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soranokizunaのカケラたちや筆者のひとりごとを さらさらと ゆらゆらと
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あと2ヶ月ーー

カウントダウンとは無関係に、
ずれたテンポに乱されて

進まない距離感にジリジリと焦りばかりが降り積もる。



雫の音 ー shizuku no ne ー 17


拍手[13回]




ケーキのお礼をしたい、
とアスランは言ってくれたけど、
キラの食べかけでお礼をしてもらう訳にはいかなくて。
だけど誠実すぎるアスランはお礼をさせて欲しいと引かず、
でもカガリはお礼を受け取るには気が引けて。
結局、2人の間を取ってドライブを兼ねてサイクリングへ行くことになった。
それはすぐに参謀達にばれて、

『どうして間を取ってサイクリングになるのよ。』

と、フレイには“もっと色気のあるイベントに持って行きなさいよ!”と、小言を言われたが、

『カガリらしくていいじゃない。
それに、カガリの話を聞く限り、この2人に色気を求めても緊張しちゃいそうだし。』

ミリィのフォローにカガリはコクコクと頷く。
アスランのバースデーパーティーで見た女性達のようにモーションをかけることなんて出来る気がしない。
だったら背伸びをしない方がいいと思ったのだ。

『でも、サイクリングって…、中学生のデートじゃないんだから。』

フレイの一言に、カガリはカフェのソファーの上でピンっと飛び上がる。

『で、デートっ!!』

今更真っ赤になるカガリに、フレイは美しいネイルの施された指先を米神に当ててため息をついた。

『2人でお出掛けするんだからデートでしょ!
今時、小学生だってデートしてるんだから、社会人のあんたがそんなに緊張してどうするの?』

急にオロオロしだしたカガリをミリィは“大丈夫よ。”となだめる。

『カガリはアスラン君とどんな風に過ごしたいと思ったの?
それをそのまま実行するだけでいいのよ。
きっと楽しいデートになるから。』

紅葉した湖畔をサイクリングしたら気持ちいいだろうな、とか、
お弁当を作って行ったら喜んでくれるかな、とか、
アスランも楽しんでくれたらいいな、とかーー

緊張が半分とふわふわとした気持ちが半分。
通勤途中で、職場で、
アスランと目が合うだけで週末が楽しみになって
いつもよりカレンダーを見る回数が増えていた。
けれどーー。

《次のニュースです。10年に1度の大型台風が接近しており…》

テレビから流れてきたニュース。

「台風じゃ仕方が無いな。
延期にしよう、サイクリングは逃げないし!」

と、カガリは自分から延期を伝えた。
アスランに断られると少し泣いてしまいそうだと思った、
それくらい初めてのデートに気持ちが膨れ上がっていた。

しかし、ずれた歯車が元に戻るには時間がかかるようだ。

メイリンが企画してくれた温泉旅行。
シンとルナとメイリンと、アスランと。
金曜日の仕事終わりに出発して2泊3日で

『遊び倒して、食い倒れて、飲みまくるぞー!』

と、とりわけシンは意気込んでいたし、
カガリも短期間の出向中に同僚と旅行できるなんて、と楽しみにしていた。
が、

《次のニュースです。10年に一度の大型の台風がオーブを横断し…》

ーー10年に1度じゃなかったのかよっ!

結局、金曜日の午後は公共交通機関の乱れと帰宅時間帯の危険性から会社は休みになり、
そんな状況で旅行へ行ける筈無く、

『延期…ですかね。』

と、メイリンがさみしそうに笑った。








歯車が噛み合わないまま1ヶ月が過ぎようとしていた。
この日もカガリはモルゲンレーテ本社から急な呼び出しがあり、
控えていた打ち合わせを欠席して本社へ戻った。
そのまま就業時間を過ぎ、結局自分のデスクに戻れた頃にはオフィスに誰の姿も無く
1部を除いて消灯されていた。
シンとルナ、アスランの姿は無く、その事にほっとしながらカガリは自席周辺のライトを付けた。

ーーここの所、色々タイミング悪いな…。

デスクチェアに身を委ねて溜息を落とした時だった、
アスランのデスクパソコンがセーブモードになっていることに気づいた。

ーーアスラン、残業…なのかな?

