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カガリはフレイの家に泊まりそのまま会社へ直行すると、
律儀に連絡があった。
メッセージの文面から差し入れを喜んでくれたようで、
素直に嬉しかった。
自分に出来る事を積み重ねて行くしかない、
だけどそれだけじゃダメなんだ。
このままでは、
ーー同級生のまま、同僚のまま…。
別れの日を迎えてしまう。
ーーそんな事、絶対に嫌だ。
だけど、どうすれば良いのだろう。
何がカガリを泣かせているのか分からない、
それが昨夜で全部消えるなんて有り得ない、
そんなカガリに自分の想いを押し付ける事は
ーー嫌な思いをさせてしまうだけ…だろ。
そもそもカガリには他に想いを寄せる人がいるのだから。
じゃぁ、カガリの悲しみが取り除かれる日まで待てばいいのか、
彼女がスカンジナビアへ戻るまでに間に合う保証は無いのに。
『もう押して押して押し倒しちゃうしかないんじゃないの!?』
親友のめちゃくちゃなアドバイスを思い出してアスランは頭を振った。
ーーそんな事出来るか、バカ。
ただでさえ溢れた感情を抑えきれなくなりそうで恐いのに。
いつか全部決壊して、カガリを傷つけてしまうのではないかと。
出勤するとカガリは既にデスクについていて、いつも通りの笑顔で挨拶をしてくれた。
何故だろう、その時高校3年生のあの朝を思い出した。
カガリが風邪をひいて学校を休んだ翌日、
心配でキラと一緒に文系クラスに向かった。
『おはよう、アスラン。
心配かけちゃってごめんな。
でも、もう大丈夫だから。』
そう言っていつもの笑顔をくれて安堵が胸に広がった。
カガリがいない昨日がとても長く彩りの無いものだったから。
きっとさみしかったんだと、今なら分かる。
だけどカガリとの関係を繋ぐ糸が切れていったのはあの日が境だったのではないかーー
アスランの中に言い様の無い焦燥が広がっていった。
1日中、さりげなさを装ってカガリを目で追っていた。
仕事に打ち込む眼差しも、
ルナと談笑する時に見せる笑顔も、
差し入れの温泉まんじゅうにほにゃりと顔を緩ませる仕草も、
いつものカガリだった。
あまりに自然すぎてアスランの焦燥は加速する。
ガラス張り休憩室の影でカガリがシンに何かを告げているのを見た。
シンは昨日のようにカガリに寄り添って居て、互いに信頼し合っているのが見て取れて、
どうしても嫉妬してしまう自分をアスランは押さえ込んだ、
カガリがちゃんと誰かに相談できているのだからきっと解決へ向かっているのだろうと
正論を自分に言い聞かせて。
今日は定時後に会議が入っていたためカガリと一緒に帰宅する事はできず、
翌朝はカガリはモルゲンレーテ本社へ直行する事になっていたため出勤時間は重ならず、
カガリと会話らしい会話が出来ないまま木曜日の正午を迎えた。
カガリがいない、それだけで食事の味が落ちるような気がしてアスランは苦笑する。
もともと食に興味が無いけれど、カガリがオーブに戻ってからは美味しいと感じる機会が増えた。
同僚から何処の店が美味しかったと聞けばカガリと一緒に行きたいと思った、
今までは全部聞き流していたのに。
ーー俺って分かりやすいな。
苦笑をして、アスランは持て余した昼休みの消化に頭を悩ませた。
立場上、昼休みはデスクを離れなければ部下や後輩に示しがつかない、
だけど食欲は無く食べたいものも無い。
散歩でもするしか無いのか、と席を立とうとした時だった、
携帯の着信音に画面を見ればカガリからだった。
《あ、アスランか?
