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きっとこれが、アスランのために手料理を作る最後の機会になるだろう。
そう思えば自ずとメインディッシュは決まった。
彼の大好きなロールキャベツ。
高校2年生の時、両親と離れて暮らす彼を家に招いて
キラと一緒に誕生日パーティーを開いた。
その時に作ったのもロールキャベツだった。
“美味しい。”そう言って大好きな穏やかな微笑みをくれて、
まるでカガリの方がプレゼントをもらったような気持ちになったあの時──
あの時の事を、アスランが今も覚えていてくれて嬉しかった。
ーーとても…。
そしてもう一度、アスランにロールキャベツを食べてもらえることも。
ダイニングテーブルに向き合って、気恥ずかしさからカガリは目を合わせられずにいた。
「美味しい。」
そう言ったアスランの顔が高校生のあの日にオーバラップして
カガリは瞼に焼き付けるように瞳を閉じた。
「良かった。
作るのちょっと緊張したんだぞ、アスランの口にあうかなって。」
するとアスランは懐かしそうに皿に視線を落とした。
「あの日と同じ味がする。
やっぱり、カガリの作るロールキャベツが1番好きだ。」
「そんな、大袈裟な。」
と言って照れ隠しに笑うと、アスランから真剣な眼差しを向けられた。
「ずっと食べたかったんだ、カガリの作った料理を。
また作ってくれないか。」
ツキンと胸が冷たく痛む。
ーーそんな約束は…出来ない。
アスランにはラクスがいるのだし、
私だってきっとこのまま結婚するんだ、あの人とーー
カガリは曖昧な微笑みを浮かべると、話題を切り替えて
「このバゲットも美味しいんだぞ!
今朝、ラクスと行ったカフェで買ってきたんだ。」
「あぁ、ラクスから聞いたよ。
朝から健康的な食事ができて、今日の歌声は良く伸びたとか。
とても喜んでいた。」
と、こんな所からもアスランとラクスの親密さを感じて
分かっているのにまた勝手に心に傷が付いた。
そんな自分の素直すぎる恋心が滑稽で、カガリは諦めを隠して笑う。
アスランと一緒にいる限り
次々に心に傷が増えていって、胸の痛みも切なさも増すばかりで。
それがつらくて涙が止まらなくて、距離を置いたのは高校生の時。
でも今は、その痛みさえも愛おしい。
ーー今日が最後、だからかな。
前菜も付け合わせも、作りすぎかと思うくらい用意したのに
あっという間に皿は綺麗になった。
今日は時間が過ぎるのが殊更早く感じる。
この時間が終われば、この恋は心の奥に仕舞われて
カガリの手によって今生きる世界から消されてしまう。
ーーあと少し、もう少しだけ…。
そう思っても、残酷な程正確に時は刻まれていって
アスランが買ってきてくれた食後の紅茶とショコラがソファーのローテーブルに並んだ。
大好きなベルガモットの紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込む。
自分の好みを覚えていてくれたことが嬉しかった。
ーー今日を、アスラン過ごせて良かった。
“良かった。”ともう一度胸の内で呟いた、
“さよなら”を響かせてーー
「アスラン。」
名前を呼ぶ、それだけで愛しさが溢れる。
こんなにも好きなんだと、分かりきった事を思い知る。
「オーブに戻って来て、
アスランにまた会えて、良かった。」
オーブでの日々がキラキラと輝きながら
「仕事も、最初はびっくりしたけど、
良いチームに恵まれて。」
砂時計のように落ちていく。
「アスランとお家がお隣で、
運命みたいな偶然に驚いて。
一緒に通勤したりして、
まるで高校生に戻ったみたいで楽しかった。」
