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soranokizunaのカケラたちや筆者のひとりごとを さらさらと ゆらゆらと
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君と俺を繋ぐ糸を切ったのは、
強すぎる想いだった。

抱えきれない想いが
いつか決壊してしまう恐さを感じていたのに、
止められなかった。

どうして、
君を愛する事と
君を大切にする事が
重ならないんだろう。

どうして俺は
君の涙を止められないんだろう。

君の悲しみを知りながら、
君を傷つけて。




雫の音 ーshizuku no ne ー 22


拍手[11回]









ソファーに腰掛けたまま一睡も出来なかった。
朝が来るのが恐かった、
君を失う瞬間が来るのが恐かった。

寝室の扉が開く音がしてアスランは立ち上がった。
謝って済む問題では無いけれど、
カガリをまた傷付けるだけかもしれないけど。

リビングの扉から、まるで子ウサギのように顔を出したカガリ。
しょんぼり、という言葉を体現したような仕草にうっかり癒されてしまう、
“俺にそんな資格無いのにな。”と自嘲的に胸の内で呟いて、
謝罪の言葉を紡ごうとした時

「ごめんな、アスラン。」

言おうとしていた言葉をカガリに言われてしまい、アスランは上手く反応できず沈黙が落ちる。
するとカガリはアスランが怒っているとでも思ったのか、
トテトテとアスランのそばに寄り、袖の端を掴んだ。

「私…、またやっちゃったのか?
と言うか、やっちゃったからアスランの家にいるんだよな。」

アスランは想定外の展開に着いて行けず目を見張る。
するとカガリは真っ青な顔を上げた。

「タマ爺とバーで飲んでたのは覚えてるんだっ!
でも、その後どうなったか…。
タマ爺怒ってなかったかっ?!
アスランにも迷惑かけちゃったんだよなっ!」

「覚えて…、いないのか。」

やっと絞り出した声は酷く頼りなかった。
カガリはコクンと頷くと、“うわぁぁぁ〜”と頭を抱えて走り出した。

ーーとりあえず、二日酔いでは無いみたいだな。

と冷静に観察してしまった自分に首を振り、アスランは急いで携帯を操作しているカガリの腕を引いた。

「カガリっ。
昨夜の事は何も覚えていないのかっ。」

驚いた瞳を晒すカガリは、嘘とは無縁の無垢な空気で包まれている。

「わ、私はとんでもない粗相をしてしまったのか…。」

真っ青になって胸ぐらを掴んで詰め寄るカガリに、

「いや、カガリはただ寝ちゃっただけで、粗相なんて何も。
タマナ会長は上機嫌だったように見えたし、大丈夫だと思う。」

“だから落ち着け。”と肩に手を置くと、カガリは全身から気が抜けたように座り込んだ。

ーーどう…、すべきなんだ?

アスランは混乱していた。
昨夜自分がカガリにしてしまった事は許される事では無い、
だけど何も覚えていないカガリにどうやって伝えて謝ればいいーー

ーー本当に何も覚えていないのだろうか。
記憶の欠片さえ残っていれば…。

カガリの傷として残ってしまい、それ無視する事は出来ない。

「本当に、何も覚えていないのか?
例えばーー」

その先の言葉を言うのに勇気を振り絞る。

「恐い夢を見た、とか。」

「夢?」

無垢な丸い瞳で首を傾げる仕草を見つめるアスランの背中に冷たい汗が浮かぶ。
と、突然カガリが顔を真っ赤にして子猫のように飛び上がった。
あまりに不可解な反応に、アスランはカガリが夢と現実を混同しているのでは無いかと思い

