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soranokizunaのカケラたちや筆者のひとりごとを さらさらと ゆらゆらと
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こんなに憂鬱な朝は、オーブに戻って最初に迎えた月曜日以来だ。
カガリは朝食もろくに喉を通らなかった。
ゴハン命のカガリが、である。

ーー本当にうまく行くのかな…。

弱気になる自分を振り切るようにカガリは立ち上がった。

ーーと、とにかく、アスランを誘わなきゃっ!




雫の音 ー shozuku no ne ー 14


拍手[10回]



昨日のお好み焼き会議ではフレイ&ミリィ参謀による数々の作戦が練られた。
その中で最も直近で最も重大な作戦は、アスランの誕生日を2人でお祝いすること、らしい。
決戦は今夜。
誕生日を知りながら無策でいた事をかなり叱られたが、
カガリ自身は何も用意していなかった訳では無い。
高校生の頃、アスランが美味しいと言ってくれたチーズケーキを作ろうと準備していた、
彼が帰宅した頃を見計らって届けようと。
現在の立ち位置である同僚でお隣さんであれば、これが適切だと思ったのだ。

しかし、参謀達によるとこの作戦は大甘の穴だらけらしいのだ。
先ず、アスランのスケジュールをカガリが把握していないこと。
アスラン程のイケメンであれば、既に誕生日に誘われている可能性もあるし、
そもそもイベント事に無頓着なのであれば、誕生日を忘れて残業や接待を入れてしまう可能性だってある。
だとしたら、カガリがケーキを渡すタイミングなんて無くなってしまうかもしれない。

『『だから!ディナーに誘いなさい!!』』

とのことだった。
本日、アスランの誕生日は残念ながら金曜日。
お祝いに相応しいお店は予約でいっぱいかもしれないけれど、
兎に角アスランを誘って約束を取り付けることが先決で、店なんてどうにでもなる…らしい。

何とも押せ押せな作戦ではあるが、
バレー部で鍛えた根性で乗り切ろうと、カガリは気合を入れた。

ーー誘うなら朝、会社に着くまでに。

会社でプライベートな話は避けるべきだし、他の人の目も気になってしまう。
だから、この通勤時間にと決めていたのに…。

ーーむっ、無理だ…っ!

カガリはアスランのジャケットに顔を埋めてぎゅっと目を閉じた。










事は5分前に遡る。
最寄り駅であるカグヤ駅のホームに流れ込んだ電車に乗って、
いつも通りドア側に向かい合った時だった。

《○○駅で発生した車両点検により、現在××線は運転を見合わせております。》

と電車のアナウンスが流れた。
幸いにも車両点検に入ったのはカガリ達の路線では無かったのだが、
振替乗車の利用客が雪崩のように押し寄せ、

「ぉわっ!」
「カガリっ。」

肺が潰れるような圧迫感にカガリは思わず目を閉じる。
と、急に呼吸が楽になって“ほぅっ”とまん丸い息を吐き出した時、
耳元にアスランの声が落とされた。

「大丈夫か。」

ーー…え?

吐息さえも感じる距離感と
アスランに抱きしめられるような体勢に、
全身が沸騰したように熱くなる。
うるさいほどに鼓膜を打つ鼓動は、きっともうアスランに聞こえてしまっているのだろう。
それが恥ずかしくて、
もうドキドキして頭が真っ白で、カガリは思わず手をぎゅっと握った、
つもりがアスランのジャケットを握ってしまっていた。

「カガリ、体勢つらくないか?」

もう一度呼ばれて、カガリは上げそうになった顔を咄嗟に戻した。
こんな真っ赤な顔を上げたら何もかもがアスランに伝わってしまう、
それだけは絶対に避けたかった。
カガリは小さく頷いた、その拍子に額がコツンとアスランの胸に当たって、
それだけで胸が高鳴って心臓が痛い程で。

カガリが潰れないように守ってくれている、
これはアスランの心からの優しさなのに、
アスランに触れてもらう喜びに震える自分がいて、

ーーもう、めちゃくちゃだ私…。

ガタンと大きく電車が揺れ、人の波がドア側へ打ち寄せる。
カガリはアスランに強く腰を引かれ、もう身を委ねるしかなかった。
ずるいかもしれない、だけどこの今に少しだけ甘えたかった。








