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soranokizunaのカケラたちや筆者のひとりごとを さらさらと ゆらゆらと
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高鳴る鼓動、

近づく距離ーー。




雫の音 ー shizuku no ne ー 19

拍手[8回]






「カガリ。
俺はずっとーー。」

アスランの言葉は携帯の着信音によって遮られる。
熱に浮かされたままだったカガリは我に返ると瞬間的に左手を引き

「電話、出た方がいいんじゃないか。
ほら、またイベントの事だと大変だし。」

最もらしい事を言って、さりげなく距離を取った。
するとアスランは何かを振り切るようなため息を落として緩慢な動作で携帯を取り出して、
ディスプレイを見るなり慌てた様子で通話を開始した。
その様子から何かあったのだと察し、席を外そうとしたカガリの手をアスランが掴んだ。
逃がさない、そう言っているようだった。

「はい。
何かあったんですか、母上。」

ーーご実家から電話?!
こんな遅い時間に。

嫌な予感がして、カガリはアスラン見つめる。
どうやら電話口のお母様が一方的に話をしているようで、アスランは相槌を打つばかりで、
程なくして電話が終わった。
何と声をかけるべきか、言葉を探したカガリに向けられたのは
カガリの大好きな笑顔だった。
穏やかな、アスランの笑顔ーー

「ラクスが帰ってくるんだ、オーブに。
やっと、帰ってくるんだ。」



近づいた、
そう思っていたのは私だけだったのかもしれない。
















カガリは家に着くとベッドに沈み込んだ。

あれから、アスランとどんな会話をして帰ってきたのか覚えていない。

ーーラクスが、帰ってくる。

文化祭の1日だけでカガリはラクスが大好きになった。
だから、彼女がオーブに戻ってくる事は素直に嬉しくて、
音楽家になる夢を果たして帰ってくる、そんな彼女が眩しくて。
でも、ラクスが帰ってきたら

ーーこの恋を終わらせなきゃ。

視界に入ったブルーのリボンが涙で歪んだ。
遠くで勝手に想い続けるのは自由かもしれない、
だけどこれからは、この想いを断ち切らなきゃいけない。

ラクスと友達になりたい、
アスランとも関係を繋げていきたい、
2人が望めばあの日の文化祭のようにみんなで楽しい時間を過ごしたいーー

ーーだから、終わりにしよう。

カガリは左の薬指に結ばれたリボンを外し、胸を刺す痛みに涙が溢れた。
あまりに身勝手な涙にカガリは小さく笑った。
勝手に恋して、
勝手に舞い上がって、
勝手に傷ついて、
勝手に想い続けて…。

アスランからもらった“ベアー”のぬいぐるみ、
そこには2つのブルーのリボンが並んだ。
幸せになれるおまじないーー

ーーこの想いを終わりにすれば、
私はやっと誰かを幸せに出来るのかな。
1番大好きな人を、
幸せに出来るのかな。

















月曜日。
恋をやめると決めてから初めて見るアスランの顔。
“いつも通り”を出来るかどうか、不安と言うより恐かった。
けれど今日から始まるイベントによる分単位の業務に救われて、カガリは自分を保つ事が出来ていた。
“大丈夫。”そう呟いて、カガリはバッグに視線をずらす。
いつも学生カバンに忍ばせていた化粧ポーチ、
どんなに目元が腫れても隠し通せる魔法。
でもこのポーチの出番は無いかもしれないと、デスクの1番下の引き出しに仕舞って
カガリは力づくで前を向いた。

金曜日にアスランとカガリが残業した甲斐もあり
スムーズなスタートを迎えられ一安心した頃には日が大きく傾いていた。

「カガリ、明日の午後は空けておいてくれないか。
外回りへ行くから、付き添いで来て欲しい。」

外回りの準備をアスランに問うても、“カガリは何も用意しなくていいから。”と返されて、
頭に疑問符を浮かべたまま火曜日の午後を迎えた。

「なぁ、アスラン、今日は何処へ行くんだ。
それに目的も、私の役割も分からないぞ。」

大きなストライドで前を行くアスランに付いて駅の改札を通り抜け電車に飛び乗る。
するとアスランはいた
ずらっ子の様な顔をして笑った。

「外回りっていうのは嘘。」

「はぁぁ?」

アスランがこんな嘘をついて会社を抜け出すなんて、

「お前、キャラ変わりすぎっ!」

するとアスランは止まらない笑いにくしゃりと前髪潰した。
そう言えば、今朝からアスランのテンションは何処かおかしかった、
いつも深い海の底のように落ち着いた空気を纏っているのに、
今日は何処か春風のように軽くふわふわしたような。

「これから空港へ向かう。
ラクスを迎えに行くんだ。」

カガリは一瞬の戸惑いに固まりかけた心を力づくで動かした、
反動で感じた痛みを飛び越える、前向くと決めたから。

「ラクスの帰国は来週だって言ってなかったか?」

「それが早まった、って分かったのが昨日。
どうやら強行スケジュールを組んでまでオーブへ帰りたかったらしい。」

そう言って笑うアスランは春そのもののようで、
この笑顔に既視感を覚える。
記憶を繰ればラクスの笑顔に重なった。
2人の重ねた時の長さをこんな所でも思い知り、
また1つ心が軋む音がした。

「そっか、良かったな帰国が早まって。
みんな喜ぶな。」

そうだ、これはみんなが喜ぶ事なんだ。
ラクスをずっ待っていたんだ、
アスランも、
家族も、友人も、みんな。

「あぁ。でも、お陰で予定が狂ってバタバタで。
ラクスの家族がどうしても迎えに行けないらしくて代わりに俺が。
カガリも一緒なら、きっとラクスは喜ぶと思って。」

ーー2人の再会に、私は邪魔なんじゃないか?