「カガリ、夢を覚えているか?
どんな夢だ?」

と問えば、カガリは真っ赤な頬を抑えて、

「そっ、そんなのナイショだっ!!」

と言って寝室へ逃げてしまった。
何をそんなに恥ずかしがっているのかは分からないが、
少なくとも恐怖を感じる夢では無かった事は見て取れて。

ーーやっぱり、何も覚えていないんだな…。

アスランはそのままソファーに沈んだ。
どうすればいいのか、分からない。
すると、タマナ会長に言われた言葉を思い出して、

『この子は幸せにならなくちゃいけない。』

カガリを幸せにしたい、
きっと誰よりもそう思っている。
だけど、俺に何が出来るだろうーー。
強すぎる想いは凶暴で、自分の手に負えない程に膨れ上がっているのに。

寝室から荷物とコートを持ってきたカガリの頬は未だに淡く染まっていた。

「じゃぁ、また後でな。
エントランスで待ってるからっ。」

と、一緒に通勤する約束を取り付けられて
カガリは帰ってしまった。
閉まった扉にカガリの残映を追って、アスランは力無く瞼を閉じた。

ーー距離を、置くしかない。

また君を力づくで
傷つけてしまわないように。

スカンジナビアへ帰国するまであと1カ月を切っている。
カガリが再び手の届かない所へ行ってしまう焦りを
アスランは握り潰した。




















ーーやってしまった…。

部屋に戻るとカガリは廊下にぺたんと座り込んでしまった。
一度ならず二度までも酔って記憶を失ってしまうなんて、
恥ずかしさで膝を抱え込む。

ーーアスラン、怒ってはいなかったけど
流石に呆れられたよな…。

ため息をつきながら時計を確認すれば、
手早く朝の準備をすればちゃんと朝食を作る時間もありそうだ。

ーー急がなきゃっ。

そう思ってバスルームへ向かい、ブラウスに手をかけて
昨夜の夢を思い出してカガリは体が沸騰するように熱くなった。
アスランの温もりも、唇の感触も、
柔らかな髪の冷たさまでも感じるようなリアルな夢だった。
アスランが自分を求めてくれるなんて、
あり得ないと分かっていても嬉しくて涙がこぼれた。
だけど、夢の中のアスランは震えながら泣いていて
あの日のように抱きしめた。
自分には、アスランの悲しみを抱きしめる事しか出来ない、
きっと彼の悲しみを消す事はできない。
ただの同級生だった私にも、
ただの同僚の今の私にも。

沈みかけた気持ちを涙と一緒に振り切って、
ブラウスを大胆に脱ぎ捨ててシャワーを浴びた。




いつもの時間にエントランスで待ち合わせをして
いつもと同じ電車に乗り
いつもと同じようにドアの前に向かい合わせで立つ。
そう、いつもと同じなのに何かが違う。
それは見えない糸のように細くて、だけど確かにそこにあるもので、
カガリはそっとアスランを見上げた。
アスランの静けさは耳を澄ませたくなるような安らぎがあるのに、
今日は何故だか触れるのに躊躇しそうな程に冷たい。
既視感を覚えた一瞬で高校生のアスランが今の彼に重なってた。
高校2年生の冬、
事故の悲しみを1人で抱えていたあの日のアスランに。
駆け出すような焦燥にカガリはアスランの腕を引いた。
アスランの驚いた瞳とぶつかった。

「アスラン、少し顔色が悪いぞ。
何かあったのか。」

するとアスランはいつもの微笑みを乗せて応えた。

「少し寝不足なだけ。
大丈夫だ。」

もう一度、カガリは既視感を覚える。
こんな表情を高校時代に何度も見てきた、
同級生に見せる顔ーー。

ーーあ…。

距離を置かれたのだと、はっきりと分かった。
高校生の頃ずっとそばで見てきたからわかる、
アスランは他人に踏み込ませない距離を取るのが上手い、
あの微笑みを浮かべれば誰もが無意識のまま引き下がる。

ーー私とキラには絶対に見せなかったのに…。

アスランに許された特別な関係だから。

ーー違う。

カガリは緩く首を振った。
なの時は“特別な友人だった”だけで、
今は“ただの同僚”なんだ。

あの頃はまだ幼くて、
想いのままに突っ走って、
アスランの世界に飛び込む事が出来た。
でも今はーー

車窓から外を眺めるアスランの瞳が空色に染まっている。

ーー踏み込む事がとても恐い。

『私、もっとアスランのそばに居たいんだ。』

あの日のありったけの勇気は
今も後悔と悲しみで胸を締め付ける。

“そっか。”と言って、カガリはさみしさをごまかすように視線を滑らせ、
唇だけに笑みをのせた。







仕事の合間にさり気なさを装ってアスランを目で追った。
仕事に集中した眼差しも、
シンとルナへの的確な指示も、
耳を澄ませたくなる声も、
キーボードを撫でる指先も、
全て“いつものアスラン”だった。
胸の内を誰にも気付かれせない術は既に高校生の頃から完璧だったから、
大人になった今、それも仕事中に、アスランの感情が見える筈も無かった。
それに、