振替乗車の影響で混雑した車内とホーム。
電車のダイヤが乱れて通常よりも時間がかかった上に、
会社の最寄り駅で下車するのも一苦労だった。
アスランに連れてこられたホームのベンチに座り、カガリはふーっと息をつこうとして失敗する。
まだ胸がドキドキして静まらずカガリはそっと手を当てようとして気が付いた、
アスランと手を繋いだままの事に。
いつの間に手を繋いだのか自覚も無くて、
ただその事実に触れた手から熱を持って動けなくなる。

「大丈夫か。」

心配そうな瞳を寄せられて、カガリは何か言わなきゃと分かっていても声が出せない。
すると、繋いで無い方の手が額に触れて、カガリは目を見開く。

「顔は赤いし、目も潤んでる。
ひどい混みようだったもんな、
少し休んで、今日は帰ってもいいだぞ。」

「それはダメだっ!」

思いの外大きな声が出て驚いたが、そんなものすっ飛ばしてカガリは焦っていた。
ここで帰ってはアスランの誕生日を祝えなくなるし、
昨日のお好み焼き会議の作戦どころでは無くなってしまう。

「私は大丈夫だっ。
ほら、スカンジナビアの暮らしが長くてオーブの通勤ラッシュに慣れて無いだけで。
外に出れば気分も良くなるし!」

“さぁ、行こう”と立ち上がり、カガリはズンズンと歩き出した。
そしていつの間にか解けた手にほんのりとさみしさを覚えている自分が恥ずかしくなって、
きゅっと唇を噛んだ。



駅を出て秋の高くなった空からの陽光を浴びて、カガリは猫のように伸びた。
秋が薫る風が頬を撫で、“気持ちいい〜。”と思わず声が漏れる。
と、閃くように今日のミッションに打たれた。

ーーアスランを誘わなきゃっ!

まるで告白でもするような緊張に体が硬くなるが、
程近いオフィスビルにはアスランの長い足ではすぐに着いてしまう。
躊躇している時間なんて無い。

「あっ、アスラン!」

くれる視線が優しくて、頬が染まるのを抑えられない。

「今日の夜…なんだけど、何か予定はあるか?」

いつの間にか、足が止まっていた。
職場へ急ぐ人の流れの中で立ち止まると、
2人だけが切り離された世界にいるみたいだ。

「いや、特に予定は無いけど。」

ーー予定は無い、って事は誕生日を一緒に過ごすような女性もいないって事だよな…。

と、カガリは慎重に一歩一歩進めていく。
声が上ずりそうになり、ごくんと喉を鳴らした。

「良かったら一緒に食事に行かないか!」

ーーお願い、頷いて…っ!

祈るような気持ちでアスランを見れば、
アスランは穏やかな笑顔で頷いて、

「あぁ、いいよ。
でも珍しいな、カガリから食事の誘いだなんて。」

アスランの他意のない指摘はその通りだった、
正確にはアスランを食事に誘ったのは初めての事だ。
だから告白に匹敵する程の勇気が必要だったのだが、
カガリの背中を押したのはアスランの誕生日を祝いたい気持ちから。

「アスラン、今日、誕生日だろ?」

そう言うと、アスランは案の定驚いた顔をしていて、
思わずカガリは吹き出し今までの緊張がどこかへ飛んだ。

「もうっ、また自分の誕生日を忘れてたんだろ。」

とからかえば、ばつが悪そうにアスランが微笑んだ。
“じゃぁ、一緒にお祝いしような”、続く筈だった言葉は

「えー!アスラン今日が誕生日なんだ。
じゃぁ、今夜は飲み会だー!」

この乱入者達によって阻まれた。
見れば、シンとルナ、その妹のメイリンがいて
既に何処の店にするのかで盛り上がっている。
その勢いに呆気にとられている間に、
流石は秘書課のメイリンだ、早々に店の予約を終えていた。
同時にアスランとカガリの携帯にメッセージ受信を告げる音が鳴る。
確認すれば、メイリンから店の詳細情報が送られていた。
仕事が早すぎる。

「み、みんなでお祝いした方が楽しいよなっ!」

カガリはまるで自分自身に言い聞かせるように言ってアスランを見れば、
どこか落ち込んだような空気を感じた。
もしかしたら、今のアスランは誕生日は1人で静かに過ごす方が好みなのかもしれない。

