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soranokizunaのカケラたちや筆者のひとりごとを さらさらと ゆらゆらと
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高校2年生の2月、
今にも雪が降り出しそうな重い雲、
冬の匂い。

あの事故が起きた冬ーー




雫の音 ーshizuku no ne ー 9


拍手[10回]





幼馴染のラクスと弟のニコルは、親同士も仲が良く家が近かった事もあり、
幼少の頃から仲が良かった。
ラクスは歌が好きで、ニコルはラクスの歌に合わせてピアノを奏でるのが好きで、
アスランは2人のハーモニーが好きだった。
音楽には疎いアスランはラクスとニコルが演奏している作曲家や曲目は分からなかったが、
3人で過ごす穏やかな時間が心地良くて。

2月に開催される音楽祭には、海外アーティストや国内で有名な管弦楽団が参加する規模の大きなもので、
ラクスとニコルは特別に招待されていた。
2人の実力はもちろん、美しい容姿も話題となっていたからだ。

出演が決まってから音楽祭へ向けて練習に励み、迎えた当日。
出演時間ギリギリまでホールに隣接する公園でリハーサルをしていた2人。

『そろそろ控え室へ行こう。』

アスランが声を掛けると、返事までもハーモニーになっていて笑いあった午後。

ホールへと向かう途中で凍てつく風が吹き抜けた時、
ラクスの腕の中の譜面が曇天に舞った。
思わず駆け出したラクスは躓いて、
咄嗟に彼女を支えたアスラン。

『僕が取ってきますっ!』

そう言って歩道を駆けていったニコル。
雪を含んだ重い雲に、眩しい程白い譜面。

『いい、ニコルっ。俺が行くーー。』

アスランの言葉は衝撃音によって阻まれる。
トラックの追突によって弾き出された車がーー





ニコルの命が奪われたのは一瞬だった。





霊安室に横たわるニコルは、まるでピアノを奏でている時のように穏やかな顔をしていた。
あれだけの事故だったのに両手に傷は無く、
胸の上で組んだ指は白く美しかった。

永遠の別れを決めるのは心ではなく、
全てがオートマティカルに済まされていった。
心と、アスランとラクスを置き去りにして。

そして全てが終わって気づいたのだ、
奪われたのはニコルの命だけではない。
ニコルと共にある未来も、
大好きな穏やかな時間も、
そしてラクスの歌も。
ニコルの死によって、ラクスは歌声をなしくてしまったのだから。

それでも残酷な程正確に時は刻まれて行く。
学校の授業を受け、生徒会の仕事をし、電子工学部の後輩の面倒を見、宿題と予習をしてーー
日常を自動的にこなしていく、
と同時に、ふとした時にあの一瞬が再現前化するのを繰り返す。
あの時の風の感触も、匂いも、見た全てもーー。
その度に喪失感で麻痺した心に後悔が雪のように降り積もる。

あの時、俺が追いかければ良かった。
そしたらニコルは死なずにすんだのにーー

時計の針で夜だと気付きベッドで瞳を閉じても、朝日に瞼を開いても、
自分が眠っていたのかどうかも分からなくなった。
味覚も食欲も抜け落ちて、キラとカガリと過ごす昼休み以外に食事を取ることが出来なくなった。
日常をこなしながらもすり減る何かを感じていたことは確かで、
学校から帰るとベッドに沈むようになった。
すると決まって瞼の裏にはあの一瞬が映っては、もう何度目か分からない後悔が胸を潰す。

その痛みに瞼を強く閉じた時だった、来客を告げるベルが鳴った。
リビングにあるインターフォン画面を確認するのも億劫で、アスランは玄関のドアを開けた。
すると全身に衝撃が走り、壁に背を預けてバランスを取った。

ーーなにがおきた…?