──ただの同僚の私に見せる訳も無い…よな。

親友のキラやもう既に恋人になっているかもしれないラクスになら、
アスランは自分の心を見せて甘えて頼って、
元気になれるのだろうか。
そう考えてカガリは携帯を取り出し、キラにメッセージを送ろうとして指先を止める。
アスランが何を望んでいるのか分からないのに動くのは、カガリの身勝手な願望だ。
早く元気になってほしい、
そしたらまた、昨日までのようにアスランと過ごせるのに、と。
カガリはため息を落として携帯を仕舞い、気分転換のために休憩スペースへと向かった。


カコン。
自販機にセットされた紙コップにココアが注がれて、甘いにおいにほっとする。
火曜日の午後、資料室から戻るとデスクにホットココアが置いてあった。
アスランの心遣いがうれしくて、ボロボロの心に甘いココアが染み込んで、
また泣きそうになった。

──あの時、ちゃんとお礼言えたっけ。

アスランを見ると、声を聞くと、
また涙が呼び起こされる気がして…、
瞳を合わせずにありがとうと言った気がする。

自販機からココアを取り出し口に含めば、まあるいため息がこぼれた。
たった1杯のココアから、高校生の頃にアスランがカガリを見てくれていた事が分かって、
胸があたたかさで満たされた。
そうこんな時、良くココアを飲んでいたから。

「何とか乗り切ってるな。」

自販機の前に立ったシンの言葉の端から心配を寄せられていたのだと感じ、
カガリはそっと笑ってみせた。
するとシンはカフェラテを手にカガリの隣に腰掛け、前を向いたまま続けた。

「諦めずに頑張れよ。
何をやっても、どうなっても、誰も傷付きやしない。」

シンはカガリの背中を蹴飛ばす勢いで押してくれている。
一見強引なそれを下支えしているシンなりの優しさが分かるから、カガリは小さく笑った。

「どうしたら、いいんだろうな。」

ラクスが帰国して、アスランの未来には幸せが約束されている。
そして何より彼は今、確実にカガリと距離を置きたがってる。
だからきっと何もしない事がアスランが1番望んでいる事なんじゃないだろうか。

「それになんだか今日は、アスランと距離を感じるって言うか…。」

黙り込んだカガリに肩を貸すような視線を向けたシンが、固まった。

「おい、カガリ。昨日の夜は誰と何処にいた?」

突然振られた問いにカガリは素直に答える。

「お父様の大先輩と会食に。」

「それって、2人で?」

「いや。先方がこっちの事業に興味を持ってさ、
アスランと3人で。」

「会食の後は?」

何故シンはこんなに突っ込んで聞いてくるのだろう、とカガリは純粋に首を傾げる。

「アスランと別れて大先輩とバーへ。」

「で?」

先を促そうとするシンに、カガリの疑問が満杯になり問い返した。

「何が?」

「その後はどうしたんだよ。」

どこか様子のおかしいシンにカガリは眉を寄せながら、モジモジとあの日の失態を明かした。

「飲んでる途中で寝ちゃって…。」

「あぁ、カガリって酒には弱くないのに睡魔にめっちゃ弱いからなぁ。」

とからかうように突っつかれて、カガリは口を尖らせる。

「で、その後は?」

いきなりシンが真っ直ぐな眼差しを向けるから、カガリは剣の切っ先を突きつけられたように動けなくなる。
正直に話すしかないと、カガリは観念のため息を落とした。

「朝起きたら…アスランの部屋にいたんだ。
誤解するなよっ、
大先輩が私のマンションを知らなくて、アスランに連絡したみたいで、それで…。」

人に話せば羞恥は何杯にもなって跳ね返ってくる。
カガリは恥ずかしさに頭を抱えてぶんぶんと首を振った。

「バーで寝てから起きるまで、何も覚えて無いのか?」

するとカガリは真っ赤な顔のままコクンと頷いた。

──なるほどね…。

シンはカフェオレをぐいっと飲み干すと、ゴミ箱へ紙コップを投げ捨てた。
多分、と言うか絶対に、カガリの首元に付いているキスマークはアスランが付けたものだ。

──寝込みを襲って罪悪感から距離を置くって、
何やってるんだよアイツっ!