ごめんな、お昼休み中に。》
何処か焦ったようなカガリの声。
「いや、まだ自席にいたから。
何かあったのか?」
《それが…。》
「ごめんな、アスラン。」
そう言ってカガリはアスランに手を合わせた。
するとアスランは落ち着いた笑顔で首を振った。
「大丈夫、むしろ俺にとってはいい機会だから感謝している位だ。」
カガリとアスランは揃って高級料亭の個室に通されて、本日の主役を待っていた。
相手はオーブ最大手の電機メーカーの会長、タマナ会長である。
事の発端は、モルゲンレーテでカガリの父であるウズミと懇意にしているタマナ会長と
カガリが顔を合わせた事に遡る。
タマナ会長とウズミは大学の先輩後輩関係であり、カガリを自分の孫のように可愛がっていた。
カガリが長くスカンジナビアへ行っていたため久方振りの再会に大いに盛り上がったタマナ会長は
トントン拍子で今夜の会食をセッティングしてしまったのだ。
「でも、俺も同席して良かったのか?」
するとカガリは肩を竦めた。
「今の事業の事を話したら、タマ爺が興味持ってくれてさ。
是非話を聞きたいって。」
アスランはザラコーポレーションの跡取りとして社交の場に出る事もあったが、
タマナ会長と挨拶以外の接触を持つのは初めてだった。
この国の産業の根幹を支える企業のトップと会える、きっかけを作ってくれたカガリに感謝していた。
自分の受け持つ事業が直接的で現実的なビジネスに発展するとは思えなが、何かのきっかけになればいい。
と、タマナ会長が姿を表した。
「やぁ、待たせてしまったかな。」
現れたタマナ会長は圧倒的なオーラを放つというよりも、
カガリが“タマ爺”と呼ぶように親しみが自然と湧いて来るような人だった。
不思議な会食だと、アスランは思った。
形としては会食だが、何気ない会話の中に自分自身を問われるような質問が織り交ぜられていて
まるで面接のようだと感じる。
タマナ会長は事業内容に興味を持っているというよりもアスラン自身を見ているのではないか、
そう思えて気が抜けない筈なのに、
会長の人柄だろうか、他人に対して中々ガードを下げないアスランもすっかり気持ちが解れ
会食がお開きになる頃には丸裸にされてしまったような気さえしたが、
悪い気分になるよりもむしろ親しくなれた印象を持った。
店を出ると、アスランはタマナ会長に頭を下げた。
「本日は貴重な機会をありがといございました。
大変勉強になりました。」
会長はアスランの肩を叩いた。
「パトリックはいい息子を持ったものだな。」
思わぬ褒め言葉にアスランは恐縮して首を振った。
「いえ、まだまだです。」
「また一緒に食事をしよう。その時は別の報告を待っているがね。」
タマナ会長の意図が解せずアスランは問い返そうとしたが、“タマ爺っ!”とカガリに遮られてしまう。
カガリは何か知っているのだろうか。
愉快そうに笑うタマナ会長は、“そうだ”と言葉を繋いだ。
「今夜はカガリちゃんを借りて行くよ。
久し振りにゆっくり話をしたくてね。」
タマナ会長とカガリを乗せた車を見送って、
アスランは帰ったら連絡するようカガリにメッセージを送った。
カガリはバルドフェルドの店で酔っ払って眠ってしまった前科がある。
あれはバルドフェルドが変な気を回してわざと強い酒を飲ませた事が原因だったし、
タマナ会長行き着けの店であれば限界を超えるような飲み方はしない筈だ、と信じたい。
アスランは帰宅するとすぐに父であるパトリックに会食の件をメールで報告し、
シャワーを済ませてソファーに腰掛けるとポッカリと時間が開いてしまったような気分になった。
時計を確認すればまだカガリが帰ってくるにはもう少し時間がかかるくらいだ。
生活音対策が施されたマンションは元々隣人の声はもちろん足音も聞こえない、
だけど壁一枚挟んでカガリがいないだけで、静か過ぎる夜を感じる。
