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君と俺を繋ぐ糸を切ったのは、
強すぎる想いだった。
抱えきれない想いが
いつか決壊してしまう恐さを感じていたのに、
止められなかった。
どうして、
君を愛する事と
君を大切にする事が
重ならないんだろう。
どうして俺は
君の涙を止められないんだろう。
君の悲しみを知りながら、
君を傷つけて。
雫の音 ーshizuku no ne ー 22
強すぎる想いだった。
抱えきれない想いが
いつか決壊してしまう恐さを感じていたのに、
止められなかった。
どうして、
君を愛する事と
君を大切にする事が
重ならないんだろう。
どうして俺は
君の涙を止められないんだろう。
君の悲しみを知りながら、
君を傷つけて。
雫の音 ーshizuku no ne ー 22
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ソファーに腰掛けたまま一睡も出来なかった。
朝が来るのが恐かった、
君を失う瞬間が来るのが恐かった。
寝室の扉が開く音がしてアスランは立ち上がった。
謝って済む問題では無いけれど、
カガリをまた傷付けるだけかもしれないけど。
リビングの扉から、まるで子ウサギのように顔を出したカガリ。
しょんぼり、という言葉を体現したような仕草にうっかり癒されてしまう、
“俺にそんな資格無いのにな。”と自嘲的に胸の内で呟いて、
謝罪の言葉を紡ごうとした時
「ごめんな、アスラン。」
言おうとしていた言葉をカガリに言われてしまい、アスランは上手く反応できず沈黙が落ちる。
するとカガリはアスランが怒っているとでも思ったのか、
トテトテとアスランのそばに寄り、袖の端を掴んだ。
「私…、またやっちゃったのか?
と言うか、やっちゃったからアスランの家にいるんだよな。」
アスランは想定外の展開に着いて行けず目を見張る。
するとカガリは真っ青な顔を上げた。
「タマ爺とバーで飲んでたのは覚えてるんだっ!
でも、その後どうなったか…。
タマ爺怒ってなかったかっ?!
アスランにも迷惑かけちゃったんだよなっ!」
「覚えて…、いないのか。」
やっと絞り出した声は酷く頼りなかった。
カガリはコクンと頷くと、“うわぁぁぁ〜”と頭を抱えて走り出した。
ーーとりあえず、二日酔いでは無いみたいだな。
と冷静に観察してしまった自分に首を振り、アスランは急いで携帯を操作しているカガリの腕を引いた。
「カガリっ。
昨夜の事は何も覚えていないのかっ。」
驚いた瞳を晒すカガリは、嘘とは無縁の無垢な空気で包まれている。
「わ、私はとんでもない粗相をしてしまったのか…。」
真っ青になって胸ぐらを掴んで詰め寄るカガリに、
「いや、カガリはただ寝ちゃっただけで、粗相なんて何も。
タマナ会長は上機嫌だったように見えたし、大丈夫だと思う。」
“だから落ち着け。”と肩に手を置くと、カガリは全身から気が抜けたように座り込んだ。
ーーどう…、すべきなんだ?
アスランは混乱していた。
昨夜自分がカガリにしてしまった事は許される事では無い、
だけど何も覚えていないカガリにどうやって伝えて謝ればいいーー
ーー本当に何も覚えていないのだろうか。
記憶の欠片さえ残っていれば…。
カガリの傷として残ってしまい、それ無視する事は出来ない。
「本当に、何も覚えていないのか?
例えばーー」
その先の言葉を言うのに勇気を振り絞る。
「恐い夢を見た、とか。」
「夢?」
無垢な丸い瞳で首を傾げる仕草を見つめるアスランの背中に冷たい汗が浮かぶ。
と、突然カガリが顔を真っ赤にして子猫のように飛び上がった。
あまりに不可解な反応に、アスランはカガリが夢と現実を混同しているのでは無いかと思い
「カガリ、夢を覚えているか?
どんな夢だ?」
と問えば、カガリは真っ赤な頬を抑えて、
「そっ、そんなのナイショだっ!!」
と言って寝室へ逃げてしまった。
何をそんなに恥ずかしがっているのかは分からないが、
少なくとも恐怖を感じる夢では無かった事は見て取れて。
ーーやっぱり、何も覚えていないんだな…。
アスランはそのままソファーに沈んだ。
どうすればいいのか、分からない。
すると、タマナ会長に言われた言葉を思い出して、
『この子は幸せにならなくちゃいけない。』
カガリを幸せにしたい、
きっと誰よりもそう思っている。
だけど、俺に何が出来るだろうーー。
強すぎる想いは凶暴で、自分の手に負えない程に膨れ上がっているのに。
寝室から荷物とコートを持ってきたカガリの頬は未だに淡く染まっていた。
「じゃぁ、また後でな。
エントランスで待ってるからっ。」
と、一緒に通勤する約束を取り付けられて
カガリは帰ってしまった。
閉まった扉にカガリの残映を追って、アスランは力無く瞼を閉じた。
ーー距離を、置くしかない。
また君を力づくで
傷つけてしまわないように。
スカンジナビアへ帰国するまであと1カ月を切っている。
カガリが再び手の届かない所へ行ってしまう焦りを
アスランは握り潰した。
ーーやってしまった…。
部屋に戻るとカガリは廊下にぺたんと座り込んでしまった。
一度ならず二度までも酔って記憶を失ってしまうなんて、
恥ずかしさで膝を抱え込む。
ーーアスラン、怒ってはいなかったけど
流石に呆れられたよな…。
ため息をつきながら時計を確認すれば、
手早く朝の準備をすればちゃんと朝食を作る時間もありそうだ。
ーー急がなきゃっ。
そう思ってバスルームへ向かい、ブラウスに手をかけて
昨夜の夢を思い出してカガリは体が沸騰するように熱くなった。
アスランの温もりも、唇の感触も、
柔らかな髪の冷たさまでも感じるようなリアルな夢だった。
アスランが自分を求めてくれるなんて、
あり得ないと分かっていても嬉しくて涙がこぼれた。
だけど、夢の中のアスランは震えながら泣いていて
あの日のように抱きしめた。
自分には、アスランの悲しみを抱きしめる事しか出来ない、
きっと彼の悲しみを消す事はできない。
ただの同級生だった私にも、
ただの同僚の今の私にも。
沈みかけた気持ちを涙と一緒に振り切って、
ブラウスを大胆に脱ぎ捨ててシャワーを浴びた。
いつもの時間にエントランスで待ち合わせをして
いつもと同じ電車に乗り
いつもと同じようにドアの前に向かい合わせで立つ。
そう、いつもと同じなのに何かが違う。
それは見えない糸のように細くて、だけど確かにそこにあるもので、
カガリはそっとアスランを見上げた。
アスランの静けさは耳を澄ませたくなるような安らぎがあるのに、
今日は何故だか触れるのに躊躇しそうな程に冷たい。
既視感を覚えた一瞬で高校生のアスランが今の彼に重なってた。
高校2年生の冬、
事故の悲しみを1人で抱えていたあの日のアスランに。
駆け出すような焦燥にカガリはアスランの腕を引いた。
アスランの驚いた瞳とぶつかった。
「アスラン、少し顔色が悪いぞ。
何かあったのか。」
するとアスランはいつもの微笑みを乗せて応えた。
「少し寝不足なだけ。
大丈夫だ。」
もう一度、カガリは既視感を覚える。
こんな表情を高校時代に何度も見てきた、
同級生に見せる顔ーー。
ーーあ…。
距離を置かれたのだと、はっきりと分かった。
高校生の頃ずっとそばで見てきたからわかる、
アスランは他人に踏み込ませない距離を取るのが上手い、
あの微笑みを浮かべれば誰もが無意識のまま引き下がる。
ーー私とキラには絶対に見せなかったのに…。
アスランに許された特別な関係だから。
ーー違う。
カガリは緩く首を振った。
なの時は“特別な友人だった”だけで、
今は“ただの同僚”なんだ。
あの頃はまだ幼くて、
想いのままに突っ走って、
アスランの世界に飛び込む事が出来た。
でも今はーー
車窓から外を眺めるアスランの瞳が空色に染まっている。
ーー踏み込む事がとても恐い。
『私、もっとアスランのそばに居たいんだ。』
あの日のありったけの勇気は
今も後悔と悲しみで胸を締め付ける。
“そっか。”と言って、カガリはさみしさをごまかすように視線を滑らせ、
唇だけに笑みをのせた。
仕事の合間にさり気なさを装ってアスランを目で追った。
仕事に集中した眼差しも、
シンとルナへの的確な指示も、
耳を澄ませたくなる声も、
キーボードを撫でる指先も、
全て“いつものアスラン”だった。
胸の内を誰にも気付かれせない術は既に高校生の頃から完璧だったから、
大人になった今、それも仕事中に、アスランの感情が見える筈も無かった。
それに、
──ただの同僚の私に見せる訳も無い…よな。
親友のキラやもう既に恋人になっているかもしれないラクスになら、
アスランは自分の心を見せて甘えて頼って、
元気になれるのだろうか。
そう考えてカガリは携帯を取り出し、キラにメッセージを送ろうとして指先を止める。
アスランが何を望んでいるのか分からないのに動くのは、カガリの身勝手な願望だ。
早く元気になってほしい、
そしたらまた、昨日までのようにアスランと過ごせるのに、と。
カガリはため息を落として携帯を仕舞い、気分転換のために休憩スペースへと向かった。
カコン。
自販機にセットされた紙コップにココアが注がれて、甘いにおいにほっとする。
火曜日の午後、資料室から戻るとデスクにホットココアが置いてあった。
アスランの心遣いがうれしくて、ボロボロの心に甘いココアが染み込んで、
また泣きそうになった。
──あの時、ちゃんとお礼言えたっけ。
アスランを見ると、声を聞くと、
また涙が呼び起こされる気がして…、
瞳を合わせずにありがとうと言った気がする。
自販機からココアを取り出し口に含めば、まあるいため息がこぼれた。
たった1杯のココアから、高校生の頃にアスランがカガリを見てくれていた事が分かって、
胸があたたかさで満たされた。