シンは苛立たしげに“うおぉぉぉ~!”と叫んで頭をガシガシと掻いた。
カガリ自身は記憶も無ければキスマークの存在にも気付いていないようで、

「きっとアスランは呆れてるんだな。」

とさみしそうに笑うから、

「ちーがーうー!!!
お前等、色々間違ってるから!!!」

無垢な目を丸くさせて頭上に疑問符をのせるカガリに、
シンは本当の事など告げられる筈も無く、
行き先の無いやきもきとした感情を持て余す。

「とにかく!
絶対に諦めんなよっ!
諦めたら絶交だからなっ!」

まるで小学生のような啖呵を切ってカガリと共に休憩スペースを後にした。






シンはランチのパスタにガツンとフォークを突き立てた。
午前中から不機嫌なのは分かっていたが、今日は随分と荒れている。
ルナは“やれやれ”と恋人の話を聞くことにした。

「この前、10年間両思いの2人をくっつける方法の話、しただろ。
なぁ、本当に何とかなんねぇのかな、
あいつら何でくっつかないのか意味わかんねぇっ!」

「だから言ったでしょ、片思いが長すぎると難しいって。
だって、ずーっと好きなのに、ずーっと告白しないから、ずーっと片思いな訳でしょ。
10年間、ブレーキをかけ続けて気持を抑え込んでるのよ、
そう簡単にくっつく筈無いじゃない。」

ルナの言うとおり、気持を抑えるのに慣れすぎている。
感情と行動のブレーキは無意識に、強力に、正確に、
だから互いを思いやってできた境界線の中でしか動けない。
でも、そんな事をしていたらいつまでたっても片思いのままだ。

「だから、2人の世界を変えるくらいの事が必要なのよ。
でもそれは、他人がどうこう出来る話じゃないわ、
だって2人の世界なんだもの。」

だから、アスランかカガリ、
どちらかが今の世界を壊さなければ片思いの世界は永遠に続いてしまう。

「それが見ていてもどかしいって言うか、
もう、つらいって言うか。」

シンはタラコスパゲッティを口に運んだ。

「まぁ、あの2人ならどっちも動かないかもね。
いつでも相手を優先させてしまうから。」

シンは思わずタラコを噴き出しそうになった。

「ルナ、気付いてたのか?」

「なんとなく…、かな。
シンがこれだけ心配する相手って考えて、確信したわ。」

シンから“女の勘ってすげぇ。”と心の声が漏れた。

「個人的にはアスランに頑張ってほしいけどね。
かっこいい所、見せてほしいじゃない!」

シンは大きく頷いた。
今も涙を飲み込んで頑張り続けるカガリにこれ以上を求めるのは酷だし、
男としては決める所で決めたいプライドのようなものもあり、
動くならアスランの方がいいに決まっている。
だが、罪悪感からカガリと距離を取ろうとしているアスランを、どうやってカガリに近づける事ができるだろう。
いつまでもタラコスパゲッティの皿の上でフォークを巻き続けるシンの頭の中はルナに筒抜けだった。

「あんたがアスランの背中を蹴飛ばしてやればいいのよ!
“元カレ”の言葉はズシーンと効くかもよ。」

ここで発破をかけるとか、背中を押すとか、
優しいアプローチを切り捨てる所が流石はルナである。
最早そんな優しさを許す時間は残っていない。
胸の痛みに耐え得る限界はとうに越え、
スカンジナビアへ帰国するタイムリミットは目前なのだから。

ーーーーーー

アスランとカガリさんは見事なすれ違いっぷりですよね(^◇^;)

