めざるを得なかった。
もう何度目かの溜息を飲み込んで、“行こうか。”と声をかけようとしてアスランは携帯を取り出した。
「すまないが、1件だけ連絡を。」
「カガリさんに、ですか?」
メイリンの思わぬ返しにアスランは絶句し、結果的にメイリンに解答を伝えてしまったようなものだった。
するといきなりメイリンが笑い出し、本当にこの子は酔っ払っているのではないかと心配が募った。
「メ、メイリン…?」
胸元を抑えて呼吸を整えながら、メイリンは言った。
「スミマセン、私は大丈夫ですから。
ちょっと、予感的中に、びっくりして、ショックな筈なのにそんなにショックじゃなくてっ。」
アスランからしたらメイリンの発言の意味が分からず、しかもまた笑い出してしまった彼女を目の前に
カガリにメッセージを送る訳に行かず、携帯を片手にどうする事も出来なくなってしまった。
「直ぐに用件は終わりますから、少し歩きませんか?」
そう言われて、アスランは携帯を納めるとメイリンと並んで歩き出した。
「実は私、入社試験の時から、ずっとアスランさんの事を見てたんです。
一目惚れってやつです。」
アスランは驚いてメイリンを見た、
するとメイリンは困ったように笑った。
「やっぱり、気付いてませんでした…よね。
私、結構アスランさんのこと追いかけてたんですよ、
部署は違うけど少しは接点が出来るようにって頑張って!
アスランさんの事を観察するのが日課になって…、って、観察は失礼ですよね。」
アスランはこんな時に何と言ったらいいか分からず、
キラだったらどうするだろう、とコミュニケーションと距離感の達人の顔を思い浮かべていた。
「でも、突然アスランさんが変わったんです、丁度1ヶ月前から…。」
「変わった?」
聞き流しは出来なかった、
動機はどうであれ、外から見て自分の職場での立ち振る舞いやパフォーマンスの質が落ちていたのであれば
直ぐ改善しなければならない。
が、メイリンの応えはアスランの想像とは別物だった。
「アスランさん、良く笑うようになったっんです。
それも社交上の笑顔じゃなくて、もっと自然な感じで、
心から嬉しそうに、楽しそうに。」
つられるようにメイリンは笑った。
「わぁ〜、あんな風に笑うんだってビックリしちゃって!
で、なんで笑うようになったのか知りたくなって、毎日観察して。
そして気付いたんです、アスランさんの視線先にいつもカガリさんがいる事に。」
アスランは思わず立ち止まり、全身が冷え切って行くのを感じた。
自分の態度はそんなにあからさまだったのだろうか。
そんなアスランの思考を先回りして、メイリンはビシっと人差し指を立てた。
「大丈夫です、気付いているのは私くらいだと思います。
少なくとも、お姉ちゃんもシンも、もちろんカガリさんも気付いていませんし、
アスランさんとカガリさんの噂も聞きません。」
「…、そうか。」
メイリンの発言にほっとして、アスランはメイリンと共にもう一度歩き出す。
「どうしてカガリさんなんだろうって思って、
今度はカガリさんも観察するようになったんですけど、」
“本当に観察が好きなんだな。”と、アスランはおっとりと思いながら耳を傾けた。
「アスランさんが好きになるのも分かります、
太陽みたいにキラキラしてて、カガリさんはとってもステキで。
今日だって、あの状況でアスランさんを助けて、
あの場を盛り上げて、みーんなハッピーになって!
本当にすごい人で、かわいくて、優しくて、かっこよくて。
で、気が付いたら、私アスランさんよりカガリさんの方が好きになっちゃったんです。
それが今日、はっきりしました。
だから…、」
そう言って、メイリンはアスランの前に立ちはだかった。
「私達はライバルなんです!」
「…は?」
鳩が豆鉄砲をくらった、とはこんな顔なのだろう。
してやったりと、メイリンは笑った。
「冗談ですよ!もう、真面目過ぎるんだから!」
と言われて、アスランはやはり何と返していいのか分からないので、
メイリンが笑いのツボから脱するのをとりあえず待つことにした。
と、メイリンは“コホン”と咳払いをして仕切り直した。
「私はアスランさんの事も、カガリさんの事も大好きなんです。
だから、アスランさんへの恋を終わりにします!