機械工学部出身という事もあり機械を大切に扱うアスランがパソコンの電源を切り忘れるなんてあり得ない、
だから帰宅や接待の可能性は消える。
オフィスは消灯されていた事から、アスランは別の場所で残業している可能性が高い。
急に会議が入ったのであれば、シンやルナも一緒に残業する筈だが、彼等のパソコンは消えていた。

ーー1人で…か。

カガリはオフィスを出て静まり返った廊下を歩く。
金曜の夜はノー残業デーのため残っている社員は少なく、殆どの部署が眠ったように消灯されていた。
なんだか夜の学校に忍び込んだ気分になり、カガリはクスリと笑みを零した。
週明けの大規模なイベントに向けて忙しい1週間だった、
その疲れもあってかテンションがハイになってしまったのかもしれない。

と、奥の会議室から光が漏れているのを見つけた。
耳を澄ませると紙を繰るような音しか聞こえないため、会議をしている可能性は無さそうだ。
カガリはそーっと扉を開けると、驚きに声を上げた。

「アスランっ!」

すると、膨大な資料を前に作業をしていたアスランが振り返った。

「カガリ、何をやっているんだ!」

と、アスランが立ち上がった拍子にパサリと紙が床を滑る乾いた音がした。

「アスランこそ、こんな時間まで何やってるんだよ。
それ、月曜の資料だろ?
まさか…っ!」

と、カガリはアスランの手から資料を取り、作業していたデスクを見た。
そう考えても、資料の差し替えをしているとしか思えない。
アスランはカガリに隠すことは出来ないと判断し、資料に視線向けたまま肩を竦めた。

「先方のデータに誤りがあったんだ。
気づいて確認が取れた頃には7時を過ぎていて…。」

「だからって、1人で差し替え作業をしてたのか?
資料は全部で何部あると思ってるんだよ!」

「シンとルナは帰宅した後だったし、
そもそも今日はノー残業デーだからな。」

アスランは困ったように微笑んでいた。
この表情に既視感を覚える、
生徒会室でこんな顔を沢山見てきたからーー。

カガリはアスランの横の椅子に腰掛けると、差し替え作業を始めた。

「何やってるんだ。
カガリも今日は帰ってーー。」

アスランがカガリの肩に手を置いた。
チーフという立場上、ノー残業デーに残業させる訳にはいかないとでも思っているのだろうが、
この量をアスラン1人で処理するには終電までかかってしまうかもしれない。

「アスランを残して帰れる訳無いだろっ。
1人で抱え込むな、
少しは私にも手伝わせろよ。」

と、カガリは差し替え資料を力づくで奪うと、黙々と作業を始めた。

「ごめん。
でも、ありがとう。」

そう言ったアスランの背景に、あの頃の生徒会室が見えた気がした。

紙の擦れる乾いた音が秒針のように時を刻んで行く。
もともと手先の器用なアスランと爆発的な集中力を持つカガリが揃ったからか、
想定を超える早さで作業が進んで行く。
と、アスランが小さく笑って、カガリはつられるように視線を向けた。

「なんだか懐かしいなと思って。
カガリと並んで、生徒会室でこんな事があったな、って。」

同じ事を同じ時に思う、ありふれた奇跡に触れた気がして
カガリは優しい気持ちになった。
目を閉じれば、柔らかな光が差す生徒会室が瞼に浮かぶようだ。
制服姿の2人、
雑然とした作業台で動く手、
積み上がった資料ーー
アスラン長い指も、睫毛の影も、真剣な横顔もそのままだった。

「1人で仕事を抱え込むなって言ってるのに、
アスランはいつも聞かなくて。」

「それで良くカガリに叱られたな。」

と言ってアスランが笑うから、カガリは懐かしさに目を細めた。

「アスランはすぐに自分を後回しにするから、放っておけないんだよ。」

「そうやって、いつもカガリが見てくれていたんだよな。」

アスランの言葉にカガリはドキリとする。

ーーどういう意味…?