ーーなのに、高校生の頃のように安易に祝おうとしたりして。

もっと、ちゃんと、
アスランの気持ちを確認すれば良かった。

「なんか…ごめんな。」

するとアスランが慌てた様子で首を振った。

「カガリが謝るような事は何もっ。」

「ちょっと無理してないか?」

「大丈夫、だから。」

とは言っているけれど、どう見てもアスランは戸惑っているような、少し沈んでいるような、
楽観的に見てもお祝いを楽しみにしているようには見えず、カガリは胸の内でもう一度アスランに謝った。
そして、空に向かって参謀達にも思いを馳せた。

──ごめん、フレイ、ミリィ。
この作戦は最初っからダメだったみたいだ…。

さらに、参謀達の計画は想定外の事態に狂い出す。
午後に急遽カガリはモルゲンレーテ本社に呼び出され
飲み会には1時間遅れで参加することになったのだ。
そして最大の想定外は…

ーー何だ、この騒ぎは…っ!

会場はスペインバル形式の洒落た店で、結婚式の二次会に使われる有名店だった。
カガリはてっきりシンとルナとメイリンと一緒にテーブルを囲んで祝うものと思っていたが、
ほぼ店は貸切状態なくらいザラの社員で溢れている。
アスランを探すと、奥の方のテーブルで社内の美女達に囲まれ華やかすぎる空気に目眩を覚える程だ。
これでは“おめでとう”の一言を伝える事はおろか、近付くことさえ出来ない。
と、カガリは窓際に陣取ったシンとルナに呼ばれた。

「おーそーいー!」

「カガリは何飲む?
やっぱり最初はビールかしら?
生中1つと白2つ、ピンチョス盛り合わせ追加で!」

ルナがテキパキと注文し、

「「「かんぱーい!」」」

漸くありついたビールは最高の喉越しだった。
と、カガリは皿に残った生ハムを口に入れながらシンとルナに問うた。

「どうしてこうなっちゃったんだ?」

すると、ルナは肩を竦めてアスランのテーブルへと視線を投げた。

「アスランって歓送迎会や接待以外の場には、基本的に参加しないのよ。
プライベートの誘いは全部断ってるし、本人から誘うなんて絶対無いし!
だから、この飲み会はプレミア物のゲキレアで!」

「で、何処かからか聞きつけた奴ら、主に女性社員の綺麗所が集まって、
それ目当てで今度は男性社員が群がって、
ハイ、このとおり!」

飲み会に参加するだけでお祭り騒ぎになるなんて、

「アスランって、慕われてるんだな。」

カガリは懐かしさを含んだ笑みを浮かべる。

「あいつ、生徒会長の時は結構戸惑ってたんだよ。
人付き合いへの苦手意識…って言うのかな。
だから、こんなにアスランが慕われてて、嬉しいって言うのも変かな、
ほっとしたと言うか。」

するとルナが困ったように笑い

「まぁ、慕われてはいるけど…」

シンも同じ顔で笑った。

「今日のは群がられてるって言うか、
ちょっとかわいそうって言うか。
まぁ、あんだけ綺麗所からモーションかけられまくったら、一般的には羨ましい状況なんだろうけど。」

──モーション…。

遠くのアスランを見る。
モデルか芸能人かと見間違う程の美人が揃うのも流石は大企業というものか。
彼女たちは可愛らしい仕草でアスランを見つめ、
会話のタイミングでさり気なくボディータッチをし、
スマートに料理を取り分けたり次のお酒を手配したり。
決して押し付けがましい態度では無いのにちゃんと好意が見えて、カガリはため息をこぼした。
モーションなんてどんな風にかけたらいいのか分からなかったけど、
これが正解なら、自分には到底無理な話だ。

煌びやかな花束のようなテーブルで、アスランの隣にはいないものの目を引くのは意外にもメイリンだった。
メイリンもまたアスランに好意を寄せているのだろう。

「すごいな、メイリンは。」

ポツリとこぼした言葉をルナは笑った。

「本当、すごいわよねぇ。
入社直後に一目惚れして、以来ずーっと頑張ってるんだから!」

カガリは尊敬の念さえ抱く。
好きな気持ちに真っ直ぐ生きる、
自分に出来ないことをメイリンはずっと実行し続けているのだから。
どれ程強い思いなのだろう、
アスランへの恋心も、
それを叶えたいという願いも。