輝く時が眩しくてカガリは目を細め、懐かしさが微笑みを優しくする。
「それも全部、アスランがいてくれたから──」
──アスランに出会えて良かった。
カガリはアスランの手を取った、
──アスランを好きになって良かった。
触れるだけそっと。
──最後のわがままにするから、
どうか受け取って。
私の想いを…。
ありったけの勇気を持って、
──私、ずっとアスランのことが…………
瞳を合わせた。
「アスラン、ありがとう。」
好き、
その言葉の代わりに告げた想いは、
嘘も偽りも無い、本当の想いの一雫──
溢れるだけで誰にも受け止められる事の無い想い、
その一雫をアスランに差し出した。
瞬間、どうしようもなく泣きたくなったのは何故だろう。
想いを伝えられる喜びが体を熱くする。
涙の予感に、瞳が揺らめく。
──いけないっ。
感情が決壊してしまう恐さに、
カガリはアスランの手を離した。
さみしさから手を引くように。
軋んだ胸の痛みを力づくで飲み込んで、
涙を誤魔化すためにショコラに手を伸ばした。
スイーツは世界平和なんだ。
きっとこの痛みも瞼の裏で待つ涙も、
全部空へ飛ばしてくれる──
そう信じて大好きなオレンジピールのショコラを口に入れる。
なのに、喉を締め付けるような痛みにショコラの甘さも香りも分からない。
──どうしよう…、私…っ。
ここで涙を見せれば、きっと全部が伝わってしまう。
だから──
「そろそろお開きにしようか。」
今から逃げるようにソファーから立ち上がった、
カガリの手をアスランが掴んだ。
無防備に振り返ったカガリの瞳に涙の膜が張る。
アスランの表情が歪んでいくのは、
涙が視界を隠したくからか、
それとも涙を見せてしまったせいか、
分からない。
アスランが苦みを混ぜた瞳を滑らせて口を噤んだ、
言葉を飲みこんだのだと分かった。
だから、
「どうしたんだ。
話、聞くぞ。」
アスランの隣に再び腰掛け、瞳を覗きこむように身を寄せる。
するとアスランは瞳を逸らしたまま切り出しづらそうに言った。
「お見合いを、したんだろ。」
アスランがつらい時は全力で力になりたい、
その想いがカガリを強くする。
自分の胸の痛みもさみしさも涙も、全部置き去りにして。
「ラクスから聞いたのか。
そうだよ、この縁談を受けようと思ってる。」
自分の声が他人のもののように聞こえる、
それはカガリ自身が結婚をどう捉えているのかを無意識に表していた。
するとアスランの息を飲んだ音が聞こえて、カガリは心配をかけまいと笑って見せた。
「この縁談は、両家にとってもお父様の会社にとっても良い話だし、
これまで私はお父様には我が儘ばかりだったから、
恩返しになるかなって。」
キラと同じ高校に通いたいからと、単身でオーブに戻る事を許してもらったり、
お父様がオーブに戻ったばかりなのにスカンジナビアへの留学を認めてくれたり、
そのままスカンジナビアでの生活を応援してくれたり…。
我が儘ばかりで親孝行らしい事は何もできなくて、
なのにお父様はいつでも自分の味方でいてくれた。
だから、この縁談を受け入れて恩返しができたらと考えていたのは
紛れもない本心。
「でも、カガリには忘れられない人がいるんだろう。」
痛みに共鳴するような声。
──あぁ、そっか。
と、カガリはストンと心に落ちるように納得した。
アスランもまた、ラクスという忘れられない人がいた。
だから、アスランにとって私は同じ恋の痛みを持つ戦友のような親近感を持っていたのかもしれない。
同じ痛みが分かるから、だから自分の事のように苦しんでくれるのだろう、
──自分の恋は叶ったばかりなのに…。
全く、優しすぎるんだから。