どうしても時計を見る回数が増えてしまう自分に苦笑してしまった。
ーータマナ会長と一緒なんだ、万が一酔っ払っても自宅まで送り届けてもらえるだろう。
そう分かってはいても落ち着かない。
頭の中はカガリの事でいっぱいで。
痛々しい程に朱に染まった目元も、
涙に濡れた瞳も、
伏せられた睫毛に浮かんだ雫も、
なのにあまりに自然に笑う仕草も、
シンにだけ見せる弱さも、
タマナ会長に口を尖らせる子供っぽさも、
自分に向けられた“いつも通りのカガリも”…。
想いを持て余して熱が籠もった体を冷やすように、
アスランはベランダに出た。
小学生の頃に習った冬の星座を見つけて、
また焦燥にせき立てられそうになる自分をぐっと抑えた。
今日の会食がカガリの気分転換になればいい、
また正論が虚しくアスランの胸を通り過ぎた時だった。
登録されていない番号からの電話、
嫌な予感がしてアスランはすぐに通話ボタンを押した。
《もしもし、アスラン君かね。
私だよ。》
「たっ、タマナ会長っ!?」
驚きに大きな声を出してしまったアスランに、タマナ会長は朗らかな笑い声を上げた。
どうやら上機嫌のようだ。
《すまんが、ちょっとカガリちゃんを預かってくれないかね。
ちょっと飲ませてすぎてしまったようで…、いやぁ、盛り上がってしまってね。》
「もしかして、寝てしまいましたか?」
アスランがため息混じりに言えば、タマナ会長は困ったように笑った。
《私が飲ませてすぎてしまったようだ。
ウズミの所へ届ければ、カガリちゃんはこっ酷く叱られてしまうだろ?それはかわいそうでな。
その点、君の所なら安心だろう。
住所を教えてくれないか。》
普通に考えて、酔った独身女性を男の家に預けるなど危険きわまりないと思うが、
それだけアスランもタマナ会長に信頼されているという事なのだろうか。
マンションのエントランスまで乗り入れた黒塗りの車から、アスランはカガリを抱き上げた。
「ご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした。」
するとタマナ会長はわざわざ下車し、頭を下げたアスランの肩に手を置いた。
「カガリちゃんを頼んだよ。
この子は幸せにならなくちゃいけない。」
心の底まで届くような真っ直ぐな眼差しを向けられ、アスランは驚く。
言葉以上の何かを伝えられた気がして、アスランは頷いた。
その拍子に覗いたカガリの目元は淡く染まっていて、お酒だけではない色彩に
またカガリは少しだけ泣いたのだろうと、アスランの胸を締め付けた。
「彼女は、ずっと誰かを幸せにしてきた人です。
太陽のように。
でも、自分を幸せにするにはあまりに優しすぎる人でもあります。」
アスランの言葉にタマナ会長は目を細めた。
「やはり君に託して良かったよ。
頑張りなさい。」
カガリを抱きかかえたまま寝室へ向かう。
バルドフェルドの店で眠ってしまったカガリをここへ運んだのは2ヶ月前なのに、
もっと遠い昔のように感じた。
ベッドに横たえて瞼を指先で撫でれば、
呼び起こされたように涙がこぼれて
アスランは優しく瞼にくちづける。
涙の数だけ
何度も何度もキスをして、
いつしか瞼から頬へ、
頬から唇へ。
嬉しかった、
やっと君が見せてくれた涙が。
例え君が夢の中にいても、
俺に気付かなくても。
ずっと欲しかった、
君の悲しみが。
過去に君が俺の悲しみを抱きしめてくれたからじゃない、
君が欲しいから、
君の全てが欲しいから。
──カガリ…。
心の中で
君の心に呼びかける。
くちづけが深くなる、
悩ましげに首を振る、
漏れた吐息、
全てに煽られる。
天使が目覚めるように瞳を開いたカガリは静かに涙を落として、
アスランの胸詰まらせる。
だから言えなかった言葉、
それが2人の悲しみ繋がるなんてーー
「また、悲しい夢でも見たのか。