アスランが何を考えているのか分からない、
けれど、

──アスランって昔からそういう所、あるからな。

冷静なのに向こう見ずだったり、
優秀なのにどこか抜けてたり、
優しすぎるのに自分に鈍感で。
そんなアスランがずっと片思いをしてきたラクスにやっと会えるんだ。
カガリは隣に立つアスランを見上げて、ふっと笑みが漏れた。
いつもと違う顔を見せる今のアスランをとても愛おしく思えて、カガリはまた前を向く。
何度もラクスとの再会を思い描いて、
何が起きても傷つかない予防線を幾重にも張って、
“大丈夫。”と呟いて。








流石は世界の歌姫である。
アスランとカガリは一般の到着ロビーではなくVIP専用のラウンジだった。
滑走路を臨む一面の窓から柔らかな西日がさしていた。
見上げた空は抜けるような青、そこにハチミツ色の柔らかさを感じる。

──すてきだな。

全てがこの日を祝福している、
そう感じて瞳を閉じた時だった。
磨り硝子の扉が開く。

豊かな桜色の髪が揺れる。
舞い降りた天使のように
白く細い手が彼を求めて、
彼は彼女を引き寄せ抱きしめた。
時を埋めるように抱きしめ合う2人に、
言葉なんていらない。

1番そばで見ていたカガリに
それが1番伝わってくる。
痛いほど強く、
2人の想いが伝わってくる。
素直に共鳴した心、
知らずカガリは涙を落としていた。

「おかえり、ラクス。」

「ただいま戻りました。」

そう言って同じ顔で笑う2人に涙は無く、
春のうららかな空のようなあたたかさで満たされていた。
と、カガリの存在に気付いたラスクは
子どものようにはしゃいでカガリの手を取った。

「まぁ!カガリさんではありませんか!!」

「久しぶりだな、ラクス。」

言葉は涙に阻まれ上手く言えなくて、
カガリは空いた手でゴシゴシと涙をふいた。

「あらあら、あらあら。」

そう言って歌うように笑うラクスは天使のようで

「ごめんな、ちょっと胸がいっぱいになっちゃって。」

とカガリは照れ笑いを浮かべた。
電車の中で何度も何度も描いた再会のシーン、
決して結ばれない自分の恋へのかなしみに覆われるのだと思っていたけれど、
それは想像を遙かに越えて清らかで、
心からの喜びに満ちたものだった。
この空のように──




だから──




突然の涙の予感。
“あの涙”の予感。

──いけないっ。

突然迫り上がる抱えきれない感情を
力ずくで押さえ込む、
今、あともう少しだけ…。

「アスランはラクスを送ってくんだろ?
私は急に本社に呼ばれちゃったから、もう行くな。」

嘘は嫌いだ。
だけど、今はこの嘘を許したい。
今は2人を、
祝福されたこの日を、喜びを、
守りたい。
今、この2人の前で、
身勝手な涙を落としたくは無い。

「ラスク、また会おうな。」

手を振ってラウンジを出て、
涙が床に落ちるよりも先に駆けだした。
間に合って良かった、
こんな顔を2人には見せられない。

──早く、早く。
この恋をやめなくちゃ。

胸が詰まって息が出来ない、
苦しくて首を振った。
鼓動が胸を打つ度に深まる痛み、
涙で歪んだ視界ーー

雫の音が聞こえた。
















とにかく空港から離れて、
誰もいない場所を探してーー

ーーどうしよう、どうしようっ。

今は仕事を抜けてきた身なのだから、早く戻らなきゃと気持ちが急く。
だけどカガリの意思に反して涙は止まらなくて、
ハンカチで口元を抑えなければ嗚咽を耐えられない。

ーーどうしよう、どうしようっ。

前を向くと決めたんだ。
この恋をやめると決めたんだ。
あの清らかな喜びを見たら、
こんな自分勝手な恋も涙も全部消してしまいたい。

ーーどうしてたっけ…、私。

高校生の頃、些細な事で涙が止まらなくなったけれど、
その時はどうやって涙を止めて“日常”に帰って行けたのだろう。

ーーあ…。

あの時は、キラやミリィとフレイがそばにいてくれたんだ。
でも今はーー
駅に直結した商業施設のトイレの天井を見上げた。
今は1人、
もう高校生の弱くて何も知らない私じゃない。

カガリは涙を拭いて会社へ向かった。

ーー前を向くって、決めたんだ。













「ふわぁあぁ〜。」

シンの大きな欠伸に

「ちょっと、口元くらい押さえなさいよ。
一応仕事中なんだからっ。」

ルナがツッコミを入れた。

「うーん、なんかあの2人がいないと気が抜けちゃってさ。
やる事はあるんだけど、やる気出ないんだよなぁ。」

「そうね。
特にカガリがいないと場の雰囲気が変わるわよね。」

「そうそう、カガリがいるとパァっと明るくなるっつーか。」

「そうそう!
だからあと1ヶ月しか無いなんて、さみしいわね。」

と、シンの携帯がメッセージの受信を知らせる。

「ルナ、俺資料室行ってくるわ。
カガリが戻ってきたみたいなんだけど、力仕事頼まれちゃって。」

そう言ってフラリと席を立った。

《お疲れ様。
外回りから戻って、今資料室で整理してる。
ちょっと力仕事を手伝ってほしいから、シン1人で来てくれないか。
あと、私の机の1番下の引き出しにあるグリーンのポーチも持ってきてくれ。
忙しい所ごめんな、よろしく!》

シンはカガリのメッセージに妙な引っかかり覚えた。
先ず、文面からアスランの存在が見えない事から、カガリが1人で外回りから戻ったと思われるが、
アスランと一緒に出たのにどうして別行動になっているのか。
さらに、外回りが終わったなら一度デスクに戻って資料室で作業する筈なのに、
カガリは資料室へ直行している。
緊急で運ばなければならない物があったのか、それもカガリ1人で。
そんな事をあのアスランがさせるとは思えない。
さらに、力仕事の手伝いにこの化粧ポーチが必要とは考えられない。

ーーどういう事だ…?