そしてお二人の幸せを願っています!
今までありがとうございました!」
一息でそう言って、メイリンはペコリと頭を下げた。
アスランはやはりどう応えていいのか分からなかった。
だけど、
「メイリンはすごいな。」
素直な言葉が漏れた。
「自分の想いに正直で、
それを実行して、
想いを伝えて。」
全部アスランには出来なかったことだった、
どれ程長い間カガリを想っていても、自分の根幹に関わる程深く想っていても。
もう2度と後悔はしたくないし、諦めるつもりも無い。
だけど──
黙り込んでしまったアスランに、メイリンはビシィっと言い放った。
「アスランさんには頑張ってもらわなきゃ困ります!
それにのんびりしている時間は無いですよ、
カガリさんはあと2カ月でスカンジナビアへ帰っちゃうんですから!」
──あと2カ月。
「告白して気まずくなってお仕事に影響が出るかも、なんて考えてる場合じゃ無いんです!」
──それもあるが…。
他の誰かを想い続けるカガリに自分の想いを伝えた所で結果は見えている。
このままではだめなんだ。
──今の自分に何が出来るだろう。
曖昧に笑ったアスランを見て、メイリンは2人にはもっと別の事情があるのかもしれないと思う。
メイリンが2人を観察し続けて分かった事は、
アスランがカガリを想っているだけじゃない、
ーーきっとカガリさんも…。
ならば、とメイリンの瞳に決意が宿る。
2人の幸せのお手伝いをしなければ、と。
その胸の内には、使命感と、未来に約束した幸せと、
ほんの少しの切なさがあった。
メイリンと別れた後、カガリに連絡しようと携帯を出した。
するとカガリからのメッセージが届いていて、
二次会に参加せずに帰宅したのだろうとほっとした。
《アスラン、今日はお疲れ様。
パーティーはみんな楽しそうで大成功だったな。
言いそびれちゃったけど、
お誕生日おめでとう!!
おやすみなさい。》
──お誕生日おめでとう、か…。
本音を言えば、直接カガリから聞きたかった。
カガリからお祝いのメッセージをもらったのにそれ以上を望むなんて、
去年の自分が見たら怒られそうだ。
でも、もしあの時シン達と会わなければ、
もしあの時飲み会を断っておけば──
そう考えずにはいられなかった。
ーーーーーーーー
安定のタイミングの悪さですね、アスラン…(^◇^;)
カガリにお礼を言おうとしては連れ去られ、
一緒に帰ろうとしてはメイリンを送ってやれと言われ…。
嬉しかったのは通勤電車の間だけで散々な誕生日になってしまいました。
メイリンも悪気があった訳じゃないんですよ、
2人の邪魔をしたかった訳でも無く。
今後は陰ながら2人の応援団になってくれる事でしょう。
さて、こうしてアスランの誕生日の夜はふけていきます。
次回は誕生日の翌日のお話です。
なんと、キラ兄様視点でお話が進みますよ!
ということは………ドタバタ全開ですので、お楽しみに☆
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こんなに憂鬱な朝は、オーブに戻って最初に迎えた月曜日以来だ。
カガリは朝食もろくに喉を通らなかった。
ゴハン命のカガリが、である。
ーー本当にうまく行くのかな…。
弱気になる自分を振り切るようにカガリは立ち上がった。
ーーと、とにかく、アスランを誘わなきゃっ!
雫の音 ー shozuku no ne ー 14
カガリは朝食もろくに喉を通らなかった。
ゴハン命のカガリが、である。
ーー本当にうまく行くのかな…。
弱気になる自分を振り切るようにカガリは立ち上がった。
ーーと、とにかく、アスランを誘わなきゃっ!
