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soranokizunaのカケラたちや筆者のひとりごとを さらさらと ゆらゆらと
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ずっと、君が好きだった。

出会った時から、ずっと──

太陽のような笑顔も
無条件でくれる優しさも
世界を変えていく強さも、

君の全てに惹かれていたんだ。


雫の音 ー shizuku no ne ー 最終話


拍手[16回]

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君がくれたキスも
本当の想いも
この腕に抱くぬくもりも。

全部が夢のように消えてしまいそうで
だけど閉じ込めようと力を込めれば壊れてしまいそうで、
アスランは今を確かめるように
無垢な微笑みを浮かべて眠るカガリに頬を寄せた。
あの日と同じシャンプーの香りがして
くすぐったいような笑みが浮かぶ。

初めて“大切”という言葉の意味がわかった気がする。

ーー君を一生、大切にするから。

そう誓って、アスランはカガリにくちづけを落とした。
すると、天使が目覚めるようにカガリが琥珀色の瞳を開いた。
まだそこには夢が映っているようで、あまりに無垢な愛しい人にアスランはもう一度キスをする。
頬を染める仕草は可憐なのに、潤んだ瞳で見詰める視線は扇情的で。
一気に吹き飛びそうになる理性を繋ぎとめる。

「おはよう、カガリ。」

と髪をひと撫ですれば、音がする程真っ赤になったカガリは布団の中へ隠れてしまった。
ヒヨコがかくれんぼしたようにシーツの隙間からのぞく髪。
昨夜の事を思い出して恥ずかしがる初々しい反応が可愛らしくて、ついついいじめたくなってしまう。
一糸まとわぬ太腿に手を這わせれば、猫のような声が上がりアスランは笑った。

想いが通じれば心穏やかになる、なんて幻想だと思う。
だって、この想いは加速度をあげて大きくなっていく。

だから、カガリのしなやかな脚についた痕が許せなかった。
触れていいのは自分だけ、
他の奴の痕跡は全て消してやる、
そんな独占欲を抑える事なんて出来なかった。

微かに震えながら痕の理由を話したカガリの姿を思い出し、
アスランはカガリを抱き上げるように布団から引っ張り出した。

もう君を悲しませる事はしない。
君を悲しい選択肢の前に立たせない。
大好きな君の笑顔を、俺が守るから。
幸せにするから、
君を、
君と。

「カガリ、頼みたい事がある。」

君との幸せを確かにする、
第一歩をーー






















「ようこそお越しくださいました!」

ラクスの大輪の花のような笑顔から始まったホームパーティー。
当日の朝に誘いのメールがあり、夕方には開催してしまう強行突破のようなパーティーに招かれたのは、
僕とカガリとアスラン。
僕は先にラクスのお手伝いをしながら、ターゲットの2人を待った。
僕がいくらアスランの背中を押しても蹴っても動かないから、
こうなったら力づくでも2人をくっつけてあげるってのが
カガリの頼れるお兄ちゃんでありアスランの親友である僕の役割だと思ったからだ。
ラクスのエプロンをつけて全力でお手伝いしたのだけれど、どうしても約束の時間が気になってしまい
時計を見るたびにラクスに笑われてしまった。
そんな時、来客を告げるベルが鳴った。

「2人揃って遅刻って、何してたのさっ!」

と、思わず叱ってしまった時、
アスランとカガリが目を合わせて笑った。
その雰囲気が今までとは違って…。

ーーあれ?

「ちょっと作りすぎてしまいしたかしら?」

とラクスがキッチンワゴンを押してきた時には
ダイニングテーブルの上には並びきらない程の皿で占められていた。

「大丈夫だ!私お腹ぺっこぺこだから!
もう、今日は緊張しちゃって…。」

と、カガリがお腹を抑えれば

「じゃぁ、早速食べようか!」

と、僕は“待ってました!”とばかりにエプロンをバサァっと脱いだ、
その時、

「キラとラクスに報告したいことがあるんだ。」

アスランったら、改まっちゃって何なのさ。
ははーん、君達あれね、上手く行っちゃったってことね。
でもここは、何も気付いてませんって態度を貫くのがセオリーってものだから、
僕は何気なさを装って席についた。
見ればカガリがほんわりと頬を染めてアスランの裾を引っ張っていて
可愛らしさMAXの仕草に、僕は2人の間に割って入ってやりたい気持ちをこらえた。
このパーティーの目的は2人に幸せになってもらうため、
僕の役割はキューピッド。
まぁ、2人が先にくっついちゃったのは想定外だったけど、
邪魔者に転じるようなヘマはしないさ。
付き合う事になったって言うだけであんなに照れちゃう、カガリは本当に可愛いーー

「俺たち、結婚することになった。」

「はぁぁぁぁぁぁぁ???!!!!!」

僕は椅子がバターンと倒れる程の勢いで立ち上がった。

「ちょっと待って、僕の許しも無いのに結婚ってどういう事?
そもそも君達が付き合ってたって事すら知らされてないんだけどっ。
先ずはカガリのお兄様である僕に話を通すのが筋ってモンじゃない?
というか、アスラン一発殴るからねっっっ!!!」

と、キュービッドの僕はアスランに掴みかかり、
ラクスは“おめでとうございます!”と拍手をしている。
と、カガリは僕達の間に割って入り

「いっ、色々と事情があって!
説明するけど、先ずはお料理をいただかないか。
冷めてしまう前に。」

のタイミングで僕とカガリのお腹が“ぐ~”と揃って返事をして
パーティーは始まったのだ。










僕はアスランを睨みつけたまま、ラクスが取り分けてくれた前菜を頬張り
ほにゃりと顔が緩みそうになるのを必死で耐えた。
でも、あまりの美味しさに“ほにゃ”くらいはしてしまったかもしれないが、
すぐに姿勢を正してアスランを睨んだ、“さぁ、吐け!”と念じながら。
するとアスランは

「どこから話せばいいんだ。」

と、“ほにゃ~”と幸せそうに前菜を食べるカガリに話しかけ
カガリはモグモグしながら“そうだなぁ”と小首を傾げて

ーーこんな所でいちゃいちゃしないでよっ!

と、怒髪天を突く勢いの僕に
ラクスが勧めてくれた本日のスープ、ロシア風壷焼き濃厚クリーミーな味わいと
蓋の役割をしているサクサクのパイ生地のハーモニーに“ほにゃ~ん”としてしまい、
すぐに姿勢を正すと、態とらしく咳払いをしてアスランを睨んだ。
困ったように微笑むアスランの態度が余裕シャクシャクに見えて何だか癪だけど、
ラクスから“壷焼きは熱すぎました?”と問われると、もう一口食べてしまい
“はにゃ~ん”となってしまうから、僕は忙しい。

「昨日、カガリがお見合いをしてーー」

アスランの言葉を僕は遮った。

「えぇぇ!!
何で、カガリ、お見合いなんて!!」

カガリが悲しい選択をしてしまう程追い詰められていたなんて、
それを見逃していた僕は最低のお兄様だ。
キラがしょんぼりとすると、ラクスが“続きを聞きましょう”と背中をさすってくれた。

「俺も、昨日ラクスが教えてくれるまで知らなかった。
何とかお見合いを白紙にしてほしくて、
昨日の夜、カガリと話をしたんだ。
それで、結婚する事になった。」

簡潔明瞭無駄の無いアスランの説明、
でも、途中で話がぶっ飛んでいませんか?

「話をして、何で直ぐに結婚になっちゃうの!
先ずはお付き合いの前に交換日記からでしょ!」

するとアスランがカガリの頬についた壷焼きのパイ生地を取り
そのまま自分の口に入れ
ぽわんと頬を赤くしたカガリの初々しい事と言ったら!!
僕のスプーンを握る手に血管が浮かび上がる。

「俺がカガリと結婚したいからだ。
それに、お見合いの相手方へ断りを申し入れるんだ、相応の理由が必要だろ。
相手も相手だし。」

ーー“俺がカガリと結婚したいからだ”、だとぉ?!!!