すると、今まで控えめな位置にいたメイリンがアスランに耳打ちし、腕を引いた。
そのままフロアの中央に連れ出して、照明の色が変わる。

「流石は幹事ね、自分に有利に段取り組んじゃって!」

ルナの言っている意味が分からず首を傾げる。
すると、大音量と共に大きなケーキが運ばれてきた。
まるで結婚式のように周囲は生花で飾られ、色とりどりのフルーツがキラキラと輝いている。
大きなリボンが結ばれたケーキカット用のナイフを、メイリンはアスランへ渡す、
のでは無くケーキカットを手伝おうとしている。

「ね、花嫁気分を味わえちゃうって訳。」

ケーキの前に並ぶ2人の姿は結婚式のようで、
狙って実現させてしまうメイリンの力に
カガリはただただ圧倒されてしまう。
しかし、メイリンの作戦に思わぬ伏兵が現れる。

「はーい♪
私もケーキカットしたいでーす♪」

この場で手を挙げる強者がいたのだ。

「す、すげぇ…。」

思いっきり引き気味のシンの感想は最もで、
この状況で手を挙げるには、空気をあえて無視する勇気と思い切り、
それを下支えする強烈な願望が必要だ。
それを持ち得る女性がいるなんて。
さらに、1人が手を挙げれば一気にハードルは下がるもので、
次々に女性が手を挙げたり、さり気なさを装ってアスランの隣に並んだり…。
収拾がつかなくなりそうな空気の中、流石にアスランの社交上の笑顔にも曇りが見えた。
ここで幹事のメイリンが仕切れればいいのだが、上下関係や仕事上の付き合いを考えれば
中々動きづらいのであろう。

「ちょっと…やりすぎかしら?」

引きつった笑いを浮かべたルナは驚きに目を開く。
なんと、群雄割拠の戦場へカガリが乗り込んだのだ。

「えっ!おい、カガリ!?」

単騎で駆け抜けるカガリにシンの声は届かない。
カガリは素早くアスランの傍に控えると、真剣な表情で携帯を見せる。
直ぐに頷いたアスランは携帯を片手にその場を辞した。
仕事上の重要な連絡が入った事は誰の目にも明らかだった。
残された豪華なケーキと煌びやかな女性たち、
そして期待の眼差しを向けていた参加者達に微妙な空気が流れそうになった時、
カガリがマイクを持った。

「主役が戻るまで余興にお付き合い下さい。
ここにいる彼女達はケーキカットに名乗りを上げて下さいました。
そこで…、
彼女達と一緒にケーキカットをしたい男ども、集まれー!!!」

すると野太い声が天井を突き破るように上がった。
綺麗所目当てで参加した男達は、自らの予想に反しておこぼれにあずかれずフラストレーションがマックスだったのだ。
このタイミングで降って湧いたカガリの余興は、飢えた彼等のテンションを120%引き上げた。
カガリが提示したルールはシンプルで、
ケーキカットをしたい男達とカガリがジャンケンをして
最後まで勝ち抜いた者が女性1名を指名し、2人でケーキカットができるというもの。

「準備はいいか、さぁいくぞっ!
じゃ〜ん、け〜ん、ーー」

この日1番の盛り上がりと一体感を見せる会場を見渡して、
シンはからりと笑った。

「やっぱカガリはすげーわっ。
昔っからそうだよな。」

さりげなく、だけど誰もが納得する形でアスランを助け、
その上会場を盛り上げる。
ここまで盛り上がれば、アスラン目的でケーキカットを申し出た彼女達も文句は言えないだろうし、
むしろアスランのバースデーパーティの余興で一肌脱げたと喜んでいるかもしれない。

「本当ね…、あの場を収めるのは若手のメイリンには荷が重すぎるし。
カガリは自分が外部の人間だからって、この役をかってくれたのかもね。
後でお礼を言わなくちゃ。」

そのメイリンはいつの間にか表舞台から離脱し、じゃんけん大会の裏方として音響をいじっている。
音響効果もあってかじゃんけん大会は大いに盛り上がり、
最後まで勝ち抜いたのは“一本気”を体現したようなガタイの良い男だった。
彼が全身を真っ赤にして指名したのは“秘書課の華”と呼ばれる女性で、
まるで美女と野獣の実写化のような2人がケーキにナイフを差し入れた時、
会場には割れんばかりの拍手が響いた。

このじゃんけん大会をきっかけに2人が結婚することになるのだが、
それは3年後の話ーー




ーーーーー

更新が遅くなってしまって申し訳ございません!