そうこんな時、良くココアを飲んでいたから。
「何とか乗り切ってるな。」
自販機の前に立ったシンの言葉の端から心配を寄せられていたのだと感じ、
カガリはそっと笑ってみせた。
するとシンはカフェラテを手にカガリの隣に腰掛け、前を向いたまま続けた。
「諦めずに頑張れよ。
何をやっても、どうなっても、誰も傷付きやしない。」
シンはカガリの背中を蹴飛ばす勢いで押してくれている。
一見強引なそれを下支えしているシンなりの優しさが分かるから、カガリは小さく笑った。
「どうしたら、いいんだろうな。」
ラクスが帰国して、アスランの未来には幸せが約束されている。
そして何より彼は今、確実にカガリと距離を置きたがってる。
だからきっと何もしない事がアスランが1番望んでいる事なんじゃないだろうか。
「それになんだか今日は、アスランと距離を感じるって言うか…。」
黙り込んだカガリに肩を貸すような視線を向けたシンが、固まった。
「おい、カガリ。昨日の夜は誰と何処にいた?」
突然振られた問いにカガリは素直に答える。
「お父様の大先輩と会食に。」
「それって、2人で?」
「いや。先方がこっちの事業に興味を持ってさ、
アスランと3人で。」
「会食の後は?」
何故シンはこんなに突っ込んで聞いてくるのだろう、とカガリは純粋に首を傾げる。
「アスランと別れて大先輩とバーへ。」
「で?」
先を促そうとするシンに、カガリの疑問が満杯になり問い返した。
「何が?」
「その後はどうしたんだよ。」
どこか様子のおかしいシンにカガリは眉を寄せながら、モジモジとあの日の失態を明かした。
「飲んでる途中で寝ちゃって…。」
「あぁ、カガリって酒には弱くないのに睡魔にめっちゃ弱いからなぁ。」
とからかうように突っつかれて、カガリは口を尖らせる。
「で、その後は?」
いきなりシンが真っ直ぐな眼差しを向けるから、カガリは剣の切っ先を突きつけられたように動けなくなる。
正直に話すしかないと、カガリは観念のため息を落とした。
「朝起きたら…アスランの部屋にいたんだ。
誤解するなよっ、
大先輩が私のマンションを知らなくて、アスランに連絡したみたいで、それで…。」
人に話せば羞恥は何杯にもなって跳ね返ってくる。
カガリは恥ずかしさに頭を抱えてぶんぶんと首を振った。
「バーで寝てから起きるまで、何も覚えて無いのか?」
するとカガリは真っ赤な顔のままコクンと頷いた。
──なるほどね…。
シンはカフェオレをぐいっと飲み干すと、ゴミ箱へ紙コップを投げ捨てた。
多分、と言うか絶対に、カガリの首元に付いているキスマークはアスランが付けたものだ。
──寝込みを襲って罪悪感から距離を置くって、
何やってるんだよアイツっ!
シンは苛立たしげに“うおぉぉぉ~!”と叫んで頭をガシガシと掻いた。
カガリ自身は記憶も無ければキスマークの存在にも気付いていないようで、
「きっとアスランは呆れてるんだな。」
とさみしそうに笑うから、
「ちーがーうー!!!
お前等、色々間違ってるから!!!」
無垢な目を丸くさせて頭上に疑問符をのせるカガリに、
シンは本当の事など告げられる筈も無く、
行き先の無いやきもきとした感情を持て余す。
「とにかく!
絶対に諦めんなよっ!
諦めたら絶交だからなっ!」
まるで小学生のような啖呵を切ってカガリと共に休憩スペースを後にした。
シンはランチのパスタにガツンとフォークを突き立てた。
午前中から不機嫌なのは分かっていたが、今日は随分と荒れている。
ルナは“やれやれ”と恋人の話を聞くことにした。
「この前、10年間両思いの2人をくっつける方法の話、しただろ。
なぁ、本当に何とかなんねぇのかな、
あいつら何でくっつかないのか意味わかんねぇっ!」
「だから言ったでしょ、片思いが長すぎると難しいって。
だって、ずーっと好きなのに、ずーっと告白しないから、ずーっと片思いな訳でしょ。
10年間、ブレーキをかけ続けて気持を抑え込んでるのよ、
そう簡単にくっつく筈無いじゃない。」
ルナの言うとおり、気持を抑えるのに慣れすぎている。
感情と行動のブレーキは無意識に、強力に、正確に、
だから互いを思いやってできた境界線の中でしか動けない。
でも、そんな事をしていたらいつまでたっても片思いのままだ。
「だから、2人の世界を変えるくらいの事が必要なのよ。
でもそれは、他人がどうこう出来る話じゃないわ、
だって2人の世界なんだもの。」
だから、アスランかカガリ、
どちらかが今の世界を壊さなければ片思いの世界は永遠に続いてしまう。
「それが見ていてもどかしいって言うか、
もう、つらいって言うか。」
シンはタラコスパゲッティを口に運んだ。
「まぁ、あの2人ならどっちも動かないかもね。
いつでも相手を優先させてしまうから。」
シンは思わずタラコを噴き出しそうになった。
「ルナ、気付いてたのか?」
「なんとなく…、かな。
シンがこれだけ心配する相手って考えて、確信したわ。」
シンから“女の勘ってすげぇ。”と心の声が漏れた。
「個人的にはアスランに頑張ってほしいけどね。
かっこいい所、見せてほしいじゃない!」
シンは大きく頷いた。
今も涙を飲み込んで頑張り続けるカガリにこれ以上を求めるのは酷だし、
男としては決める所で決めたいプライドのようなものもあり、
動くならアスランの方がいいに決まっている。
だが、罪悪感からカガリと距離を取ろうとしているアスランを、どうやってカガリに近づける事ができるだろう。
いつまでもタラコスパゲッティの皿の上でフォークを巻き続けるシンの頭の中はルナに筒抜けだった。
「あんたがアスランの背中を蹴飛ばしてやればいいのよ!
“元カレ”の言葉はズシーンと効くかもよ。」
ここで発破をかけるとか、背中を押すとか、
優しいアプローチを切り捨てる所が流石はルナである。
最早そんな優しさを許す時間は残っていない。
胸の痛みに耐え得る限界はとうに越え、
スカンジナビアへ帰国するタイムリミットは目前なのだから。
ーーーーーー
アスランとカガリさんは見事なすれ違いっぷりですよね(^◇^;)
カガリさんの涙は、最初は悲しみからだったけれど、
アスランに求められる喜びだった…のに
アスランはカガリさんを泣く程傷付けたと思ってるんですね。
出来れば年内に完結をする予定です!
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カガリはフレイの家に泊まりそのまま会社へ直行すると、
律儀に連絡があった。
メッセージの文面から差し入れを喜んでくれたようで、
素直に嬉しかった。
自分に出来る事を積み重ねて行くしかない、
だけどそれだけじゃダメなんだ。
このままでは、
ーー同級生のまま、同僚のまま…。
別れの日を迎えてしまう。
ーーそんな事、絶対に嫌だ。
だけど、どうすれば良いのだろう。
何がカガリを泣かせているのか分からない、
それが昨夜で全部消えるなんて有り得ない、
そんなカガリに自分の想いを押し付ける事は
ーー嫌な思いをさせてしまうだけ…だろ。
そもそもカガリには他に想いを寄せる人がいるのだから。
じゃぁ、カガリの悲しみが取り除かれる日まで待てばいいのか、
彼女がスカンジナビアへ戻るまでに間に合う保証は無いのに。
『もう押して押して押し倒しちゃうしかないんじゃないの!?』
親友のめちゃくちゃなアドバイスを思い出してアスランは頭を振った。
ーーそんな事出来るか、バカ。
ただでさえ溢れた感情を抑えきれなくなりそうで恐いのに。
いつか全部決壊して、カガリを傷つけてしまうのではないかと。
出勤するとカガリは既にデスクについていて、いつも通りの笑顔で挨拶をしてくれた。
何故だろう、その時高校3年生のあの朝を思い出した。
カガリが風邪をひいて学校を休んだ翌日、
心配でキラと一緒に文系クラスに向かった。
『おはよう、アスラン。
心配かけちゃってごめんな。
でも、もう大丈夫だから。』
そう言っていつもの笑顔をくれて安堵が胸に広がった。
カガリがいない昨日がとても長く彩りの無いものだったから。
きっとさみしかったんだと、今なら分かる。
だけどカガリとの関係を繋ぐ糸が切れていったのはあの日が境だったのではないかーー
アスランの中に言い様の無い焦燥が広がっていった。
1日中、さりげなさを装ってカガリを目で追っていた。
仕事に打ち込む眼差しも、
ルナと談笑する時に見せる笑顔も、
差し入れの温泉まんじゅうにほにゃりと顔を緩ませる仕草も、
いつものカガリだった。
あまりに自然すぎてアスランの焦燥は加速する。
ガラス張り休憩室の影でカガリがシンに何かを告げているのを見た。
シンは昨日のようにカガリに寄り添って居て、互いに信頼し合っているのが見て取れて、
どうしても嫉妬してしまう自分をアスランは押さえ込んだ、
カガリがちゃんと誰かに相談できているのだからきっと解決へ向かっているのだろうと
正論を自分に言い聞かせて。
今日は定時後に会議が入っていたためカガリと一緒に帰宅する事はできず、
翌朝はカガリはモルゲンレーテ本社へ直行する事になっていたため出勤時間は重ならず、
カガリと会話らしい会話が出来ないまま木曜日の正午を迎えた。
カガリがいない、それだけで食事の味が落ちるような気がしてアスランは苦笑する。
もともと食に興味が無いけれど、カガリがオーブに戻ってからは美味しいと感じる機会が増えた。
同僚から何処の店が美味しかったと聞けばカガリと一緒に行きたいと思った、
今までは全部聞き流していたのに。
ーー俺って分かりやすいな。
苦笑をして、アスランは持て余した昼休みの消化に頭を悩ませた。
立場上、昼休みはデスクを離れなければ部下や後輩に示しがつかない、
だけど食欲は無く食べたいものも無い。
散歩でもするしか無いのか、と席を立とうとした時だった、
携帯の着信音に画面を見ればカガリからだった。
《あ、アスランか?