カガリさんの涙は、最初は悲しみからだったけれど、
アスランに求められる喜びだった…のに
アスランはカガリさんを泣く程傷付けたと思ってるんですね。

出来れば年内に完結をする予定です!
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ソファーに腰掛けたまま一睡も出来なかった。
朝が来るのが恐かった、
君を失う瞬間が来るのが恐かった。

寝室の扉が開く音がしてアスランは立ち上がった。
謝って済む問題では無いけれど、
カガリをまた傷付けるだけかもしれないけど。

リビングの扉から、まるで子ウサギのように顔を出したカガリ。
しょんぼり、という言葉を体現したような仕草にうっかり癒されてしまう、
“俺にそんな資格無いのにな。”と自嘲的に胸の内で呟いて、
謝罪の言葉を紡ごうとした時

「ごめんな、アスラン。」

言おうとしていた言葉をカガリに言われてしまい、アスランは上手く反応できず沈黙が落ちる。
するとカガリはアスランが怒っているとでも思ったのか、
トテトテとアスランのそばに寄り、袖の端を掴んだ。

「私…、またやっちゃったのか?
と言うか、やっちゃったからアスランの家にいるんだよな。」

アスランは想定外の展開に着いて行けず目を見張る。
するとカガリは真っ青な顔を上げた。

「タマ爺とバーで飲んでたのは覚えてるんだっ!
でも、その後どうなったか…。
タマ爺怒ってなかったかっ?!
アスランにも迷惑かけちゃったんだよなっ!」

「覚えて…、いないのか。」

やっと絞り出した声は酷く頼りなかった。
カガリはコクンと頷くと、“うわぁぁぁ〜”と頭を抱えて走り出した。

ーーとりあえず、二日酔いでは無いみたいだな。

と冷静に観察してしまった自分に首を振り、アスランは急いで携帯を操作しているカガリの腕を引いた。

「カガリっ。
昨夜の事は何も覚えていないのかっ。」

驚いた瞳を晒すカガリは、嘘とは無縁の無垢な空気で包まれている。

「わ、私はとんでもない粗相をしてしまったのか…。」

真っ青になって胸ぐらを掴んで詰め寄るカガリに、

「いや、カガリはただ寝ちゃっただけで、粗相なんて何も。
タマナ会長は上機嫌だったように見えたし、大丈夫だと思う。」

“だから落ち着け。”と肩に手を置くと、カガリは全身から気が抜けたように座り込んだ。

ーーどう…、すべきなんだ?

アスランは混乱していた。
昨夜自分がカガリにしてしまった事は許される事では無い、
だけど何も覚えていないカガリにどうやって伝えて謝ればいいーー

ーー本当に何も覚えていないのだろうか。
記憶の欠片さえ残っていれば…。

カガリの傷として残ってしまい、それ無視する事は出来ない。

「本当に、何も覚えていないのか?
例えばーー」

その先の言葉を言うのに勇気を振り絞る。

「恐い夢を見た、とか。」

「夢?」

無垢な丸い瞳で首を傾げる仕草を見つめるアスランの背中に冷たい汗が浮かぶ。
と、突然カガリが顔を真っ赤にして子猫のように飛び上がった。
あまりに不可解な反応に、アスランはカガリが夢と現実を混同しているのでは無いかと思い

