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soranokizunaのカケラたちや筆者のひとりごとを さらさらと ゆらゆらと
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こんにちは。

 

今更でございますが、

筆者の物語は、捏造・創作・妄想てんこもりでお届けしております。

筆者の描く物語には、筆者の生み出したオリジナルキャラクターや

捏造された設定などが沢山ございます。

そのため、本編の設定を大切にされている方には

気分を害された方がいらっしゃるかもしれません。

この場を借りて、お詫び申し上げます。

そして、重ねてお願い申し上げます。

万が一、気分を害した場合は

「寛大なお心を持ってスルー」してくださいますよう

お願いいたします。

 

さて、今回も恒例の筆者のヒトリゴトですが・・・

ムゥとマリューは、GUNDAM SEEDで数少ない「ステキな大人」だと

思います。

情に篤く、厳しさを知る優しさを持つ、

本当にステキなキャラクターだと思います。

中でも、筆者が特に魅力を感じるのは、

彼等の夢の描き方です。

彼等が歩んできた時は、激動の時代です。

思い起こすだけで痛みを覚えるような過去を経て、

亡くした人たちの魂を抱き

生きてきた筈です。

あまりに厳しい現実を、戦火の戦火の火傷を負いながら駆け抜けた、

それでもムゥとマリューによって描かれる夢は、

時の深さと、人間が持つ強さを感じます。

 

GUNDAM SEEDは、他のDUNDAM作品に比して

(と言っても、筆者はファースト、Z、しか視聴していませんが・・・)

圧倒的に魅力的な大人が少なすぎる気がします。

そのため、大人が果たすべき責任の描かれ方がぼやけてしまった気がします。

(そんな見方してる筆者は、少数派かもしれませんが・・・)

ですから、筆者の物語の中では、

ムゥとマリュー、エリカ、キサカなど本編から活躍しているキャラクターに加え、

筆者のオリジナルキャラクターであるコル爺やラクスの秘書官のニコライ、

そしてマキャベリに(って、皆さん、覚えていますかっ???)

責任を問うていくつもりです。

 

筆者自身も、「大人」と言われる年齢です。

だからこそ、丁寧に描けたらと思いますし、

読んでくださる皆様と一緒に考えていければと思います。

 

私たちが引き受け、継ぎ果たしていく、

戦争責任とは何でしょうか。

そして今、私たちが世界に負う責任とは

何でしょうか。


拍手[12回]

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お待たせいたしております、Chapter6を数話UPしました。

 

この数話で、どうしてもアスランに言わせたかったセリフがあります。

6-15 生きろ』で、キラが自らの命を放棄した時に、アスランが次のようにキラに告げます。

 

 『逃げるな。』
『俺も、共に戦う。』
『だから、生きろ。』

 

アスランのキラへの説得はこれだけです。

しかし、アスランであるからそこ、キラには心を震わせる程強く響いたことでしょう。

アスランは、カガリに『逃げるな!生きる方が戦いだ!』と言われ、

生きていくという戦いを覚悟し、

しかしその戦いとは、1人では立ち向かえないものであるとDESTINYで知ったと、

筆者は思います。

 

生きるという果て無き戦いを前に、個人の力はあまりに小さい。

しかし、自分の人生であるのだから、戦うのは自分自身です。

だから、共に戦うのだと。

矮小さに臆せず、見えない果てに怯まず、

潰える希望を見限らず、霞む夢を見失わず、

戦い続けるために。

あなたがそこに居れば、力は無限になるから。

そのことを、アスランはDESTINYで痛いほど思い知ったのではないかな、と。

 

だから、このセリフはキラが言っても、シンが言っても上滑りしてしまう。

アスランだからこそ、他者へ響くセリフだと思い、書きました。

ぶっちゃけ、筆者が聴きたいという願望が9割です(爆。

 

 

 