ごめんな、お昼休み中に。》
何処か焦ったようなカガリの声。
「いや、まだ自席にいたから。
何かあったのか?」
《それが…。》
「ごめんな、アスラン。」
そう言ってカガリはアスランに手を合わせた。
するとアスランは落ち着いた笑顔で首を振った。
「大丈夫、むしろ俺にとってはいい機会だから感謝している位だ。」
カガリとアスランは揃って高級料亭の個室に通されて、本日の主役を待っていた。
相手はオーブ最大手の電機メーカーの会長、タマナ会長である。
事の発端は、モルゲンレーテでカガリの父であるウズミと懇意にしているタマナ会長と
カガリが顔を合わせた事に遡る。
タマナ会長とウズミは大学の先輩後輩関係であり、カガリを自分の孫のように可愛がっていた。
カガリが長くスカンジナビアへ行っていたため久方振りの再会に大いに盛り上がったタマナ会長は
トントン拍子で今夜の会食をセッティングしてしまったのだ。
「でも、俺も同席して良かったのか?」
するとカガリは肩を竦めた。
「今の事業の事を話したら、タマ爺が興味持ってくれてさ。
是非話を聞きたいって。」
アスランはザラコーポレーションの跡取りとして社交の場に出る事もあったが、
タマナ会長と挨拶以外の接触を持つのは初めてだった。
この国の産業の根幹を支える企業のトップと会える、きっかけを作ってくれたカガリに感謝していた。
自分の受け持つ事業が直接的で現実的なビジネスに発展するとは思えなが、何かのきっかけになればいい。
と、タマナ会長が姿を表した。
「やぁ、待たせてしまったかな。」
現れたタマナ会長は圧倒的なオーラを放つというよりも、
カガリが“タマ爺”と呼ぶように親しみが自然と湧いて来るような人だった。
不思議な会食だと、アスランは思った。
形としては会食だが、何気ない会話の中に自分自身を問われるような質問が織り交ぜられていて
まるで面接のようだと感じる。
タマナ会長は事業内容に興味を持っているというよりもアスラン自身を見ているのではないか、
そう思えて気が抜けない筈なのに、
会長の人柄だろうか、他人に対して中々ガードを下げないアスランもすっかり気持ちが解れ
会食がお開きになる頃には丸裸にされてしまったような気さえしたが、
悪い気分になるよりもむしろ親しくなれた印象を持った。
店を出ると、アスランはタマナ会長に頭を下げた。
「本日は貴重な機会をありがといございました。
大変勉強になりました。」
会長はアスランの肩を叩いた。
「パトリックはいい息子を持ったものだな。」
思わぬ褒め言葉にアスランは恐縮して首を振った。
「いえ、まだまだです。」
「また一緒に食事をしよう。その時は別の報告を待っているがね。」
タマナ会長の意図が解せずアスランは問い返そうとしたが、“タマ爺っ!”とカガリに遮られてしまう。
カガリは何か知っているのだろうか。
愉快そうに笑うタマナ会長は、“そうだ”と言葉を繋いだ。
「今夜はカガリちゃんを借りて行くよ。
久し振りにゆっくり話をしたくてね。」
タマナ会長とカガリを乗せた車を見送って、
アスランは帰ったら連絡するようカガリにメッセージを送った。
カガリはバルドフェルドの店で酔っ払って眠ってしまった前科がある。
あれはバルドフェルドが変な気を回してわざと強い酒を飲ませた事が原因だったし、
タマナ会長行き着けの店であれば限界を超えるような飲み方はしない筈だ、と信じたい。
アスランは帰宅するとすぐに父であるパトリックに会食の件をメールで報告し、
シャワーを済ませてソファーに腰掛けるとポッカリと時間が開いてしまったような気分になった。
時計を確認すればまだカガリが帰ってくるにはもう少し時間がかかるくらいだ。
生活音対策が施されたマンションは元々隣人の声はもちろん足音も聞こえない、
だけど壁一枚挟んでカガリがいないだけで、静か過ぎる夜を感じる。
どうしても時計を見る回数が増えてしまう自分に苦笑してしまった。
ーータマナ会長と一緒なんだ、万が一酔っ払っても自宅まで送り届けてもらえるだろう。
そう分かってはいても落ち着かない。
頭の中はカガリの事でいっぱいで。
痛々しい程に朱に染まった目元も、
涙に濡れた瞳も、
伏せられた睫毛に浮かんだ雫も、
なのにあまりに自然に笑う仕草も、
シンにだけ見せる弱さも、
タマナ会長に口を尖らせる子供っぽさも、
自分に向けられた“いつも通りのカガリも”…。
想いを持て余して熱が籠もった体を冷やすように、
アスランはベランダに出た。
小学生の頃に習った冬の星座を見つけて、
また焦燥にせき立てられそうになる自分をぐっと抑えた。
今日の会食がカガリの気分転換になればいい、
また正論が虚しくアスランの胸を通り過ぎた時だった。
登録されていない番号からの電話、
嫌な予感がしてアスランはすぐに通話ボタンを押した。
《もしもし、アスラン君かね。
私だよ。》
「たっ、タマナ会長っ!?」
驚きに大きな声を出してしまったアスランに、タマナ会長は朗らかな笑い声を上げた。
どうやら上機嫌のようだ。
《すまんが、ちょっとカガリちゃんを預かってくれないかね。
ちょっと飲ませてすぎてしまったようで…、いやぁ、盛り上がってしまってね。》
「もしかして、寝てしまいましたか?」
アスランがため息混じりに言えば、タマナ会長は困ったように笑った。
《私が飲ませてすぎてしまったようだ。
ウズミの所へ届ければ、カガリちゃんはこっ酷く叱られてしまうだろ?それはかわいそうでな。
その点、君の所なら安心だろう。
住所を教えてくれないか。》
普通に考えて、酔った独身女性を男の家に預けるなど危険きわまりないと思うが、
それだけアスランもタマナ会長に信頼されているという事なのだろうか。
マンションのエントランスまで乗り入れた黒塗りの車から、アスランはカガリを抱き上げた。
「ご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした。」
するとタマナ会長はわざわざ下車し、頭を下げたアスランの肩に手を置いた。
「カガリちゃんを頼んだよ。
この子は幸せにならなくちゃいけない。」
心の底まで届くような真っ直ぐな眼差しを向けられ、アスランは驚く。
言葉以上の何かを伝えられた気がして、アスランは頷いた。
その拍子に覗いたカガリの目元は淡く染まっていて、お酒だけではない色彩に
またカガリは少しだけ泣いたのだろうと、アスランの胸を締め付けた。
「彼女は、ずっと誰かを幸せにしてきた人です。
太陽のように。
でも、自分を幸せにするにはあまりに優しすぎる人でもあります。」
アスランの言葉にタマナ会長は目を細めた。
「やはり君に託して良かったよ。
頑張りなさい。」
カガリを抱きかかえたまま寝室へ向かう。
バルドフェルドの店で眠ってしまったカガリをここへ運んだのは2ヶ月前なのに、
もっと遠い昔のように感じた。
ベッドに横たえて瞼を指先で撫でれば、
呼び起こされたように涙がこぼれて
アスランは優しく瞼にくちづける。
涙の数だけ
何度も何度もキスをして、
いつしか瞼から頬へ、
頬から唇へ。
嬉しかった、
やっと君が見せてくれた涙が。
例え君が夢の中にいても、
俺に気付かなくても。
ずっと欲しかった、
君の悲しみが。
過去に君が俺の悲しみを抱きしめてくれたからじゃない、
君が欲しいから、
君の全てが欲しいから。
──カガリ…。
心の中で
君の心に呼びかける。
くちづけが深くなる、
悩ましげに首を振る、
漏れた吐息、
全てに煽られる。
天使が目覚めるように瞳を開いたカガリは静かに涙を落として、
アスランの胸詰まらせる。
だから言えなかった言葉、
それが2人の悲しみ繋がるなんてーー
「また、悲しい夢でも見たのか。
大丈夫。私がそばにいるからな。」
そう言って、抱きしめようと細い指を伸ばすカガリに
アスランの表情が歪んで、
乱雑に指を絡めとりシーツに縫い付けた。
「悲しい夢を見続けているのは君の方だろ。
なのに、どうしてっ。
どうして、君はいつも…っ。」
決して叶わない恋に泣きながら、
俺の悲しみ寄り添って抱きしめて癒そうとする。
ーー欲しいのは、そんな悲しい優しさなんかじゃないっ。
アスランは噛み付くようなキスして、
呼吸さえ許されないそれに酸素を求めて首を振る、
僅かに離れた唇を捕らえるように舌を吸い上げた。
くぐもった甘い声、
それを封じているのは自分なのにもっと聞きたいと、
欲望が行為を加速させる。
抱えきれない想いをずっと抱いてきた。
君を見る度に、
君の声を聞く度に、
君に触れる度に、
ずっと抑えつけてきた。
力づくで、
全力で、
そうしなければきっとーー
カガリの両手首を束ねて左手で押さえつけ、
空いた右手でブラウスを寛げ
白い首元に強く吸い付き、甘やかな声と共にカガリの体が跳ねた。
ーー俺のもになって…。
月明かりにもはっきりと浮かぶ赤い跡が、
何故だろう、水面に映ったように揺らめいた。
ーー俺のものに…。
真っ白な胸元に雫が落ちた。
深い谷間に消えて行くそれを追うように唇を這わせれば、
ーー君が欲しいんだ…。
芳しい程の君の声。
柔らかな感触が誘うように逃げて行くから、
ーー君の全てが、欲しいんだ…。
この手で捕まえて、
閉じ込めて、
離したくなかった。
そにまま背中に手を回してホックを外そうとして、
初めて自分の手が震えている事に気付いた。
「あ…、俺…。」
震えているのは、手だけでは無かった。
それを教えてくれたのは、
アスランの頭を包むように撫でるカガリの手ーー。
顔を上げれば、涙に濡れながら微笑む君がいた。
こみ上げる苛立ちを、君にぶつけるのは間違っていると分かっていた、
でもあの時の俺は子供のようで。
「どうしてっ。
君はいつもいつもっ。」
悲しみを抱いているのは君の方、
傷付いているには君の方。
なのにそれを全部隠して、
俺を救おうとする。
あの時だって、
今だって、
「泣くくらいなら、」
俺に傷つけられて
泣かされているのに
どうして君はそこまでするんだ。
「やめればいいだろうっ、こんな事っ。」
カガリの涙に、雫が重なった。
自分が泣いている事に初めて気付いた。
カガリは澄んだ瞳で微笑んで
「アスランになら、何、されてもいい。
だって、アスランのこと…。」
天使が瞳を閉じるように眠りに落ちた。
その清らかさが自分の醜さを映して、
アスランは崩れ落ちるようにカガリから離れた。
首元の赤い跡が月光に冴える花のように咲いていて、
アスランはそっとブラウスをそうとする。
震える指先が、カツンカツンとボタンを弾いて
もどかしさに歪んだ顔。
白いブラウスにまた1つ、雫が落ちた。
─────────────
アスラン、やっちゃいましたね~(^-^;)
アスランが焦るきっかけになったのは、
朝顔を合わせたカガリの態度。
思い出したのは高校3年生の秋──
カガリを振ってしまった翌々日のこと。
アスランもちゃんと覚えていたんですね、
無意識にカガリの異変を察知していたからこそ記憶していて、
だけどカガリの気持ちまでは追いつかなかった高校時代。
それが大人になってから響いてきます。
そして、アスランの抑え込んでいた想いが決壊してしまいます。
もしカガリが目を覚ました時に告白していれば、
こんなすれ違いは無かったのでしょう。
アスランはカガリの悲しい優しさを拒絶しようとしています、
本当にほしいのはこんな優しさじゃないと。
でも、カガリの優しさの根本にあるのはアスランへの想い…、
アスランが心から欲している想いです。
さて、2人はどんな朝を迎えるのでしょう?