雫の音 ー shozuku no ne ー 14
昨日のお好み焼き会議ではフレイ&ミリィ参謀による数々の作戦が練られた。
その中で最も直近で最も重大な作戦は、アスランの誕生日を2人でお祝いすること、らしい。
決戦は今夜。
誕生日を知りながら無策でいた事をかなり叱られたが、
カガリ自身は何も用意していなかった訳では無い。
高校生の頃、アスランが美味しいと言ってくれたチーズケーキを作ろうと準備していた、
彼が帰宅した頃を見計らって届けようと。
現在の立ち位置である同僚でお隣さんであれば、これが適切だと思ったのだ。
しかし、参謀達によるとこの作戦は大甘の穴だらけらしいのだ。
先ず、アスランのスケジュールをカガリが把握していないこと。
アスラン程のイケメンであれば、既に誕生日に誘われている可能性もあるし、
そもそもイベント事に無頓着なのであれば、誕生日を忘れて残業や接待を入れてしまう可能性だってある。
だとしたら、カガリがケーキを渡すタイミングなんて無くなってしまうかもしれない。
『『だから!ディナーに誘いなさい!!』』
とのことだった。
本日、アスランの誕生日は残念ながら金曜日。
お祝いに相応しいお店は予約でいっぱいかもしれないけれど、
兎に角アスランを誘って約束を取り付けることが先決で、店なんてどうにでもなる…らしい。
何とも押せ押せな作戦ではあるが、
バレー部で鍛えた根性で乗り切ろうと、カガリは気合を入れた。
ーー誘うなら朝、会社に着くまでに。
会社でプライベートな話は避けるべきだし、他の人の目も気になってしまう。
だから、この通勤時間にと決めていたのに…。
ーーむっ、無理だ…っ!
カガリはアスランのジャケットに顔を埋めてぎゅっと目を閉じた。
事は5分前に遡る。
最寄り駅であるカグヤ駅のホームに流れ込んだ電車に乗って、
いつも通りドア側に向かい合った時だった。
《○○駅で発生した車両点検により、現在××線は運転を見合わせております。》
と電車のアナウンスが流れた。
幸いにも車両点検に入ったのはカガリ達の路線では無かったのだが、
振替乗車の利用客が雪崩のように押し寄せ、
「ぉわっ!」
「カガリっ。」
肺が潰れるような圧迫感にカガリは思わず目を閉じる。
と、急に呼吸が楽になって“ほぅっ”とまん丸い息を吐き出した時、
耳元にアスランの声が落とされた。
「大丈夫か。」
ーー…え?
吐息さえも感じる距離感と
アスランに抱きしめられるような体勢に、
全身が沸騰したように熱くなる。
うるさいほどに鼓膜を打つ鼓動は、きっともうアスランに聞こえてしまっているのだろう。
それが恥ずかしくて、
もうドキドキして頭が真っ白で、カガリは思わず手をぎゅっと握った、
つもりがアスランのジャケットを握ってしまっていた。
「カガリ、体勢つらくないか?」
もう一度呼ばれて、カガリは上げそうになった顔を咄嗟に戻した。
こんな真っ赤な顔を上げたら何もかもがアスランに伝わってしまう、
それだけは絶対に避けたかった。
カガリは小さく頷いた、その拍子に額がコツンとアスランの胸に当たって、
それだけで胸が高鳴って心臓が痛い程で。
カガリが潰れないように守ってくれている、
これはアスランの心からの優しさなのに、
アスランに触れてもらう喜びに震える自分がいて、
ーーもう、めちゃくちゃだ私…。
ガタンと大きく電車が揺れ、人の波がドア側へ打ち寄せる。
カガリはアスランに強く腰を引かれ、もう身を委ねるしかなかった。
ずるいかもしれない、だけどこの今に少しだけ甘えたかった。
振替乗車の影響で混雑した車内とホーム。
電車のダイヤが乱れて通常よりも時間がかかった上に、
会社の最寄り駅で下車するのも一苦労だった。
アスランに連れてこられたホームのベンチに座り、カガリはふーっと息をつこうとして失敗する。
まだ胸がドキドキして静まらずカガリはそっと手を当てようとして気が付いた、
アスランと手を繋いだままの事に。
いつの間に手を繋いだのか自覚も無くて、
ただその事実に触れた手から熱を持って動けなくなる。
「大丈夫か。」
心配そうな瞳を寄せられて、カガリは何か言わなきゃと分かっていても声が出せない。
すると、繋いで無い方の手が額に触れて、カガリは目を見開く。