あまりに彼らしい優しさに、カガリは困ったように笑った。
「その人は、心に決めた人と結ばれて幸せになったんだ。
だから、私の恋は叶わない恋じゃなくて、
叶っちゃいけない恋になったんだ。」
自分の言葉が鼓膜を通して胸に刺さっていく。
声が震えそうになって、耐えるようにぐっと視線を定めた。
「諦めた…のか?」
控えめに、でも確実に踏み込むアスランから視線を感じて、
カガリは目を合わせられずに緩く首を振った。
「きっともう、
その人以外、好きになれないと思うんだ。
だけどそうしたら私は誰も幸せにできない。
アスランも言ってただろう、
気持ちを真っ直ぐに向けていればそれでいいって、
それで相手を幸せに出来るって。
でも、私にはそれが出来ないから…。」
強さの分だけ想いが駆け出した、
息継ぎを忘れる程。
潤んだ声も止められなかった。
「でも、好きでいる事はっ、」
──アスランを好きでいる事は、
「もうどうしようも無くて、辞められなくて。」
──そんな簡単な想いじゃなくて。
「でもな、こんな私でもお父様なら幸せにできそうなんだ、
このお見合いで。」
絶望にも似た未来に見つけた、小さな光。
「相手も、政略結婚って割り切ってくれてて、
お互い迷惑がかからない範囲で自由にやろうって話になっててさ。」
「どういう事だ…。」
カガリは目元を乱雑に拭うと、まるで希望を語るように明るく続けた。
「彼がどんなに遊んだって、
何人愛人を作ったって、
私は構わない。」
「何だよ、それっ。」
アスランはカガリの腕を引いて、
力づくで向き合わされた。
燃えるような眼差しを向けられる。
きっとこんな事、アスランの正義が許さない。
──軽蔑されちゃったかな…。
大好きなアスランの碧翠の瞳に映った自分が惨めで視線を逸らしたいのに、
腕に食い込んだアスランの指がそれを禁じた。
「私に彼を責める資格は無いよ。
だって私には他に好きな人がいるんだから、
彼の事をきっと一生、愛せないんだから。」
──相手が何をしたって、罪深いのは自分の方。
カガリは罪を飲み込むように唇を噛んだ。
──ごめんな…。
浮かんだのは誰への言葉なのか、
きっと、全てへの言葉なのだろう。
許さない罪をずっと背負っていく、
“ごめんなさい”を幾度となく呟いて。
「それでも私と結婚してくれる、
彼の事を一生大事にするんだ。
決めたんだ。
だから──」
続く筈の声はアスランの胸に遮られた。
肺が潰れる程強く抱きしめられて息が出来ない。
アスランのぬくもりに包まれて、
想いの雫がこぼれ落ちて
アスランのシャツを染めた。
──アスラン…。
唇を噛んで耐えるように固く目を閉じる。
そうしなければ想いが止まらなくなりそうで、
守ってきた全部が崩れ落ちそうで、
こわかった。
背中に回った掌から
触れあった胸から
伝わる鼓動から、
アスランの優しさを感じて
もう一度“ごめんな…”と心に呟いて、
カガリはアスランと距離を取ろうと胸を押した、
手が止まる。
「だったら…、
俺にもチャンスをくれないか。」
酷く掠れた声。
腕の力が強まり、
自分が息を飲む音が聞こえた。
「カガリが他の誰を想っていてもいい。
俺がカガリを1番に想うから。」
「君を幸せにするから。」
「だからカガリ、」
合わせた瞳。
世界で一番好きな色彩の中に映る奇跡ーー
「結婚しよう。」
触れ合ったそばから真っ直ぐに伝わる想いーー
見開いた瞳に涙が溢れた。
2人の想いが縒り合わさるように鼓動が重なっていく。
だけど、どうしてだろう、
叶わない恋が叶う瞬間を受け入れられない。
「な…んで?」
こんな優しさはいらないと、心の上澄みが叫ぶ。
アスランが優しさだけでこんな事する人じゃないと、分かっているのに。