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ラクスの帰国ばかりが頭を占めて、正直浮かれていたのだと思い知る。
だからカガリの変化に気が付けなかった、なんて言い訳を許せない。
どれ程カガリは泣いたのだろう、
それ程の悲しみに気付けなかった自分は何て鈍感で、
何て自己中心的なのだろう。
今朝の通勤の時も、
午前中の業務時間中も、
ラクスを迎えに空港へ向かう電車の中でも、
空港のラウンジでも──
カガリはいつものカガリだった、
少なくとも自分にはそう見えていた。
でも、
──本当は無理をしていたのか…?
俺に心配かけまいと。
アスランはシンが閉めた扉の音を聞き届けると、改めてカガリと向き合った。
まだ涙が乾かない瞳を見詰めれば、カガリは何かを恐がるような顔をして、
アスランは苦い思いに駆られた。
だけどこのままカガリに何も出来ないなんて、そんな事は絶対に嫌だった。
「何が、あったんだ。」
するとカガリから血色が引いて、瞳を伏せられた。
長い睫毛、その先に残った涙が悲しく煌めいていた。
何も答えないカガリに、アスランはシンへの嫉妬を覚えて拳を握り締める。
明らかに自分とシンでは、カガリから向けられる態度が違ったからだ。
シンの言葉がアスランの胸を刺す。
『俺はスカンジナビアに居たとき、誰よりもカガリのそばにいたから、
カガリの事は分かってる。』
自分だって、高校生の頃は誰よりもカガリのそばにいたと思っていた、
彼女と自分は特別な関係だと。
でも実際には──
『高校の同級生だ。』
『ただの友達だって。』
カガリの声を反芻し、アスランは自らの立ち位置を思い知る。
──俺はカガリにとって、
ただの同級生で、
ただの同僚で、
それだけなんだ。
横たわる沈黙が2人の距離を表しているようで、
耐えきれずアスランは言葉をつないだ。
「仕事の事なら、責任者として聞かなくちゃいけない。」
そう最もらしい事を言うしかない、
自分が悔しい。
「ちがっ。」
涙で上手くしゃべれない、
それ程の悲しみを抱く君に何ができるだろう。
「そうか。
…俺には、
話しづらいか。」
瞼を伏せた君が頷いた。
分かっていた結末であってもアスランの胸が軋む。
──俺には話せない、シンには話せるのに…。
俺は君に何ができるだろう、
今はそれを全力で考えて、全力で実現しなくちゃいけないのに──
君を抱きしめたい、
君の涙が止まるまで
朱に染まった瞼にキスをしたい、
そんな身勝手な欲望ばかりが突き上げるなんて。
理性を総動員しなければ抑えきれない程膨れ上がって、
そんな自分に嫌悪さえ覚える。
「この事を相談できる人は、シン以外にもいるのか?
例えば、ミリアリアやフレイとか。」
全神経を使って、柔らかく問う。
するとカガリはほんの少しだけ緊張を解いて、
小さく頷き“前から相談、してるから、大丈夫。”と言ってくれた。
「そうか。
今日はこのまま帰っても大丈夫だ。
イベントは順調だし、そもそも午後は外回りのためにスケジュールを開けてたしな。」
なるべくカガリが気を病まないように言葉を選んだ。
本当は、こんなに痛々しいカガリをこれ以上外に晒したくない。
自分の腕の中に閉じ込められないならせめて、誰の目にも触れない場所へ…。
するとカガリはぐっと親指を立てて、
「大丈夫だ。
シンにこれ、持ってきてもらったから。
10分で何とかする。
だからアスランは先に戻ってて、な。」
と言うから
「何とかって…。」
そんな気合いで何とかなるレベルじゃない筈なのに、
カガリにグイグイと押し切られてアスランは資料室を追い出されてしまった。
アスランは足早にエレベーターに乗り込むと、デスクではなくカフェスペースへ向かった。
手早く携帯を操作しフレイとミリィにメッセージを送る、
それくらいしかカガリの力になれない自分が悔しい。
ホイップクリームたっぷりのホットココアとブラックをオーダーした。
『『やっぱり、ココア飲むと生き返るよね〜。』』
そう言ってほにゃりと笑った親友と君の顔が浮かんだ。
高校生の頃、
生徒会室を満たす甘い甘い香り――
「カガリも喜んでくれるといいな…。」
いつもは胸の内だけに響く声が、今日は抑えきれずに飛び出した。
定時になるとすぐにカガリを帰して、アスランは残務をざっと片付けて帰路についた。
カガリの宣言通り、きっかり10分で自席についたカガリの目元からは完全に朱の色彩が消え、
資料室での出来事が無かったかのように“いつものカガリ”に戻っていて、
アスランは驚きを飲み込むように口元を押さえた。
カガリが“何事も無かった”ふりをして気丈に振る舞っている、ならば自分もそれに合わせるべきだ。
そしてさみしさが胸の内に広がった。
カガリはあれ程の悲しみを隠せる人なんだと思い知った。
そんな強さを、君はいつ身に付けたのだろう、
どうして、
何のために。
その時も俺は、君の悲しみに寄り添えなかったのだろうか。
こぼれたため息が冬の空に溶けていく。
「あれ?アスラン?」
振り返れば、赤い髪を揺らしてフレイが近づいて来た。
化粧品会社に勤める彼女の帰宅時間帯が重なったのだろう。
「驚いちゃった、急に連絡して来るんだもの。
でも安心してね、これからカガリとミリィと一緒に私の家で宅飲みして、
ちゃーんと話を聞いてくるわ。」
カフェスペースでアスランはフレイとミリィに、
カガリと出来るだけ早く会ってほしいとメッセージを送っていたのだ。
直ぐに行動に移してくれた彼女達にアスランはほっとしていた、
自分が直接カガリの力になれないならせめて、と思っていた。
「ありがとう。
そうだ、少し時間はあるか?
俺から差し入れをさせてほしい。」
「それなら大歓迎よっ!」
フレイのリクエストした店へ並んで歩きながら、アスランはフレイに尋ねた。
「カガリがあんなメイクが上手だなんて知らなかった。
今日も、あんなに泣き腫らした目元が元通りなっていて驚いた。」
するとフレイは得意げに笑った。
「フレイ様直伝ですからね!
カガリは高校生の頃から上手だったわよ。」
「え?」
驚いてフレイを見れば、ルージュが綺麗な弧を描いていた。
フレイは何かを知っている、アスランは直感的に思った。
記憶の中のカガリは、学校でも休日もメイクをしているようには見えなかった、
少なくとも自分の前では、目元も唇も色付いていなかった。
ーーじゃぁ、いつ、カガリは化粧をしていたんだ…?
向かいの商業ビルの巨大モニターに化粧品のCMが流れた。
キャッチフレーズは“彼を振り向かせるルージュ”。
ーー誰かの、ために…?
アスランの心の声はフレイに筒抜けだったのかもしれない。
フレイは過去を瞳に映したように、遠い視線で呟いた。
「女が化粧をしたい時ってね、
自分を輝かせたい時と、
何かを隠したい時、なのよ。」
それを聞いて、アスランは素直に溜息を落として苦味を帯びた笑みを浮かべた。
「俺は、カガリの事を何も分かっていなかったんだな。
高校生の頃、1番近くでずっと見てきたと思っていたのに。」
認めざるを得ない、
自分はカガリの事を分かっている気になっていただけなんだって。
特別な関係だと、勝手に思い込んで。
するとフレイはトレンチコートにかかった髪をふわりとかき上げて答えた。
「誰だって、他人の全部なんてそう簡単には分からないわよ。
確かにアスランはカガリのそばにいたんだもの、
だからきっと、アスランしか知らないカガリもちゃんと見てきた筈よ。」
フレイなりに励ましてくれているのだろう、
“ほら、自信持ちなさいよっ。”と背中を叩かれた。
フレイを駅まで送って、夜空を見上げた。
澄んだ空に星が瞬いている。
冬が来るーー
カガリがスカンジナビアへ戻るまであと1ヶ月。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
更新が滞ってしまい、申訳ございませんでした!