鈍くなった五感でぼんやりとそんな事を思っていると、
カガリに抱きしめられたのだと、数学の解のように頭で理解した。

『どうしたんだ、カガリ。』

そう問えば、瞳に涙を貯めたカガリが顔を上げた。
キラキラと輝いていて、綺麗だと思った。

『1人で抱え込むなって言っただろっ!』

そう言ったきりアスランの腕の中で泣き崩れてしまったカガリを
アスランは衝動的に抱き寄せた。
飛び混んできたぬくもりに
凍てついた心が溶け出して、
どうしようもない感情をどうすることも出来なくて、
ただカガリを抱きしめた。
強く、強く。






誰にも話せなかった今までの事を、
カガリに全て話すことが出来たのは何故だろう。
喪失感も、後悔も、分類出来ない感情も…、
カガリはずっと手を繋ぎながら静かに受け止めてくれた。
気付けば泣いているのはアスランの方で、
驚いた自分に混乱した時、カガリが抱きしめてくれた。
伝わる鼓動が心地良くて、
そのまま瞳を閉じて耳を澄ましていると心が落ち着いていくのが分かった。

『ちょっと、大丈夫になったな。』

そう言って離れたぬくもりが寂しく感じたけれど、
これ以上甘える訳にもいかなくて。

『ごめん、でも、ありがとう。』

アスランは家まで送ると言ったが、カガリは駅までキラに迎えに来てもらうと言って固辞した。
玄関でトントンと靴を履くカガリの背中に、
アスランは感情ばかりが先走って言葉が出なくて押し黙る。
クルリと振り向いたカガリは、すっかり涙の乾いたアスランの目元をそっと撫でた。

『かなしい時はいつでも呼んでくれよな。
直ぐに飛んで行くから。』

カガリが出て行ったドアを見つめたまま、しばらくアスランは動けなかった。
胸に手を当てる、
この感情がかなしみなのだと知った。







やっぱりカガリは世界を変える人なんだと、アスランは思った。
漸くかなしみと向き合うことが出来るようになって、つらい事の方が多かった。
けれど、

『アスラン、今度僕の家に泊まりにおいでよ。
どうしてもクリア出来ないゲームがあってさ~。』

『またお昼はパン1つなのか!
私のおかず、半分やるから食べろよな。』

いつも賑やかな双子が日常に光を与えてくれた。
キラは事情をカガリから聞いても、変わらない距離感で接しながら見守ってくれていた。
そしてカガリはーー

『大丈夫だぞ、私がそばにいるからな。』

いつもぬくもりをくれた。
抱えきれない感情をどうしようもなくなった時、
あの日の言葉のとおり、直ぐに飛んで来て。

欲しくなれば衝動的に抱きしめる自分は、
まるで吸血鬼のようだったとも思う。
キラのいない帰り道、
2人きりの生徒会室、
眠れなかった朝ーー

アスラン自身むちゃくちゃな事をしているとの自覚はあったけれど、
自分を保つために必要だったことも理解していた、
言い訳ではなく真実として。
カガリが無条件で差し出してくれる優しさがアスランの心を支え、
キラが散らばったピースを集めるように日常を取り戻させてくれた。

この2人がいなければ自分はどうなっていたか分からない、
感謝という言葉では括れない感情が
アスランを動かした。

生徒会長の責務を最後までやり遂げた春、
電子工学部の大会への作品作りに没頭しキラと共に表彰された梅雨、
そして迎えた夏。
カガリとキラの支えがあって1人で立つことが出来るようになった、
そうして見えた自分のすべき事ーー

ニコルを亡くして以来初めて、アスランはラクスに会いにいった。
あれから半年が経っていた。








盛夏であるのにラクスは長袖のブラウスを着ていて、服の上からでもどれ程痩せたのか分かった。
うららかな春の空のような瞳はあの日の曇天のようで。
ラクスはきっと自分以上のかなしみを抱き続けているのだと、アスランは共鳴するように感じた。