大丈夫。私がそばにいるからな。」
そう言って、抱きしめようと細い指を伸ばすカガリに
アスランの表情が歪んで、
乱雑に指を絡めとりシーツに縫い付けた。
「悲しい夢を見続けているのは君の方だろ。
なのに、どうしてっ。
どうして、君はいつも…っ。」
決して叶わない恋に泣きながら、
俺の悲しみ寄り添って抱きしめて癒そうとする。
ーー欲しいのは、そんな悲しい優しさなんかじゃないっ。
アスランは噛み付くようなキスして、
呼吸さえ許されないそれに酸素を求めて首を振る、
僅かに離れた唇を捕らえるように舌を吸い上げた。
くぐもった甘い声、
それを封じているのは自分なのにもっと聞きたいと、
欲望が行為を加速させる。
抱えきれない想いをずっと抱いてきた。
君を見る度に、
君の声を聞く度に、
君に触れる度に、
ずっと抑えつけてきた。
力づくで、
全力で、
そうしなければきっとーー
カガリの両手首を束ねて左手で押さえつけ、
空いた右手でブラウスを寛げ
白い首元に強く吸い付き、甘やかな声と共にカガリの体が跳ねた。
ーー俺のもになって…。
月明かりにもはっきりと浮かぶ赤い跡が、
何故だろう、水面に映ったように揺らめいた。
ーー俺のものに…。
真っ白な胸元に雫が落ちた。
深い谷間に消えて行くそれを追うように唇を這わせれば、
ーー君が欲しいんだ…。
芳しい程の君の声。
柔らかな感触が誘うように逃げて行くから、
ーー君の全てが、欲しいんだ…。
この手で捕まえて、
閉じ込めて、
離したくなかった。
そにまま背中に手を回してホックを外そうとして、
初めて自分の手が震えている事に気付いた。
「あ…、俺…。」
震えているのは、手だけでは無かった。
それを教えてくれたのは、
アスランの頭を包むように撫でるカガリの手ーー。
顔を上げれば、涙に濡れながら微笑む君がいた。
こみ上げる苛立ちを、君にぶつけるのは間違っていると分かっていた、
でもあの時の俺は子供のようで。
「どうしてっ。
君はいつもいつもっ。」
悲しみを抱いているのは君の方、
傷付いているには君の方。
なのにそれを全部隠して、
俺を救おうとする。
あの時だって、
今だって、
「泣くくらいなら、」
俺に傷つけられて
泣かされているのに
どうして君はそこまでするんだ。
「やめればいいだろうっ、こんな事っ。」
カガリの涙に、雫が重なった。
自分が泣いている事に初めて気付いた。
カガリは澄んだ瞳で微笑んで
「アスランになら、何、されてもいい。
だって、アスランのこと…。」
天使が瞳を閉じるように眠りに落ちた。
その清らかさが自分の醜さを映して、
アスランは崩れ落ちるようにカガリから離れた。
首元の赤い跡が月光に冴える花のように咲いていて、
アスランはそっとブラウスをそうとする。
震える指先が、カツンカツンとボタンを弾いて
もどかしさに歪んだ顔。
白いブラウスにまた1つ、雫が落ちた。
─────────────
アスラン、やっちゃいましたね~(^-^;)
アスランが焦るきっかけになったのは、
朝顔を合わせたカガリの態度。
思い出したのは高校3年生の秋──
カガリを振ってしまった翌々日のこと。
アスランもちゃんと覚えていたんですね、
無意識にカガリの異変を察知していたからこそ記憶していて、
だけどカガリの気持ちまでは追いつかなかった高校時代。
それが大人になってから響いてきます。
そして、アスランの抑え込んでいた想いが決壊してしまいます。
もしカガリが目を覚ました時に告白していれば、
こんなすれ違いは無かったのでしょう。
アスランはカガリの悲しい優しさを拒絶しようとしています、
本当にほしいのはこんな優しさじゃないと。
でも、カガリの優しさの根本にあるのはアスランへの想い…、
アスランが心から欲している想いです。
さて、2人はどんな朝を迎えるのでしょう?