「カガリ、夢を覚えているか?
どんな夢だ?」

と問えば、カガリは真っ赤な頬を抑えて、

「そっ、そんなのナイショだっ!!」

と言って寝室へ逃げてしまった。
何をそんなに恥ずかしがっているのかは分からないが、
少なくとも恐怖を感じる夢では無かった事は見て取れて。

ーーやっぱり、何も覚えていないんだな…。

アスランはそのままソファーに沈んだ。
どうすればいいのか、分からない。
すると、タマナ会長に言われた言葉を思い出して、

『この子は幸せにならなくちゃいけない。』

カガリを幸せにしたい、
きっと誰よりもそう思っている。
だけど、俺に何が出来るだろうーー。
強すぎる想いは凶暴で、自分の手に負えない程に膨れ上がっているのに。

寝室から荷物とコートを持ってきたカガリの頬は未だに淡く染まっていた。

「じゃぁ、また後でな。
エントランスで待ってるからっ。」

と、一緒に通勤する約束を取り付けられて
カガリは帰ってしまった。
閉まった扉にカガリの残映を追って、アスランは力無く瞼を閉じた。

ーー距離を、置くしかない。

また君を力づくで
傷つけてしまわないように。

スカンジナビアへ帰国するまであと1カ月を切っている。
カガリが再び手の届かない所へ行ってしまう焦りを
アスランは握り潰した。




















ーーやってしまった…。

部屋に戻るとカガリは廊下にぺたんと座り込んでしまった。
一度ならず二度までも酔って記憶を失ってしまうなんて、
恥ずかしさで膝を抱え込む。

ーーアスラン、怒ってはいなかったけど
流石に呆れられたよな…。

ため息をつきながら時計を確認すれば、
手早く朝の準備をすればちゃんと朝食を作る時間もありそうだ。

ーー急がなきゃっ。

そう思ってバスルームへ向かい、ブラウスに手をかけて
昨夜の夢を思い出してカガリは体が沸騰するように熱くなった。
アスランの温もりも、唇の感触も、
柔らかな髪の冷たさまでも感じるようなリアルな夢だった。
アスランが自分を求めてくれるなんて、
あり得ないと分かっていても嬉しくて涙がこぼれた。
だけど、夢の中のアスランは震えながら泣いていて
あの日のように抱きしめた。
自分には、アスランの悲しみを抱きしめる事しか出来ない、
きっと彼の悲しみを消す事はできない。
ただの同級生だった私にも、
ただの同僚の今の私にも。

沈みかけた気持ちを涙と一緒に振り切って、
ブラウスを大胆に脱ぎ捨ててシャワーを浴びた。




いつもの時間にエントランスで待ち合わせをして
いつもと同じ電車に乗り
いつもと同じようにドアの前に向かい合わせで立つ。
そう、いつもと同じなのに何かが違う。
それは見えない糸のように細くて、だけど確かにそこにあるもので、
カガリはそっとアスランを見上げた。
アスランの静けさは耳を澄ませたくなるような安らぎがあるのに、
今日は何故だか触れるのに躊躇しそうな程に冷たい。
既視感を覚えた一瞬で高校生のアスランが今の彼に重なってた。
高校2年生の冬、
事故の悲しみを1人で抱えていたあの日のアスランに。
駆け出すような焦燥にカガリはアスランの腕を引いた。
アスランの驚いた瞳とぶつかった。

「アスラン、少し顔色が悪いぞ。
何かあったのか。」

するとアスランはいつもの微笑みを乗せて応えた。

「少し寝不足なだけ。
大丈夫だ。」

もう一度、カガリは既視感を覚える。
こんな表情を高校時代に何度も見てきた、
同級生に見せる顔ーー。

ーーあ…。

距離を置かれたのだと、はっきりと分かった。
高校生の頃ずっとそばで見てきたからわかる、
アスランは他人に踏み込ませない距離を取るのが上手い、
あの微笑みを浮かべれば誰もが無意識のまま引き下がる。

ーー私とキラには絶対に見せなかったのに…。

アスランに許された特別な関係だから。

ーー違う。

カガリは緩く首を振った。
なの時は“特別な友人だった”だけで、
今は“ただの同僚”なんだ。

あの頃はまだ幼くて、
想いのままに突っ走って、
アスランの世界に飛び込む事が出来た。
でも今はーー

車窓から外を眺めるアスランの瞳が空色に染まっている。

ーー踏み込む事がとても恐い。

『私、もっとアスランのそばに居たいんだ。』

あの日のありったけの勇気は
今も後悔と悲しみで胸を締め付ける。

“そっか。”と言って、カガリはさみしさをごまかすように視線を滑らせ、
唇だけに笑みをのせた。







仕事の合間にさり気なさを装ってアスランを目で追った。
仕事に集中した眼差しも、
シンとルナへの的確な指示も、
耳を澄ませたくなる声も、
キーボードを撫でる指先も、
全て“いつものアスラン”だった。
胸の内を誰にも気付かれせない術は既に高校生の頃から完璧だったから、
大人になった今、それも仕事中に、アスランの感情が見える筈も無かった。
それに、