ーーラクスに俺は何が出来るだろう…。

不器用な自分には、
カガリのように全身で優しさを注ぐことも、
キラのように日常へと導くこともできないだろう。

ーーきっと俺には、ラクスのそばにいることしか出来ない。

夏休みの間、アスランは毎日のようにラクスの家を訪ねた。
一輪の花を持って。
自分以上のかなしみを抱くラクスにかけられる言葉は無くて、
かつてハーモニーで溢れていた部屋は沈黙で埋まっていたけれど、
アスランはラクスの隣に座って読書をしたり、受験へ向けた勉強をしたり…。
ただそれだけだった。

ある日、アスランはラクスとニコルのピアノの部屋をこっそりと覗いた。
中に誰も立ち入れないのだろう、ピアノも譜面の入った棚も繭のように埃を纏っていた、
あの日から眠り続けるように。
扉を閉めて、アスランは奥歯を噛みしめる。
半年もラクスを1人にしたのは自分で、今も直接的な力になれずにいて。

ーーこんな時、カガリとキラだったらな…。

自分の無力さに下を向きそうになっても、アスランは自分に出来ることをやり遂げようと思った。
アスランを支えていたのは間違いなく、これまでのキラとカガリの支えがあったからだった。

晩夏を迎えた時だった。
いつもは家政婦が用意するお茶をラクスが淹れてくれたのだ。

『アスラン、お茶にいたしましょう。』

久しぶりに聞いたラクスの声にアスランの涙が滲んだ。
この日を境に、小さな野の花のような変化がゆっくりと広がっていった。
2人でいる時に細やかな会話が生まれたり、
ラクスが庭の花を摘んできたり、
クッキーを焼いてくれたり…。
いつかラクスが歌声を取り戻せる日が来ると、
信じることが出来るようになったのは、風に秋が薫るようになった頃だった。





あの日、
いつもの帰り道にキラの姿は無くて、カガリと2人で並んで歩いた。
この頃はもう、カガリやキラの支えが無くても自分を生きることが出来るようになっていて、
最後にカガリを抱きしめたのは遠い昔のように感じていた。

カガリとの関係は、
生徒会の仲間、
親友の家族、
そしてーー。
この冬を越えて、カガリはもう特別としか言いようの無い存在になっていた。
だからとても驚いたんだ。

『私達、本当に付き合っちゃおうか。』

恋を知らない自分でも意味は理解していた。
だけど、アスランの中でカガリは既に友達や恋人といった枠さえも超えた存在になっていたから、
純粋に驚きが胸を占めた。
言ったカガリも驚いた瞳をしていて、西日にキラキラと輝いていた。
その瞳に強く射抜かれる。

『私、もっとアスランと一緒にいたいんだ。』

嬉しさに全身が満たされていく。
カガリが同じ想いでいてくれること、
その幸せがアスランの微笑みをどこまでも優しくさせた。
でもーー

『ありがとう。
でも、俺はラクスのそばにいたいんだ。』

ーー今は、
あともう少しだけ。
ラクスがラクスとして生きられるように…。

恋を知らないあの頃は、カガリとキラが自分にしてくれたように、
同じかなしみを抱くラクスの力になりたいと、ただそれだけだった。
だからこんなことが言えたんだ、
誰より特別なカガリを傷つけて、
自分の本当の気持ちにも気付かずに。







ーーーーーー

アスランがカガリさんを(結果的に)振ってしまった理由は
コレだったんです。
アスランは、カガリさんとキラの支えがあったから前を向けるようになりました。
だからこそアスランはラクスの力になりたかったんですよね、
2人への感謝の分だけ強く。

カガリから「もっと一緒にいたい」と言われてアスランは心から嬉しかったけれど、
今はラクスを支える時間が必要で、
これ以上カガリとの時間を増やす事は出来ません。
だからアスランは「(今は)俺はラクスの側にいたいんだ。」と言ってしまうんですね。