シンは足早に地下にある資料室へ向かった。









「おーい、カガリ。来てやったぞー。」

静まり返った資料室にシンの声が響く。
と、書棚の奥の方からそっと顔を出したカガリを見てシンは驚きに駆け寄り、
ぐいっとカガリの腕を掴んだ。

「何があったんだよ。」

シンの乱暴とも取れる手のひらから懐かしいぬくもりを感じて、カガリの涙を引き寄せた。
唇が震えて上手くしゃべれない、でもシンを心配させたくなくてカガリは笑ってみせた。
が、その痛々しさにシンの顔は歪む。

「大丈夫なのは分かったから、取り敢えず落ち着け。
待っててやるから。」

シンのぶっきらぼうな優しさが痛みに痛みを重ねた心に染み込んで、
次に流れた涙はあたたかかった。

カガリはゴシゴシと涙を拭いて、ポツリポツリと話し出した。

「仕事の事じゃ無いんだ。
ちょっと…、何て言えばいいのか…、
自分の気持ちを、上手く説明出来ないや。」

そう言ってカガリは小さく笑った。
悲しくて苦しくて痛くて、
身勝手な自分が許せなくて、
前を向くと決めたのに泣いてばかりの自分が情けなくて悔しくて…
全部が自分の本当の気持ちだから。

すると、シンが言いづらそうに切り出した。

「アスランの…こと?」

カガリは驚いた瞳を晒した。

「カガリが言ってたずっと忘れられない人って、
アスランの事、なんだろ。」

何も言わないカガリ。
だけど、止まらない涙が全てを物語っていて
シンはゆっくりと息を吐き出して天井を仰いだ。
そに瞳にスカンジナビアの透明な空を映して。





スカンジナビアに留学中、シンが押しに押して押し倒してカガリと恋人になった。
あの時、誰よりもカガリに近い場所にいた、心も含めて。
それは今でも自信を持って言えるし、きっとカガリもそう思ってくれていると信じている。
カガリは何も言わなかったけれど、心の真ん中にいる男の存在をシンは気付いていた。
“ソイツを絶対に超えてやる!”と、最初はそう思っていたけれど、
カガリを好きになればなる程、
もっと近づきたいと思う程、
どれだけ距離を無くしても、
カガリにとっての1番にはなれない事実にぶち当たった。

だから別れはシンから切り出した。
優しすぎるカガリに別れを言わせて傷つかせたくなかった。
あの時ーー

『なぁ、カガリ。
もしかして他に好きな男…いるんじゃないか?』

そう問うた時、カガリは驚いた瞳を晒して静かに涙を落とした。
それが全てを物語っていた。

『ずっと…忘れられない人がいるんだ。
でも、もう叶わない恋なんだ…。』

言葉にするだけで痛みを覚える、それはどれ程の想いだろう。
こんなにカガリに想われている男がいる、
それなら自分は敵う筈は無い。

『そっか。』

ハッキリと言われてシンは清々しい気分だったが、
カガリは罪悪感で白くなった顔を伏せた。

『ごめん。
でも、信じてほしいんだ、シンの気持ちは嬉しかったし、応えたいって心から思って!』

シンはカガリの髪を子犬にするようにわちゃわちゃとまぜた。

『大丈夫、カガリの気持ちは分かってるし、
ちゃんと伝わってたから。
でもいいなぁ、ソイツ。』

『え?』

『だって、カガリにこんなに想われてて。』

するとカガリは悲しい程綺麗に笑った。

『そんな筈無いだろう。
だってその人にはもう、心に決めた人がいるんだからーー』








過去を映した瞳に今のカガリが重なって、懐かしさにシンは目を細めた。

「忘れられないまま、でいいのかよ。」

カガリの髪を一撫ですれば、カガリの大きな瞳からまた涙が落ちた。

「でも…。」

「いつか言ってたよな、相手には心に決めた人がいるって、
だから叶わない恋なんだって。
でも、それって学生時代の話だろ?
だったらーー」

「昔の話じゃないんだ。」

シンの言葉を遮って、カガリはゴシゴシと子供のように涙を拭いた。
もう何度涙を消そうと擦ったのだろう、目元の朱が痛々しい。

「ここだけの話…な。
ずっとアスランには好きな人がいて、
その人と、きっともうすぐ幸せになれるんだ。」

そう言い切るカガリにシンは素朴な疑問を投げかける。

「なんで他人の未来がカガリに分かるんだよ。」

カガリは綺麗な微笑みを浮かべた、
シンの記憶に重なる、悲しい程綺麗な。
でもシンが見たいのは、そんな笑顔じゃない。
シンが好きになったのは、そんな笑顔じゃない。

「さっきまで私も一緒にいたんだ、
アスランと、その子と。
2人とも、とても幸せそうだった…。」

「だからって、自分の未来まで決め付けんなよっ。」

シンは苛立った感情そのままにカガリにぶつける。

「ずっと好きなんだろっ。
泣いても苦しくても、ずっと好きでい続けたんだろ。
頑張ったよ、カガリは。
だから最後まで頑張って、気持ち伝えたっていい筈だ。」

ストレートなシンの言葉に胸を突かれる。
その裏にある優しさに涙が滲む。

「そんな自分勝手な事出来ないよ。
自分のために自分の気持ちを押し付けて、
アスランだけじゃない、相手にだって嫌な思いをさせちゃうだけだっ。」

「はぁぁっ?」

行き過ぎた優しさは自分自身を傷つける、
シンから見れば今のカガリがまさにそうだ。
カガリを大切に思うからこそシンの苛立ちは募っていく。
シンは再びカガリの腕を掴んで詰め寄った。