「顔は赤いし、目も潤んでる。
ひどい混みようだったもんな、
少し休んで、今日は帰ってもいいだぞ。」
「それはダメだっ!」
思いの外大きな声が出て驚いたが、そんなものすっ飛ばしてカガリは焦っていた。
ここで帰ってはアスランの誕生日を祝えなくなるし、
昨日のお好み焼き会議の作戦どころでは無くなってしまう。
「私は大丈夫だっ。
ほら、スカンジナビアの暮らしが長くてオーブの通勤ラッシュに慣れて無いだけで。
外に出れば気分も良くなるし!」
“さぁ、行こう”と立ち上がり、カガリはズンズンと歩き出した。
そしていつの間にか解けた手にほんのりとさみしさを覚えている自分が恥ずかしくなって、
きゅっと唇を噛んだ。
駅を出て秋の高くなった空からの陽光を浴びて、カガリは猫のように伸びた。
秋が薫る風が頬を撫で、“気持ちいい〜。”と思わず声が漏れる。
と、閃くように今日のミッションに打たれた。
ーーアスランを誘わなきゃっ!
まるで告白でもするような緊張に体が硬くなるが、
程近いオフィスビルにはアスランの長い足ではすぐに着いてしまう。
躊躇している時間なんて無い。
「あっ、アスラン!」
くれる視線が優しくて、頬が染まるのを抑えられない。
「今日の夜…なんだけど、何か予定はあるか?」
いつの間にか、足が止まっていた。
職場へ急ぐ人の流れの中で立ち止まると、
2人だけが切り離された世界にいるみたいだ。
「いや、特に予定は無いけど。」
ーー予定は無い、って事は誕生日を一緒に過ごすような女性もいないって事だよな…。
と、カガリは慎重に一歩一歩進めていく。
声が上ずりそうになり、ごくんと喉を鳴らした。
「良かったら一緒に食事に行かないか!」
ーーお願い、頷いて…っ!
祈るような気持ちでアスランを見れば、
アスランは穏やかな笑顔で頷いて、
「あぁ、いいよ。
でも珍しいな、カガリから食事の誘いだなんて。」
アスランの他意のない指摘はその通りだった、
正確にはアスランを食事に誘ったのは初めての事だ。
だから告白に匹敵する程の勇気が必要だったのだが、
カガリの背中を押したのはアスランの誕生日を祝いたい気持ちから。
「アスラン、今日、誕生日だろ?」
そう言うと、アスランは案の定驚いた顔をしていて、
思わずカガリは吹き出し今までの緊張がどこかへ飛んだ。
「もうっ、また自分の誕生日を忘れてたんだろ。」
とからかえば、ばつが悪そうにアスランが微笑んだ。
“じゃぁ、一緒にお祝いしような”、続く筈だった言葉は
「えー!アスラン今日が誕生日なんだ。
じゃぁ、今夜は飲み会だー!」
この乱入者達によって阻まれた。
見れば、シンとルナ、その妹のメイリンがいて
既に何処の店にするのかで盛り上がっている。
その勢いに呆気にとられている間に、
流石は秘書課のメイリンだ、早々に店の予約を終えていた。
同時にアスランとカガリの携帯にメッセージ受信を告げる音が鳴る。
確認すれば、メイリンから店の詳細情報が送られていた。
仕事が早すぎる。
「み、みんなでお祝いした方が楽しいよなっ!」
カガリはまるで自分自身に言い聞かせるように言ってアスランを見れば、
どこか落ち込んだような空気を感じた。
もしかしたら、今のアスランは誕生日は1人で静かに過ごす方が好みなのかもしれない。
ーーなのに、高校生の頃のように安易に祝おうとしたりして。
もっと、ちゃんと、
アスランの気持ちを確認すれば良かった。
「なんか…ごめんな。」
するとアスランが慌てた様子で首を振った。
「カガリが謝るような事は何もっ。」
「ちょっと無理してないか?」
「大丈夫、だから。」
とは言っているけれど、どう見てもアスランは戸惑っているような、少し沈んでいるような、
楽観的に見てもお祝いを楽しみにしているようには見えず、カガリは胸の内でもう一度アスランに謝った。
そして、空に向かって参謀達にも思いを馳せた。
──ごめん、フレイ、ミリィ。
この作戦は最初っからダメだったみたいだ…。
さらに、参謀達の計画は想定外の事態に狂い出す。
午後に急遽カガリはモルゲンレーテ本社に呼び出され
飲み会には1時間遅れで参加することになったのだ。
そして最大の想定外は…
ーー何だ、この騒ぎは…っ!