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カガリはフレイの家に泊まりそのまま会社へ直行すると、
律儀に連絡があった。
メッセージの文面から差し入れを喜んでくれたようで、
素直に嬉しかった。
自分に出来る事を積み重ねて行くしかない、
だけどそれだけじゃダメなんだ。
このままでは、
ーー同級生のまま、同僚のまま…。
別れの日を迎えてしまう。
ーーそんな事、絶対に嫌だ。
だけど、どうすれば良いのだろう。
何がカガリを泣かせているのか分からない、
それが昨夜で全部消えるなんて有り得ない、
そんなカガリに自分の想いを押し付ける事は
ーー嫌な思いをさせてしまうだけ…だろ。
そもそもカガリには他に想いを寄せる人がいるのだから。
じゃぁ、カガリの悲しみが取り除かれる日まで待てばいいのか、
彼女がスカンジナビアへ戻るまでに間に合う保証は無いのに。
『もう押して押して押し倒しちゃうしかないんじゃないの!?』
親友のめちゃくちゃなアドバイスを思い出してアスランは頭を振った。
ーーそんな事出来るか、バカ。
ただでさえ溢れた感情を抑えきれなくなりそうで恐いのに。
いつか全部決壊して、カガリを傷つけてしまうのではないかと。
出勤するとカガリは既にデスクについていて、いつも通りの笑顔で挨拶をしてくれた。
何故だろう、その時高校3年生のあの朝を思い出した。
カガリが風邪をひいて学校を休んだ翌日、
心配でキラと一緒に文系クラスに向かった。
『おはよう、アスラン。
心配かけちゃってごめんな。
でも、もう大丈夫だから。』
そう言っていつもの笑顔をくれて安堵が胸に広がった。
カガリがいない昨日がとても長く彩りの無いものだったから。
きっとさみしかったんだと、今なら分かる。
だけどカガリとの関係を繋ぐ糸が切れていったのはあの日が境だったのではないかーー
アスランの中に言い様の無い焦燥が広がっていった。
1日中、さりげなさを装ってカガリを目で追っていた。
仕事に打ち込む眼差しも、
ルナと談笑する時に見せる笑顔も、
差し入れの温泉まんじゅうにほにゃりと顔を緩ませる仕草も、
いつものカガリだった。
あまりに自然すぎてアスランの焦燥は加速する。
ガラス張り休憩室の影でカガリがシンに何かを告げているのを見た。
シンは昨日のようにカガリに寄り添って居て、互いに信頼し合っているのが見て取れて、
どうしても嫉妬してしまう自分をアスランは押さえ込んだ、
カガリがちゃんと誰かに相談できているのだからきっと解決へ向かっているのだろうと
正論を自分に言い聞かせて。
今日は定時後に会議が入っていたためカガリと一緒に帰宅する事はできず、
翌朝はカガリはモルゲンレーテ本社へ直行する事になっていたため出勤時間は重ならず、
カガリと会話らしい会話が出来ないまま木曜日の正午を迎えた。
カガリがいない、それだけで食事の味が落ちるような気がしてアスランは苦笑する。
もともと食に興味が無いけれど、カガリがオーブに戻ってからは美味しいと感じる機会が増えた。
同僚から何処の店が美味しかったと聞けばカガリと一緒に行きたいと思った、
今までは全部聞き流していたのに。
ーー俺って分かりやすいな。
苦笑をして、アスランは持て余した昼休みの消化に頭を悩ませた。
立場上、昼休みはデスクを離れなければ部下や後輩に示しがつかない、
だけど食欲は無く食べたいものも無い。
散歩でもするしか無いのか、と席を立とうとした時だった、
携帯の着信音に画面を見ればカガリからだった。
《あ、アスランか?