どうしても今に抗ってしまう、
素直に幸せを抱きしめられない。
カガリは逃れるようにアスランから距離を取ろうとして、
彼の眼差しに遮られる。
強く熱い眼差しに。
「俺の忘れられない人は、
カガリ、君なんだ。」
真実だけが持つ熱を感じる。
これが真実なんだと、分かる。
だけど、
「うそ…っ、だってアスランはっ。」
真実を真実として信じる事も
真実に触れる事も出来ない自分は
ーーなんて臆病なんだろう。
「本当はきっと、出会った頃からカガリの事が好きだったんだ。
だけど、自分の本当の気持ちに気付かなくて。」
アスランの想いが胸に染み込んで
熱が瞳に立ち昇る。
どうしようもなく涙が溢れて、
「気付いた時にはもう遅くて、君はスカンジナビアへ渡ってしまって。」
何か言わなくちゃと焦るのに
震える唇は言葉を紡ぐ事はおろか呼吸さえもままならない。
もどかしさにカガリは首を振った。
ーー勇気が欲しい…。
アスラン信じる、
幸せを受け入れる、
この世界を変える、
勇気が欲しい。
ありったけの勇気を込めてーー
「だけど、ずっと、今も、カガリの事が好きなんだ。
だからーー」
アスランにキスをした。
震える唇で、
真実に触れるようにそっと。
そのままアスランの肩口に泣き崩れるように額を押し当てた。
“アスランが好き。”
そう呟いて。
ーーーーー
やっと2人がここまでたどり着く事が出来ました。
長かった…。
今回はアスランがカガリさんの世界を変える覚悟ができた回でした。
前話までは、アスランはカガリに好きな人がいる以上、自分の想いを伝える事に躊躇していました。
でも今回は、カガリに他に好きな人がいても、自分の事を1番に好きになってもらえなくても、
カガリの全部を抱きしめる覚悟がありました。
かっこいいじゃないか、アスラン!
結局、アスランはカガリさんの真心をもらえました。
良かったね、アスラン!
さて、次回はおまけのような最終話です。
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きっとこれが、アスランのために手料理を作る最後の機会になるだろう。
そう思えば自ずとメインディッシュは決まった。
彼の大好きなロールキャベツ。
高校2年生の時、両親と離れて暮らす彼を家に招いて
キラと一緒に誕生日パーティーを開いた。
その時に作ったのもロールキャベツだった。
“美味しい。”そう言って大好きな穏やかな微笑みをくれて、
まるでカガリの方がプレゼントをもらったような気持ちになったあの時──
あの時の事を、アスランが今も覚えていてくれて嬉しかった。
ーーとても…。
そしてもう一度、アスランにロールキャベツを食べてもらえることも。
ダイニングテーブルに向き合って、気恥ずかしさからカガリは目を合わせられずにいた。
「美味しい。」
そう言ったアスランの顔が高校生のあの日にオーバラップして
カガリは瞼に焼き付けるように瞳を閉じた。
「良かった。
作るのちょっと緊張したんだぞ、アスランの口にあうかなって。」
するとアスランは懐かしそうに皿に視線を落とした。
「あの日と同じ味がする。
やっぱり、カガリの作るロールキャベツが1番好きだ。」
「そんな、大袈裟な。」
と言って照れ隠しに笑うと、アスランから真剣な眼差しを向けられた。
「ずっと食べたかったんだ、カガリの作った料理を。
また作ってくれないか。」
ツキンと胸が冷たく痛む。
ーーそんな約束は…出来ない。
アスランにはラクスがいるのだし、
私だってきっとこのまま結婚するんだ、あの人とーー
カガリは曖昧な微笑みを浮かべると、話題を切り替えて
「このバゲットも美味しいんだぞ!