「そうですわね、
確かお父様のお仕事のご関係とおっしゃってましたから、
穏便にかつご納得の上、白紙のするのが一番ですわ。」

さすがはラクス、聡い。
と、思った所で僕も気になった。

「そう言えばお見合い相手って誰だったの?」

するとカガリは小ぶりのミルクパンをちぎり、ふわりと上がった湯気に目を細めて
あむっと食べた後に答えた。

「ユウナだよ。
ユウナ・ロマ・セイラン。」

「「あの、ゲス野郎。」」

と、奇遇にもアスランと声が重なった。
アイツは典型的な2世バカで、経営能力は絶望的、女遊びや金遣いはひどいって有名で、
そんな噂しか聞こえてこない奴との未来に幸せなんてある筈無いことは容易に想像がつく。
アスランが破談にしてくれて感謝しかない。
と、そこまで考えてカガリが何故お見合いをしようとしたのか分かった気がする。
カガリはきっとアスランとの未来を諦めたんだ、
だから少しでもアスハ家の力になりたいと考えたのだろう。
痛々しい程健気なカガリに、キラは滲んだ涙をナプキンでそっと抑える。

「破談にするなら早い方がいいから、
今日の午前中に家に、午後はウズミ様にご挨拶に行って、
結婚の許しを得たよ。」

流石はアスラン、仕事が早い、かつ決定的。
カガリに告白するのにあんだけモタモタしてたのが嘘のよう。

「俺の家の方は大丈夫だと思ってたけど、
ウズミ様にお会いするのは緊張したよ。」

と、アスランが安堵の溜息をつくと、緊張度合いがどれ程だったのか想像がつく。
というか、僕もいつかそんな緊張を乗り越えなければならない、
と、さりげなく何処からかプレッシャーを感じるような…?

「私は何も心配してなかったぞ。
お父様はきっとアスランを気に入ってくださると思ってたから。
でも、裏からタマ爺が手を回していたなんてな。」

と、カガリが笑った。

「タマ爺って、タマナ電工のタマナ会長?」

と、ラクスにも分かるように問い返せば、カガリはにっこりと頷いた。

「実は、この間の木曜日にタマ爺がアスランに会いたいって言い出して、
3人で会食をしたんだよ。」

「まさかあの時、カガリに相応しい男か見定めれれていたなんて。」

と、アスランは笑っている。

「でな、会食の後にタマ爺と2人で飲んだ時に、ポロッとお見合いの話をしちゃってさ。
そしたらタマ爺からお父様に内々に連絡が行って、
“お見合いはやめた方がいい、然るべき相手がいる。”って話をしてくれてたみたいで。」

流石はオーブの大企業の会長だ。
カガリを守り、アスランとの結婚をスムーズに運ぶ下準備まで仕込むとは。
その手腕に僕は舌を巻く。

「タマナ会長にもご挨拶に行かないとな。」

「タマ爺、喜んでくれるといいな。」

と、カガリが幸せそうに笑って、

「タマ爺様は、おふたりの仲人、ですわね。」

と、ラクスが言ったので

「ちょーーーっと待った!」

僕はビシィっと挙手をした。

「君達、大事な事を忘れてない?
僕だよ、僕!
僕に許可もらってないんだから、結婚なんて許しませんからねっ!」

僕はプイっと顔を背け目を閉じる。
カガリの結婚相手として、あんなゲス野郎なんて論外だし、
何処の馬の骨とも分からない男よりはアスランの方がマシだけど、
でもでもやっぱりやっぱり、
かわいい妹を掻っ攫われるのは嫌で。

ガタリと椅子を引く音が聞こえた。
ふわりとお日様のような香りがして、両手がぬくもりに包まれた。
呼ばれたように目を開けると、幸せそうに笑うカガリ。

ーーその笑顔は反則だよ、カガリ。
もう、結婚を許すしかないじゃないか…。

「キラ、ずっと私の事を見守ってくれてありがとう。
結婚しても、ずっと大好きだからな。」

こんな事言われたら、

「もう、キラったら泣き虫だなぁ。」

いっつも、泣いてたのはカガリの方じゃないか。

「よしよし、
大丈夫、大丈夫。」

アスランの事を想ってつらくて苦しくて仕方ない時も、
誰かに告白されて胸を痛めていた時も、
いつだって僕が、

僕がカガリを抱きしめて
慰めていたのにーー

「カガリ、幸せになってね。」

僕はそう言うのが精一杯だった。













次々に出てくる美味しい料理が幸せを運んできて、
夢にまで見た今が煌めくように輝いて、
ずっと続けばいいのにと思っていても、とうとう食後のデザートになってしまった。
最後は僕の大好きなアップルパイ。
ラクスがファウステン・ファームのリンゴが手に入ったと、
ウキウキしながら作ってくれたものだ。
パイは焼きたてのサックサクで、コックリと煮込んだりんごが甘く爽やかで。
“ほにゃり”と味わっていたけれど、このままお開きには出来ない。
隣のラクスに目配せをする。
アスランとカガリの電撃報告程では無いけれど、僕達からもーー。

僕はカガリに視線を向ける。
またもや頬にパイ生地をつけていて、アスランがそれを取って自分の口に入れようとするから
慌てたカガリはアスランの指をあむっと食べて
アスランが真っ赤になっている。
何だか初々しい2人。

ーー2人とも、喜んでくれるといいな。

「僕達からも報告があるんだ。
えっとね、僕達ーー。」

その声をラクスが遮る。

「キラ。
わたくしに、プロポーズしてください。」

「「えぇぇぇ~!!」」

僕とカガリの声が重なった。
ラクスと想いが通じたのは昨日の事、
高校3年生の文化祭で結んだ約束を果たした時だった。
僕は初めて会った時からずっとラクスが好きだったんだ、
だからラクスがオーブに帰ってきてくれた今から
ゆっくりと2人の時間を重ねていきたいって思っていた。
もちろん、将来結ばれるならラクス以外あり得ない、
だけど昨日の今日じゃ早すぎる、先ずは離れていた時間を埋めてゆっくりとーー

そこまで考えて、ラクスの瞳にハッとする。

きっとラクスも同じなんだ、僕と。
君と僕はとても良く似ているから。
時を超えて、距離を超えて、ずっと想いが僕達をつないでくれていた。
だとしたら、僕達が考えていた“将来”を、僕達の“今”に変えたっていいんだ。
だってそれを僕達は望んでる、
心から。

「ラクス、僕と結婚してください。」

「はい。」

僕の大好きな、花のような笑顔。
そのまま僕の胸に飛び込んできた君。
君が起こしてくれる奇跡胸いっぱいにはらんで
僕は君を抱きしめた。

その後、カガリとアスランに色々と説明する事になったのは言うまでも無いことで。
特にカガリにはラクスとの事を何も話していなかったから驚かせちゃったみたいだった。
カガリにずっと黙っていたのは、僕もラクスもお互いにオーブで再会するまで”何もしない”ことを貫いていたから。
手紙も、電話も、もちろん会うことも、何もしない。
僕が君に何もしないんだ、僕が楽になるために誰かに相談するなんてしたくなかった。
想いを胸に仕舞ったまま、再会できる日に解き放つ、
言葉にはしなかったけど、僕とラクスの間で自然とできた約束だったから。

だから、ラクスの帰国の知らせをもらって
ずっと育てていた花が咲いたように喜びが開いていった。
それはラクスも同じだったようで、
昨日の早朝にアスランの家へ押しかけたのは、
僕と再会できるうれしさにテンションMAXで起こした行動だった。
その偶然がラクスとカガリを引き合わせ、
カガリのお見合いを阻止することが出来たのだ。
ラクスは幸せの女神だ、と僕は本気で思っている。

カガリは僕達の結婚を心から喜んでくれて、

「ラクスと姉妹になれるなんて夢みたいだ!」

と、既に本当の姉妹のようにラクスとはしゃいでいる。

ーーって事は、僕とアスランが兄弟に!?