アスランの誕生日をお祝いする筈が、とんでもないパーティーになってしまいました。
カガリが颯爽とアスランを助ける姿はまさにオスカル様!
この後、アスランと2人でお祝いできるのでしょうか…。

次回はアスラン視点で物語が進みます!
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昨日のお好み焼き会議ではフレイ&ミリィ参謀による数々の作戦が練られた。
その中で最も直近で最も重大な作戦は、アスランの誕生日を2人でお祝いすること、らしい。
決戦は今夜。
誕生日を知りながら無策でいた事をかなり叱られたが、
カガリ自身は何も用意していなかった訳では無い。
高校生の頃、アスランが美味しいと言ってくれたチーズケーキを作ろうと準備していた、
彼が帰宅した頃を見計らって届けようと。
現在の立ち位置である同僚でお隣さんであれば、これが適切だと思ったのだ。

しかし、参謀達によるとこの作戦は大甘の穴だらけらしいのだ。
先ず、アスランのスケジュールをカガリが把握していないこと。
アスラン程のイケメンであれば、既に誕生日に誘われている可能性もあるし、
そもそもイベント事に無頓着なのであれば、誕生日を忘れて残業や接待を入れてしまう可能性だってある。
だとしたら、カガリがケーキを渡すタイミングなんて無くなってしまうかもしれない。

『『だから!ディナーに誘いなさい!!』』

とのことだった。
本日、アスランの誕生日は残念ながら金曜日。
お祝いに相応しいお店は予約でいっぱいかもしれないけれど、
兎に角アスランを誘って約束を取り付けることが先決で、店なんてどうにでもなる…らしい。

何とも押せ押せな作戦ではあるが、
バレー部で鍛えた根性で乗り切ろうと、カガリは気合を入れた。

ーー誘うなら朝、会社に着くまでに。

会社でプライベートな話は避けるべきだし、他の人の目も気になってしまう。
だから、この通勤時間にと決めていたのに…。

ーーむっ、無理だ…っ!

カガリはアスランのジャケットに顔を埋めてぎゅっと目を閉じた。










事は5分前に遡る。
最寄り駅であるカグヤ駅のホームに流れ込んだ電車に乗って、
いつも通りドア側に向かい合った時だった。

《○○駅で発生した車両点検により、現在××線は運転を見合わせております。》

と電車のアナウンスが流れた。
幸いにも車両点検に入ったのはカガリ達の路線では無かったのだが、
振替乗車の利用客が雪崩のように押し寄せ、

「ぉわっ!」
「カガリっ。」

肺が潰れるような圧迫感にカガリは思わず目を閉じる。
と、急に呼吸が楽になって“ほぅっ”とまん丸い息を吐き出した時、
耳元にアスランの声が落とされた。

「大丈夫か。」

ーー…え?

吐息さえも感じる距離感と
アスランに抱きしめられるような体勢に、
全身が沸騰したように熱くなる。
うるさいほどに鼓膜を打つ鼓動は、きっともうアスランに聞こえてしまっているのだろう。
それが恥ずかしくて、
もうドキドキして頭が真っ白で、カガリは思わず手をぎゅっと握った、
つもりがアスランのジャケットを握ってしまっていた。

「カガリ、体勢つらくないか?」

もう一度呼ばれて、カガリは上げそうになった顔を咄嗟に戻した。
こんな真っ赤な顔を上げたら何もかもがアスランに伝わってしまう、
それだけは絶対に避けたかった。
カガリは小さく頷いた、その拍子に額がコツンとアスランの胸に当たって、
それだけで胸が高鳴って心臓が痛い程で。

カガリが潰れないように守ってくれている、
これはアスランの心からの優しさなのに、
アスランに触れてもらう喜びに震える自分がいて、

ーーもう、めちゃくちゃだ私…。

ガタンと大きく電車が揺れ、人の波がドア側へ打ち寄せる。
カガリはアスランに強く腰を引かれ、もう身を委ねるしかなかった。
ずるいかもしれない、だけどこの今に少しだけ甘えたかった。








振替乗車の影響で混雑した車内とホーム。
電車のダイヤが乱れて通常よりも時間がかかった上に、
会社の最寄り駅で下車するのも一苦労だった。
アスランに連れてこられたホームのベンチに座り、カガリはふーっと息をつこうとして失敗する。
まだ胸がドキドキして静まらずカガリはそっと手を当てようとして気が付いた、
アスランと手を繋いだままの事に。
いつの間に手を繋いだのか自覚も無くて、
ただその事実に触れた手から熱を持って動けなくなる。