当時カガリが想いを寄せていた事をアスランは知っている。
その事を今更持ち出されてもどうしていいのか分からない。
まるで高校生に戻ったように鼓動がうるさく跳ねだして、カガリは作業に集中するふりをして下向いた。

「こんな時、いつもカガリが来てくれた。
手伝ってくれとか、助けてほしいとか、何も言ってないのに気付いてくれた。
あれは全部、偶然じゃなかったんだ。」

ずっとアスランを見てきた、
自分の想いに気付くよりも前からずっと、
その事を指摘されたような気がして、熱が瞳に立ち上る。
本当は今でもずっとアスランを見てる、
想ってるーー
ここにいる事がそれを証明しているようで、カガリは

ーーどうしよう、どうしよう…。

と目を泳がせた時だった。

「高校3年生の文化祭の時も、カガリが手伝ってくれたっけ。」

淀み無く動いていたカガリの手が止まり、一気に熱を奪われたような感覚に陥った。
アスランに告白してしまった後に迎えた文化祭は楽しいだけの思い出では無い、
むしろ、溢れそうになる感情を抑える痛みに耐え続ける時間がつらくて、苦しかった。
しかしアスランにとってはカガリとは違う思い出なのだろう、

ーーラクスと一緒に、楽しそうに笑っていたから…。

カガリが切なく視線を滑らせたのには気付かず、アスランは続ける。

「文化祭のパンフレットに誤りがあって、でも後輩達は別の仕事で手が塞がっていて。
俺は生徒会室で1人で作業していたのに、いつの間にかカガリがこんな風に来てくれた。」

あれは2日間開催される文化祭の1日目、パンフレットに誤りが見つかった。
内容が金銭に関わることだったので緊急で訂正文の短冊を挟み、
残部のパンフレットには訂正した金額を印刷したシールを貼ることに決まったが、
後輩達は当日の文化祭運営の仕事が分単位で詰まっていたため、
クラスの出し物が無いアスランが代わりに引き受けたのだった。

「あの時も、カガリに叱られたなぁ。
1人で抱え込むな、ちゃんとご飯を食べろって。」

当時を瞳に映しながらアスランは笑い声を上げた。

「わっ、笑い事じゃないだろっ。
お昼ごはんも食べないで作業を続けてっ。」

アスランの姿が見えないのに気付いたのは、
キラがラクスをエスコートしながら文化祭を回っている所を見たからだ。
アスランがラクスを案内する筈だったのに何故か隣にはキラがいて、
聞けば、急用が出来たアスランに代わって案内していると言っていた。
カガリは嫌な予感がして生徒会室に駆けて行けば、1人黙々と作業するアスランがいた。
アスランと2人っきりになるのは告白したあの時を最後に避けて来た、
初めての失恋で出来たばかりの傷を抱いたまま、アスランと向き合うなんて無理だったから。
だけどあの時、
1人で生徒会室にいたアスランを放って置くことなんて出来なかった。

「あの時、生徒会室でカガリが食べさせてくれたオムライス、美味しかったな。」

案の定、アスランは昼食を忘れて作業に没頭していて、
カガリは自分のクラスの喫茶店で出しているオムライスを差し入れに持ってきたのだ。
ケチャップでハートが描かれたオムライス、
ロイヤルブルーのリボンが結ばれたスプーンーー
当時を思い出して、カガリは頬を染めた。



ーーーーーーーーー

少し長くなったので、ここで一回切りますね。

ケーキのお礼…というのはもちろんアスランの口実で、
きっとアスランは必死に食い下がった事でしょう。
一方のカガリさんは、お礼なんて気がひけると大真面目に断り続け…
一歩も引かない2人が目に浮かびますね(^◇^;)
でも、結果的にサイクリングデートに落ち着くっていうのも2人らしいと思います。
いつかリベンジできるといいのですが。

さて、第4話で出てきました高校3年生の文化祭の写真。
そこには、アスラン、カガリ、ラクス、キラの4人が写っていました。
カガリさんの笑顔はひまわりのようにキラキラしたものではなく、
どこか切ないものでした。
アスランに失恋したばかりなのに、アスランが文化祭にラクスを連れてきたものだから
カガリさんは苦しい思いをしたのでしょう。

一方のアスランは第11話で、その写真を見て
『本当の気持ちはそこにあったのに』と後悔を滲ませます。
その理由が次回のお話で明らかになります!