会場はスペインバル形式の洒落た店で、結婚式の二次会に使われる有名店だった。
カガリはてっきりシンとルナとメイリンと一緒にテーブルを囲んで祝うものと思っていたが、
ほぼ店は貸切状態なくらいザラの社員で溢れている。
アスランを探すと、奥の方のテーブルで社内の美女達に囲まれ華やかすぎる空気に目眩を覚える程だ。
これでは“おめでとう”の一言を伝える事はおろか、近付くことさえ出来ない。
と、カガリは窓際に陣取ったシンとルナに呼ばれた。
「おーそーいー!」
「カガリは何飲む?
やっぱり最初はビールかしら?
生中1つと白2つ、ピンチョス盛り合わせ追加で!」
ルナがテキパキと注文し、
「「「かんぱーい!」」」
漸くありついたビールは最高の喉越しだった。
と、カガリは皿に残った生ハムを口に入れながらシンとルナに問うた。
「どうしてこうなっちゃったんだ?」
すると、ルナは肩を竦めてアスランのテーブルへと視線を投げた。
「アスランって歓送迎会や接待以外の場には、基本的に参加しないのよ。
プライベートの誘いは全部断ってるし、本人から誘うなんて絶対無いし!
だから、この飲み会はプレミア物のゲキレアで!」
「で、何処かからか聞きつけた奴ら、主に女性社員の綺麗所が集まって、
それ目当てで今度は男性社員が群がって、
ハイ、このとおり!」
飲み会に参加するだけでお祭り騒ぎになるなんて、
「アスランって、慕われてるんだな。」
カガリは懐かしさを含んだ笑みを浮かべる。
「あいつ、生徒会長の時は結構戸惑ってたんだよ。
人付き合いへの苦手意識…って言うのかな。
だから、こんなにアスランが慕われてて、嬉しいって言うのも変かな、
ほっとしたと言うか。」
するとルナが困ったように笑い
「まぁ、慕われてはいるけど…」
シンも同じ顔で笑った。
「今日のは群がられてるって言うか、
ちょっとかわいそうって言うか。
まぁ、あんだけ綺麗所からモーションかけられまくったら、一般的には羨ましい状況なんだろうけど。」
──モーション…。
遠くのアスランを見る。
モデルか芸能人かと見間違う程の美人が揃うのも流石は大企業というものか。
彼女たちは可愛らしい仕草でアスランを見つめ、
会話のタイミングでさり気なくボディータッチをし、
スマートに料理を取り分けたり次のお酒を手配したり。
決して押し付けがましい態度では無いのにちゃんと好意が見えて、カガリはため息をこぼした。
モーションなんてどんな風にかけたらいいのか分からなかったけど、
これが正解なら、自分には到底無理な話だ。
煌びやかな花束のようなテーブルで、アスランの隣にはいないものの目を引くのは意外にもメイリンだった。
メイリンもまたアスランに好意を寄せているのだろう。
「すごいな、メイリンは。」
ポツリとこぼした言葉をルナは笑った。
「本当、すごいわよねぇ。
入社直後に一目惚れして、以来ずーっと頑張ってるんだから!」
カガリは尊敬の念さえ抱く。
好きな気持ちに真っ直ぐ生きる、
自分に出来ないことをメイリンはずっと実行し続けているのだから。
どれ程強い思いなのだろう、
アスランへの恋心も、
それを叶えたいという願いも。
すると、今まで控えめな位置にいたメイリンがアスランに耳打ちし、腕を引いた。
そのままフロアの中央に連れ出して、照明の色が変わる。
「流石は幹事ね、自分に有利に段取り組んじゃって!」
ルナの言っている意味が分からず首を傾げる。
すると、大音量と共に大きなケーキが運ばれてきた。
まるで結婚式のように周囲は生花で飾られ、色とりどりのフルーツがキラキラと輝いている。
大きなリボンが結ばれたケーキカット用のナイフを、メイリンはアスランへ渡す、