──ただの同僚の私に見せる訳も無い…よな。

親友のキラやもう既に恋人になっているかもしれないラクスになら、
アスランは自分の心を見せて甘えて頼って、
元気になれるのだろうか。
そう考えてカガリは携帯を取り出し、キラにメッセージを送ろうとして指先を止める。
アスランが何を望んでいるのか分からないのに動くのは、カガリの身勝手な願望だ。
早く元気になってほしい、
そしたらまた、昨日までのようにアスランと過ごせるのに、と。
カガリはため息を落として携帯を仕舞い、気分転換のために休憩スペースへと向かった。


カコン。
自販機にセットされた紙コップにココアが注がれて、甘いにおいにほっとする。
火曜日の午後、資料室から戻るとデスクにホットココアが置いてあった。
アスランの心遣いがうれしくて、ボロボロの心に甘いココアが染み込んで、
また泣きそうになった。

──あの時、ちゃんとお礼言えたっけ。

アスランを見ると、声を聞くと、
また涙が呼び起こされる気がして…、
瞳を合わせずにありがとうと言った気がする。

自販機からココアを取り出し口に含めば、まあるいため息がこぼれた。
たった1杯のココアから、高校生の頃にアスランがカガリを見てくれていた事が分かって、
胸があたたかさで満たされた。
そうこんな時、良くココアを飲んでいたから。

「何とか乗り切ってるな。」

自販機の前に立ったシンの言葉の端から心配を寄せられていたのだと感じ、
カガリはそっと笑ってみせた。
するとシンはカフェラテを手にカガリの隣に腰掛け、前を向いたまま続けた。

「諦めずに頑張れよ。
何をやっても、どうなっても、誰も傷付きやしない。」

シンはカガリの背中を蹴飛ばす勢いで押してくれている。
一見強引なそれを下支えしているシンなりの優しさが分かるから、カガリは小さく笑った。

「どうしたら、いいんだろうな。」

ラクスが帰国して、アスランの未来には幸せが約束されている。
そして何より彼は今、確実にカガリと距離を置きたがってる。
だからきっと何もしない事がアスランが1番望んでいる事なんじゃないだろうか。

「それになんだか今日は、アスランと距離を感じるって言うか…。」

黙り込んだカガリに肩を貸すような視線を向けたシンが、固まった。

「おい、カガリ。昨日の夜は誰と何処にいた?」

突然振られた問いにカガリは素直に答える。

「お父様の大先輩と会食に。」

「それって、2人で?」

「いや。先方がこっちの事業に興味を持ってさ、
アスランと3人で。」

「会食の後は?」

何故シンはこんなに突っ込んで聞いてくるのだろう、とカガリは純粋に首を傾げる。

「アスランと別れて大先輩とバーへ。」

「で?」

先を促そうとするシンに、カガリの疑問が満杯になり問い返した。

「何が?」

「その後はどうしたんだよ。」

どこか様子のおかしいシンにカガリは眉を寄せながら、モジモジとあの日の失態を明かした。

「飲んでる途中で寝ちゃって…。」

「あぁ、カガリって酒には弱くないのに睡魔にめっちゃ弱いからなぁ。」

とからかうように突っつかれて、カガリは口を尖らせる。

「で、その後は?」

いきなりシンが真っ直ぐな眼差しを向けるから、カガリは剣の切っ先を突きつけられたように動けなくなる。
正直に話すしかないと、カガリは観念のため息を落とした。

「朝起きたら…アスランの部屋にいたんだ。
誤解するなよっ、
大先輩が私のマンションを知らなくて、アスランに連絡したみたいで、それで…。」

人に話せば羞恥は何杯にもなって跳ね返ってくる。
カガリは恥ずかしさに頭を抱えてぶんぶんと首を振った。

「バーで寝てから起きるまで、何も覚えて無いのか?」

するとカガリは真っ赤な顔のままコクンと頷いた。

──なるほどね…。

シンはカフェオレをぐいっと飲み干すと、ゴミ箱へ紙コップを投げ捨てた。
多分、と言うか絶対に、カガリの首元に付いているキスマークはアスランが付けたものだ。

──寝込みを襲って罪悪感から距離を置くって、
何やってるんだよアイツっ!