「大丈夫か。」

心配そうな瞳を寄せられて、カガリは何か言わなきゃと分かっていても声が出せない。
すると、繋いで無い方の手が額に触れて、カガリは目を見開く。

「顔は赤いし、目も潤んでる。
ひどい混みようだったもんな、
少し休んで、今日は帰ってもいいだぞ。」

「それはダメだっ!」

思いの外大きな声が出て驚いたが、そんなものすっ飛ばしてカガリは焦っていた。
ここで帰ってはアスランの誕生日を祝えなくなるし、
昨日のお好み焼き会議の作戦どころでは無くなってしまう。

「私は大丈夫だっ。
ほら、スカンジナビアの暮らしが長くてオーブの通勤ラッシュに慣れて無いだけで。
外に出れば気分も良くなるし!」

“さぁ、行こう”と立ち上がり、カガリはズンズンと歩き出した。
そしていつの間にか解けた手にほんのりとさみしさを覚えている自分が恥ずかしくなって、
きゅっと唇を噛んだ。



駅を出て秋の高くなった空からの陽光を浴びて、カガリは猫のように伸びた。
秋が薫る風が頬を撫で、“気持ちいい〜。”と思わず声が漏れる。
と、閃くように今日のミッションに打たれた。

ーーアスランを誘わなきゃっ!

まるで告白でもするような緊張に体が硬くなるが、
程近いオフィスビルにはアスランの長い足ではすぐに着いてしまう。
躊躇している時間なんて無い。

「あっ、アスラン!」

くれる視線が優しくて、頬が染まるのを抑えられない。

「今日の夜…なんだけど、何か予定はあるか?」

いつの間にか、足が止まっていた。
職場へ急ぐ人の流れの中で立ち止まると、
2人だけが切り離された世界にいるみたいだ。

「いや、特に予定は無いけど。」

ーー予定は無い、って事は誕生日を一緒に過ごすような女性もいないって事だよな…。

と、カガリは慎重に一歩一歩進めていく。
声が上ずりそうになり、ごくんと喉を鳴らした。

「良かったら一緒に食事に行かないか!」

ーーお願い、頷いて…っ!

祈るような気持ちでアスランを見れば、
アスランは穏やかな笑顔で頷いて、

「あぁ、いいよ。
でも珍しいな、カガリから食事の誘いだなんて。」

アスランの他意のない指摘はその通りだった、
正確にはアスランを食事に誘ったのは初めての事だ。
だから告白に匹敵する程の勇気が必要だったのだが、
カガリの背中を押したのはアスランの誕生日を祝いたい気持ちから。

「アスラン、今日、誕生日だろ?」

そう言うと、アスランは案の定驚いた顔をしていて、
思わずカガリは吹き出し今までの緊張がどこかへ飛んだ。

「もうっ、また自分の誕生日を忘れてたんだろ。」

とからかえば、ばつが悪そうにアスランが微笑んだ。
“じゃぁ、一緒にお祝いしような”、続く筈だった言葉は

「えー!アスラン今日が誕生日なんだ。
じゃぁ、今夜は飲み会だー!」

この乱入者達によって阻まれた。
見れば、シンとルナ、その妹のメイリンがいて
既に何処の店にするのかで盛り上がっている。
その勢いに呆気にとられている間に、
流石は秘書課のメイリンだ、早々に店の予約を終えていた。
同時にアスランとカガリの携帯にメッセージ受信を告げる音が鳴る。
確認すれば、メイリンから店の詳細情報が送られていた。
仕事が早すぎる。

「み、みんなでお祝いした方が楽しいよなっ!」

カガリはまるで自分自身に言い聞かせるように言ってアスランを見れば、
どこか落ち込んだような空気を感じた。
もしかしたら、今のアスランは誕生日は1人で静かに過ごす方が好みなのかもしれない。

ーーなのに、高校生の頃のように安易に祝おうとしたりして。

もっと、ちゃんと、
アスランの気持ちを確認すれば良かった。

「なんか…ごめんな。」

するとアスランが慌てた様子で首を振った。

「カガリが謝るような事は何もっ。」

「ちょっと無理してないか?」

「大丈夫、だから。」

とは言っているけれど、どう見てもアスランは戸惑っているような、少し沈んでいるような、
楽観的に見てもお祝いを楽しみにしているようには見えず、カガリは胸の内でもう一度アスランに謝った。
そして、空に向かって参謀達にも思いを馳せた。

──ごめん、フレイ、ミリィ。
この作戦は最初っからダメだったみたいだ…。

さらに、参謀達の計画は想定外の事態に狂い出す。
午後に急遽カガリはモルゲンレーテ本社に呼び出され
飲み会には1時間遅れで参加することになったのだ。
そして最大の想定外は…

ーー何だ、この騒ぎは…っ!