今朝、ラクスと行ったカフェで買ってきたんだ。」
「あぁ、ラクスから聞いたよ。
朝から健康的な食事ができて、今日の歌声は良く伸びたとか。
とても喜んでいた。」
と、こんな所からもアスランとラクスの親密さを感じて
分かっているのにまた勝手に心に傷が付いた。
そんな自分の素直すぎる恋心が滑稽で、カガリは諦めを隠して笑う。
アスランと一緒にいる限り
次々に心に傷が増えていって、胸の痛みも切なさも増すばかりで。
それがつらくて涙が止まらなくて、距離を置いたのは高校生の時。
でも今は、その痛みさえも愛おしい。
ーー今日が最後、だからかな。
前菜も付け合わせも、作りすぎかと思うくらい用意したのに
あっという間に皿は綺麗になった。
今日は時間が過ぎるのが殊更早く感じる。
この時間が終われば、この恋は心の奥に仕舞われて
カガリの手によって今生きる世界から消されてしまう。
ーーあと少し、もう少しだけ…。
そう思っても、残酷な程正確に時は刻まれていって
アスランが買ってきてくれた食後の紅茶とショコラがソファーのローテーブルに並んだ。
大好きなベルガモットの紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込む。
自分の好みを覚えていてくれたことが嬉しかった。
ーー今日を、アスラン過ごせて良かった。
“良かった。”ともう一度胸の内で呟いた、
“さよなら”を響かせてーー
「アスラン。」
名前を呼ぶ、それだけで愛しさが溢れる。
こんなにも好きなんだと、分かりきった事を思い知る。
「オーブに戻って来て、
アスランにまた会えて、良かった。」
オーブでの日々がキラキラと輝きながら
「仕事も、最初はびっくりしたけど、
良いチームに恵まれて。」
砂時計のように落ちていく。
「アスランとお家がお隣で、
運命みたいな偶然に驚いて。
一緒に通勤したりして、
まるで高校生に戻ったみたいで楽しかった。」
輝く時が眩しくてカガリは目を細め、懐かしさが微笑みを優しくする。
「それも全部、アスランがいてくれたから──」
──アスランに出会えて良かった。
カガリはアスランの手を取った、
──アスランを好きになって良かった。
触れるだけそっと。
──最後のわがままにするから、
どうか受け取って。
私の想いを…。
ありったけの勇気を持って、
──私、ずっとアスランのことが…………
瞳を合わせた。
「アスラン、ありがとう。」
好き、
その言葉の代わりに告げた想いは、
嘘も偽りも無い、本当の想いの一雫──
溢れるだけで誰にも受け止められる事の無い想い、
その一雫をアスランに差し出した。
瞬間、どうしようもなく泣きたくなったのは何故だろう。
想いを伝えられる喜びが体を熱くする。
涙の予感に、瞳が揺らめく。
──いけないっ。
感情が決壊してしまう恐さに、
カガリはアスランの手を離した。
さみしさから手を引くように。
軋んだ胸の痛みを力づくで飲み込んで、
涙を誤魔化すためにショコラに手を伸ばした。
スイーツは世界平和なんだ。
きっとこの痛みも瞼の裏で待つ涙も、
全部空へ飛ばしてくれる──
そう信じて大好きなオレンジピールのショコラを口に入れる。
なのに、喉を締め付けるような痛みにショコラの甘さも香りも分からない。
──どうしよう…、私…っ。
ここで涙を見せれば、きっと全部が伝わってしまう。
だから──
「そろそろお開きにしようか。」
今から逃げるようにソファーから立ち上がった、
カガリの手をアスランが掴んだ。
無防備に振り返ったカガリの瞳に涙の膜が張る。
アスランの表情が歪んでいくのは、
涙が視界を隠したくからか、
それとも涙を見せてしまったせいか、
分からない。
アスランが苦みを混ぜた瞳を滑らせて口を噤んだ、
言葉を飲みこんだのだと分かった。