僕は毅然とした態度で

「これからはお兄様と呼んでよね、アスラン。」

と言えば、軽く引かれた顔をされ

「コラ!私が姉なんだから、キラはアスランの弟だぞ!」

と間髪入れずにカガリが打ち返し、
僕はビシィっと挙手をして

「異議あり!お兄さんは僕で、カガリは妹です!」

と言えば、ラクスは鈴蘭のような笑みをこぼして、
アスランは困ったように笑っていて。

「家族が増えるって幸せだな。」

カガリの言葉が僕達を包む空気を
ハチミツ色に変えた。



――――――――――

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

先ず、アスランに言いたい、手が早ぇよ(笑。
カガリさんをさっそくいただいちゃいました。
でも、カガリさんが幸せそうなので良しとしましょう。
そして、カガリさんの縁談を破談にするための行動の早い事(笑。
そして決定的な事(笑。
キラじゃないですけど、この頭脳と行動力があるのに告白まで遠回りをしてしまう、
そこがアスランらしいかな、と。

アスランとカガリは、想いが通じるまでは遠回りをしてしまうタイプだと思いますが、
通じてしまえば、おとぎ話の結びのように
『末永く、幸せに暮らしましたとさ。』
という未来が待っていると思います。
SEEDの世界でも、きっとそんな未来を迎えられたらいいな。

そして、キラとラクスの電光石火のような展開に驚かれた方もいらっしゃるかもしれません。
物語の端々でそこはかとなく匂わせていたので、お気づきの方の方が多かったでしょうか。
補足させていただきますと、キラとラクスは文化祭で出会い、互いにひかれあいます。
だから文化祭の写真には、ラクスの左手にキラが結んだリボンがあった訳です。
文化祭でキラは『今度は僕がラクスに会いに行く』的なことを言っていましたが、
キラはラクスが留学するまでの間、何度もラクスに会いに行っていました。
ラクスはキラとの出会いにより歌を取り戻す勇気を得て、パリへ留学を決意します。
互いに想いは胸に仕舞って、もう一度会える夢を抱いて2人は別れを選びます。
そして、再会したのが物語上の”昨日(=土曜日、カガリのお見合いの日)”だったんですね。
そこで2人は約束を果たすのですが…。
そのお話はいつか書けたらいいなと思います。

第〇話でキラの部屋に電子ピアノがあったのも、
ラクスと約束を果たすためだったんですよ。
また、第●話で“ベアー”のぬいぐるみをゲットしていますが、これはラクスへのプレゼントだったりします。

想いが通じて幸せいっぱいなカガリさんとアスランの
ラブラブな会話が見たいとのリクエストをいただいていますので、
後日、断片的なものですがおまけのお話をアップしたいと思います!

最後までお読みくださり、ありがとうございました!


追記を閉じる▲

いつも物語をお読みくださり、ありがとうございます。

いよいよ『雫の音』は次回で最終回を迎えます。
年内完結の予定でしたが、なかなか時間が取れず申し訳ございません。
次回はドタバタ展開ですが、お笑顔で終われる結びを用意していますので
最後までお楽しみいただければ幸いです。

では、read more以下でメッセージを贈って下さった方への御礼です。


拍手[6回]

C さま

いつもお読みくださりありがとうございます!

『雫の音』を楽しんでくださり、ありがとうございます。
やっと想いが通じた2人には幸せな未来が待っていることでしょう(〃ω〃)。
アスランは感情を押さえ込んでいた時間が長かった分だけ
反動が大きそうですよね(^◇^;)

一方のカガリさんは、いつまでも初々しく恥ずかしがっていそうで
きっとかわいさ爆発で、キラ兄様が心配する程でしょう。

妄想が尽きない2人の最終話ですが、
実は2人だけのシーンは少ないんです(´・ω・`)
ごめんなさい!!

ただ、最終話だけでは回収出来なかった部分や
その他の登場人物のその後等をぽちぽち書く予定ですので
そちらもお楽しみいただければ幸いです。





追記を閉じる▲

『カガリの手料理が食べたい。』

そう言ってくれたアスラン。
あの時の約束を今夜果たそう。

この一皿に、想いを全部詰め込んで。


雫の音 ー shizuku no ne ー 23

拍手[12回]







きっとこれが、アスランのために手料理を作る最後の機会になるだろう。
そう思えば自ずとメインディッシュは決まった。
彼の大好きなロールキャベツ。
高校2年生の時、両親と離れて暮らす彼を家に招いて
キラと一緒に誕生日パーティーを開いた。
その時に作ったのもロールキャベツだった。

“美味しい。”そう言って大好きな穏やかな微笑みをくれて、
まるでカガリの方がプレゼントをもらったような気持ちになったあの時──

あの時の事を、アスランが今も覚えていてくれて嬉しかった。

ーーとても…。

そしてもう一度、アスランにロールキャベツを食べてもらえることも。
ダイニングテーブルに向き合って、気恥ずかしさからカガリは目を合わせられずにいた。

「美味しい。」

そう言ったアスランの顔が高校生のあの日にオーバラップして
カガリは瞼に焼き付けるように瞳を閉じた。

「良かった。
作るのちょっと緊張したんだぞ、アスランの口にあうかなって。」

するとアスランは懐かしそうに皿に視線を落とした。

「あの日と同じ味がする。
やっぱり、カガリの作るロールキャベツが1番好きだ。」

「そんな、大袈裟な。」

と言って照れ隠しに笑うと、アスランから真剣な眼差しを向けられた。

「ずっと食べたかったんだ、カガリの作った料理を。
また作ってくれないか。」

ツキンと胸が冷たく痛む。

ーーそんな約束は…出来ない。

アスランにはラクスがいるのだし、
私だってきっとこのまま結婚するんだ、あの人とーー
カガリは曖昧な微笑みを浮かべると、話題を切り替えて

「このバゲットも美味しいんだぞ!
今朝、ラクスと行ったカフェで買ってきたんだ。」

「あぁ、ラクスから聞いたよ。
朝から健康的な食事ができて、今日の歌声は良く伸びたとか。
とても喜んでいた。」

と、こんな所からもアスランとラクスの親密さを感じて
分かっているのにまた勝手に心に傷が付いた。
そんな自分の素直すぎる恋心が滑稽で、カガリは諦めを隠して笑う。

アスランと一緒にいる限り
次々に心に傷が増えていって、胸の痛みも切なさも増すばかりで。
それがつらくて涙が止まらなくて、距離を置いたのは高校生の時。
でも今は、その痛みさえも愛おしい。

ーー今日が最後、だからかな。

前菜も付け合わせも、作りすぎかと思うくらい用意したのに
あっという間に皿は綺麗になった。
今日は時間が過ぎるのが殊更早く感じる。
この時間が終われば、この恋は心の奥に仕舞われて
カガリの手によって今生きる世界から消されてしまう。

ーーあと少し、もう少しだけ…。

そう思っても、残酷な程正確に時は刻まれていって
アスランが買ってきてくれた食後の紅茶とショコラがソファーのローテーブルに並んだ。
大好きなベルガモットの紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込む。
自分の好みを覚えていてくれたことが嬉しかった。

ーー今日を、アスラン過ごせて良かった。

“良かった。”ともう一度胸の内で呟いた、
“さよなら”を響かせてーー

「アスラン。」

名前を呼ぶ、それだけで愛しさが溢れる。
こんなにも好きなんだと、分かりきった事を思い知る。

「オーブに戻って来て、
アスランにまた会えて、良かった。」

オーブでの日々がキラキラと輝きながら

「仕事も、最初はびっくりしたけど、
良いチームに恵まれて。」

砂時計のように落ちていく。

「アスランとお家がお隣で、
運命みたいな偶然に驚いて。
一緒に通勤したりして、
まるで高校生に戻ったみたいで楽しかった。」

輝く時が眩しくてカガリは目を細め、懐かしさが微笑みを優しくする。

「それも全部、アスランがいてくれたから──」

──アスランに出会えて良かった。

カガリはアスランの手を取った、

──アスランを好きになって良かった。

触れるだけそっと。

──最後のわがままにするから、
どうか受け取って。
私の想いを…。

ありったけの勇気を持って、

──私、ずっとアスランのことが…………

瞳を合わせた。

「アスラン、ありがとう。」

好き、
その言葉の代わりに告げた想いは、
嘘も偽りも無い、本当の想いの一雫──

溢れるだけで誰にも受け止められる事の無い想い、
その一雫をアスランに差し出した。
瞬間、どうしようもなく泣きたくなったのは何故だろう。

想いを伝えられる喜びが体を熱くする。
涙の予感に、瞳が揺らめく。

──いけないっ。

感情が決壊してしまう恐さに、
カガリはアスランの手を離した。
さみしさから手を引くように。
軋んだ胸の痛みを力づくで飲み込んで、
涙を誤魔化すためにショコラに手を伸ばした。