会場はスペインバル形式の洒落た店で、結婚式の二次会に使われる有名店だった。
カガリはてっきりシンとルナとメイリンと一緒にテーブルを囲んで祝うものと思っていたが、
ほぼ店は貸切状態なくらいザラの社員で溢れている。
アスランを探すと、奥の方のテーブルで社内の美女達に囲まれ華やかすぎる空気に目眩を覚える程だ。
これでは“おめでとう”の一言を伝える事はおろか、近付くことさえ出来ない。
と、カガリは窓際に陣取ったシンとルナに呼ばれた。

「おーそーいー!」

「カガリは何飲む?
やっぱり最初はビールかしら?
生中1つと白2つ、ピンチョス盛り合わせ追加で!」

ルナがテキパキと注文し、

「「「かんぱーい!」」」

漸くありついたビールは最高の喉越しだった。
と、カガリは皿に残った生ハムを口に入れながらシンとルナに問うた。

「どうしてこうなっちゃったんだ?」

すると、ルナは肩を竦めてアスランのテーブルへと視線を投げた。

「アスランって歓送迎会や接待以外の場には、基本的に参加しないのよ。
プライベートの誘いは全部断ってるし、本人から誘うなんて絶対無いし!
だから、この飲み会はプレミア物のゲキレアで!」

「で、何処かからか聞きつけた奴ら、主に女性社員の綺麗所が集まって、
それ目当てで今度は男性社員が群がって、
ハイ、このとおり!」

飲み会に参加するだけでお祭り騒ぎになるなんて、

「アスランって、慕われてるんだな。」

カガリは懐かしさを含んだ笑みを浮かべる。

「あいつ、生徒会長の時は結構戸惑ってたんだよ。
人付き合いへの苦手意識…って言うのかな。
だから、こんなにアスランが慕われてて、嬉しいって言うのも変かな、
ほっとしたと言うか。」

するとルナが困ったように笑い

「まぁ、慕われてはいるけど…」

シンも同じ顔で笑った。

「今日のは群がられてるって言うか、
ちょっとかわいそうって言うか。
まぁ、あんだけ綺麗所からモーションかけられまくったら、一般的には羨ましい状況なんだろうけど。」

──モーション…。

遠くのアスランを見る。
モデルか芸能人かと見間違う程の美人が揃うのも流石は大企業というものか。
彼女たちは可愛らしい仕草でアスランを見つめ、
会話のタイミングでさり気なくボディータッチをし、
スマートに料理を取り分けたり次のお酒を手配したり。
決して押し付けがましい態度では無いのにちゃんと好意が見えて、カガリはため息をこぼした。
モーションなんてどんな風にかけたらいいのか分からなかったけど、
これが正解なら、自分には到底無理な話だ。

煌びやかな花束のようなテーブルで、アスランの隣にはいないものの目を引くのは意外にもメイリンだった。
メイリンもまたアスランに好意を寄せているのだろう。

「すごいな、メイリンは。」

ポツリとこぼした言葉をルナは笑った。

「本当、すごいわよねぇ。
入社直後に一目惚れして、以来ずーっと頑張ってるんだから!」

カガリは尊敬の念さえ抱く。
好きな気持ちに真っ直ぐ生きる、
自分に出来ないことをメイリンはずっと実行し続けているのだから。
どれ程強い思いなのだろう、
アスランへの恋心も、
それを叶えたいという願いも。

すると、今まで控えめな位置にいたメイリンがアスランに耳打ちし、腕を引いた。
そのままフロアの中央に連れ出して、照明の色が変わる。

「流石は幹事ね、自分に有利に段取り組んじゃって!」

ルナの言っている意味が分からず首を傾げる。
すると、大音量と共に大きなケーキが運ばれてきた。
まるで結婚式のように周囲は生花で飾られ、色とりどりのフルーツがキラキラと輝いている。
大きなリボンが結ばれたケーキカット用のナイフを、メイリンはアスランへ渡す、
のでは無くケーキカットを手伝おうとしている。