「あんたバカじゃねぇのっ?
ずっと大事にしてきた想いなら、絶対に嫌な気持ちになんてならない。
誰も傷付かないんだよ。」

シンの瞳に射貫かれる。
恐れるな、進めと背中を押してくれている。
全力で。
前を向く事はただ恋を諦めるだけじゃないんだと。

「シン…、ありがと。」

──こんな真っ直ぐな優しさが、シンのいい所だよな…。

そう思った時、シンにあたためられた心がとけるように涙が止まらなくなった。
それに焦ったシンが

「あぁ、もうっ!泣くなってっ!」

と照れ隠しにぶっきらぼうな声を上げた時だった。

「シン、何をしている。」

地を這うようなアスランの声がして、
シンは“やべぇ。”と口内で呟いた。

ーー何でこんな所にアスランがいるんだよっ。

あまりのタイミングの悪さに、シンはルナに口止めしておけばよかったと後悔する。
この状況を見れば誰だってシンがカガリを泣かしたように勘違いするだろう。
アスランがカガリの腕を掴んでいた手を振り払い、2人の間に立った。
眼光は剣のように鋭く冷たい。

「なんでカガリを泣かせたんだ。」

──いや、カガリを泣かせてるのはあんただからなっ。

とツッコミを入れる訳にもいかず、誤解を解くのが先決だと考え
面倒くさそうにシンは応えた。

「誤解すんな。
俺はカガリの悩みを聞いてただけで。
まぁ、少し熱が入っちゃったけど。」

焦ったカガリが言葉を加える。

「シンの言っている事は本当だぞ。
私の事、励ましてくれたんだ。」

するとアスランは困惑した表情でカガリを見て、
彼女が頷いた事を確認すると、

「そうだったのか、すまなかった。」

と小さく謝った。
アスランの眼差しは未だ心配の色に染まっていて、それは友人や同僚の度を越しているように
シンには思えた。

ーー誤解は解けた、けど、納得はしてないって感じか。

カガリの瞳は未だ濡れていて、目元は痛々しい程に朱に染まっている。
“どうすんだ、これ。”と、シンが着地点を探していると、ふと悪戯心が芽生える。
こんだけカガリを泣かせたんだ、少しぐらい痛い目にあわせてもいいだろう。
それに──

──カガリはあんな事言ってたけど、
俺から見ればアスランの好きな人って…。

「まぁ、俺はスカンジナビアにいた時、1番カガリのそばにいたからな。
カガリの事はちゃんとわかってる。
だからいつでも話、聞くからな。」

そう言ってシンはカガリの髪を優しく撫でる。
こうすると、カガリはネコのように目を細めて身をゆだねてくれる事を知っていて、わざとそうしたのだ。
カガリは“ありがとう。”と言って案の定身を委ねてきて、
シンはアスラン反応見た。
すると翡翠の瞳には嫉妬が色濃く見て取れて、想像以上の反応にシンは驚く。
アスランは普段から感情を表に出すタイプでは無い、仕事中は特に顕著で涼やかな顔で感情の波が無い。
だが今の彼はどうだろう、
誰が見ても、アスランが本当は誰を想っているのか分かるだろう。
それがこの短期間で生まれた感情で無いことも。

ーーあ〜、やってらんねぇっっ。

シンはガシガシと頭をかいた。
そしてため息を落とすと、カガリの肩に手を置いて距離を取った。

「アスランも来た事だし、俺はデスクに戻るから。
じゃ、後はよろしく、ってことで。」

そう言って2人を残してシンは資料室を後にした。









乱雑にデスクに着くと、“ちょっと、何なのよっ。”とルナに小言を言われ
シンはデスクに突っ伏した。

「あんた大丈夫?」

冷ややかな視線を送ってくる恋人に、シンはデスクの上で顎をゴロゴロしながら問う。

「両思いの男と女がいたとして、どうやったらくっつくと思う?」

するとルナは呆れた声を出した。

「そんなの放っときゃいいのよ、
誰も何もしなくても勝手に上手くいくでしょ。」

“だよなぁ〜、ふつー。”と言ってシンは再び突っ伏した。
あまりに挙動不審で意味不明なシンにルナは眉を寄せる。

「ねぇ、何かあったの?」

ルナの心配は空振りに終わり、シンは再びルナに問う。

「じゃぁさ、10年くらいず〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと両思いのまますれ違ってたとしたら、
どうやったらくっつ?」

するとルナは笑いながら答えた。

「すれ違ったまま10年間も好きでい続けるなんて、今時そんな純愛はドラマでもやらない設定よ。」

ーーその奇跡的な天然記念物の2人がいるんだけどな、すぐそばに。

シンは主のいないアスランとカガリのデスクに視線を向けたまま問う。

「だから、もし!
そんな2人が実際にいたらさ、どうしたらいいんだろうな。」

バカバカしい問いをやけに真面目にしつこく聞いてくるシンに、ルナは先程までの笑いを引っ込めた。

「そうね…。
もしそんな2人が現実にいたら、結ばれるのはかなり難しいんじゃないかしら。
だって、ずっと…、青春の全てを片思いの世界で生きてきたのよ。
世界を変えるくらい頑張らなきゃ、きっと難しい。」

ーー世界を変えるくらい…か。

ルナの言う事はシンにストンと落ちた。
いくら両思いであっても、すれば違った時間が長ければ長い程の困難がある、
それをあの2人は証明しているようだ。

ーーどうしたらいいんだろうな、ホントに。



ーーーーーーーー

近づいたと思ったのに急降下です。
本当にアスランはタイミングが悪い人ですよね…。

今回はシンが大活躍でした。
結構、かっこよかったですよね。
カガリさんは、アスランの好きな人はラクスだと勘違いをしているので、
自分の恋は身勝手な気持ちだと自分を責めていますが、
シンはカガリさんの恋を頑張ったと言ってくれるんですよね。
ぐっとくるなぁ。
『ずっと大事にしてきた想いなら、絶対に嫌な気持ちになんてならない。
誰も傷付かないんだよ。』
って、その通りだと思います。

さぁ、資料室にアスランと2人きりにさせられてしまったカガリさん。
次回はどうなってしまうのでしょう…?