ごめんな、お昼休み中に。》
何処か焦ったようなカガリの声。
「いや、まだ自席にいたから。
何かあったのか?」
《それが…。》
「ごめんな、アスラン。」
そう言ってカガリはアスランに手を合わせた。
するとアスランは落ち着いた笑顔で首を振った。
「大丈夫、むしろ俺にとってはいい機会だから感謝している位だ。」
カガリとアスランは揃って高級料亭の個室に通されて、本日の主役を待っていた。
相手はオーブ最大手の電機メーカーの会長、タマナ会長である。
事の発端は、モルゲンレーテでカガリの父であるウズミと懇意にしているタマナ会長と
カガリが顔を合わせた事に遡る。
タマナ会長とウズミは大学の先輩後輩関係であり、カガリを自分の孫のように可愛がっていた。
カガリが長くスカンジナビアへ行っていたため久方振りの再会に大いに盛り上がったタマナ会長は
トントン拍子で今夜の会食をセッティングしてしまったのだ。
「でも、俺も同席して良かったのか?」
するとカガリは肩を竦めた。
「今の事業の事を話したら、タマ爺が興味持ってくれてさ。
是非話を聞きたいって。」
アスランはザラコーポレーションの跡取りとして社交の場に出る事もあったが、
タマナ会長と挨拶以外の接触を持つのは初めてだった。
この国の産業の根幹を支える企業のトップと会える、きっかけを作ってくれたカガリに感謝していた。
自分の受け持つ事業が直接的で現実的なビジネスに発展するとは思えなが、何かのきっかけになればいい。
と、タマナ会長が姿を表した。
「やぁ、待たせてしまったかな。」
現れたタマナ会長は圧倒的なオーラを放つというよりも、
カガリが“タマ爺”と呼ぶように親しみが自然と湧いて来るような人だった。
不思議な会食だと、アスランは思った。
形としては会食だが、何気ない会話の中に自分自身を問われるような質問が織り交ぜられていて
まるで面接のようだと感じる。
タマナ会長は事業内容に興味を持っているというよりもアスラン自身を見ているのではないか、
そう思えて気が抜けない筈なのに、
会長の人柄だろうか、他人に対して中々ガードを下げないアスランもすっかり気持ちが解れ
会食がお開きになる頃には丸裸にされてしまったような気さえしたが、
悪い気分になるよりもむしろ親しくなれた印象を持った。
店を出ると、アスランはタマナ会長に頭を下げた。
「本日は貴重な機会をありがといございました。
大変勉強になりました。」
会長はアスランの肩を叩いた。
「パトリックはいい息子を持ったものだな。」
思わぬ褒め言葉にアスランは恐縮して首を振った。
「いえ、まだまだです。」
「また一緒に食事をしよう。その時は別の報告を待っているがね。」
タマナ会長の意図が解せずアスランは問い返そうとしたが、“タマ爺っ!”とカガリに遮られてしまう。
カガリは何か知っているのだろうか。
愉快そうに笑うタマナ会長は、“そうだ”と言葉を繋いだ。
「今夜はカガリちゃんを借りて行くよ。
久し振りにゆっくり話をしたくてね。」
タマナ会長とカガリを乗せた車を見送って、
アスランは帰ったら連絡するようカガリにメッセージを送った。
カガリはバルドフェルドの店で酔っ払って眠ってしまった前科がある。
あれはバルドフェルドが変な気を回してわざと強い酒を飲ませた事が原因だったし、
タマナ会長行き着けの店であれば限界を超えるような飲み方はしない筈だ、と信じたい。
アスランは帰宅するとすぐに父であるパトリックに会食の件をメールで報告し、
シャワーを済ませてソファーに腰掛けるとポッカリと時間が開いてしまったような気分になった。
時計を確認すればまだカガリが帰ってくるにはもう少し時間がかかるくらいだ。
生活音対策が施されたマンションは元々隣人の声はもちろん足音も聞こえない、
だけど壁一枚挟んでカガリがいないだけで、静か過ぎる夜を感じる。