スイーツは世界平和なんだ。
きっとこの痛みも瞼の裏で待つ涙も、
全部空へ飛ばしてくれる──
そう信じて大好きなオレンジピールのショコラを口に入れる。
なのに、喉を締め付けるような痛みにショコラの甘さも香りも分からない。

──どうしよう…、私…っ。

ここで涙を見せれば、きっと全部が伝わってしまう。
だから──

「そろそろお開きにしようか。」

今から逃げるようにソファーから立ち上がった、
カガリの手をアスランが掴んだ。
無防備に振り返ったカガリの瞳に涙の膜が張る。
アスランの表情が歪んでいくのは、
涙が視界を隠したくからか、
それとも涙を見せてしまったせいか、
分からない。
アスランが苦みを混ぜた瞳を滑らせて口を噤んだ、
言葉を飲みこんだのだと分かった。
だから、

「どうしたんだ。
話、聞くぞ。」

アスランの隣に再び腰掛け、瞳を覗きこむように身を寄せる。
するとアスランは瞳を逸らしたまま切り出しづらそうに言った。

「お見合いを、したんだろ。」

アスランがつらい時は全力で力になりたい、
その想いがカガリを強くする。
自分の胸の痛みもさみしさも涙も、全部置き去りにして。

「ラクスから聞いたのか。
そうだよ、この縁談を受けようと思ってる。」

自分の声が他人のもののように聞こえる、
それはカガリ自身が結婚をどう捉えているのかを無意識に表していた。

するとアスランの息を飲んだ音が聞こえて、カガリは心配をかけまいと笑って見せた。

「この縁談は、両家にとってもお父様の会社にとっても良い話だし、
これまで私はお父様には我が儘ばかりだったから、
恩返しになるかなって。」

キラと同じ高校に通いたいからと、単身でオーブに戻る事を許してもらったり、
お父様がオーブに戻ったばかりなのにスカンジナビアへの留学を認めてくれたり、
そのままスカンジナビアでの生活を応援してくれたり…。
我が儘ばかりで親孝行らしい事は何もできなくて、
なのにお父様はいつでも自分の味方でいてくれた。
だから、この縁談を受け入れて恩返しができたらと考えていたのは
紛れもない本心。

「でも、カガリには忘れられない人がいるんだろう。」

痛みに共鳴するような声。

──あぁ、そっか。

と、カガリはストンと心に落ちるように納得した。
アスランもまた、ラクスという忘れられない人がいた。
だから、アスランにとって私は同じ恋の痛みを持つ戦友のような親近感を持っていたのかもしれない。
同じ痛みが分かるから、だから自分の事のように苦しんでくれるのだろう、

──自分の恋は叶ったばかりなのに…。
全く、優しすぎるんだから。

あまりに彼らしい優しさに、カガリは困ったように笑った。

「その人は、心に決めた人と結ばれて幸せになったんだ。
だから、私の恋は叶わない恋じゃなくて、
叶っちゃいけない恋になったんだ。」

自分の言葉が鼓膜を通して胸に刺さっていく。
声が震えそうになって、耐えるようにぐっと視線を定めた。

「諦めた…のか?」

控えめに、でも確実に踏み込むアスランから視線を感じて、
カガリは目を合わせられずに緩く首を振った。

「きっともう、
その人以外、好きになれないと思うんだ。
だけどそうしたら私は誰も幸せにできない。
アスランも言ってただろう、
気持ちを真っ直ぐに向けていればそれでいいって、
それで相手を幸せに出来るって。
でも、私にはそれが出来ないから…。」

強さの分だけ想いが駆け出した、
息継ぎを忘れる程。
潤んだ声も止められなかった。

「でも、好きでいる事はっ、」

──アスランを好きでいる事は、

「もうどうしようも無くて、辞められなくて。」

──そんな簡単な想いじゃなくて。

「でもな、こんな私でもお父様なら幸せにできそうなんだ、
このお見合いで。」

絶望にも似た未来に見つけた、小さな光。

「相手も、政略結婚って割り切ってくれてて、
お互い迷惑がかからない範囲で自由にやろうって話になっててさ。」

「どういう事だ…。」

カガリは目元を乱雑に拭うと、まるで希望を語るように明るく続けた。

「彼がどんなに遊んだって、
何人愛人を作ったって、
私は構わない。」

「何だよ、それっ。」

アスランはカガリの腕を引いて、
力づくで向き合わされた。
燃えるような眼差しを向けられる。
きっとこんな事、アスランの正義が許さない。

──軽蔑されちゃったかな…。

大好きなアスランの碧翠の瞳に映った自分が惨めで視線を逸らしたいのに、
腕に食い込んだアスランの指がそれを禁じた。

「私に彼を責める資格は無いよ。
だって私には他に好きな人がいるんだから、
彼の事をきっと一生、愛せないんだから。」

──相手が何をしたって、罪深いのは自分の方。

カガリは罪を飲み込むように唇を噛んだ。

──ごめんな…。

浮かんだのは誰への言葉なのか、
きっと、全てへの言葉なのだろう。
許さない罪をずっと背負っていく、
“ごめんなさい”を幾度となく呟いて。

「それでも私と結婚してくれる、
彼の事を一生大事にするんだ。
決めたんだ。
だから──」

続く筈の声はアスランの胸に遮られた。
肺が潰れる程強く抱きしめられて息が出来ない。
アスランのぬくもりに包まれて、
想いの雫がこぼれ落ちて
アスランのシャツを染めた。

──アスラン…。

唇を噛んで耐えるように固く目を閉じる。
そうしなければ想いが止まらなくなりそうで、
守ってきた全部が崩れ落ちそうで、
こわかった。

背中に回った掌から
触れあった胸から
伝わる鼓動から、
アスランの優しさを感じて
もう一度“ごめんな…”と心に呟いて、
カガリはアスランと距離を取ろうと胸を押した、
手が止まる。

「だったら…、
俺にもチャンスをくれないか。」

酷く掠れた声。
腕の力が強まり、
自分が息を飲む音が聞こえた。

「カガリが他の誰を想っていてもいい。
俺がカガリを1番に想うから。」

「君を幸せにするから。」

「だからカガリ、」

合わせた瞳。
世界で一番好きな色彩の中に映る奇跡ーー

「結婚しよう。」

触れ合ったそばから真っ直ぐに伝わる想いーー
見開いた瞳に涙が溢れた。
2人の想いが縒り合わさるように鼓動が重なっていく。
だけど、どうしてだろう、
叶わない恋が叶う瞬間を受け入れられない。

「な…んで?」

こんな優しさはいらないと、心の上澄みが叫ぶ。
アスランが優しさだけでこんな事する人じゃないと、分かっているのに。
どうしても今に抗ってしまう、
素直に幸せを抱きしめられない。
カガリは逃れるようにアスランから距離を取ろうとして、
彼の眼差しに遮られる。
強く熱い眼差しに。

「俺の忘れられない人は、
カガリ、君なんだ。」

真実だけが持つ熱を感じる。
これが真実なんだと、分かる。
だけど、

「うそ…っ、だってアスランはっ。」

真実を真実として信じる事も
真実に触れる事も出来ない自分は

ーーなんて臆病なんだろう。

「本当はきっと、出会った頃からカガリの事が好きだったんだ。
だけど、自分の本当の気持ちに気付かなくて。」

アスランの想いが胸に染み込んで
熱が瞳に立ち昇る。
どうしようもなく涙が溢れて、

「気付いた時にはもう遅くて、君はスカンジナビアへ渡ってしまって。」

何か言わなくちゃと焦るのに
震える唇は言葉を紡ぐ事はおろか呼吸さえもままならない。
もどかしさにカガリは首を振った。

ーー勇気が欲しい…。

アスラン信じる、
幸せを受け入れる、
この世界を変える、
勇気が欲しい。

ありったけの勇気を込めてーー

「だけど、ずっと、今も、カガリの事が好きなんだ。
だからーー」

アスランにキスをした。
震える唇で、
真実に触れるようにそっと。
そのままアスランの肩口に泣き崩れるように額を押し当てた。

“アスランが好き。”

そう呟いて。



ーーーーー

やっと2人がここまでたどり着く事が出来ました。
長かった…。

今回はアスランがカガリさんの世界を変える覚悟ができた回でした。
前話までは、アスランはカガリに好きな人がいる以上、自分の想いを伝える事に躊躇していました。
でも今回は、カガリに他に好きな人がいても、自分の事を1番に好きになってもらえなくても、
カガリの全部を抱きしめる覚悟がありました。

かっこいいじゃないか、アスラン!