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「カガリ。
俺はずっとーー。」

アスランの言葉は携帯の着信音によって遮られる。
熱に浮かされたままだったカガリは我に返ると瞬間的に左手を引き

「電話、出た方がいいんじゃないか。
ほら、またイベントの事だと大変だし。」

最もらしい事を言って、さりげなく距離を取った。
するとアスランは何かを振り切るようなため息を落として緩慢な動作で携帯を取り出して、
ディスプレイを見るなり慌てた様子で通話を開始した。
その様子から何かあったのだと察し、席を外そうとしたカガリの手をアスランが掴んだ。
逃がさない、そう言っているようだった。

「はい。
何かあったんですか、母上。」

ーーご実家から電話?!
こんな遅い時間に。

嫌な予感がして、カガリはアスラン見つめる。
どうやら電話口のお母様が一方的に話をしているようで、アスランは相槌を打つばかりで、
程なくして電話が終わった。
何と声をかけるべきか、言葉を探したカガリに向けられたのは
カガリの大好きな笑顔だった。
穏やかな、アスランの笑顔ーー

「ラクスが帰ってくるんだ、オーブに。
やっと、帰ってくるんだ。」



近づいた、
そう思っていたのは私だけだったのかもしれない。
















カガリは家に着くとベッドに沈み込んだ。

あれから、アスランとどんな会話をして帰ってきたのか覚えていない。

ーーラクスが、帰ってくる。

文化祭の1日だけでカガリはラクスが大好きになった。
だから、彼女がオーブに戻ってくる事は素直に嬉しくて、
音楽家になる夢を果たして帰ってくる、そんな彼女が眩しくて。
でも、ラクスが帰ってきたら

ーーこの恋を終わらせなきゃ。

視界に入ったブルーのリボンが涙で歪んだ。
遠くで勝手に想い続けるのは自由かもしれない、
だけどこれからは、この想いを断ち切らなきゃいけない。

ラクスと友達になりたい、
アスランとも関係を繋げていきたい、
2人が望めばあの日の文化祭のようにみんなで楽しい時間を過ごしたいーー

ーーだから、終わりにしよう。

カガリは左の薬指に結ばれたリボンを外し、胸を刺す痛みに涙が溢れた。
あまりに身勝手な涙にカガリは小さく笑った。
勝手に恋して、
勝手に舞い上がって、
勝手に傷ついて、
勝手に想い続けて…。

アスランからもらった“ベアー”のぬいぐるみ、
そこには2つのブルーのリボンが並んだ。
幸せになれるおまじないーー

ーーこの想いを終わりにすれば、
私はやっと誰かを幸せに出来るのかな。
1番大好きな人を、
幸せに出来るのかな。

















月曜日。
恋をやめると決めてから初めて見るアスランの顔。
“いつも通り”を出来るかどうか、不安と言うより恐かった。
けれど今日から始まるイベントによる分単位の業務に救われて、カガリは自分を保つ事が出来ていた。
“大丈夫。”そう呟いて、カガリはバッグに視線をずらす。
いつも学生カバンに忍ばせていた化粧ポーチ、
どんなに目元が腫れても隠し通せる魔法。
でもこのポーチの出番は無いかもしれないと、デスクの1番下の引き出しに仕舞って
カガリは力づくで前を向いた。

金曜日にアスランとカガリが残業した甲斐もあり
スムーズなスタートを迎えられ一安心した頃には日が大きく傾いていた。

「カガリ、明日の午後は空けておいてくれないか。
外回りへ行くから、付き添いで来て欲しい。」

外回りの準備をアスランに問うても、“カガリは何も用意しなくていいから。”と返されて、
頭に疑問符を浮かべたまま火曜日の午後を迎えた。

「なぁ、アスラン、今日は何処へ行くんだ。
それに目的も、私の役割も分からないぞ。」

大きなストライドで前を行くアスランに付いて駅の改札を通り抜け電車に飛び乗る。
するとアスランはいた
ずらっ子の様な顔をして笑った。

「外回りっていうのは嘘。」

「はぁぁ?」

アスランがこんな嘘をついて会社を抜け出すなんて、

「お前、キャラ変わりすぎっ!」

するとアスランは止まらない笑いにくしゃりと前髪潰した。
そう言えば、今朝からアスランのテンションは何処かおかしかった、
いつも深い海の底のように落ち着いた空気を纏っているのに、
今日は何処か春風のように軽くふわふわしたような。

「これから空港へ向かう。
ラクスを迎えに行くんだ。」

カガリは一瞬の戸惑いに固まりかけた心を力づくで動かした、
反動で感じた痛みを飛び越える、前向くと決めたから。

「ラクスの帰国は来週だって言ってなかったか?」

「それが早まった、って分かったのが昨日。
どうやら強行スケジュールを組んでまでオーブへ帰りたかったらしい。」

そう言って笑うアスランは春そのもののようで、
この笑顔に既視感を覚える。
記憶を繰ればラクスの笑顔に重なった。
2人の重ねた時の長さをこんな所でも思い知り、
また1つ心が軋む音がした。

「そっか、良かったな帰国が早まって。
みんな喜ぶな。」

そうだ、これはみんなが喜ぶ事なんだ。
ラクスをずっ待っていたんだ、
アスランも、
家族も、友人も、みんな。

「あぁ。でも、お陰で予定が狂ってバタバタで。
ラクスの家族がどうしても迎えに行けないらしくて代わりに俺が。
カガリも一緒なら、きっとラクスは喜ぶと思って。」

ーー2人の再会に、私は邪魔なんじゃないか?