文化祭では一体何があったのでしょう?
次回もお楽しみいただければ幸いです。

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ケーキのお礼をしたい、
とアスランは言ってくれたけど、
キラの食べかけでお礼をしてもらう訳にはいかなくて。
だけど誠実すぎるアスランはお礼をさせて欲しいと引かず、
でもカガリはお礼を受け取るには気が引けて。
結局、2人の間を取ってドライブを兼ねてサイクリングへ行くことになった。
それはすぐに参謀達にばれて、

『どうして間を取ってサイクリングになるのよ。』

と、フレイには“もっと色気のあるイベントに持って行きなさいよ!”と、小言を言われたが、

『カガリらしくていいじゃない。
それに、カガリの話を聞く限り、この2人に色気を求めても緊張しちゃいそうだし。』

ミリィのフォローにカガリはコクコクと頷く。
アスランのバースデーパーティーで見た女性達のようにモーションをかけることなんて出来る気がしない。
だったら背伸びをしない方がいいと思ったのだ。

『でも、サイクリングって…、中学生のデートじゃないんだから。』

フレイの一言に、カガリはカフェのソファーの上でピンっと飛び上がる。

『で、デートっ!!』

今更真っ赤になるカガリに、フレイは美しいネイルの施された指先を米神に当ててため息をついた。

『2人でお出掛けするんだからデートでしょ!
今時、小学生だってデートしてるんだから、社会人のあんたがそんなに緊張してどうするの?』

急にオロオロしだしたカガリをミリィは“大丈夫よ。”となだめる。

『カガリはアスラン君とどんな風に過ごしたいと思ったの?
それをそのまま実行するだけでいいのよ。
きっと楽しいデートになるから。』

紅葉した湖畔をサイクリングしたら気持ちいいだろうな、とか、
お弁当を作って行ったら喜んでくれるかな、とか、
アスランも楽しんでくれたらいいな、とかーー

緊張が半分とふわふわとした気持ちが半分。
通勤途中で、職場で、
アスランと目が合うだけで週末が楽しみになって
いつもよりカレンダーを見る回数が増えていた。
けれどーー。

《次のニュースです。10年に1度の大型台風が接近しており…》

テレビから流れてきたニュース。

「台風じゃ仕方が無いな。
延期にしよう、サイクリングは逃げないし!」

と、カガリは自分から延期を伝えた。
アスランに断られると少し泣いてしまいそうだと思った、
それくらい初めてのデートに気持ちが膨れ上がっていた。

しかし、ずれた歯車が元に戻るには時間がかかるようだ。

メイリンが企画してくれた温泉旅行。
シンとルナとメイリンと、アスランと。
金曜日の仕事終わりに出発して2泊3日で

『遊び倒して、食い倒れて、飲みまくるぞー!』

と、とりわけシンは意気込んでいたし、
カガリも短期間の出向中に同僚と旅行できるなんて、と楽しみにしていた。
が、

《次のニュースです。10年に一度の大型の台風がオーブを横断し…》

ーー10年に1度じゃなかったのかよっ!

結局、金曜日の午後は公共交通機関の乱れと帰宅時間帯の危険性から会社は休みになり、
そんな状況で旅行へ行ける筈無く、

『延期…ですかね。』

と、メイリンがさみしそうに笑った。








歯車が噛み合わないまま1ヶ月が過ぎようとしていた。
この日もカガリはモルゲンレーテ本社から急な呼び出しがあり、
控えていた打ち合わせを欠席して本社へ戻った。
そのまま就業時間を過ぎ、結局自分のデスクに戻れた頃にはオフィスに誰の姿も無く
1部を除いて消灯されていた。
シンとルナ、アスランの姿は無く、その事にほっとしながらカガリは自席周辺のライトを付けた。

ーーここの所、色々タイミング悪いな…。

デスクチェアに身を委ねて溜息を落とした時だった、
アスランのデスクパソコンがセーブモードになっていることに気づいた。

ーーアスラン、残業…なのかな?