結局、アスランはカガリさんの真心をもらえました。
良かったね、アスラン!

さて、次回はおまけのような最終話です。


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あなたに恋した時から聞こえる
雫の音。

ずっと続くそれは、
時にあたたかく、
時に刺さるように鋭く、
歌うように軽く、
審判を下すように重く、
凍てつく程冷たく、

でも、いつだって愛おしい
色とりどりの音色たち──

きっと、雫の音が絶える事は無いのだろう、
この恋は心の中でずっと息づいていくから。

それは、変えられないから。

だから、
終わりにしよう。
この世界で恋をするのを
終わりにしよう。
心の中に閉じ込めた全部を、
ずっと大切にして生きていくから。


雫の音 ー shizuku no ne ー 22


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土曜日。
抜けるような青空に透明な朝日が降り注ぐ。
冬の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みたくなるような朝の筈なのに、
カガリは朝食を取る気にもならず、時間はだいぶ早いが今日の準備を始めた。
このまま家に居れば胸が詰まって動けなくなりそうだった。

鏡の前でメイクをチェックして、カガリは無意識にせり上がるため息を飲み込んだ。
自分で決めた道を最後まで歩き続ける、
今日が最初の1歩なのだから
ため息なんてついている場合ではない。

フレイからのアドバイスの通り、
アイシャドウはベージュをベースにほんのりとピンクを入れ、
チークはほんわりと丸く、ルージュは王道のピンクベージュ。
ここでフレイであればネイルも抜かりないのだろうがカガリは整えるだけに留めた。
アクセサリーは一粒パールの控えめなネックレスのみ。
白いワンピースを着た自分を見て、

──まるで白装束みたいだ。

と思ってしまった自分に苦笑する。
コートを片手に玄関で華奢なハイヒールに足を入れる。
12月の空気に冷えたパンプスが、ストッキング越しに伝わって鳥肌がたった。

ドアに鍵をかけながら、
あとオーブに居られる時間を数えた時だった。
隣のドアが開き、カガリは諦めていた現実をもう一度突きつけられた。

アスランの部屋のドアからラクスが出てきたのだ。
ラクスの歌うように弾んだ声から、
彼女の幸せが色づいて聞こえてくる。

───朝までずっと一緒にいたんだ…。

2人の恋は結ばれたのだろう、
“おめでとう。”と、カガリは唇に声にならない言葉をのせた。
すると、桜色の髪をゆらしてラクスが振り向いた。

「まぁ、カガリさんではありませんか!」

まるで天使が舞い降りるように軽やかに、
ラクスはカガリに近づいて両手を包んだ。
その声に反応するように、ドアからアスランが顔を出した。
部屋着に寝癖のついた髪、
気を許したアスランの姿に2人の親密さを見た気がして
カガリの胸を痛みが過ぎる。

「今日はお出かけですの?
とてもステキなワンピースですわっ。」

ラクスの無垢な興奮が伝わってきて、思わずカガリは微笑んだ。

「お昼に大切なお食事会があって。
でも落ち着かなくて、早めに家を出た所なんだ。」

「そうでしたの。
ほら、アスランも何かおっしゃって下さいなっ!
カガリさん、とても綺麗ですわ、
まるで花嫁さんのように。」

ラクスの何気ないフレーズにカガリは肩を震わせた。
アスランに視線を向ければ驚いた瞳を向けたまま黙っている。
途端に羞恥を覚えたカガリはラクスの腕を引いた。

「いいよ、ラクスっ!
私、あんまりこんな服装しないから、
コメント求められてもアスラン困るだけだしさ。」

と、カガリが笑って見せれば
ラクスは鋭い視線をアスランに突き刺した。
ラクスの以外な一面を見て、カガリは驚きつつも親しみを覚える。

「あ…、えっと、
きれい、だと思う。」

何とか絞り出されたアスランの言葉に、
カガリはラクスと顔を合わせて笑った。








「なんて美味しいサラダでしょう!」

ラクスはうっとりと両頬を包んだ。
マンション前に車を待たせていたラクスから朝食に誘われて、
世界的に有名な歌姫と来店して騒ぎにならない店として最初に老舗ホテルが浮かんだが、
そういった店は行き慣れているだろうからと
カガリは少し足を伸ばしてこの店を選んだ。
湖に続く小川の遊歩道に面したカフェは焼きたてパンと農家直送野菜が自慢の店で、
モーニングという事もあり店内はゆったりとした空気で満たされていた。

「よかった、気に入ってもらえて。
ここはお野菜はもちろん卵も新鮮で!
パンも美味しくて、ついついおかわりしちゃうんだよな。」

と、カガリが熱く語ればラクスは鈴の音のような笑みをこぼした。
春の陽射しにようにキラキラとした笑顔に、カガリは目を細める。
高校3年生の文化祭で会ったあの日のラクスは笑顔の奥に何処か儚さが感じられたが、
今目の前にしているラクスからはしなやかな強さと、光の花束のような幸せが見えるようだ。
この10年間でラクスが成し遂げた事、そして迎えた今手に入れた幸せがラクスの微笑みに表れている。

「ラクス、幸せそうだな。」

カガリの素直な言葉に、
ラクスは花開くように微笑みを浮かべた。

「はい、とても。
とても幸せです。
こうして、オーブに戻って来られたのですから。」

瞳にヨーロッパを映しているのだろうか、眼差しに時の流れを感じる。
キラの話では、ラクスは音楽家になるまではオーブに帰らないとの覚悟でパリへ旅立ったという。
夢を実現して家族と大切な人達が待つオーブへ戻ってきた感慨はどれ程のものだろう。
そして、彼女には愛する人との幸せな未来が続いていく。

「そして、今日、
わたくしは約束を果たしに行きます。
ずっと、待ってくれたあの方のために、
そして、わたくしのために。
だから幸せなのです。」

澄んだ泉のような瞳に強い意志が煌めいた。

「そっか、大切な約束なんだな。」

ラクスの言う“あの方”とはアスランの事なのだろう、
2人だけの約束を果たして、きっと未来へ歩みだすーー
今日はそんな日なんだ。

ーー私と同じ、始まりの日…か。

「でもこうして今日迎えられたのも、カガリさんのおかげです。」

「え?」

全く身に覚えの無いカガリは、思わずフォークを皿に置いた。

「わたくしが高校生の時、大切な弟を亡くしました。」

「ニコルくん…だろ。」

控えめなカガリの声に、ラクスはゆったりと頷いた。

「そうです。
ニコルを亡くして、わたくしはずっと悲しみに囚われておりました。
ですが、そんなわたくしの側にずっとアスランが居てくれました。
だからわたくしはもう一度、わたくしとして生きることが出来ました。」

文化祭で見た2人の姿が、風が吹き抜ける速さで思い起こされる。
ラクスを守ると、意志の熱を帯びたアスランの眼差しと、
寄り添うように見上げるラクス。
恋に破れて、抱えきれない想いも悲しみも後悔も全部、
ラクスとアスランの幸せに繋がっていたーー

ーーそれなら、良かった。

ーーこの恋は叶わなくて、良かったんだ。

今も胸を刺す痛み、
その深さの分だけカガリの微笑みは優しくなる。

「アスランを支えて下さったのはカガリさんだと聞きました。
本当に、ありがとうございました。」

そう言ってラクスは頭を下げ、桜色の髪が肩から滑り落ちサラサラと風がそよぐような音がした。
カガリは慌ててラクスの肩に手を置くと、

「私なんか何の力にもなってないって!
だから、顔を上げてくれ。」

するとラクスはカガリの手を包んだ。

「いいえ、カガリさんが悲しみの世界を変えてくださったのです。
アスランを、わたくしを、そしてわたくしの家族を救ってくださいました。
本当にありがとうございました。」