もしもカガリが、「アスランの事が好きなんだ。」と告白していたら
アスランの応えは違っていたかもしれません。
そして2人の歩む道も。

にしても…アスラン、
2人きりになったら所構わずカガリさんを抱きしめちゃうって(〃ω〃)
カガリさんのこと大好きすぎでしょ。
もう〜。

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幼馴染のラクスと弟のニコルは、親同士も仲が良く家が近かった事もあり、
幼少の頃から仲が良かった。
ラクスは歌が好きで、ニコルはラクスの歌に合わせてピアノを奏でるのが好きで、
アスランは2人のハーモニーが好きだった。
音楽には疎いアスランはラクスとニコルが演奏している作曲家や曲目は分からなかったが、
3人で過ごす穏やかな時間が心地良くて。

2月に開催される音楽祭には、海外アーティストや国内で有名な管弦楽団が参加する規模の大きなもので、
ラクスとニコルは特別に招待されていた。
2人の実力はもちろん、美しい容姿も話題となっていたからだ。

出演が決まってから音楽祭へ向けて練習に励み、迎えた当日。
出演時間ギリギリまでホールに隣接する公園でリハーサルをしていた2人。

『そろそろ控え室へ行こう。』

アスランが声を掛けると、返事までもハーモニーになっていて笑いあった午後。

ホールへと向かう途中で凍てつく風が吹き抜けた時、
ラクスの腕の中の譜面が曇天に舞った。
思わず駆け出したラクスは躓いて、
咄嗟に彼女を支えたアスラン。

『僕が取ってきますっ!』

そう言って歩道を駆けていったニコル。
雪を含んだ重い雲に、眩しい程白い譜面。

『いい、ニコルっ。俺が行くーー。』

アスランの言葉は衝撃音によって阻まれる。
トラックの追突によって弾き出された車がーー





ニコルの命が奪われたのは一瞬だった。





霊安室に横たわるニコルは、まるでピアノを奏でている時のように穏やかな顔をしていた。
あれだけの事故だったのに両手に傷は無く、
胸の上で組んだ指は白く美しかった。

永遠の別れを決めるのは心ではなく、
全てがオートマティカルに済まされていった。
心と、アスランとラクスを置き去りにして。

そして全てが終わって気づいたのだ、
奪われたのはニコルの命だけではない。
ニコルと共にある未来も、
大好きな穏やかな時間も、
そしてラクスの歌も。
ニコルの死によって、ラクスは歌声をなしくてしまったのだから。

それでも残酷な程正確に時は刻まれて行く。
学校の授業を受け、生徒会の仕事をし、電子工学部の後輩の面倒を見、宿題と予習をしてーー
日常を自動的にこなしていく、
と同時に、ふとした時にあの一瞬が再現前化するのを繰り返す。
あの時の風の感触も、匂いも、見た全てもーー。
その度に喪失感で麻痺した心に後悔が雪のように降り積もる。

あの時、俺が追いかければ良かった。
そしたらニコルは死なずにすんだのにーー

時計の針で夜だと気付きベッドで瞳を閉じても、朝日に瞼を開いても、
自分が眠っていたのかどうかも分からなくなった。
味覚も食欲も抜け落ちて、キラとカガリと過ごす昼休み以外に食事を取ることが出来なくなった。
日常をこなしながらもすり減る何かを感じていたことは確かで、
学校から帰るとベッドに沈むようになった。
すると決まって瞼の裏にはあの一瞬が映っては、もう何度目か分からない後悔が胸を潰す。

その痛みに瞼を強く閉じた時だった、来客を告げるベルが鳴った。
リビングにあるインターフォン画面を確認するのも億劫で、アスランは玄関のドアを開けた。
すると全身に衝撃が走り、壁に背を預けてバランスを取った。

ーーなにがおきた…?