どうしても時計を見る回数が増えてしまう自分に苦笑してしまった。
ーータマナ会長と一緒なんだ、万が一酔っ払っても自宅まで送り届けてもらえるだろう。
そう分かってはいても落ち着かない。
頭の中はカガリの事でいっぱいで。
痛々しい程に朱に染まった目元も、
涙に濡れた瞳も、
伏せられた睫毛に浮かんだ雫も、
なのにあまりに自然に笑う仕草も、
シンにだけ見せる弱さも、
タマナ会長に口を尖らせる子供っぽさも、
自分に向けられた“いつも通りのカガリも”…。
想いを持て余して熱が籠もった体を冷やすように、
アスランはベランダに出た。
小学生の頃に習った冬の星座を見つけて、
また焦燥にせき立てられそうになる自分をぐっと抑えた。
今日の会食がカガリの気分転換になればいい、
また正論が虚しくアスランの胸を通り過ぎた時だった。
登録されていない番号からの電話、
嫌な予感がしてアスランはすぐに通話ボタンを押した。
《もしもし、アスラン君かね。
私だよ。》
「たっ、タマナ会長っ!?」
驚きに大きな声を出してしまったアスランに、タマナ会長は朗らかな笑い声を上げた。
どうやら上機嫌のようだ。
《すまんが、ちょっとカガリちゃんを預かってくれないかね。
ちょっと飲ませてすぎてしまったようで…、いやぁ、盛り上がってしまってね。》
「もしかして、寝てしまいましたか?」
アスランがため息混じりに言えば、タマナ会長は困ったように笑った。
《私が飲ませてすぎてしまったようだ。
ウズミの所へ届ければ、カガリちゃんはこっ酷く叱られてしまうだろ?それはかわいそうでな。
その点、君の所なら安心だろう。
住所を教えてくれないか。》
普通に考えて、酔った独身女性を男の家に預けるなど危険きわまりないと思うが、
それだけアスランもタマナ会長に信頼されているという事なのだろうか。
マンションのエントランスまで乗り入れた黒塗りの車から、アスランはカガリを抱き上げた。
「ご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした。」
するとタマナ会長はわざわざ下車し、頭を下げたアスランの肩に手を置いた。
「カガリちゃんを頼んだよ。
この子は幸せにならなくちゃいけない。」
心の底まで届くような真っ直ぐな眼差しを向けられ、アスランは驚く。
言葉以上の何かを伝えられた気がして、アスランは頷いた。
その拍子に覗いたカガリの目元は淡く染まっていて、お酒だけではない色彩に
またカガリは少しだけ泣いたのだろうと、アスランの胸を締め付けた。
「彼女は、ずっと誰かを幸せにしてきた人です。
太陽のように。
でも、自分を幸せにするにはあまりに優しすぎる人でもあります。」
アスランの言葉にタマナ会長は目を細めた。
「やはり君に託して良かったよ。
頑張りなさい。」
カガリを抱きかかえたまま寝室へ向かう。
バルドフェルドの店で眠ってしまったカガリをここへ運んだのは2ヶ月前なのに、
もっと遠い昔のように感じた。
ベッドに横たえて瞼を指先で撫でれば、
呼び起こされたように涙がこぼれて
アスランは優しく瞼にくちづける。
涙の数だけ
何度も何度もキスをして、
いつしか瞼から頬へ、
頬から唇へ。
嬉しかった、
やっと君が見せてくれた涙が。
例え君が夢の中にいても、
俺に気付かなくても。
ずっと欲しかった、
君の悲しみが。
過去に君が俺の悲しみを抱きしめてくれたからじゃない、
君が欲しいから、
君の全てが欲しいから。
──カガリ…。
心の中で
君の心に呼びかける。
くちづけが深くなる、
悩ましげに首を振る、
漏れた吐息、
全てに煽られる。
天使が目覚めるように瞳を開いたカガリは静かに涙を落として、
アスランの胸詰まらせる。
だから言えなかった言葉、
それが2人の悲しみ繋がるなんてーー
「また、悲しい夢でも見たのか。
大丈夫。私がそばにいるからな。」
そう言って、抱きしめようと細い指を伸ばすカガリに