そんな力は自分には無かった筈だけど、
向けられた真心をカガリは受け取ることにした。
それが今できる精一杯の誠意だと思った。

出来立てのキッシュが運ばれてきて、“わぁっ。”と2人は声を上げた。
今朝はあれ程食欲が無かったのに、
ラクスと一緒にいるとフォークが進んでしまうのは何故だろう。

「良かったですわ。
今朝のカガリさん、少し元気が無いように見えましたので。」

と、控えめに睫の影を落とすラクスに、カガリは胸を締め付けられる。
ラクスは何て人の心に耳を傾ける人なのだろうと。
そして同時に思うのだ、
こんな人がアスランのパートナーで良かったと、
優しすぎるのに不器用な彼には
ラクスのような人が必要だから…。
身勝手に広がる胸の痛みを、“良かった。”という真実で飲み込む。
その拍子に、焼けるような痛みが喉を詰まらせた。

「ありがとう、でも、大丈夫だから。
ラクスと一緒に朝食がとれて良かったよ、
これから頑張らなきゃいけないから!」

と、ラクスの心配が晴れるよう笑ってみせると、
“気になっていたのですけれど…。”そう前置いてラクスは切り出した。

「今日はどういったお食事会ですの?」

遅かれ早かれ明らかになる事だからと、カガリは正直に話した。

「お見合いをするんだ、お父様の会社のご縁で。」

自分で決めた道、
その第1歩の今日。
これから踏み出す覚悟を持って家を出た。
なのに、

「本当にいいのですか。」

食後のハーブティーの湯気が揺れた。

「これが1番良いと、思ったんだ。」

「カガリさんには、
想う人はいらっしゃらないのですか。」

春のうららかな空のような瞳は偽りを許さない。
向けられた真っ直ぐな眼差しにカガリは応えた。

「いるよ、ずっと好きな人が。」

──アスランの事が、好き。

「でも、叶っちゃいけない恋なんだ。」

──これからも、ずっと。

「だから──」

──どうしても消えない恋、
それを心に閉じこめて、
新しい道へ進むんだ。

「お相手に、想いは伝えられたのですか。」

カガリは驚きに瞳を開く。
想いを伝えるなんて、もう一生無いと思っていたからだ。

「伝えるも何も…。
その人には心に決めた人がいて、結ばれて幸せになっているから。
今更私が告白したところで、迷惑かけちゃうだけだろ。」

シンは誰も傷つかないと言っていたが、どうしてもカガリには想いを伝える気にはなれなかった。
例え傷つかなかくても不要な心の波を立ててしまったら…、そう考えるとーー

「そうでしょうか。」

ラクスはカガリの瞳を覗き込む、まるで心の底の鏡を見るように。

「その方は、カガリさんがずっと育んできた想いを
迷惑の一言で片付けるような方ですか。」

「えっ、あ…、いや、そんな人じゃない…、
とても優しい人だから。
いや、優しすぎる程のだから尚更告白なんてっ。」

するとラクスはたおやかな微笑みを浮かべた。

「でしたら、想いを伝えるべきです。
その方はきっと、誠実に受け止めて下さいますわ。
それに、わたくしはカガリさんがずっと大切にしてきた想いを、
最後まで貫いてほしいのです。」

ラクスの声は
雨が大地に染み込むようにカガリの心に響いた。

「わたくしにとって、カガリさんは大切な方です。
そしてカガリさんの想いも。
ですから、」

ラクスは瞳をあわせて、カガリの手を取った。

「どうかその想いを閉じこめたまま
未来を決めないでください。」

瞳の澄んだ色彩に厳しさを感じる、
それはラクスの強さの現れなのかもしれない。
自分の想いに正直に歩む強さを持つラクスが眩しくて、
放たれる光はカガリには強すぎた。
カガリは遠くを見つめるように、そっと視線を外しても
ラクスの眼差しは残光のように焼き付いて離れなかった。








「今日はお一人ですか、姫。」

「その“姫”ってのやめてくれよな、くすぐったいぞ!」

と、バルドフェルドにカガリは口を尖らせた。
人生を決するお見合いは拍子抜けする程上手く進んだ。
このまま流れに身を任せるだけで年内にも結婚は決まるだろう。
そう、全て順調な筈なのに浅い沼を歩き続けるような疲労感は何処から来るのか。
柔らかな西日射す窓見つめて、カガリはため息をついた。
お開きになった後真っ直ぐに家に帰る気にもなれず、
心を落ち着かせたくてバルドフェルドのカフェに立ち寄った。
間違いなく美味しいコーヒーと絶品のスイーツがあれば気持ちも晴れると思ったのに
外の天気とは裏腹に、胸の内は疲労感の雲に覆われたようだった。
その雲が何かを隠している事も薄々分かっていた。

『本当にいいのか、カガリ。
もし気が進まないなら断ってもいいんだぞ。』

お見合いが滞り無くお開きとなり、ホテルを出てウズミと肩を並べ歩いた時そう切り出された。
今まで見た事も無いウズミの表情ーー
心配と苦み混ぜたような顔、カガリはにっこりと笑ってみせた。

『私が望んだことなんだから!
それに、お相手はお父様が良く知る方のご子息ですから何の心配もありません。
私は前向きに考えています。』

そう言い切ればウズミが何も言えなくなるのを分かった上で、カガリは言葉を選んだ。
そしてこのお見合いを良縁にしなければと心に誓ったのだ。

──そうすれば私は、初めて誰かを幸せにできる。

今まで誰とお付き合いをしても、
相手の想いに応えようと頑張っても、
結局誰も幸せにはできなかった。
心の真ん中にはいつもアスランがいたから──

だけどこのお見合いは
アスハ家にとってもお父様の会社にとっても良い話である事は間違いない。

ーーきっとお父様も、もっと沢山の人が喜んでくれる。

さらに都合の良いことに、相手方も政略結婚に理解を示していて
互いに迷惑のかからない範囲で自由に生きる合意が得られた。

『君って変わってるね。
僕が不倫をしようと愛人を作ろうと構わないって事だろ?
まぁ、僕にとってもメリットがあるし、それでいいよ。』

紫の髪をかきあげながら片側の広角だけ上げて笑う彼に、軽く鳥肌が立った。
“ただし、”と、カガリは条件を出した。

『お父様に孫の顔をみせてあげたいから、子どもは欲しいんだ。
できれば2人か3人。』

すると彼はカガリの腰を抱いて距離を縮めた。

『子作り大歓迎だよ。
今からでもいいけど…、どうする?』

カガリは震える手で彼の胸を押し返すがビクともせず、むしろ口を寄せてくる。

『そっ、こういう事は婚前にはしないっ!』

大きな声を上げると、彼は今日1番の笑顔を見せた。

『気が強そうに見えてやっぱり箱入り娘だねぇ。
そういう子を開発していくの、僕の趣味にぴったりだ。
僕たち、上手くいきそうだね。』

そう言って彼はカガリの腰なぞり上げ
瞬間、カガリは小さな悲鳴を上げ渾身の力で彼を押しのけ、
距離を取るように背を向けた時だった。
背後から抱きしめられた、羽交い締めのように。
熱く湿った息遣いが耳元で繰り返され、カガリは腕を振りほどこうと身を捩らせた時、
カガリの体は硬直した。
太股を何かが這い上がる感触──
めくれ上がったワンピースが目に入り、カガリは恐怖で目線だけ振り返れば、愉快そうに笑う彼。
腰に何かを押し付けられ、執拗に擦り上げられる。

『何も怖がる必要は無いよ、僕が全部教えてあげるからーー』

脚の付け根で親指の爪を立てられた、
痛みが走り反射的に目をつぶる、
ストッキングが裂ける音がして
耐えきれずにカガリは大声を出した──

思い出しただけで虫唾が走り、カガリは両腕を抱きしめる。
あの後、“君をからかっただけ。”と言われて解放されたけれど、言葉を鵜呑みにできなかった。
愛のない結婚生活を相手も理解してくれている、
だけど彼と一生添い遂げる事は出来るのだろうか…。
そこまで考えてカガリは両腕を力無く落とした。