鈍くなった五感でぼんやりとそんな事を思っていると、
カガリに抱きしめられたのだと、数学の解のように頭で理解した。

『どうしたんだ、カガリ。』

そう問えば、瞳に涙を貯めたカガリが顔を上げた。
キラキラと輝いていて、綺麗だと思った。

『1人で抱え込むなって言っただろっ!』

そう言ったきりアスランの腕の中で泣き崩れてしまったカガリを
アスランは衝動的に抱き寄せた。
飛び混んできたぬくもりに
凍てついた心が溶け出して、
どうしようもない感情をどうすることも出来なくて、
ただカガリを抱きしめた。
強く、強く。






誰にも話せなかった今までの事を、
カガリに全て話すことが出来たのは何故だろう。
喪失感も、後悔も、分類出来ない感情も…、
カガリはずっと手を繋ぎながら静かに受け止めてくれた。
気付けば泣いているのはアスランの方で、
驚いた自分に混乱した時、カガリが抱きしめてくれた。
伝わる鼓動が心地良くて、
そのまま瞳を閉じて耳を澄ましていると心が落ち着いていくのが分かった。

『ちょっと、大丈夫になったな。』

そう言って離れたぬくもりが寂しく感じたけれど、
これ以上甘える訳にもいかなくて。

『ごめん、でも、ありがとう。』

アスランは家まで送ると言ったが、カガリは駅までキラに迎えに来てもらうと言って固辞した。
玄関でトントンと靴を履くカガリの背中に、
アスランは感情ばかりが先走って言葉が出なくて押し黙る。
クルリと振り向いたカガリは、すっかり涙の乾いたアスランの目元をそっと撫でた。

『かなしい時はいつでも呼んでくれよな。
直ぐに飛んで行くから。』

カガリが出て行ったドアを見つめたまま、しばらくアスランは動けなかった。
胸に手を当てる、
この感情がかなしみなのだと知った。







やっぱりカガリは世界を変える人なんだと、アスランは思った。
漸くかなしみと向き合うことが出来るようになって、つらい事の方が多かった。
けれど、

『アスラン、今度僕の家に泊まりにおいでよ。
どうしてもクリア出来ないゲームがあってさ~。』

『またお昼はパン1つなのか!
私のおかず、半分やるから食べろよな。』

いつも賑やかな双子が日常に光を与えてくれた。
キラは事情をカガリから聞いても、変わらない距離感で接しながら見守ってくれていた。
そしてカガリはーー

『大丈夫だぞ、私がそばにいるからな。』

いつもぬくもりをくれた。
抱えきれない感情をどうしようもなくなった時、
あの日の言葉のとおり、直ぐに飛んで来て。

欲しくなれば衝動的に抱きしめる自分は、
まるで吸血鬼のようだったとも思う。
キラのいない帰り道、
2人きりの生徒会室、
眠れなかった朝ーー

アスラン自身むちゃくちゃな事をしているとの自覚はあったけれど、
自分を保つために必要だったことも理解していた、
言い訳ではなく真実として。
カガリが無条件で差し出してくれる優しさがアスランの心を支え、
キラが散らばったピースを集めるように日常を取り戻させてくれた。

この2人がいなければ自分はどうなっていたか分からない、
感謝という言葉では括れない感情が
アスランを動かした。

生徒会長の責務を最後までやり遂げた春、
電子工学部の大会への作品作りに没頭しキラと共に表彰された梅雨、
そして迎えた夏。
カガリとキラの支えがあって1人で立つことが出来るようになった、
そうして見えた自分のすべき事ーー

ニコルを亡くして以来初めて、アスランはラクスに会いにいった。
あれから半年が経っていた。








盛夏であるのにラクスは長袖のブラウスを着ていて、服の上からでもどれ程痩せたのか分かった。
うららかな春の空のような瞳はあの日の曇天のようで。
ラクスはきっと自分以上のかなしみを抱き続けているのだと、アスランは共鳴するように感じた。