こどもたちが時間差攻撃で体調不良を起こして
気が付けば12月が終わろうとしている…。
えー、今回はアスランがコテンパンに落ち込んでおります。
そりゃそうですよね、元カレのシンには泣きながら相談してるのに
アスランには一切話してくれない、頼ってくれない…。
カガリさんの事を好きな分だけ、現実的な力になれないのは悔しくて
哀しみや苦しみを分けてもらえない事がさみしくて。
シンがしかけた攻撃は、アスランに多大なダメージを与えていますね。
で、ここでフレイ様の登場です!
さすがですね、「女が化粧をする時は…」なんてカッコイイ!
さて、アスランとカガリさんの距離は縮まっていくのでしょうか。
次回はなるべく早くUPしたいと思います。
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「カガリ。
俺はずっとーー。」
アスランの言葉は携帯の着信音によって遮られる。
熱に浮かされたままだったカガリは我に返ると瞬間的に左手を引き
「電話、出た方がいいんじゃないか。
ほら、またイベントの事だと大変だし。」
最もらしい事を言って、さりげなく距離を取った。
するとアスランは何かを振り切るようなため息を落として緩慢な動作で携帯を取り出して、
ディスプレイを見るなり慌てた様子で通話を開始した。
その様子から何かあったのだと察し、席を外そうとしたカガリの手をアスランが掴んだ。
逃がさない、そう言っているようだった。
「はい。
何かあったんですか、母上。」
ーーご実家から電話?!
こんな遅い時間に。
嫌な予感がして、カガリはアスラン見つめる。
どうやら電話口のお母様が一方的に話をしているようで、アスランは相槌を打つばかりで、
程なくして電話が終わった。
何と声をかけるべきか、言葉を探したカガリに向けられたのは
カガリの大好きな笑顔だった。
穏やかな、アスランの笑顔ーー
「ラクスが帰ってくるんだ、オーブに。
やっと、帰ってくるんだ。」
近づいた、
そう思っていたのは私だけだったのかもしれない。
カガリは家に着くとベッドに沈み込んだ。
あれから、アスランとどんな会話をして帰ってきたのか覚えていない。
ーーラクスが、帰ってくる。
文化祭の1日だけでカガリはラクスが大好きになった。
だから、彼女がオーブに戻ってくる事は素直に嬉しくて、
音楽家になる夢を果たして帰ってくる、そんな彼女が眩しくて。
でも、ラクスが帰ってきたら
ーーこの恋を終わらせなきゃ。
視界に入ったブルーのリボンが涙で歪んだ。
遠くで勝手に想い続けるのは自由かもしれない、
だけどこれからは、この想いを断ち切らなきゃいけない。
ラクスと友達になりたい、
アスランとも関係を繋げていきたい、
2人が望めばあの日の文化祭のようにみんなで楽しい時間を過ごしたいーー
ーーだから、終わりにしよう。
カガリは左の薬指に結ばれたリボンを外し、胸を刺す痛みに涙が溢れた。
あまりに身勝手な涙にカガリは小さく笑った。
勝手に恋して、
勝手に舞い上がって、
勝手に傷ついて、
勝手に想い続けて…。
アスランからもらった“ベアー”のぬいぐるみ、
そこには2つのブルーのリボンが並んだ。
幸せになれるおまじないーー
ーーこの想いを終わりにすれば、
私はやっと誰かを幸せに出来るのかな。
1番大好きな人を、
幸せに出来るのかな。
月曜日。
恋をやめると決めてから初めて見るアスランの顔。
“いつも通り”を出来るかどうか、不安と言うより恐かった。
けれど今日から始まるイベントによる分単位の業務に救われて、カガリは自分を保つ事が出来ていた。
“大丈夫。”そう呟いて、カガリはバッグに視線をずらす。
いつも学生カバンに忍ばせていた化粧ポーチ、
どんなに目元が腫れても隠し通せる魔法。
でもこのポーチの出番は無いかもしれないと、デスクの1番下の引き出しに仕舞って
カガリは力づくで前を向いた。
金曜日にアスランとカガリが残業した甲斐もあり
スムーズなスタートを迎えられ一安心した頃には日が大きく傾いていた。
「カガリ、明日の午後は空けておいてくれないか。
外回りへ行くから、付き添いで来て欲しい。」
外回りの準備をアスランに問うても、“カガリは何も用意しなくていいから。”と返されて、
頭に疑問符を浮かべたまま火曜日の午後を迎えた。
「なぁ、アスラン、今日は何処へ行くんだ。
それに目的も、私の役割も分からないぞ。」
大きなストライドで前を行くアスランに付いて駅の改札を通り抜け電車に飛び乗る。
するとアスランはいた
ずらっ子の様な顔をして笑った。
「外回りっていうのは嘘。」
「はぁぁ?」
アスランがこんな嘘をついて会社を抜け出すなんて、
「お前、キャラ変わりすぎっ!」
するとアスランは止まらない笑いにくしゃりと前髪潰した。
そう言えば、今朝からアスランのテンションは何処かおかしかった、
いつも深い海の底のように落ち着いた空気を纏っているのに、
今日は何処か春風のように軽くふわふわしたような。
「これから空港へ向かう。
ラクスを迎えに行くんだ。」
カガリは一瞬の戸惑いに固まりかけた心を力づくで動かした、
反動で感じた痛みを飛び越える、前向くと決めたから。
「ラクスの帰国は来週だって言ってなかったか?」
「それが早まった、って分かったのが昨日。
どうやら強行スケジュールを組んでまでオーブへ帰りたかったらしい。」
そう言って笑うアスランは春そのもののようで、
この笑顔に既視感を覚える。
記憶を繰ればラクスの笑顔に重なった。
2人の重ねた時の長さをこんな所でも思い知り、
また1つ心が軋む音がした。
「そっか、良かったな帰国が早まって。
みんな喜ぶな。」
そうだ、これはみんなが喜ぶ事なんだ。
ラクスをずっ待っていたんだ、
アスランも、
家族も、友人も、みんな。
「あぁ。でも、お陰で予定が狂ってバタバタで。
ラクスの家族がどうしても迎えに行けないらしくて代わりに俺が。
カガリも一緒なら、きっとラクスは喜ぶと思って。」
ーー2人の再会に、私は邪魔なんじゃないか?
アスランが何を考えているのか分からない、
けれど、
──アスランって昔からそういう所、あるからな。
冷静なのに向こう見ずだったり、
優秀なのにどこか抜けてたり、
優しすぎるのに自分に鈍感で。
そんなアスランがずっと片思いをしてきたラクスにやっと会えるんだ。
カガリは隣に立つアスランを見上げて、ふっと笑みが漏れた。
いつもと違う顔を見せる今のアスランをとても愛おしく思えて、カガリはまた前を向く。
何度もラクスとの再会を思い描いて、
何が起きても傷つかない予防線を幾重にも張って、
“大丈夫。”と呟いて。
流石は世界の歌姫である。
アスランとカガリは一般の到着ロビーではなくVIP専用のラウンジだった。
滑走路を臨む一面の窓から柔らかな西日がさしていた。
見上げた空は抜けるような青、そこにハチミツ色の柔らかさを感じる。
──すてきだな。
全てがこの日を祝福している、
そう感じて瞳を閉じた時だった。
磨り硝子の扉が開く。
豊かな桜色の髪が揺れる。
舞い降りた天使のように
白く細い手が彼を求めて、
彼は彼女を引き寄せ抱きしめた。
時を埋めるように抱きしめ合う2人に、
言葉なんていらない。
1番そばで見ていたカガリに
それが1番伝わってくる。
痛いほど強く、
2人の想いが伝わってくる。
素直に共鳴した心、
知らずカガリは涙を落としていた。
「おかえり、ラクス。」
「ただいま戻りました。」
そう言って同じ顔で笑う2人に涙は無く、
春のうららかな空のようなあたたかさで満たされていた。
と、カガリの存在に気付いたラスクは
子どものようにはしゃいでカガリの手を取った。
「まぁ!カガリさんではありませんか!!」
「久しぶりだな、ラクス。」
言葉は涙に阻まれ上手く言えなくて、
カガリは空いた手でゴシゴシと涙をふいた。
「あらあら、あらあら。」
そう言って歌うように笑うラクスは天使のようで
「ごめんな、ちょっと胸がいっぱいになっちゃって。」
とカガリは照れ笑いを浮かべた。
電車の中で何度も何度も描いた再会のシーン、
決して結ばれない自分の恋へのかなしみに覆われるのだと思っていたけれど、
それは想像を遙かに越えて清らかで、
心からの喜びに満ちたものだった。
この空のように──
だから──
突然の涙の予感。
“あの涙”の予感。
──いけないっ。
突然迫り上がる抱えきれない感情を
力ずくで押さえ込む、
今、あともう少しだけ…。
「アスランはラクスを送ってくんだろ?