ーー出来るかどうかじゃない。
頑張ろうって、決めたんだ。

「この後、アスラン君と会うのかい。」

「え…?」

突然バルドフェルドからアスランの名前が出て、カガリは無防備に顔を上げた。
その時、今にも泣きそうな顔をしていた事はバルドフェルドの胸の内に留められた。

「いや…、そんな予定は…。」

視線を泳がせて行き着いたコーヒーに目が止まり一口含んだ。
今日のコーヒーはちっとも優しく無く、苦みに容赦が無い。

「会ったらどうだい、気持ちが変わるかも。」

するとカガリは小さく笑った。

「アスランは今頃恋人と過ごしているんじゃないかな。」

バルドフェルドは驚いて目を見開くと、肩を竦めて“やれやれ”と呟くと話題を変えた。

「カガリちゃんには、好きな人はいないのかい。」

ふとラクスの姿が桜吹雪のように蘇る。
だからだろうか、カガリは素直に応えていた。

「ずっと、好きな人がいるんだ。
でも、叶っちゃいけない恋…だから。
だからもうお終いにするんだ。」

するとバルドフェルドは“ノンノン”と人差し指を左右に振った。

「終わりにするなら、ちゃんと気持ちを伝えないと!」

同じ言葉をくれた、フレイやミリィ、シン、ラクスの顔が次々に浮かんで胸を刺す。
このまま想いを心に閉じ込めれば、彼らを裏切ってしまう罪悪感がじわりと広がった。
でもーー

「だけど、その人にはもう恋人がいるから、今更告白なんて…っ。」

するとバルドフェルドはたおやかな笑みを浮かべた。
まるで極上の滑らかさを持つコーヒーのように。

「彼への想いは、何も“好きだ、愛してる”、だけじゃないだろ。
例えば、“出会えて良かった”とか、“尊敬している”だとか、色々あるんじゃないかい?
だから、伝えられる気持ちだってある筈さ。」

視界が一気に晴れた。
バルドフェルドの言葉は風のように、胸の内に立ち込めた雲を取り去った。
自分の鼓動が聞こえる、
突き動かすような音色が。
だけど、戸惑いに震える掌をカガリは握りしめた。

「伝えても…、いいのかな。」

本当はずっと伝えたかったのだと、心の底の声が聞こえた。
だけど、過去の自分の過ちが、今の彼を取り巻く状況が、自分にブレーキをかけていた、
想いを伝えてはいけないと。
彼に嫌な思いをさせるから、
叶わない恋の未来は変わらないからーー

「いいに決まってるだろう!
カガリちゃんの気持ちを、
どんな形だって、どんな言葉だって構わない、
伝えてみたらいい。」

カガリは閉ざしかけた自分の心に問いかける。
本当にアスランに伝えたい事は何だろう、と。

親友の姉として出会って、
駆け抜けた高校生活、
初めての恋と初めての失恋。
前に進むためにスカンジナビアへ渡って
勉強に仕事に没頭した日々。
そして再会した今──
青春の全てで、全力で恋をした。
涙の数も痛みの深さも、かなしみも後悔も計り知れない、
けれどその時間全てがいとおしい。

本当に伝えたいことは何──

見えたのは、素朴な光を放つありふれた言葉──

「ありがとう、バルドフェルドさん。」

カガリはカフェの扉を開けると、柔らかな西日の差す街並みを駆けだした。










駅前の広場で立ち止まり、息を整える間もなくメッセージアプリを起動する。

──どう…しよう。

アスランにあの言葉を伝えたい、
そのためにはアスランを呼び出さなきゃいけない。
今頃ラクスと大切な約束を果たしているかもしれない、

──だとしたら、何て書けばいいんだろう。

アプリを開いたまま空を見上げた時だった。
突然の着信音。

──うそ…っ!

ディスプレイに表示された名前に驚いて、震える手で通話ボタンを押した。

「もしもし、アスラン?」

鼓動がうるさいほどに鼓膜を打つのは、
駅前まで走ってきたから、
だけじゃない。

《カガリ、今、少しだけ大丈夫か?》

名前を呼ばれるだけで頬が熱くなって、
胸が締め付けられて涙を引き寄せる。

「うん、私も今アスランに連絡しようと思ってたんだ。」

同じ事を同じ時に思い描いていたこと、
ただの偶然であっても奇跡のようで
カガリは耳に充てた携帯電話を握る指先に力を込める。

《え?
何かあったのか?》

──ほら、やっぱり。

誠実に心配の色を含んだ声が聞こえて、
あまりのアスランらしさにカガリは小さく笑った。

「先にアスランの用件を聞くよ。」

と言えば、

《俺はいいから、カガリが先に。》

と言って引かなくて。
このままでは前に進めないとカガリは困ったように笑った。
アスランに時間を作ってもらう丁度良い口実を探していると、今朝ラクスと一緒に行ったカフェの袋が目に入る。
大好きなバゲットを買ってきたのを思い出して、カガリはひらめきのままアスランに告げた。

「今日は煮込み料理を作ろうと思って!
ほら、煮込み料理は一度に沢山作った方がおいしくなるだろ?」

一気に言葉が出てきて、息継ぎのタイミングを忘れてしまう位に緊張して、

「だから…、」

続く言葉が震えそうになる。

「アスランにもお裾分けできたらなって…。」

きっと今夜はラクスと過ごすのだろう。
明日にでもお裾分けを渡す程度なら、負担にも迷惑にもならないのではないか──

そのカガリの予想は覆される。

《ありがとう。
もし、カガリさえ良ければ…、
今夜その料理を一緒に食べないか。》

想定外の展開にカガリは頭が真っ白になる。

──ど、どうしようっ!

《カガリの迷惑にならなければ…だけど。》

「迷惑だなんて!!
あ、えっと、我が家は家主との約束で男子禁制だから、
アスランの部屋を借りてもいいなら。
お鍋とか食器は持って行くから。」

《良かった。
実は今外に出ていて、家に戻るのは──》

アスランのほっとしたような吐息に、
するすると決まっていく予定に、
ふわふわとした空気と高鳴る鼓動に、
全部が嬉しくてそっと瞳を閉じた。

アスランの家で待ち合わせ、
なんて不思議な約束だろう。
カガリは通話を終えると、1つ1つ食材を思い描いて歩き出した。
きっとこれがアスランと向き合う最後の時間になる、
だから、

──心を込めて作ろう。
おいしいって言ってくれたら、
その言葉を一生覚えていたいから。


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金曜日の夜だというのに一向に帰り支度を始めないシンに、
アスランはパソコン越しに声をかけた。

「急ぎのものが無ければ帰っていいぞ。」

フロアに残っているのはアスランとシンのみだったため
声は思いの外響いた。

「急ぎっちゃぁ、急ぎなんだけど…。」

歯切れの悪いシンの手は止まっている、
という事はーー

「すまない、俺の決裁待ちかっ。」

と、アスランが慌てて書類を探そうとした手はシンの声に遮られる。

「いや、待ってるのはアスラン、
あんた。」

「え…。」

シンの眼差しに決心にも似た熱量を感じて、アスランはパソコンの電源を落として手早く帰り支度をした。
アスランとて急務に追われて残業をしていた訳では無かった、
ただあの部屋へ帰りたくなかった。
壁一枚向こうにカガリの存在を感じ、その度に後悔が募りそうで。

シンは何か話があるのだろう、
今の仕事の事か、それとも1月の昇格試験の事か…
プライベートの事を相談されても自分にアドバイス出来る事なんて何も無いし…。
内容がどうであれ本人がリラックスできるようシンに店を任せた所ーー

「じゃ、ここで!」

と、シンが意気揚々とのれんをくぐったのは
意外にもお好み焼き屋だった。
早速シンはジャケット脱いでネクタイを外すと、ぐいっと袖を捲り上げた。




「せーの、おりゃ~っ!」

気合十分でひっくり返したお好み焼きは鉄板の上をずるっと滑り
“あちゃー。”とシンはヘラで形を整えていた。
この様子ではしばらく相談の雰囲気では無いなと、アスランがおっとりと考えていた間に
歪な形の明太もちチーズが皿にのった。

「熱っっ。でも、うみゃぁ~いっ!」

シンは猫舌なのだろう、なのに切り分けたお好み焼きを冷ます事はせず
一気に口に入れては飛び上がり、
でも美味しさが全身から伝わってきてアスランは目を細める。
何処かカガリに似ている、
きっとカガリもこんな風に食べるんじゃないか。
ふーふーとお好み焼きに息を吹きかければいいのに、
そんなの待っていられないと頬張ってーー
目の前のシンにカガリの姿が重なって、アスランの胸に重層的な痛みが過ぎる。
それは、例え過去であってもカガリと恋人となり得たシンへの嫉妬でもあり、
昨夜カガリの意思を無視して傷付けた罪悪感でもあった。