だから、
「どうしたんだ。
話、聞くぞ。」
アスランの隣に再び腰掛け、瞳を覗きこむように身を寄せる。
するとアスランは瞳を逸らしたまま切り出しづらそうに言った。
「お見合いを、したんだろ。」
アスランがつらい時は全力で力になりたい、
その想いがカガリを強くする。
自分の胸の痛みもさみしさも涙も、全部置き去りにして。
「ラクスから聞いたのか。
そうだよ、この縁談を受けようと思ってる。」
自分の声が他人のもののように聞こえる、
それはカガリ自身が結婚をどう捉えているのかを無意識に表していた。
するとアスランの息を飲んだ音が聞こえて、カガリは心配をかけまいと笑って見せた。
「この縁談は、両家にとってもお父様の会社にとっても良い話だし、
これまで私はお父様には我が儘ばかりだったから、
恩返しになるかなって。」
キラと同じ高校に通いたいからと、単身でオーブに戻る事を許してもらったり、
お父様がオーブに戻ったばかりなのにスカンジナビアへの留学を認めてくれたり、
そのままスカンジナビアでの生活を応援してくれたり…。
我が儘ばかりで親孝行らしい事は何もできなくて、
なのにお父様はいつでも自分の味方でいてくれた。
だから、この縁談を受け入れて恩返しができたらと考えていたのは
紛れもない本心。
「でも、カガリには忘れられない人がいるんだろう。」
痛みに共鳴するような声。
──あぁ、そっか。
と、カガリはストンと心に落ちるように納得した。
アスランもまた、ラクスという忘れられない人がいた。
だから、アスランにとって私は同じ恋の痛みを持つ戦友のような親近感を持っていたのかもしれない。
同じ痛みが分かるから、だから自分の事のように苦しんでくれるのだろう、
──自分の恋は叶ったばかりなのに…。
全く、優しすぎるんだから。
あまりに彼らしい優しさに、カガリは困ったように笑った。
「その人は、心に決めた人と結ばれて幸せになったんだ。
だから、私の恋は叶わない恋じゃなくて、
叶っちゃいけない恋になったんだ。」
自分の言葉が鼓膜を通して胸に刺さっていく。
声が震えそうになって、耐えるようにぐっと視線を定めた。
「諦めた…のか?」
控えめに、でも確実に踏み込むアスランから視線を感じて、
カガリは目を合わせられずに緩く首を振った。
「きっともう、
その人以外、好きになれないと思うんだ。
だけどそうしたら私は誰も幸せにできない。
アスランも言ってただろう、
気持ちを真っ直ぐに向けていればそれでいいって、
それで相手を幸せに出来るって。
でも、私にはそれが出来ないから…。」
強さの分だけ想いが駆け出した、
息継ぎを忘れる程。
潤んだ声も止められなかった。
「でも、好きでいる事はっ、」
──アスランを好きでいる事は、
「もうどうしようも無くて、辞められなくて。」
──そんな簡単な想いじゃなくて。
「でもな、こんな私でもお父様なら幸せにできそうなんだ、
このお見合いで。」
絶望にも似た未来に見つけた、小さな光。
「相手も、政略結婚って割り切ってくれてて、
お互い迷惑がかからない範囲で自由にやろうって話になっててさ。」
「どういう事だ…。」
カガリは目元を乱雑に拭うと、まるで希望を語るように明るく続けた。
「彼がどんなに遊んだって、
何人愛人を作ったって、
私は構わない。」
「何だよ、それっ。」
アスランはカガリの腕を引いて、
力づくで向き合わされた。
燃えるような眼差しを向けられる。
きっとこんな事、アスランの正義が許さない。
──軽蔑されちゃったかな…。
大好きなアスランの碧翠の瞳に映った自分が惨めで視線を逸らしたいのに、
腕に食い込んだアスランの指がそれを禁じた。
「私に彼を責める資格は無いよ。
だって私には他に好きな人がいるんだから、
彼の事をきっと一生、愛せないんだから。」