のでは無くケーキカットを手伝おうとしている。
「ね、花嫁気分を味わえちゃうって訳。」
ケーキの前に並ぶ2人の姿は結婚式のようで、
狙って実現させてしまうメイリンの力に
カガリはただただ圧倒されてしまう。
しかし、メイリンの作戦に思わぬ伏兵が現れる。
「はーい♪
私もケーキカットしたいでーす♪」
この場で手を挙げる強者がいたのだ。
「す、すげぇ…。」
思いっきり引き気味のシンの感想は最もで、
この状況で手を挙げるには、空気をあえて無視する勇気と思い切り、
それを下支えする強烈な願望が必要だ。
それを持ち得る女性がいるなんて。
さらに、1人が手を挙げれば一気にハードルは下がるもので、
次々に女性が手を挙げたり、さり気なさを装ってアスランの隣に並んだり…。
収拾がつかなくなりそうな空気の中、流石にアスランの社交上の笑顔にも曇りが見えた。
ここで幹事のメイリンが仕切れればいいのだが、上下関係や仕事上の付き合いを考えれば
中々動きづらいのであろう。
「ちょっと…やりすぎかしら?」
引きつった笑いを浮かべたルナは驚きに目を開く。
なんと、群雄割拠の戦場へカガリが乗り込んだのだ。
「えっ!おい、カガリ!?」
単騎で駆け抜けるカガリにシンの声は届かない。
カガリは素早くアスランの傍に控えると、真剣な表情で携帯を見せる。
直ぐに頷いたアスランは携帯を片手にその場を辞した。
仕事上の重要な連絡が入った事は誰の目にも明らかだった。
残された豪華なケーキと煌びやかな女性たち、
そして期待の眼差しを向けていた参加者達に微妙な空気が流れそうになった時、
カガリがマイクを持った。
「主役が戻るまで余興にお付き合い下さい。
ここにいる彼女達はケーキカットに名乗りを上げて下さいました。
そこで…、
彼女達と一緒にケーキカットをしたい男ども、集まれー!!!」
すると野太い声が天井を突き破るように上がった。
綺麗所目当てで参加した男達は、自らの予想に反しておこぼれにあずかれずフラストレーションがマックスだったのだ。
このタイミングで降って湧いたカガリの余興は、飢えた彼等のテンションを120%引き上げた。
カガリが提示したルールはシンプルで、
ケーキカットをしたい男達とカガリがジャンケンをして
最後まで勝ち抜いた者が女性1名を指名し、2人でケーキカットができるというもの。
「準備はいいか、さぁいくぞっ!
じゃ〜ん、け〜ん、ーー」
この日1番の盛り上がりと一体感を見せる会場を見渡して、
シンはからりと笑った。
「やっぱカガリはすげーわっ。
昔っからそうだよな。」
さりげなく、だけど誰もが納得する形でアスランを助け、
その上会場を盛り上げる。
ここまで盛り上がれば、アスラン目的でケーキカットを申し出た彼女達も文句は言えないだろうし、
むしろアスランのバースデーパーティの余興で一肌脱げたと喜んでいるかもしれない。
「本当ね…、あの場を収めるのは若手のメイリンには荷が重すぎるし。
カガリは自分が外部の人間だからって、この役をかってくれたのかもね。
後でお礼を言わなくちゃ。」
そのメイリンはいつの間にか表舞台から離脱し、じゃんけん大会の裏方として音響をいじっている。
音響効果もあってかじゃんけん大会は大いに盛り上がり、
最後まで勝ち抜いたのは“一本気”を体現したようなガタイの良い男だった。
彼が全身を真っ赤にして指名したのは“秘書課の華”と呼ばれる女性で、
まるで美女と野獣の実写化のような2人がケーキにナイフを差し入れた時、
会場には割れんばかりの拍手が響いた。
このじゃんけん大会をきっかけに2人が結婚することになるのだが、
それは3年後の話ーー
ーーーーー
更新が遅くなってしまって申し訳ございません!