ーーラクスに俺は何が出来るだろう…。

不器用な自分には、
カガリのように全身で優しさを注ぐことも、
キラのように日常へと導くこともできないだろう。

ーーきっと俺には、ラクスのそばにいることしか出来ない。

夏休みの間、アスランは毎日のようにラクスの家を訪ねた。
一輪の花を持って。
自分以上のかなしみを抱くラクスにかけられる言葉は無くて、
かつてハーモニーで溢れていた部屋は沈黙で埋まっていたけれど、
アスランはラクスの隣に座って読書をしたり、受験へ向けた勉強をしたり…。
ただそれだけだった。

ある日、アスランはラクスとニコルのピアノの部屋をこっそりと覗いた。
中に誰も立ち入れないのだろう、ピアノも譜面の入った棚も繭のように埃を纏っていた、
あの日から眠り続けるように。
扉を閉めて、アスランは奥歯を噛みしめる。
半年もラクスを1人にしたのは自分で、今も直接的な力になれずにいて。

ーーこんな時、カガリとキラだったらな…。

自分の無力さに下を向きそうになっても、アスランは自分に出来ることをやり遂げようと思った。
アスランを支えていたのは間違いなく、これまでのキラとカガリの支えがあったからだった。

晩夏を迎えた時だった。
いつもは家政婦が用意するお茶をラクスが淹れてくれたのだ。

『アスラン、お茶にいたしましょう。』

久しぶりに聞いたラクスの声にアスランの涙が滲んだ。
この日を境に、小さな野の花のような変化がゆっくりと広がっていった。
2人でいる時に細やかな会話が生まれたり、
ラクスが庭の花を摘んできたり、
クッキーを焼いてくれたり…。
いつかラクスが歌声を取り戻せる日が来ると、
信じることが出来るようになったのは、風に秋が薫るようになった頃だった。





あの日、
いつもの帰り道にキラの姿は無くて、カガリと2人で並んで歩いた。
この頃はもう、カガリやキラの支えが無くても自分を生きることが出来るようになっていて、
最後にカガリを抱きしめたのは遠い昔のように感じていた。

カガリとの関係は、
生徒会の仲間、
親友の家族、
そしてーー。
この冬を越えて、カガリはもう特別としか言いようの無い存在になっていた。
だからとても驚いたんだ。

『私達、本当に付き合っちゃおうか。』

恋を知らない自分でも意味は理解していた。
だけど、アスランの中でカガリは既に友達や恋人といった枠さえも超えた存在になっていたから、
純粋に驚きが胸を占めた。
言ったカガリも驚いた瞳をしていて、西日にキラキラと輝いていた。
その瞳に強く射抜かれる。

『私、もっとアスランと一緒にいたいんだ。』

嬉しさに全身が満たされていく。
カガリが同じ想いでいてくれること、
その幸せがアスランの微笑みをどこまでも優しくさせた。
でもーー

『ありがとう。
でも、俺はラクスのそばにいたいんだ。』

ーー今は、
あともう少しだけ。
ラクスがラクスとして生きられるように…。

恋を知らないあの頃は、カガリとキラが自分にしてくれたように、
同じかなしみを抱くラクスの力になりたいと、ただそれだけだった。
だからこんなことが言えたんだ、
誰より特別なカガリを傷つけて、
自分の本当の気持ちにも気付かずに。







ーーーーーー

アスランがカガリさんを(結果的に)振ってしまった理由は
コレだったんです。
アスランは、カガリさんとキラの支えがあったから前を向けるようになりました。
だからこそアスランはラクスの力になりたかったんですよね、
2人への感謝の分だけ強く。

カガリから「もっと一緒にいたい」と言われてアスランは心から嬉しかったけれど、
今はラクスを支える時間が必要で、
これ以上カガリとの時間を増やす事は出来ません。
だからアスランは「(今は)俺はラクスの側にいたいんだ。」と言ってしまうんですね。

もしもカガリが、「アスランの事が好きなんだ。」と告白していたら
アスランの応えは違っていたかもしれません。
そして2人の歩む道も。

にしても…アスラン、
2人きりになったら所構わずカガリさんを抱きしめちゃうって(〃ω〃)
カガリさんのこと大好きすぎでしょ。
もう〜。

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