アスランの表情が歪んで、
乱雑に指を絡めとりシーツに縫い付けた。
「悲しい夢を見続けているのは君の方だろ。
なのに、どうしてっ。
どうして、君はいつも…っ。」
決して叶わない恋に泣きながら、
俺の悲しみ寄り添って抱きしめて癒そうとする。
ーー欲しいのは、そんな悲しい優しさなんかじゃないっ。
アスランは噛み付くようなキスして、
呼吸さえ許されないそれに酸素を求めて首を振る、
僅かに離れた唇を捕らえるように舌を吸い上げた。
くぐもった甘い声、
それを封じているのは自分なのにもっと聞きたいと、
欲望が行為を加速させる。
抱えきれない想いをずっと抱いてきた。
君を見る度に、
君の声を聞く度に、
君に触れる度に、
ずっと抑えつけてきた。
力づくで、
全力で、
そうしなければきっとーー
カガリの両手首を束ねて左手で押さえつけ、
空いた右手でブラウスを寛げ
白い首元に強く吸い付き、甘やかな声と共にカガリの体が跳ねた。
ーー俺のもになって…。
月明かりにもはっきりと浮かぶ赤い跡が、
何故だろう、水面に映ったように揺らめいた。
ーー俺のものに…。
真っ白な胸元に雫が落ちた。
深い谷間に消えて行くそれを追うように唇を這わせれば、
ーー君が欲しいんだ…。
芳しい程の君の声。
柔らかな感触が誘うように逃げて行くから、
ーー君の全てが、欲しいんだ…。
この手で捕まえて、
閉じ込めて、
離したくなかった。
そにまま背中に手を回してホックを外そうとして、
初めて自分の手が震えている事に気付いた。
「あ…、俺…。」
震えているのは、手だけでは無かった。
それを教えてくれたのは、
アスランの頭を包むように撫でるカガリの手ーー。
顔を上げれば、涙に濡れながら微笑む君がいた。
こみ上げる苛立ちを、君にぶつけるのは間違っていると分かっていた、
でもあの時の俺は子供のようで。
「どうしてっ。
君はいつもいつもっ。」
悲しみを抱いているのは君の方、
傷付いているには君の方。
なのにそれを全部隠して、
俺を救おうとする。
あの時だって、
今だって、
「泣くくらいなら、」
俺に傷つけられて
泣かされているのに
どうして君はそこまでするんだ。
「やめればいいだろうっ、こんな事っ。」
カガリの涙に、雫が重なった。
自分が泣いている事に初めて気付いた。
カガリは澄んだ瞳で微笑んで
「アスランになら、何、されてもいい。
だって、アスランのこと…。」
天使が瞳を閉じるように眠りに落ちた。
その清らかさが自分の醜さを映して、
アスランは崩れ落ちるようにカガリから離れた。
首元の赤い跡が月光に冴える花のように咲いていて、
アスランはそっとブラウスをそうとする。
震える指先が、カツンカツンとボタンを弾いて
もどかしさに歪んだ顔。
白いブラウスにまた1つ、雫が落ちた。
─────────────
アスラン、やっちゃいましたね~(^-^;)
アスランが焦るきっかけになったのは、
朝顔を合わせたカガリの態度。
思い出したのは高校3年生の秋──
カガリを振ってしまった翌々日のこと。
アスランもちゃんと覚えていたんですね、
無意識にカガリの異変を察知していたからこそ記憶していて、
だけどカガリの気持ちまでは追いつかなかった高校時代。
それが大人になってから響いてきます。
そして、アスランの抑え込んでいた想いが決壊してしまいます。
もしカガリが目を覚ました時に告白していれば、
こんなすれ違いは無かったのでしょう。
アスランはカガリの悲しい優しさを拒絶しようとしています、
本当にほしいのはこんな優しさじゃないと。
でも、カガリの優しさの根本にあるのはアスランへの想い…、
アスランが心から欲している想いです。
さて、2人はどんな朝を迎えるのでしょう?
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