アスランの誕生日をお祝いする筈が、とんでもないパーティーになってしまいました。
カガリが颯爽とアスランを助ける姿はまさにオスカル様!
この後、アスランと2人でお祝いできるのでしょうか…。
次回はアスラン視点で物語が進みます!
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オーブで初めて迎える月曜日、
カガリは緊張で朝食もろくに喉を通らなかった。
あのゴハン命のカガリが、である。
ーーやっぱり、一緒に通勤しようなんて約束しなきゃ良かった…。
もう何度目かのため息を飲み込んで、カガリはマンションのエントランスへ向かった。
“もう高校生じゃないんだぞっ!”、そう自分を鼓舞して。
「おはよう、カガリ。
行こうか。」
「う…、うんっ。」
高校生の頃とはまるで違った。
隣のアスランはあの頃よりも背が伸びて、スーツが似合う大人になっていて、
あの頃と変わらない恋心に振り回されっぱなしの自分だけが時が止まったように幼く感じる。
ただ隣を歩くだけで、
電車に揺られながら向き合うだけで、
こんなにも胸が高鳴って、
心臓がもたない。
そっとアスランを伺い見れば、どこか機嫌が良さそうで、
一緒に通勤するこの時間を楽しんでくれているのかと思うと、
ふわふわとした、
キラキラとした、
そんな気持ちになる。
初恋が生まれるような。
雫の音 ー shizuku no ne ー 13
カガリは緊張で朝食もろくに喉を通らなかった。
あのゴハン命のカガリが、である。
ーーやっぱり、一緒に通勤しようなんて約束しなきゃ良かった…。
もう何度目かのため息を飲み込んで、カガリはマンションのエントランスへ向かった。
“もう高校生じゃないんだぞっ!”、そう自分を鼓舞して。
「おはよう、カガリ。
行こうか。」
「う…、うんっ。」
高校生の頃とはまるで違った。
隣のアスランはあの頃よりも背が伸びて、スーツが似合う大人になっていて、
あの頃と変わらない恋心に振り回されっぱなしの自分だけが時が止まったように幼く感じる。
ただ隣を歩くだけで、
電車に揺られながら向き合うだけで、
こんなにも胸が高鳴って、
心臓がもたない。
そっとアスランを伺い見れば、どこか機嫌が良さそうで、
一緒に通勤するこの時間を楽しんでくれているのかと思うと、
ふわふわとした、
キラキラとした、
そんな気持ちになる。
初恋が生まれるような。
雫の音 ー shizuku no ne ー 13
叶わぬ恋の人、
その人との生活が始まる前は
胸の痛みとそれを塗り隠す作業の連続になることも覚悟した。
毎日仕事で顔を合わせ、帰宅すれば壁一枚向こう側にアスランの存在を感じて…、
普通で居られる筈無い。
でも、
「な?あり得ないだろ?」
「ホント、しんじられなーい!ね、カガリ。」
蓋を開けてみれば楽しい時間で溢れていた。
それもこれもシンとルナのお陰だと、カガリは心の底から感謝していた。
仕事の延長線上ギリギリラインの雑談が多い2人に、職場では笑いが止まらなかった。
でも、ここぞの集中力は驚異的で爆発力があり、流石若手のエースと言われる程だ。
直属の上司であるアスランはカガリの歓迎会の時に、
「その集中力を常にキープしてほしいんだが…。」
と苦笑していたが、カガリからみれば、
「その緩急の“緩”が大事なんだろ。
跳び箱の助走やロイター板の役割なんだよ、きっと。」
と言えば、シンとルナから
「「カガリ、分かってるぅ〜!!」」
と抱きつかれ、すっかり懐かれてしまった。
打ち込める仕事があることと刺激的な仲間がいることで、
いい汗をかいたような達成感が次のやる気を引き出す好循環がこの職場にはあった。
それがカガリをカガリとして支える一助になっていた。
ーーもう高校生の頃とは違うんだ。
そう自信を持って言える。
アスランを見る度に、
心が揺れ動く度に、
痛みに涙が溢れてしまうような
弱くて幼い自分じゃない。
恋はあの頃から止まったままかもしれないけれど、
確実に時は過ぎていて、
きっと、
ーー私も少しは大人になったんだ。
「で、アンタはそれでいいの?」
「へ?」
お好み焼きを前にしても美人は美人だなぁ、と
呑気にそんな事を思っていたカガリは、間抜けた返事をした。
するとフレイはあからさまにため息をついて、ビシィっとカガリにヘラを向けた。
「あんたはアスランの事を振り向かせたいんでしょ!