機械工学部出身という事もあり機械を大切に扱うアスランがパソコンの電源を切り忘れるなんてあり得ない、
だから帰宅や接待の可能性は消える。
オフィスは消灯されていた事から、アスランは別の場所で残業している可能性が高い。
急に会議が入ったのであれば、シンやルナも一緒に残業する筈だが、彼等のパソコンは消えていた。

ーー1人で…か。

カガリはオフィスを出て静まり返った廊下を歩く。
金曜の夜はノー残業デーのため残っている社員は少なく、殆どの部署が眠ったように消灯されていた。
なんだか夜の学校に忍び込んだ気分になり、カガリはクスリと笑みを零した。
週明けの大規模なイベントに向けて忙しい1週間だった、
その疲れもあってかテンションがハイになってしまったのかもしれない。

と、奥の会議室から光が漏れているのを見つけた。
耳を澄ませると紙を繰るような音しか聞こえないため、会議をしている可能性は無さそうだ。
カガリはそーっと扉を開けると、驚きに声を上げた。

「アスランっ!」

すると、膨大な資料を前に作業をしていたアスランが振り返った。

「カガリ、何をやっているんだ!」

と、アスランが立ち上がった拍子にパサリと紙が床を滑る乾いた音がした。

「アスランこそ、こんな時間まで何やってるんだよ。
それ、月曜の資料だろ?
まさか…っ!」

と、カガリはアスランの手から資料を取り、作業していたデスクを見た。
そう考えても、資料の差し替えをしているとしか思えない。
アスランはカガリに隠すことは出来ないと判断し、資料に視線向けたまま肩を竦めた。

「先方のデータに誤りがあったんだ。
気づいて確認が取れた頃には7時を過ぎていて…。」

「だからって、1人で差し替え作業をしてたのか?
資料は全部で何部あると思ってるんだよ!」

「シンとルナは帰宅した後だったし、
そもそも今日はノー残業デーだからな。」

アスランは困ったように微笑んでいた。
この表情に既視感を覚える、
生徒会室でこんな顔を沢山見てきたからーー。

カガリはアスランの横の椅子に腰掛けると、差し替え作業を始めた。

「何やってるんだ。
カガリも今日は帰ってーー。」

アスランがカガリの肩に手を置いた。
チーフという立場上、ノー残業デーに残業させる訳にはいかないとでも思っているのだろうが、
この量をアスラン1人で処理するには終電までかかってしまうかもしれない。

「アスランを残して帰れる訳無いだろっ。
1人で抱え込むな、
少しは私にも手伝わせろよ。」

と、カガリは差し替え資料を力づくで奪うと、黙々と作業を始めた。

「ごめん。
でも、ありがとう。」

そう言ったアスランの背景に、あの頃の生徒会室が見えた気がした。

紙の擦れる乾いた音が秒針のように時を刻んで行く。
もともと手先の器用なアスランと爆発的な集中力を持つカガリが揃ったからか、
想定を超える早さで作業が進んで行く。
と、アスランが小さく笑って、カガリはつられるように視線を向けた。

「なんだか懐かしいなと思って。
カガリと並んで、生徒会室でこんな事があったな、って。」

同じ事を同じ時に思う、ありふれた奇跡に触れた気がして
カガリは優しい気持ちになった。
目を閉じれば、柔らかな光が差す生徒会室が瞼に浮かぶようだ。
制服姿の2人、
雑然とした作業台で動く手、
積み上がった資料ーー
アスラン長い指も、睫毛の影も、真剣な横顔もそのままだった。

「1人で仕事を抱え込むなって言ってるのに、
アスランはいつも聞かなくて。」

「それで良くカガリに叱られたな。」

と言ってアスランが笑うから、カガリは懐かしさに目を細めた。

「アスランはすぐに自分を後回しにするから、放っておけないんだよ。」

「そうやって、いつもカガリが見てくれていたんだよな。」

アスランの言葉にカガリはドキリとする。

ーーどういう意味…?