アスランが何を考えているのか分からない、
けれど、

──アスランって昔からそういう所、あるからな。

冷静なのに向こう見ずだったり、
優秀なのにどこか抜けてたり、
優しすぎるのに自分に鈍感で。
そんなアスランがずっと片思いをしてきたラクスにやっと会えるんだ。
カガリは隣に立つアスランを見上げて、ふっと笑みが漏れた。
いつもと違う顔を見せる今のアスランをとても愛おしく思えて、カガリはまた前を向く。
何度もラクスとの再会を思い描いて、
何が起きても傷つかない予防線を幾重にも張って、
“大丈夫。”と呟いて。








流石は世界の歌姫である。
アスランとカガリは一般の到着ロビーではなくVIP専用のラウンジだった。
滑走路を臨む一面の窓から柔らかな西日がさしていた。
見上げた空は抜けるような青、そこにハチミツ色の柔らかさを感じる。

──すてきだな。

全てがこの日を祝福している、
そう感じて瞳を閉じた時だった。
磨り硝子の扉が開く。

豊かな桜色の髪が揺れる。
舞い降りた天使のように
白く細い手が彼を求めて、
彼は彼女を引き寄せ抱きしめた。
時を埋めるように抱きしめ合う2人に、
言葉なんていらない。

1番そばで見ていたカガリに
それが1番伝わってくる。
痛いほど強く、
2人の想いが伝わってくる。
素直に共鳴した心、
知らずカガリは涙を落としていた。

「おかえり、ラクス。」

「ただいま戻りました。」

そう言って同じ顔で笑う2人に涙は無く、
春のうららかな空のようなあたたかさで満たされていた。
と、カガリの存在に気付いたラスクは
子どものようにはしゃいでカガリの手を取った。

「まぁ!カガリさんではありませんか!!」

「久しぶりだな、ラクス。」

言葉は涙に阻まれ上手く言えなくて、
カガリは空いた手でゴシゴシと涙をふいた。

「あらあら、あらあら。」

そう言って歌うように笑うラクスは天使のようで

「ごめんな、ちょっと胸がいっぱいになっちゃって。」

とカガリは照れ笑いを浮かべた。
電車の中で何度も何度も描いた再会のシーン、
決して結ばれない自分の恋へのかなしみに覆われるのだと思っていたけれど、
それは想像を遙かに越えて清らかで、
心からの喜びに満ちたものだった。
この空のように──




だから──




突然の涙の予感。
“あの涙”の予感。

──いけないっ。

突然迫り上がる抱えきれない感情を
力ずくで押さえ込む、
今、あともう少しだけ…。

「アスランはラクスを送ってくんだろ?
私は急に本社に呼ばれちゃったから、もう行くな。」

嘘は嫌いだ。
だけど、今はこの嘘を許したい。
今は2人を、
祝福されたこの日を、喜びを、
守りたい。
今、この2人の前で、
身勝手な涙を落としたくは無い。

「ラスク、また会おうな。」

手を振ってラウンジを出て、
涙が床に落ちるよりも先に駆けだした。
間に合って良かった、
こんな顔を2人には見せられない。

──早く、早く。
この恋をやめなくちゃ。

胸が詰まって息が出来ない、
苦しくて首を振った。
鼓動が胸を打つ度に深まる痛み、
涙で歪んだ視界ーー

雫の音が聞こえた。
















とにかく空港から離れて、
誰もいない場所を探してーー

ーーどうしよう、どうしようっ。

今は仕事を抜けてきた身なのだから、早く戻らなきゃと気持ちが急く。
だけどカガリの意思に反して涙は止まらなくて、
ハンカチで口元を抑えなければ嗚咽を耐えられない。

ーーどうしよう、どうしようっ。

前を向くと決めたんだ。
この恋をやめると決めたんだ。
あの清らかな喜びを見たら、
こんな自分勝手な恋も涙も全部消してしまいたい。

ーーどうしてたっけ…、私。

高校生の頃、些細な事で涙が止まらなくなったけれど、
その時はどうやって涙を止めて“日常”に帰って行けたのだろう。

ーーあ…。

あの時は、キラやミリィとフレイがそばにいてくれたんだ。
でも今はーー
駅に直結した商業施設のトイレの天井を見上げた。
今は1人、
もう高校生の弱くて何も知らない私じゃない。

カガリは涙を拭いて会社へ向かった。

ーー前を向くって、決めたんだ。













「ふわぁあぁ〜。」

シンの大きな欠伸に

「ちょっと、口元くらい押さえなさいよ。
一応仕事中なんだからっ。」

ルナがツッコミを入れた。

「うーん、なんかあの2人がいないと気が抜けちゃってさ。
やる事はあるんだけど、やる気出ないんだよなぁ。」

「そうね。
特にカガリがいないと場の雰囲気が変わるわよね。」

「そうそう、カガリがいるとパァっと明るくなるっつーか。」

「そうそう!
だからあと1ヶ月しか無いなんて、さみしいわね。」

と、シンの携帯がメッセージの受信を知らせる。

「ルナ、俺資料室行ってくるわ。
カガリが戻ってきたみたいなんだけど、力仕事頼まれちゃって。」

そう言ってフラリと席を立った。

《お疲れ様。
外回りから戻って、今資料室で整理してる。
ちょっと力仕事を手伝ってほしいから、シン1人で来てくれないか。
あと、私の机の1番下の引き出しにあるグリーンのポーチも持ってきてくれ。
忙しい所ごめんな、よろしく!》

シンはカガリのメッセージに妙な引っかかり覚えた。
先ず、文面からアスランの存在が見えない事から、カガリが1人で外回りから戻ったと思われるが、
アスランと一緒に出たのにどうして別行動になっているのか。
さらに、外回りが終わったなら一度デスクに戻って資料室で作業する筈なのに、
カガリは資料室へ直行している。
緊急で運ばなければならない物があったのか、それもカガリ1人で。
そんな事をあのアスランがさせるとは思えない。
さらに、力仕事の手伝いにこの化粧ポーチが必要とは考えられない。

ーーどういう事だ…?