だったら、楽しい毎日を過ごしてるだけでいいのかって聞いてるの。
もうすぐオーブに来て1ヶ月経つのよ。」
音ハメのように絶妙なタイミングで、ミリィが豚玉をひっくり返して香ばしい音が響いた。
「そうね、カガリの出向期間って3ヶ月なんでしょ?
だったあと2ヶ月…、意外と時間無いわよ。」
「う…ん。」
カガリはミリィが切り分けてくれた明太餅チーズを口に入れた。
熱さにハフハフしながら、何と言ったらいいのかと頭を悩ませている時にミリィが、
「いくら今の距離感が良いからと言って、
このままで良いかどうかは分からないわよ。」
と、カガリの心をすっぱ抜き、
フレイが、
「現状維持なんてぬるい事言ってちゃダメよ!
絶対、後で後悔するんだからっ!」
と、今のカガリの態度をバッサリと切り捨てた。
ミリィとフレイの言う通りだった、
カガリは今のアスランとの距離感とオーブでの生活に満足していたのだ。
「毎日が楽しくて、面白くて、やりがいがあって、それに…。」
「何よ。」
「アスランが、良く嬉しそうな顔してて…。」
ふとした時に見せるアスランの表情は穏やかで、
カガリの大好きな笑顔で。
もしアスランの笑顔を作っているのが今の生活なら、
「このままでいた方がいいのかなって。」
高校生の頃、涙を堪えられなくなるから、
正面から見る事が出来なくなったアスランの笑顔。
それをありふれた奇跡のように毎日見ることができる。
それだけでオーブに戻ってきて良かった思える。
「バッカじゃないの!」
ガツンっ、とフレイが鉄板の豚玉を真っ二つに切った。
「失った高校生活取り戻してる場合じゃないのよ。
モーションかけなきゃっ。」
「も、モーションって言われても。
何をどうするんだよ。」
タジタジなカガリに、ミリィが“まぁまぁ”となだめながら追加のマヨネーズをかけた。
意外な事にマヨラーだ。
「駆け引きなんて考えなくていいのよ、
ただ、“あなたの事が好きなんです”って、ほんのちょっと示すだけで、ね。」
するとカガリは立ち上がらんばかりに手を振った。
「そんなの無理無理!
だって、それで失敗しちゃったんだから…。」
だんだん声と共に体も小さくなるカガリに、フレイがはっぱをかける。
「大丈夫よ!
失敗があるからこそ、今度はちゃんと出来るって考えなきゃ。」
「それに、真っ直ぐな所がカガリのいい所なんだし。
そのままでいいのよ。」
恋愛経験が乏しいカガリにとっては難しい問題で、
「もっと具体的に言ってくれないと分からないぞっ!」
と声を上げると、待ってましたとばかりに2人に作戦を叩き込まれた。
そうして気付くのだ、これが2人の狙いだったのだと。
お好み焼き屋を出る時、フレイとミリィは大満足の顔をしていたが、
カガリは実習レポートを課された大学生のような気分だった。
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お好み焼き、いいですよね。
カガリがオーブに来て1ヶ月もたったのに進展無し…。
何やってるんだよアスラン!と、お叱りの声が聞こえてきそうですね(^◇^;)
さぁ、フレイ様とミリィ編集長の作戦とはいかに!?
次回からドタバタの展開です☆
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