「ね、花嫁気分を味わえちゃうって訳。」

ケーキの前に並ぶ2人の姿は結婚式のようで、
狙って実現させてしまうメイリンの力に
カガリはただただ圧倒されてしまう。
しかし、メイリンの作戦に思わぬ伏兵が現れる。

「はーい♪
私もケーキカットしたいでーす♪」

この場で手を挙げる強者がいたのだ。

「す、すげぇ…。」

思いっきり引き気味のシンの感想は最もで、
この状況で手を挙げるには、空気をあえて無視する勇気と思い切り、
それを下支えする強烈な願望が必要だ。
それを持ち得る女性がいるなんて。
さらに、1人が手を挙げれば一気にハードルは下がるもので、
次々に女性が手を挙げたり、さり気なさを装ってアスランの隣に並んだり…。
収拾がつかなくなりそうな空気の中、流石にアスランの社交上の笑顔にも曇りが見えた。
ここで幹事のメイリンが仕切れればいいのだが、上下関係や仕事上の付き合いを考えれば
中々動きづらいのであろう。

「ちょっと…やりすぎかしら?」

引きつった笑いを浮かべたルナは驚きに目を開く。
なんと、群雄割拠の戦場へカガリが乗り込んだのだ。

「えっ!おい、カガリ!?」

単騎で駆け抜けるカガリにシンの声は届かない。
カガリは素早くアスランの傍に控えると、真剣な表情で携帯を見せる。
直ぐに頷いたアスランは携帯を片手にその場を辞した。
仕事上の重要な連絡が入った事は誰の目にも明らかだった。
残された豪華なケーキと煌びやかな女性たち、
そして期待の眼差しを向けていた参加者達に微妙な空気が流れそうになった時、
カガリがマイクを持った。

「主役が戻るまで余興にお付き合い下さい。
ここにいる彼女達はケーキカットに名乗りを上げて下さいました。
そこで…、
彼女達と一緒にケーキカットをしたい男ども、集まれー!!!」

すると野太い声が天井を突き破るように上がった。
綺麗所目当てで参加した男達は、自らの予想に反しておこぼれにあずかれずフラストレーションがマックスだったのだ。
このタイミングで降って湧いたカガリの余興は、飢えた彼等のテンションを120%引き上げた。
カガリが提示したルールはシンプルで、
ケーキカットをしたい男達とカガリがジャンケンをして
最後まで勝ち抜いた者が女性1名を指名し、2人でケーキカットができるというもの。

「準備はいいか、さぁいくぞっ!
じゃ〜ん、け〜ん、ーー」

この日1番の盛り上がりと一体感を見せる会場を見渡して、
シンはからりと笑った。

「やっぱカガリはすげーわっ。
昔っからそうだよな。」

さりげなく、だけど誰もが納得する形でアスランを助け、
その上会場を盛り上げる。
ここまで盛り上がれば、アスラン目的でケーキカットを申し出た彼女達も文句は言えないだろうし、
むしろアスランのバースデーパーティの余興で一肌脱げたと喜んでいるかもしれない。

「本当ね…、あの場を収めるのは若手のメイリンには荷が重すぎるし。
カガリは自分が外部の人間だからって、この役をかってくれたのかもね。
後でお礼を言わなくちゃ。」

そのメイリンはいつの間にか表舞台から離脱し、じゃんけん大会の裏方として音響をいじっている。
音響効果もあってかじゃんけん大会は大いに盛り上がり、
最後まで勝ち抜いたのは“一本気”を体現したようなガタイの良い男だった。
彼が全身を真っ赤にして指名したのは“秘書課の華”と呼ばれる女性で、
まるで美女と野獣の実写化のような2人がケーキにナイフを差し入れた時、
会場には割れんばかりの拍手が響いた。

このじゃんけん大会をきっかけに2人が結婚することになるのだが、
それは3年後の話ーー




ーーーーー

更新が遅くなってしまって申し訳ございません!

アスランの誕生日をお祝いする筈が、とんでもないパーティーになってしまいました。
カガリが颯爽とアスランを助ける姿はまさにオスカル様!
この後、アスランと2人でお祝いできるのでしょうか…。

次回はアスラン視点で物語が進みます!
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