シンは足早に地下にある資料室へ向かった。









「おーい、カガリ。来てやったぞー。」

静まり返った資料室にシンの声が響く。
と、書棚の奥の方からそっと顔を出したカガリを見てシンは驚きに駆け寄り、
ぐいっとカガリの腕を掴んだ。

「何があったんだよ。」

シンの乱暴とも取れる手のひらから懐かしいぬくもりを感じて、カガリの涙を引き寄せた。
唇が震えて上手くしゃべれない、でもシンを心配させたくなくてカガリは笑ってみせた。
が、その痛々しさにシンの顔は歪む。

「大丈夫なのは分かったから、取り敢えず落ち着け。
待っててやるから。」

シンのぶっきらぼうな優しさが痛みに痛みを重ねた心に染み込んで、
次に流れた涙はあたたかかった。

カガリはゴシゴシと涙を拭いて、ポツリポツリと話し出した。

「仕事の事じゃ無いんだ。
ちょっと…、何て言えばいいのか…、
自分の気持ちを、上手く説明出来ないや。」

そう言ってカガリは小さく笑った。
悲しくて苦しくて痛くて、
身勝手な自分が許せなくて、
前を向くと決めたのに泣いてばかりの自分が情けなくて悔しくて…
全部が自分の本当の気持ちだから。

すると、シンが言いづらそうに切り出した。

「アスランの…こと?」

カガリは驚いた瞳を晒した。

「カガリが言ってたずっと忘れられない人って、
アスランの事、なんだろ。」

何も言わないカガリ。
だけど、止まらない涙が全てを物語っていて
シンはゆっくりと息を吐き出して天井を仰いだ。
そに瞳にスカンジナビアの透明な空を映して。





スカンジナビアに留学中、シンが押しに押して押し倒してカガリと恋人になった。
あの時、誰よりもカガリに近い場所にいた、心も含めて。
それは今でも自信を持って言えるし、きっとカガリもそう思ってくれていると信じている。
カガリは何も言わなかったけれど、心の真ん中にいる男の存在をシンは気付いていた。
“ソイツを絶対に超えてやる!”と、最初はそう思っていたけれど、
カガリを好きになればなる程、
もっと近づきたいと思う程、
どれだけ距離を無くしても、
カガリにとっての1番にはなれない事実にぶち当たった。

だから別れはシンから切り出した。
優しすぎるカガリに別れを言わせて傷つかせたくなかった。
あの時ーー

『なぁ、カガリ。
もしかして他に好きな男…いるんじゃないか?』

そう問うた時、カガリは驚いた瞳を晒して静かに涙を落とした。
それが全てを物語っていた。

『ずっと…忘れられない人がいるんだ。
でも、もう叶わない恋なんだ…。』

言葉にするだけで痛みを覚える、それはどれ程の想いだろう。
こんなにカガリに想われている男がいる、
それなら自分は敵う筈は無い。

『そっか。』

ハッキリと言われてシンは清々しい気分だったが、
カガリは罪悪感で白くなった顔を伏せた。

『ごめん。
でも、信じてほしいんだ、シンの気持ちは嬉しかったし、応えたいって心から思って!』

シンはカガリの髪を子犬にするようにわちゃわちゃとまぜた。

『大丈夫、カガリの気持ちは分かってるし、
ちゃんと伝わってたから。
でもいいなぁ、ソイツ。』

『え?』

『だって、カガリにこんなに想われてて。』

するとカガリは悲しい程綺麗に笑った。

『そんな筈無いだろう。
だってその人にはもう、心に決めた人がいるんだからーー』








過去を映した瞳に今のカガリが重なって、懐かしさにシンは目を細めた。

「忘れられないまま、でいいのかよ。」

カガリの髪を一撫ですれば、カガリの大きな瞳からまた涙が落ちた。

「でも…。」

「いつか言ってたよな、相手には心に決めた人がいるって、
だから叶わない恋なんだって。
でも、それって学生時代の話だろ?
だったらーー」

「昔の話じゃないんだ。」

シンの言葉を遮って、カガリはゴシゴシと子供のように涙を拭いた。
もう何度涙を消そうと擦ったのだろう、目元の朱が痛々しい。

「ここだけの話…な。
ずっとアスランには好きな人がいて、
その人と、きっともうすぐ幸せになれるんだ。」

そう言い切るカガリにシンは素朴な疑問を投げかける。

「なんで他人の未来がカガリに分かるんだよ。」

カガリは綺麗な微笑みを浮かべた、
シンの記憶に重なる、悲しい程綺麗な。
でもシンが見たいのは、そんな笑顔じゃない。
シンが好きになったのは、そんな笑顔じゃない。

「さっきまで私も一緒にいたんだ、
アスランと、その子と。
2人とも、とても幸せそうだった…。」

「だからって、自分の未来まで決め付けんなよっ。」

シンは苛立った感情そのままにカガリにぶつける。

「ずっと好きなんだろっ。
泣いても苦しくても、ずっと好きでい続けたんだろ。
頑張ったよ、カガリは。
だから最後まで頑張って、気持ち伝えたっていい筈だ。」

ストレートなシンの言葉に胸を突かれる。
その裏にある優しさに涙が滲む。

「そんな自分勝手な事出来ないよ。
自分のために自分の気持ちを押し付けて、
アスランだけじゃない、相手にだって嫌な思いをさせちゃうだけだっ。」

「はぁぁっ?」

行き過ぎた優しさは自分自身を傷つける、
シンから見れば今のカガリがまさにそうだ。
カガリを大切に思うからこそシンの苛立ちは募っていく。
シンは再びカガリの腕を掴んで詰め寄った。