シンは苛立たしげに“うおぉぉぉ~!”と叫んで頭をガシガシと掻いた。
カガリ自身は記憶も無ければキスマークの存在にも気付いていないようで、

「きっとアスランは呆れてるんだな。」

とさみしそうに笑うから、

「ちーがーうー!!!
お前等、色々間違ってるから!!!」

無垢な目を丸くさせて頭上に疑問符をのせるカガリに、
シンは本当の事など告げられる筈も無く、
行き先の無いやきもきとした感情を持て余す。

「とにかく!
絶対に諦めんなよっ!
諦めたら絶交だからなっ!」

まるで小学生のような啖呵を切ってカガリと共に休憩スペースを後にした。






シンはランチのパスタにガツンとフォークを突き立てた。
午前中から不機嫌なのは分かっていたが、今日は随分と荒れている。
ルナは“やれやれ”と恋人の話を聞くことにした。

「この前、10年間両思いの2人をくっつける方法の話、しただろ。
なぁ、本当に何とかなんねぇのかな、
あいつら何でくっつかないのか意味わかんねぇっ!」

「だから言ったでしょ、片思いが長すぎると難しいって。
だって、ずーっと好きなのに、ずーっと告白しないから、ずーっと片思いな訳でしょ。
10年間、ブレーキをかけ続けて気持を抑え込んでるのよ、
そう簡単にくっつく筈無いじゃない。」

ルナの言うとおり、気持を抑えるのに慣れすぎている。
感情と行動のブレーキは無意識に、強力に、正確に、
だから互いを思いやってできた境界線の中でしか動けない。
でも、そんな事をしていたらいつまでたっても片思いのままだ。

「だから、2人の世界を変えるくらいの事が必要なのよ。
でもそれは、他人がどうこう出来る話じゃないわ、
だって2人の世界なんだもの。」

だから、アスランかカガリ、
どちらかが今の世界を壊さなければ片思いの世界は永遠に続いてしまう。

「それが見ていてもどかしいって言うか、
もう、つらいって言うか。」

シンはタラコスパゲッティを口に運んだ。

「まぁ、あの2人ならどっちも動かないかもね。
いつでも相手を優先させてしまうから。」

シンは思わずタラコを噴き出しそうになった。

「ルナ、気付いてたのか?」

「なんとなく…、かな。
シンがこれだけ心配する相手って考えて、確信したわ。」

シンから“女の勘ってすげぇ。”と心の声が漏れた。

「個人的にはアスランに頑張ってほしいけどね。
かっこいい所、見せてほしいじゃない!」

シンは大きく頷いた。
今も涙を飲み込んで頑張り続けるカガリにこれ以上を求めるのは酷だし、
男としては決める所で決めたいプライドのようなものもあり、
動くならアスランの方がいいに決まっている。
だが、罪悪感からカガリと距離を取ろうとしているアスランを、どうやってカガリに近づける事ができるだろう。
いつまでもタラコスパゲッティの皿の上でフォークを巻き続けるシンの頭の中はルナに筒抜けだった。

「あんたがアスランの背中を蹴飛ばしてやればいいのよ!
“元カレ”の言葉はズシーンと効くかもよ。」

ここで発破をかけるとか、背中を押すとか、
優しいアプローチを切り捨てる所が流石はルナである。
最早そんな優しさを許す時間は残っていない。
胸の痛みに耐え得る限界はとうに越え、
スカンジナビアへ帰国するタイムリミットは目前なのだから。

ーーーーーー

アスランとカガリさんは見事なすれ違いっぷりですよね(^◇^;)

カガリさんの涙は、最初は悲しみからだったけれど、
アスランに求められる喜びだった…のに
アスランはカガリさんを泣く程傷付けたと思ってるんですね。

出来れば年内に完結をする予定です!
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