私は急に本社に呼ばれちゃったから、もう行くな。」
嘘は嫌いだ。
だけど、今はこの嘘を許したい。
今は2人を、
祝福されたこの日を、喜びを、
守りたい。
今、この2人の前で、
身勝手な涙を落としたくは無い。
「ラスク、また会おうな。」
手を振ってラウンジを出て、
涙が床に落ちるよりも先に駆けだした。
間に合って良かった、
こんな顔を2人には見せられない。
──早く、早く。
この恋をやめなくちゃ。
胸が詰まって息が出来ない、
苦しくて首を振った。
鼓動が胸を打つ度に深まる痛み、
涙で歪んだ視界ーー
雫の音が聞こえた。
とにかく空港から離れて、
誰もいない場所を探してーー
ーーどうしよう、どうしようっ。
今は仕事を抜けてきた身なのだから、早く戻らなきゃと気持ちが急く。
だけどカガリの意思に反して涙は止まらなくて、
ハンカチで口元を抑えなければ嗚咽を耐えられない。
ーーどうしよう、どうしようっ。
前を向くと決めたんだ。
この恋をやめると決めたんだ。
あの清らかな喜びを見たら、
こんな自分勝手な恋も涙も全部消してしまいたい。
ーーどうしてたっけ…、私。
高校生の頃、些細な事で涙が止まらなくなったけれど、
その時はどうやって涙を止めて“日常”に帰って行けたのだろう。
ーーあ…。
あの時は、キラやミリィとフレイがそばにいてくれたんだ。
でも今はーー
駅に直結した商業施設のトイレの天井を見上げた。
今は1人、
もう高校生の弱くて何も知らない私じゃない。
カガリは涙を拭いて会社へ向かった。
ーー前を向くって、決めたんだ。
「ふわぁあぁ〜。」
シンの大きな欠伸に
「ちょっと、口元くらい押さえなさいよ。
一応仕事中なんだからっ。」
ルナがツッコミを入れた。
「うーん、なんかあの2人がいないと気が抜けちゃってさ。
やる事はあるんだけど、やる気出ないんだよなぁ。」
「そうね。
特にカガリがいないと場の雰囲気が変わるわよね。」
「そうそう、カガリがいるとパァっと明るくなるっつーか。」
「そうそう!
だからあと1ヶ月しか無いなんて、さみしいわね。」
と、シンの携帯がメッセージの受信を知らせる。
「ルナ、俺資料室行ってくるわ。
カガリが戻ってきたみたいなんだけど、力仕事頼まれちゃって。」
そう言ってフラリと席を立った。
《お疲れ様。
外回りから戻って、今資料室で整理してる。
ちょっと力仕事を手伝ってほしいから、シン1人で来てくれないか。
あと、私の机の1番下の引き出しにあるグリーンのポーチも持ってきてくれ。
忙しい所ごめんな、よろしく!》
シンはカガリのメッセージに妙な引っかかり覚えた。
先ず、文面からアスランの存在が見えない事から、カガリが1人で外回りから戻ったと思われるが、
アスランと一緒に出たのにどうして別行動になっているのか。
さらに、外回りが終わったなら一度デスクに戻って資料室で作業する筈なのに、
カガリは資料室へ直行している。
緊急で運ばなければならない物があったのか、それもカガリ1人で。
そんな事をあのアスランがさせるとは思えない。
さらに、力仕事の手伝いにこの化粧ポーチが必要とは考えられない。
ーーどういう事だ…?
シンは足早に地下にある資料室へ向かった。
「おーい、カガリ。来てやったぞー。」
静まり返った資料室にシンの声が響く。
と、書棚の奥の方からそっと顔を出したカガリを見てシンは驚きに駆け寄り、
ぐいっとカガリの腕を掴んだ。
「何があったんだよ。」
シンの乱暴とも取れる手のひらから懐かしいぬくもりを感じて、カガリの涙を引き寄せた。
唇が震えて上手くしゃべれない、でもシンを心配させたくなくてカガリは笑ってみせた。
が、その痛々しさにシンの顔は歪む。
「大丈夫なのは分かったから、取り敢えず落ち着け。
待っててやるから。」
シンのぶっきらぼうな優しさが痛みに痛みを重ねた心に染み込んで、
次に流れた涙はあたたかかった。
カガリはゴシゴシと涙を拭いて、ポツリポツリと話し出した。
「仕事の事じゃ無いんだ。
ちょっと…、何て言えばいいのか…、
自分の気持ちを、上手く説明出来ないや。」
そう言ってカガリは小さく笑った。
悲しくて苦しくて痛くて、
身勝手な自分が許せなくて、
前を向くと決めたのに泣いてばかりの自分が情けなくて悔しくて…
全部が自分の本当の気持ちだから。
すると、シンが言いづらそうに切り出した。
「アスランの…こと?」
カガリは驚いた瞳を晒した。
「カガリが言ってたずっと忘れられない人って、
アスランの事、なんだろ。」
何も言わないカガリ。
だけど、止まらない涙が全てを物語っていて
シンはゆっくりと息を吐き出して天井を仰いだ。
そに瞳にスカンジナビアの透明な空を映して。
スカンジナビアに留学中、シンが押しに押して押し倒してカガリと恋人になった。
あの時、誰よりもカガリに近い場所にいた、心も含めて。
それは今でも自信を持って言えるし、きっとカガリもそう思ってくれていると信じている。
カガリは何も言わなかったけれど、心の真ん中にいる男の存在をシンは気付いていた。
“ソイツを絶対に超えてやる!”と、最初はそう思っていたけれど、
カガリを好きになればなる程、
もっと近づきたいと思う程、
どれだけ距離を無くしても、
カガリにとっての1番にはなれない事実にぶち当たった。
だから別れはシンから切り出した。
優しすぎるカガリに別れを言わせて傷つかせたくなかった。
あの時ーー
『なぁ、カガリ。
もしかして他に好きな男…いるんじゃないか?』
そう問うた時、カガリは驚いた瞳を晒して静かに涙を落とした。
それが全てを物語っていた。
『ずっと…忘れられない人がいるんだ。
でも、もう叶わない恋なんだ…。』
言葉にするだけで痛みを覚える、それはどれ程の想いだろう。
こんなにカガリに想われている男がいる、
それなら自分は敵う筈は無い。
『そっか。』
ハッキリと言われてシンは清々しい気分だったが、
カガリは罪悪感で白くなった顔を伏せた。
『ごめん。
でも、信じてほしいんだ、シンの気持ちは嬉しかったし、応えたいって心から思って!』
シンはカガリの髪を子犬にするようにわちゃわちゃとまぜた。
『大丈夫、カガリの気持ちは分かってるし、
ちゃんと伝わってたから。
でもいいなぁ、ソイツ。』
『え?』
『だって、カガリにこんなに想われてて。』
するとカガリは悲しい程綺麗に笑った。
『そんな筈無いだろう。
だってその人にはもう、心に決めた人がいるんだからーー』
過去を映した瞳に今のカガリが重なって、懐かしさにシンは目を細めた。
「忘れられないまま、でいいのかよ。」
カガリの髪を一撫ですれば、カガリの大きな瞳からまた涙が落ちた。
「でも…。」
「いつか言ってたよな、相手には心に決めた人がいるって、
だから叶わない恋なんだって。
でも、それって学生時代の話だろ?
だったらーー」
「昔の話じゃないんだ。」
シンの言葉を遮って、カガリはゴシゴシと子供のように涙を拭いた。
もう何度涙を消そうと擦ったのだろう、目元の朱が痛々しい。
「ここだけの話…な。
ずっとアスランには好きな人がいて、
その人と、きっともうすぐ幸せになれるんだ。」
そう言い切るカガリにシンは素朴な疑問を投げかける。
「なんで他人の未来がカガリに分かるんだよ。」
カガリは綺麗な微笑みを浮かべた、
シンの記憶に重なる、悲しい程綺麗な。
でもシンが見たいのは、そんな笑顔じゃない。
シンが好きになったのは、そんな笑顔じゃない。
「さっきまで私も一緒にいたんだ、
アスランと、その子と。
2人とも、とても幸せそうだった…。」
「だからって、自分の未来まで決め付けんなよっ。」
シンは苛立った感情そのままにカガリにぶつける。
「ずっと好きなんだろっ。
泣いても苦しくても、ずっと好きでい続けたんだろ。
頑張ったよ、カガリは。
だから最後まで頑張って、気持ち伝えたっていい筈だ。」
ストレートなシンの言葉に胸を突かれる。
その裏にある優しさに涙が滲む。
「そんな自分勝手な事出来ないよ。
自分のために自分の気持ちを押し付けて、
アスランだけじゃない、相手にだって嫌な思いをさせちゃうだけだっ。」
「はぁぁっ?」
行き過ぎた優しさは自分自身を傷つける、
シンから見れば今のカガリがまさにそうだ。
カガリを大切に思うからこそシンの苛立ちは募っていく。
シンは再びカガリの腕を掴んで詰め寄った。
「あんたバカじゃねぇのっ?