──相手が何をしたって、罪深いのは自分の方。
カガリは罪を飲み込むように唇を噛んだ。
──ごめんな…。
浮かんだのは誰への言葉なのか、
きっと、全てへの言葉なのだろう。
許さない罪をずっと背負っていく、
“ごめんなさい”を幾度となく呟いて。
「それでも私と結婚してくれる、
彼の事を一生大事にするんだ。
決めたんだ。
だから──」
続く筈の声はアスランの胸に遮られた。
肺が潰れる程強く抱きしめられて息が出来ない。
アスランのぬくもりに包まれて、
想いの雫がこぼれ落ちて
アスランのシャツを染めた。
──アスラン…。
唇を噛んで耐えるように固く目を閉じる。
そうしなければ想いが止まらなくなりそうで、
守ってきた全部が崩れ落ちそうで、
こわかった。
背中に回った掌から
触れあった胸から
伝わる鼓動から、
アスランの優しさを感じて
もう一度“ごめんな…”と心に呟いて、
カガリはアスランと距離を取ろうと胸を押した、
手が止まる。
「だったら…、
俺にもチャンスをくれないか。」
酷く掠れた声。
腕の力が強まり、
自分が息を飲む音が聞こえた。
「カガリが他の誰を想っていてもいい。
俺がカガリを1番に想うから。」
「君を幸せにするから。」
「だからカガリ、」
合わせた瞳。
世界で一番好きな色彩の中に映る奇跡ーー
「結婚しよう。」
触れ合ったそばから真っ直ぐに伝わる想いーー
見開いた瞳に涙が溢れた。
2人の想いが縒り合わさるように鼓動が重なっていく。
だけど、どうしてだろう、
叶わない恋が叶う瞬間を受け入れられない。
「な…んで?」
こんな優しさはいらないと、心の上澄みが叫ぶ。
アスランが優しさだけでこんな事する人じゃないと、分かっているのに。
どうしても今に抗ってしまう、
素直に幸せを抱きしめられない。
カガリは逃れるようにアスランから距離を取ろうとして、
彼の眼差しに遮られる。
強く熱い眼差しに。
「俺の忘れられない人は、
カガリ、君なんだ。」
真実だけが持つ熱を感じる。
これが真実なんだと、分かる。
だけど、
「うそ…っ、だってアスランはっ。」
真実を真実として信じる事も
真実に触れる事も出来ない自分は
ーーなんて臆病なんだろう。
「本当はきっと、出会った頃からカガリの事が好きだったんだ。
だけど、自分の本当の気持ちに気付かなくて。」
アスランの想いが胸に染み込んで
熱が瞳に立ち昇る。
どうしようもなく涙が溢れて、
「気付いた時にはもう遅くて、君はスカンジナビアへ渡ってしまって。」
何か言わなくちゃと焦るのに
震える唇は言葉を紡ぐ事はおろか呼吸さえもままならない。
もどかしさにカガリは首を振った。
ーー勇気が欲しい…。
アスラン信じる、
幸せを受け入れる、
この世界を変える、
勇気が欲しい。
ありったけの勇気を込めてーー
「だけど、ずっと、今も、カガリの事が好きなんだ。
だからーー」
アスランにキスをした。
震える唇で、
真実に触れるようにそっと。
そのままアスランの肩口に泣き崩れるように額を押し当てた。
“アスランが好き。”
そう呟いて。
ーーーーー
やっと2人がここまでたどり着く事が出来ました。
長かった…。
今回はアスランがカガリさんの世界を変える覚悟ができた回でした。
前話までは、アスランはカガリに好きな人がいる以上、自分の想いを伝える事に躊躇していました。
でも今回は、カガリに他に好きな人がいても、自分の事を1番に好きになってもらえなくても、
カガリの全部を抱きしめる覚悟がありました。
かっこいいじゃないか、アスラン!
結局、アスランはカガリさんの真心をもらえました。
良かったね、アスラン!
さて、次回はおまけのような最終話です。
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