「アスランって、お好み焼きでさえキレイだよなぁ。」

不意打ちのようなシンの発言に、意を解せずアスランは箸を止める。

「食べる所作っての?カガリに似てるなって。
2人とも、ふとした所から育ちの良さが見えるっていうか。」

「いや、似ているのはシンの方だ。
2人が同じ空気を纏っているように見えるから。」

再会した会議室でも、
休憩室で肩を並べていた時もーー

するとシンは驚きに瞳を開いた後、フイと視線を逸らした。

「気が合うだけ、じゃダメなんだって。」

何かを含んだシンの言葉を
“ハイ、豚玉お待ち~!”とハツラツとした店員に阻まれ、
“今度はアスランの番っ!”とシンに手渡されたので
アスランは説明書きを見ながら鉄板にタネを落とした。
鉄板から湯気と共になんとも言えない音が上がって、胃袋に直接響くようだ。
と、アスランが豚玉に集中している時だった。

「俺、カガリと付き合う前から、
カガリには別に好きな奴がいるって気づいてたんだ。
でも、自信があったんだよなぁ、ソイツを超えてやるってさ。
でもーー。」

飲み干したビールジョッキをゴトリと置いた。

「ダメだった。
どう頑張ってもダメっ!ってのが分かったのは、
カガリがキスさせてくれなかったから。」

「ーーえ。」

2人の間に沈黙が落ちる。

「あ、それ、そろそろひっくり返さないとっ!」

シンの声に条件反射して、アスランは豚玉をひっくり返した。
満月のような生地の上にこんがりと焼き色のついた豚バラ、
まるで雑誌から切り出したような出来栄えに

「くっそ~!
仕事も出来てお好み焼きも上手いって、
アンタ何者なんだよっ!」

と、シンはよく分からない事を言いながら
勢いのままにバシバシとソースとマヨネーズ、鰹節に青のりをトッピングして
2人の皿に豚玉が並んだ。

アスランは初めて焼いた豚玉を咀嚼しながらも
シンの言葉が全身を満たして味が分からなかった。

ーー“キスさせてもらえなかった”って…。

自ら導き出した解に、アスランの思考は冷え切っていく。
カガリは忘れられない人がいると言っていた、
その人以外のキスは受け入れられないのではないか、
今もーー。

アスランは血の気の失せた頭を抱えたくなった。
カガリの意思も大切にしてきた想いも無視して、
感情のままにキスをした、
それも一度では無い。
改めて己の罪の重さと深さを自覚して、アスランの視線が落ちた。

ーーどうすればいい。

あの日の事を蒸し返して謝る事がカガリにとって最善なのだろうか、
それともカガリの記憶に無い以上、もう無かった事にして黙っておくべきか、
いずれにせよ、次の出勤日の朝、どんな顔でカガリと会えばいいーー

「で、元カレの立場からお願いです。」

突然畏まったシンにつられるようにアスランは箸を置いた。
唇の端にソースを付けたシンはすっと頭を下げた、まるで騎士が礼をするように。

「カガリの悲しい恋を終わらせてやってください。」

「な、何を言ってーー」

カガリは“忘れられない人”以外受け入れられないのだと、
そう言ったのはシンだ。

ーーなのにどうして。

「もう時間が無いんだ。
カガリがスカンジナビアへ帰るからじゃない。
もうこれ以上、1分秒1秒だって悲しませたくない。」

顔を上げたシンの真紅の瞳に射抜かれる。
どんな弱音も言い訳も遮断する、強い眼差しにアスランは何も言えなくなる。

「だけど俺には、カガリの悲しみを終わりに出来なかったから。
学生の頃も、今も。
俺には出来ない。」

滲み出る苦味に、シンがどれ程カガリの事を想っていたのか、
何も出来なかった事を悔やんできたのかが分かる。
どんなに想っても、力を尽くしても、カガリの悲しみに手は届かない。

アスランは共鳴した胸の奥からため息を漏らした。

「俺だって同じだ。
カガリの悲しみを終わらせる事なんてーー。」

「出来る。
アスランなら、出来る。」

アスランの言葉を遮ってシンは言い切った。
根拠の見えない自信にアスランは困惑する。

「いや、俺にそんな…。
そもそも俺はカガリから殆ど何も聞いていない、
話したく無い…みたいだし。」

シンには涙も弱さも見せるのに、
フレイやミリアリアには以前から相談していたのに、

ーー俺には何も…。

「いつも側にいて笑ってくれるのに、自分の悲しみは見せない。
昔からそうだった。
俺とカガリの関係は。」

ーー悲しみから救ってくれたのは君なのに。
俺は君の悲しみに気付かずに、今もずっと何も出来ない。

「だから諦めんのかよ。
カガリが悲しんでるのを知りながら見て見ぬ振りして、
何処かの誰かがカガリを幸せにしてくれるのを、ずーっと待つのかよっ。」

「そんな事は言ってないーー」

「やってる事は同じだろっ。」

シンの言葉に撃たれる。
その通りだった。
でも、

「だからと言って、カガリが望んでもいないのに、
俺が何をしたって迷惑だろ。」

「そうだな。」

あっさりと肯定するシンにアスランは眉根を寄せる。
さっきから彼の言っている事は、“カガリを守りたい”という1本の軸がある以外は
支離滅裂なように思えてならない。

“イカ天お待ち~っ!”と、ハツラツとした店員にシンは生中2つを頼む。
タネの入ったボールをさりげなくアスラン側に寄せた事から、作れと言われているようで
アスランは豚玉の要領でタネを鉄板に落とした。

「でもさぁ、カガリがこれから何を望むかなんてわからない。
変わるかもしれないし、
変えられるかもしれない。
だから、大事なのはーー」

シンは劔の切っ尖を突き付けるように、アスランにヘラを向けた。

「アンタがどうしたいか、だ。」

ーーそんなの決まっている。
カガリを幸せにしたい。
他の誰でもない、俺が…。

だけどシンの言う通り、カガリの望みを変える事なんて現実的に可能なのだろうか。

ーーそんな、世界を変えるようなこと、俺には…。

その瞬間、過去のカガリの声が胸に響いた。

『大丈夫、アスランを1人にはしない、私もキラも手伝うから!
でもな、これはアスランがいなくちゃ出来ないんだ。』

あれは高校2年生の春、生徒会長に立候補する事に思い悩んでいた時、
背中を押してくれたのはカガリだった。
あの時は、カガリとキラの支えがあって生徒会長の責務を全うできて、
ニコルを亡くした時は、カガリが無条件の優しさを差し出してくれて…。
いつだって、カガリが俺の世界を変えてくれた。
だから今度は、

ーー俺が、君の世界を…。

「大丈夫っ!
元カレが言うんだから間違いないっ!」

何故か背後からルナの声がして、
振り返れば、半個室として立てられた仕切りの横からルナとメイリンが顔を出していて

「アスランさんっ、そろそろひっくり返さないとっ!」

メイリン声にハッとなったアスランは手早くイカ天をひっくり返した。
満月のように丸くふっくらとした焼き上がりに、

「くそ~っ!
やっぱりアスラン、焼くのうめぇっ!」

と、シンが悔しがり
ルナとメイリンがテーブルに雪崩れ込んできて。
同僚に自分の胸の内が何処まで筒抜けだったのか気恥ずかしくなったが
それ以上に彼等の気持ちが嬉しかった。
背中を蹴飛ばすような、エールをもらった気がした。






帰路に着いた足取は決して軽いものではなかったけれど、確かなものだった。
冬の星座に手を伸ばす。
白い息に霞む星ーー。

『もう時間が無いんだ。』

シンの言葉が胸を過ぎる。

『カガリがスカンジナビアへ帰るからじゃない。
もうこれ以上、1分秒1秒だって悲しませたくない。』

その通りだ。

もうこれ以上、カガリが悲しみの雫を落とさないように。
君の世界を変えて――

――俺に出来ること、
君が望むこと。

それが重なる奇跡を、
自分は起こせるのだろうか。




ーーーー

シンがちょっとカッコいいですよね!
時間が無いのは、カガリがスカンジナビアへ帰ってしまうからじゃない、
もうこれ以上、1分1秒だって悲しませたくない…。

アスラン、ホントそれよ!!

さぁ、次回から2人は駆け出していきます。
どうか見守っていただければ幸いです。

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