ずっと大事にしてきた想いなら、絶対に嫌な気持ちになんてならない。
誰も傷付かないんだよ。」
シンの瞳に射貫かれる。
恐れるな、進めと背中を押してくれている。
全力で。
前を向く事はただ恋を諦めるだけじゃないんだと。
「シン…、ありがと。」
──こんな真っ直ぐな優しさが、シンのいい所だよな…。
そう思った時、シンにあたためられた心がとけるように涙が止まらなくなった。
それに焦ったシンが
「あぁ、もうっ!泣くなってっ!」
と照れ隠しにぶっきらぼうな声を上げた時だった。
「シン、何をしている。」
地を這うようなアスランの声がして、
シンは“やべぇ。”と口内で呟いた。
ーー何でこんな所にアスランがいるんだよっ。
あまりのタイミングの悪さに、シンはルナに口止めしておけばよかったと後悔する。
この状況を見れば誰だってシンがカガリを泣かしたように勘違いするだろう。
アスランがカガリの腕を掴んでいた手を振り払い、2人の間に立った。
眼光は剣のように鋭く冷たい。
「なんでカガリを泣かせたんだ。」
──いや、カガリを泣かせてるのはあんただからなっ。
とツッコミを入れる訳にもいかず、誤解を解くのが先決だと考え
面倒くさそうにシンは応えた。
「誤解すんな。
俺はカガリの悩みを聞いてただけで。
まぁ、少し熱が入っちゃったけど。」
焦ったカガリが言葉を加える。
「シンの言っている事は本当だぞ。
私の事、励ましてくれたんだ。」
するとアスランは困惑した表情でカガリを見て、
彼女が頷いた事を確認すると、
「そうだったのか、すまなかった。」
と小さく謝った。
アスランの眼差しは未だ心配の色に染まっていて、それは友人や同僚の度を越しているように
シンには思えた。
ーー誤解は解けた、けど、納得はしてないって感じか。
カガリの瞳は未だ濡れていて、目元は痛々しい程に朱に染まっている。
“どうすんだ、これ。”と、シンが着地点を探していると、ふと悪戯心が芽生える。
こんだけカガリを泣かせたんだ、少しぐらい痛い目にあわせてもいいだろう。
それに──
──カガリはあんな事言ってたけど、
俺から見ればアスランの好きな人って…。
「まぁ、俺はスカンジナビアにいた時、1番カガリのそばにいたからな。
カガリの事はちゃんとわかってる。
だからいつでも話、聞くからな。」
そう言ってシンはカガリの髪を優しく撫でる。
こうすると、カガリはネコのように目を細めて身をゆだねてくれる事を知っていて、わざとそうしたのだ。
カガリは“ありがとう。”と言って案の定身を委ねてきて、
シンはアスラン反応見た。
すると翡翠の瞳には嫉妬が色濃く見て取れて、想像以上の反応にシンは驚く。
アスランは普段から感情を表に出すタイプでは無い、仕事中は特に顕著で涼やかな顔で感情の波が無い。
だが今の彼はどうだろう、
誰が見ても、アスランが本当は誰を想っているのか分かるだろう。
それがこの短期間で生まれた感情で無いことも。
ーーあ〜、やってらんねぇっっ。
シンはガシガシと頭をかいた。
そしてため息を落とすと、カガリの肩に手を置いて距離を取った。
「アスランも来た事だし、俺はデスクに戻るから。
じゃ、後はよろしく、ってことで。」
そう言って2人を残してシンは資料室を後にした。
乱雑にデスクに着くと、“ちょっと、何なのよっ。”とルナに小言を言われ
シンはデスクに突っ伏した。
「あんた大丈夫?」
冷ややかな視線を送ってくる恋人に、シンはデスクの上で顎をゴロゴロしながら問う。
「両思いの男と女がいたとして、どうやったらくっつくと思う?」
するとルナは呆れた声を出した。
「そんなの放っときゃいいのよ、
誰も何もしなくても勝手に上手くいくでしょ。」
“だよなぁ〜、ふつー。”と言ってシンは再び突っ伏した。
あまりに挙動不審で意味不明なシンにルナは眉を寄せる。
「ねぇ、何かあったの?」
ルナの心配は空振りに終わり、シンは再びルナに問う。
「じゃぁさ、10年くらいず〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと両思いのまますれ違ってたとしたら、
どうやったらくっつ?」
するとルナは笑いながら答えた。
「すれ違ったまま10年間も好きでい続けるなんて、今時そんな純愛はドラマでもやらない設定よ。」
ーーその奇跡的な天然記念物の2人がいるんだけどな、すぐそばに。
シンは主のいないアスランとカガリのデスクに視線を向けたまま問う。
「だから、もし!
そんな2人が実際にいたらさ、どうしたらいいんだろうな。」
バカバカしい問いをやけに真面目にしつこく聞いてくるシンに、ルナは先程までの笑いを引っ込めた。
「そうね…。
もしそんな2人が現実にいたら、結ばれるのはかなり難しいんじゃないかしら。
だって、ずっと…、青春の全てを片思いの世界で生きてきたのよ。
世界を変えるくらい頑張らなきゃ、きっと難しい。」
ーー世界を変えるくらい…か。
ルナの言う事はシンにストンと落ちた。
いくら両思いであっても、すれば違った時間が長ければ長い程の困難がある、
それをあの2人は証明しているようだ。
ーーどうしたらいいんだろうな、ホントに。
ーーーーーーーー
近づいたと思ったのに急降下です。
本当にアスランはタイミングが悪い人ですよね…。
今回はシンが大活躍でした。
結構、かっこよかったですよね。
カガリさんは、アスランの好きな人はラクスだと勘違いをしているので、
自分の恋は身勝手な気持ちだと自分を責めていますが、
シンはカガリさんの恋を頑張ったと言ってくれるんですよね。
ぐっとくるなぁ。
『ずっと大事にしてきた想いなら、絶対に嫌な気持ちになんてならない。
誰も傷付かないんだよ。』
って、その通りだと思います。
さぁ、資料室にアスランと2人きりにさせられてしまったカガリさん。
次回はどうなってしまうのでしょう…?
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当時、カガリのクラスはアリスのティーパーティーと題して喫茶店を出店することになった。
そこで、客層のターゲットをカップルに絞りフレイがこんなアイディアを出した。
『ブルーのリボンの付いたスプーンで、女の子が男の子に食べさせてあげるの!あーんってね。
で、男の子が女の子の左手の薬指にブルーのリボンを結んだら…
2人は幸せになれるっておまじない!』
フレイのアイディアは大当たりをしクラスの喫茶店は行列が出来る程で、
校内には左手にブルーのリボンを付けた女子が目立った。
カガリがアスランへの差し入れとして持ってきたオムライスにも、
ブルーのリボンが付いたスプーンが添えられていた。
アリスに扮してブルーのワンピースに白いフリルのエプロンを身につけたカガリが
“ほら、ちゃんと食べろ。”と差し出したオムライス、
でもアスランは受け取ってくれなくて、
『食べさせてくれるんだろう、それ。
確か、そういう趣旨の出し物だと聞いている。』
と真顔で言うので、この鈍感すぎる朴念仁にカガリは溜息を落とした。
『それはカップルをターゲットにした仕掛けのようなもので、
普通は、彼女が彼氏に食べさせてあげるんだよ。
まぁ、お客さんからリクエストがあったら、店員が食べさせてあげるって事になってるけど…。』
“ふーん。”と言ったアスランは何処か不機嫌そうで、
真面目なアスランには浮ついたイベントのように見えたのかもしれない。
というカガリの予想に反して、アスランは思わぬ事を言い出した。
『じゃぁ、食べさせてくれるんだろう、店員さん。』
『はぁぁぁぁぁ?!』
大声を上げるカガリに、アスランは何処か楽しんでいるように流し目をよこす。
『それにほら、俺は手が塞がってるし。』
アスランがお客様である以上、リクエストされれば応じるのがルールだし、
手が塞がる程忙しいから昼食を抜いていたのも事実で。
“うぅ〜。”と唸る他何も言えなくなってしまったカガリは、仕方なくスプーンを手に取った。
アスランの口に運ぶ、手が震える。
『ど…うだ?』
自分で調理したものでも無いけれど気になって、思わずカガリはアスランに顔を寄せれば、
嬉しそうにアスランが笑ってくれてほっとして、
凝り固まった体と心が解けていくようだった。
それをきっかけに、まるで高校2年生の頃のように会話が弾んで、
小ぶりのオムライスはあっという間になくなってしまった。
『ご馳走さま。』
そう言ってアスランはカガリの手からスプーンを抜き取り
ーーえ…?
左手の薬指にリボンを付けた。
アスランと触れ合った指先から全身に熱が広がって、カガリはイスの上で子猫のように跳ねた。
『あっ、アスラン!
お、お前、これっ。』
赤く染まった頬隠す事なんて出来ないまま、カガリはアスランに詰め寄った。
するとアスランは、
『こうすると、幸せになれるんだろ。』
と真面目に応えるから、カガリはまたしても何も言えなくなった。
アスランの言っている事は間違ってはいない、
これは“幸せにになれるおまじない”、という設定なのだから。
でも、それは恋人同士や想いを寄せる人の話であって──
──アスランがこのリボンをあげなきゃいけないのは、私じゃなくてラクスだろ…。
痛みと共に喉元までせり上がった言葉を
何故か嬉しそうに笑うアスランを前に言う訳にいかず、
カガリは飲み込んだ。
恨み言の一つを加えて。
『これじゃ、お客さんに頼まれても食べさせてあげられないじゃないか。』
するとアスランはスンとした顔をして作業に戻った。
『カガリが他の男に食べさせてやる必要は無い。』
カガリは目が点になり絶句し、
アスランの思考回路が理解できず溜息を落とした。
けれど──
左手の薬指に結ばれたロイヤルブルーの色彩が眩しくて目を細める。
これを外したい、なんて思えなかった。
パンフレットの訂正作業が終わってクラスに戻ると、
店内にラスクの姿を見つけて、カガリは咄嗟にリボンを隠した。
アスランの勘違いとは言え、このリボンを付ける資格があるのはラスクの方で、
彼に振られた自分じゃない。
──外ずさなきゃっ。
と理解はしているのに指先は拒むように震え出す。
と、カガリに着いてきたアスランがキラとラスクに声をかけた。
かわいらしく手を振った、ラスクの左手には既にブルーのリボンが結ばれていた。
ーーあれ?どうして…。
隣には寄り添うようにキラがいて、
ラクスにリボンを結んだのは
ーーキラ?