「あんたバカじゃねぇのっ?
ずっと大事にしてきた想いなら、絶対に嫌な気持ちになんてならない。
誰も傷付かないんだよ。」

シンの瞳に射貫かれる。
恐れるな、進めと背中を押してくれている。
全力で。
前を向く事はただ恋を諦めるだけじゃないんだと。

「シン…、ありがと。」

──こんな真っ直ぐな優しさが、シンのいい所だよな…。

そう思った時、シンにあたためられた心がとけるように涙が止まらなくなった。
それに焦ったシンが

「あぁ、もうっ!泣くなってっ!」

と照れ隠しにぶっきらぼうな声を上げた時だった。

「シン、何をしている。」

地を這うようなアスランの声がして、
シンは“やべぇ。”と口内で呟いた。

ーー何でこんな所にアスランがいるんだよっ。

あまりのタイミングの悪さに、シンはルナに口止めしておけばよかったと後悔する。
この状況を見れば誰だってシンがカガリを泣かしたように勘違いするだろう。
アスランがカガリの腕を掴んでいた手を振り払い、2人の間に立った。
眼光は剣のように鋭く冷たい。

「なんでカガリを泣かせたんだ。」

──いや、カガリを泣かせてるのはあんただからなっ。

とツッコミを入れる訳にもいかず、誤解を解くのが先決だと考え
面倒くさそうにシンは応えた。

「誤解すんな。
俺はカガリの悩みを聞いてただけで。
まぁ、少し熱が入っちゃったけど。」

焦ったカガリが言葉を加える。

「シンの言っている事は本当だぞ。
私の事、励ましてくれたんだ。」

するとアスランは困惑した表情でカガリを見て、
彼女が頷いた事を確認すると、

「そうだったのか、すまなかった。」

と小さく謝った。
アスランの眼差しは未だ心配の色に染まっていて、それは友人や同僚の度を越しているように
シンには思えた。

ーー誤解は解けた、けど、納得はしてないって感じか。

カガリの瞳は未だ濡れていて、目元は痛々しい程に朱に染まっている。
“どうすんだ、これ。”と、シンが着地点を探していると、ふと悪戯心が芽生える。
こんだけカガリを泣かせたんだ、少しぐらい痛い目にあわせてもいいだろう。
それに──

──カガリはあんな事言ってたけど、
俺から見ればアスランの好きな人って…。

「まぁ、俺はスカンジナビアにいた時、1番カガリのそばにいたからな。
カガリの事はちゃんとわかってる。
だからいつでも話、聞くからな。」

そう言ってシンはカガリの髪を優しく撫でる。
こうすると、カガリはネコのように目を細めて身をゆだねてくれる事を知っていて、わざとそうしたのだ。
カガリは“ありがとう。”と言って案の定身を委ねてきて、
シンはアスラン反応見た。
すると翡翠の瞳には嫉妬が色濃く見て取れて、想像以上の反応にシンは驚く。
アスランは普段から感情を表に出すタイプでは無い、仕事中は特に顕著で涼やかな顔で感情の波が無い。
だが今の彼はどうだろう、
誰が見ても、アスランが本当は誰を想っているのか分かるだろう。
それがこの短期間で生まれた感情で無いことも。

ーーあ〜、やってらんねぇっっ。

シンはガシガシと頭をかいた。
そしてため息を落とすと、カガリの肩に手を置いて距離を取った。

「アスランも来た事だし、俺はデスクに戻るから。
じゃ、後はよろしく、ってことで。」

そう言って2人を残してシンは資料室を後にした。









乱雑にデスクに着くと、“ちょっと、何なのよっ。”とルナに小言を言われ
シンはデスクに突っ伏した。

「あんた大丈夫?」

冷ややかな視線を送ってくる恋人に、シンはデスクの上で顎をゴロゴロしながら問う。

「両思いの男と女がいたとして、どうやったらくっつくと思う?」

するとルナは呆れた声を出した。

「そんなの放っときゃいいのよ、
誰も何もしなくても勝手に上手くいくでしょ。」

“だよなぁ〜、ふつー。”と言ってシンは再び突っ伏した。
あまりに挙動不審で意味不明なシンにルナは眉を寄せる。

「ねぇ、何かあったの?」

ルナの心配は空振りに終わり、シンは再びルナに問う。

「じゃぁさ、10年くらいず〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと両思いのまますれ違ってたとしたら、
どうやったらくっつ?」

するとルナは笑いながら答えた。

「すれ違ったまま10年間も好きでい続けるなんて、今時そんな純愛はドラマでもやらない設定よ。」

ーーその奇跡的な天然記念物の2人がいるんだけどな、すぐそばに。

シンは主のいないアスランとカガリのデスクに視線を向けたまま問う。

「だから、もし!
そんな2人が実際にいたらさ、どうしたらいいんだろうな。」

バカバカしい問いをやけに真面目にしつこく聞いてくるシンに、ルナは先程までの笑いを引っ込めた。

「そうね…。
もしそんな2人が現実にいたら、結ばれるのはかなり難しいんじゃないかしら。
だって、ずっと…、青春の全てを片思いの世界で生きてきたのよ。
世界を変えるくらい頑張らなきゃ、きっと難しい。」

ーー世界を変えるくらい…か。

ルナの言う事はシンにストンと落ちた。
いくら両思いであっても、すれば違った時間が長ければ長い程の困難がある、
それをあの2人は証明しているようだ。

ーーどうしたらいいんだろうな、ホントに。



ーーーーーーーー

近づいたと思ったのに急降下です。
本当にアスランはタイミングが悪い人ですよね…。

今回はシンが大活躍でした。
結構、かっこよかったですよね。
カガリさんは、アスランの好きな人はラクスだと勘違いをしているので、
自分の恋は身勝手な気持ちだと自分を責めていますが、
シンはカガリさんの恋を頑張ったと言ってくれるんですよね。
ぐっとくるなぁ。
『ずっと大事にしてきた想いなら、絶対に嫌な気持ちになんてならない。
誰も傷付かないんだよ。』
って、その通りだと思います。

さぁ、資料室にアスランと2人きりにさせられてしまったカガリさん。
次回はどうなってしまうのでしょう…?

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