当時カガリが想いを寄せていた事をアスランは知っている。
その事を今更持ち出されてもどうしていいのか分からない。
まるで高校生に戻ったように鼓動がうるさく跳ねだして、カガリは作業に集中するふりをして下向いた。

「こんな時、いつもカガリが来てくれた。
手伝ってくれとか、助けてほしいとか、何も言ってないのに気付いてくれた。
あれは全部、偶然じゃなかったんだ。」

ずっとアスランを見てきた、
自分の想いに気付くよりも前からずっと、
その事を指摘されたような気がして、熱が瞳に立ち上る。
本当は今でもずっとアスランを見てる、
想ってるーー
ここにいる事がそれを証明しているようで、カガリは

ーーどうしよう、どうしよう…。

と目を泳がせた時だった。

「高校3年生の文化祭の時も、カガリが手伝ってくれたっけ。」

淀み無く動いていたカガリの手が止まり、一気に熱を奪われたような感覚に陥った。
アスランに告白してしまった後に迎えた文化祭は楽しいだけの思い出では無い、
むしろ、溢れそうになる感情を抑える痛みに耐え続ける時間がつらくて、苦しかった。
しかしアスランにとってはカガリとは違う思い出なのだろう、

ーーラクスと一緒に、楽しそうに笑っていたから…。

カガリが切なく視線を滑らせたのには気付かず、アスランは続ける。

「文化祭のパンフレットに誤りがあって、でも後輩達は別の仕事で手が塞がっていて。
俺は生徒会室で1人で作業していたのに、いつの間にかカガリがこんな風に来てくれた。」

あれは2日間開催される文化祭の1日目、パンフレットに誤りが見つかった。
内容が金銭に関わることだったので緊急で訂正文の短冊を挟み、
残部のパンフレットには訂正した金額を印刷したシールを貼ることに決まったが、
後輩達は当日の文化祭運営の仕事が分単位で詰まっていたため、
クラスの出し物が無いアスランが代わりに引き受けたのだった。

「あの時も、カガリに叱られたなぁ。
1人で抱え込むな、ちゃんとご飯を食べろって。」

当時を瞳に映しながらアスランは笑い声を上げた。

「わっ、笑い事じゃないだろっ。
お昼ごはんも食べないで作業を続けてっ。」

アスランの姿が見えないのに気付いたのは、
キラがラクスをエスコートしながら文化祭を回っている所を見たからだ。
アスランがラクスを案内する筈だったのに何故か隣にはキラがいて、
聞けば、急用が出来たアスランに代わって案内していると言っていた。
カガリは嫌な予感がして生徒会室に駆けて行けば、1人黙々と作業するアスランがいた。
アスランと2人っきりになるのは告白したあの時を最後に避けて来た、
初めての失恋で出来たばかりの傷を抱いたまま、アスランと向き合うなんて無理だったから。
だけどあの時、
1人で生徒会室にいたアスランを放って置くことなんて出来なかった。

「あの時、生徒会室でカガリが食べさせてくれたオムライス、美味しかったな。」

案の定、アスランは昼食を忘れて作業に没頭していて、
カガリは自分のクラスの喫茶店で出しているオムライスを差し入れに持ってきたのだ。
ケチャップでハートが描かれたオムライス、
ロイヤルブルーのリボンが結ばれたスプーンーー
当時を思い出して、カガリは頬を染めた。



ーーーーーーーーー

少し長くなったので、ここで一回切りますね。

ケーキのお礼…というのはもちろんアスランの口実で、
きっとアスランは必死に食い下がった事でしょう。
一方のカガリさんは、お礼なんて気がひけると大真面目に断り続け…
一歩も引かない2人が目に浮かびますね(^◇^;)
でも、結果的にサイクリングデートに落ち着くっていうのも2人らしいと思います。
いつかリベンジできるといいのですが。

さて、第4話で出てきました高校3年生の文化祭の写真。
そこには、アスラン、カガリ、ラクス、キラの4人が写っていました。
カガリさんの笑顔はひまわりのようにキラキラしたものではなく、
どこか切ないものでした。
アスランに失恋したばかりなのに、アスランが文化祭にラクスを連れてきたものだから
カガリさんは苦しい思いをしたのでしょう。

一方のアスランは第11話で、その写真を見て
『本当の気持ちはそこにあったのに』と後悔を滲ませます。
その理由が次回のお話で明らかになります!

文化祭では一体何があったのでしょう?
次回もお楽しみいただければ幸いです。

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