状況的にキラなのだろうと思うより、
キラとラクスが同じ空気を纏っていて2人でいることが自然なような気さえしてしまう。
互いを結ぶ見えない糸、その存在をはっきりと感じた気がして
カガリは瞬きを繰り返す。
淹れなおした3人分の紅茶と手作りクッキーを出すと、
“カガリもおいで”とアスランから誘われた。
戸惑いに竦みそうになった手をキラが包み込むような笑顔で捕まえてくれたから、
店番を抜けて4人でテーブルを囲むことにした。
カガリはラクスと同じテーブルに着くだけで感情の波を閉じ込めるように身を硬くしたが、
澄んだ泉のように清らかな彼女のことをすぐに大好きになってしまった。
弾む会話、その時小さな咳がラクスからこぼれた。
するとアスランはラクスに気遣うような視線を向けながら、キラとカガリに告げた。
『ラクスはそろそろ戻る時間だから。
今日はありがとう。』
『私はまだ大丈夫ですわっ。』
意外な程強い声にカガリは驚くが、
『ラクスは元々体が強くないだろ。
それに元気になったとは言え、まだ体調が戻ってきたばかりなんだ。』
慣れた手つきでラクスを支える、その仕草一つで2人が重ねてきた時間の長さを感じた。
ラクスの体調はあの事故のことも影響しているのだろう、
キラとカガリは視線を合わせると立ち上がってラクスを囲んだ。
『今日は来てくれてありがとな。
ラクスに会えて嬉しかったぞ。』
『今度は僕が会いに行くから。』
するとラクスは真珠のような涙を浮かべて小さく頷いた。
最後に4人で写真を撮って、ラクスはアスランに守られるように学校を後にした。
並んだ2人の背中が遠ざかる。
あの事故で心に傷を負ったのはアスランだけではない、
実の姉であるラクスが抱えるかなしみはどれ程のものだろうーー
そう思えば、鈴蘭のように笑うラクスは奇跡のようで、カガリはふとした瞬間に泣きそうになった。
あの時アスランに、ラクスのそばにいたいと言われた。
未だに胸の痛みは消えないし、どうしようもない想いはこの瞬間も溢れて溢れているけれど、
だけどカガリは1つの真実を見たと思った。
『ラクスのそばに、アスランがいて良かった。
だって、今日ラクスに会えて良かったって、
こんなに思ってる。』
そう言ったカガリの手を、キラがぎゅっと握った。
そのぬくもりに甘えるように肩にコツンと頭を預けると、
『やっぱり僕たちって双子だね。
僕も同じ事を思っていたから。』
そう言ったキラの声は少し涙にぬれていた気がした。
「終わったー!!」
カガリはガッツポーズのような伸びをした。
単純作業を集中して終えた時の独特の達成感に満たされる。
「ありがとう、カガリ。
本当に助かったよ。」
そう言って笑うアスランは生徒会室から抜け出たようで、
「この後飲みに行かないか。
今日のお礼に奢るよ。」
ネクタイを緩める仕草で今に引き戻されて、
カガリは自分だけが時空を行き来しているように感じるのは
心地良い疲労感で頭がぼんやりしているせいだろうか。
案の定、ゴハン命のカガリがお腹が空いたと言い、笑い出したアスラン。
でもこの時間ではいつかアスランと訪れた洋食屋はラストオーダーを過ぎているだろうし、
カガリの望むような食事ができる場所は24時間営業の定食屋かファミレスくらいしか空いていない。
今から帰ってコンビニ弁当は避けたいし、自炊する体力も残っていない。
どうしたものか、と会社の通用口を出て思案したカガリとは反対にアスランの足に迷いは無かった。
「アスラン何処かあてはあるのか?」
「バルドフェルドさんのお店へ行こう。
あそこは日中は1階でカフェをしているから、何か出してくれる筈だ。」
そのアスランの読みの通り、バルドフェルドさんは快く迎えてくれた。
しかも、
「すみません、クローズしたカフェまで開けていただいて。」
閉店したカフェのカウンターにだけ明かりが灯って、アスランとカガリは席についた。
その内側で手早く調理をするバルドフェルドは上機嫌だ。
「いいのだよ、アスラン君がやっと姫を連れてカフェに来てくれたんだからね。
約束から2ヶ月、僕はずっと待っていたんだよ。」
軽く圧をかけてくるバルドフェルドにアスランは肩をすくめた。
一方のカガリは首を傾げて、
「約束って何だ?
もしかして、私が酔って忘れてすっぽかしちゃったのかっ?」
勝手に結論付けて青くなるカガリにアスランは笑って応えた。
「俺とバルドフェルドさんとの約束だから。
それに、今回も約束は守れているとは言えないし、な。」
するとバルドフェルドはわざとらしく“おやおやぁ?”と声を上げた。
「今夜はデート、じゃないのかい?」
“そんな関係じゃないって!”と、出かかった言葉をカガリは飲み込んだ。
台風で延期にはなったけれど、アスランとサイクリングへ行く約束はした。
もしあの約束がフレイの言う通りデートになるならーー
カガリはそっと隣のアスランを見上げる。
ーーデートをする関係、って事になるのかな…?
急に意識してしまいカガリは頬を染めた、が、
「今日は急遽残業になってしまって。
カガリが助けてくれたんです。」
アスランは事実を言っただけなのに、
カガリは冷や水を浴びたような気持ちになって苦笑した。
勝手に舞い上がっている自分が恥ずかしい、
仮に2人で出かける事の定義がデートだとしても、
ーーアスランが好きなのはラクスなんだ。
それを無かった事にして、勝手に浮かれて…。
ーーバカだなぁ。
カガリは携帯の写真フォルダを繰る。
高校3年生の文化祭、最後に撮った4人の写真。
ラクスの隣にはキラが寄り添い、カガリの隣にはアスランが立っていた。
花のような笑顔を浮かべるラクスの左手にはキラが結んだリボンが写っていて、
ーーあの時、本当にこれで良かったのかな…。
カガリはアスランが結んだリボンを付けていた。
ーーアスランは本当はこのリボンをラクスに…。
そう思った時、アスランの声で現実に引き戻された。
「懐かしいな、文化祭。」
“えっ、あぁ…、うん。そうだな。”と、返事をするのがやっとだった。
すると、カウンター越しにバルドフェルドが首を伸ばした。
「わぁ、姫は一段とかわいいねぇ。
これ、いつの写真だい?」
「高校3年生の時に。
私のクラスは喫茶店を出店して、それでアリスの格好を。」
どう見てもかわいらしいのはラクスの方だと思ったが、カガリははにかみながら応えた。
「残業中にも、その時食べたオムライスの話をしていたんです。」
と、アスランが言うとバルドフェルドは口笛を吹いた。
「それは素晴らしい!
きょうの特別メニューはこちらでございます。」
アスランとカガリの前に置かれたのは
「オムライス…っ!」
こんな偶然あるのだろうか、
カガリは手を叩いて喜んだ。
と、アスランがバルドフェルドに注文を付けた。
「もしあれば、ブルーのリボンをカガリに。
文化祭の時、スプーンにブルーのリボンを付けて出していたんです。」
するとバルドフェルドはカフェのバックヤードへ姿を消すと、程なく1本のスプーンをカガリに差し出した。
スプーンの柄の先には、ロイヤルブルーの小さなリボンが可愛らしく結われている。
「さぁ、姫。
ステキなディナータイムを。
それからアスラン君、私はバーへ戻るから、
何かあったら連絡してくれたまえ。」
その言葉を残してバルドフェルドは姿を消して。
キャンドルの火が灯ったようなカウンターで2人きり。
鼓動が加速度を増していく。
胸の音もその奥にある想いも全部アスランに聞こえてしまいそうで、この沈黙がこわい。
こわい、のに耳を澄ましていたくなるような、
この時を大事にしたくなるような、
揺れ動く感情にカガリの瞳が潤む。
「食べさせてくれるんだろう、それ。」
記憶の中のアスランが今に重なっていく。
想いが過去に吸い寄せられたのか、過去から続く想いが今に手を伸ばしたのか、
カガリはリボンの付いたスプーンをアスランの口元に運ぶ。
あの日と同じ、震えた手に嬉しそうなあなたの顔ーー
「もう一回。」
甘やかな声に誘われてスプーンを運ぶ。
アスランがカガリのカウンターのイスに手を掛けた、
さっきよりも近付いた距離、
あと何センチでキスが出来るだろうーー
ーーわわっ、私は何を考えてるんだっ!
カガリはカシャンとスプーンを置くと、
「こ、これじゃぁ私が食べられないだろっ。」
と、最もらしい言葉を並べてカガリはあむっとオムライス口に入れた。
優しくとろけるたまごにほんのりとスパイシーなチキンライスが絶品で、
はにゃりと目を細めた。
カガリは美味しいゴハンは世界平和だと本気で思う、
だって、どんな時だって幸せな気分になるのだから。
そしてまたしてもバルドフェルドに感謝していた、
このオムライスが無ければきっと切り替えられ無い、
ーー自分を自分で保てない…。
抑えきれない想いを今この時だけでも胸の中に閉じ込めておかなければ、
きっと伝わってしまう。
ーーそれだけは絶対に駄目なんだ、
もう2度とあんな事…。
『本当に私たち、付き合っちゃおうか。』
ーーあんな事…。
絶対にダメだと心に固く誓った時、
アスランが食事を終えたカガリからスプーンを抜き取った。
そして、
ーーえ?
左手の薬指にリボンを結んだ。
「こうすると、幸せになれるんだろ。」
これは過去ーー?
違う、
アスランの眼差しも、
包み込むような手も、
伝わる熱も、
あの日と違う。
アスランの想いが見えた気がして、
あまりに都合の良すぎる自分の思考回路をカガリは力づくで抑え込む。
絶対にダメだって、決めたんだ。
「アスラン、勘違いしてるぞ。
そのリボンを結んで幸せになるのは、恋人とか、想いを寄せる人であって…。」
「分かってる、
全部知っていた。」
眼差しの熱に浮かされそう。
何がこわいのか分からないまま、カガリは身を引こうとして、
眼差しに、
繋がれたら手に、
拒まれる。
逃げられない。
「カガリ。
俺はずっとーー。」
ーーーーーーーー
高校生のアスランくんの言動にツッコミたくなりますね〜。
カガリの左手にリボン結んじゃうし、『他の男に食べさせる必要は無い。』とか
無意識の独占欲って…(^◇^;)
さて、ラクスの左手にも青いリボンが結ばれていましたが…
一体何があったのでしょうか?
そして現在に時間軸が戻って、アスランがいよいよ…。
次回もパロらしい展開です!
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