さて、セリフ以外にもアスランは大活躍ですね。

筆者のイメージですが、アスランは軍事的、政治的センスに長けていると思います。

ですので、オーブ軍に組して確実に力をつけるのではないか、という未来予想を持っています。

アスランも、そしてオーブも。

今回のお話では、地球連合軍からの攻撃を全て相殺するように応戦していますし

(そのため、地球連合側の被害はゼロという結果を導き出します)

その激戦の中、滞りない通告を繰り返している。

この非の打ち所の無い行動が、Chapter7ではオーブ連合間の協議において有利に動く訳です。

 

アニメ本編では、アスランは組織と国家のうねりに巻き込まれていくように描かれていました。

しかし、アスランの力が組織を通して国を護り、世界を護っていく、

そのような力の発揮の仕方もアスランは出来るのではないか。

むしろ、アスランの能力と気質、政治的・軍事的センスを考慮すると、

新たな力を発揮するのではないかと、筆者は思っています。

 

 

 

最後にwork musicをご紹介いたします。

flumpoolの『MW ~Dear Mr. & Ms.ピカレスク~』です。

アップテンポな曲調に、ちょっと狂気じみた歌詞が、戦闘シーンにぴったりでした。

曲(youtube)
http://www.youtube.com/watch?v=CzwJ-B3JpxI

歌詞(歌ネット)
http://www.uta-net.com/user/phplib/view_0.php?ID=81312


さて、次回はChapter6を完結いたしますので、
お時間がある際にでもお読みいただければ幸いです。

拍手[3回]



こんばんは。

人事異動でばたばたしている筆者です。
いや、筆者は異動しないのですが、
組織が変わるって大変だと、つくづく思います。

今日も元気に残業でしたが、ちびりちびりと執筆しております。
もうすぐChapter8が終了となります。
週末には更新いたしますので、お時間がございましたらご覧下さい。

さて、以下拍手御礼です。

拍手[0回]


翡翠 様

はじめまして、xiaoxueと申します。
筆者の拙い文章ではございますが、
お読みくださったことに心から感謝申し上げます。

「時に切なく」とは、アスランとカガリのことでしょうか?

アスランとカガリが、世に言う”恋人”となるためには沢山の障壁があります。
そのため、想いを伝え合い、抱きしめあうことはとても難しいと思います。
愛し合っていれば、当たり前にできることであっても。

それでも、2人は互いに深い愛情を抱いていて、強い絆で結ばれていると
筆者は信じています。

そんな2人に幸せな未来が来るように、願わずにはいられません。

そして、翡翠様と同様に、それぞれの登場人物の幸せを願っています。
きっと、アスランとカガリも、
全ての人の幸せを願うのだろうと思います。
いつも自分のことを後回しにして、誰かのために力を尽くす2人ですから。

筆者の物語は捏造ばかりでお見苦しい点も多いかと思いますが、
彼等が前を向いて歩いていけるような結末を描いています。
どうか今後も、お時間がある時にでもお読みいただければ幸いです。


追記を閉じる▲

こんにちは。

 

なんだかんだ言って、アスランとカガリがいちゃいちゃしてます(笑。

 

さて、以下は恒例の筆者のヒトリゴトです。

 

今回のお話では、1つだけ押さえておきたいことがございました。

それは、フリーダム・トレイルがもたらすのは闇だけではないことです。

命とは何かを問い、

その尊さを確かめ、

生きる意味と愛する喜びを抱く、

きっと彼等なら闇の先にそれを見るのではないかと思います。

だから、カガリは「命を護る」という重く果ての無い使命に誇りを感じ、

アスランは「護りたい人がいること」、「それが増えていくこと」に

幸せを見出しています。

 

実は、彼等の身近な場所で、生命の誕生という奇跡を起こすために

マリューが妊娠しているという設定にしました。

(他にも意図があるのですが・・・今後執筆予定です・・・。

ちゃんと書けるかしら・・・。)

 

GUNDAM SEEDは戦争と人種を軸に描かれている点が強調されますが、

DEDTINYは戦争も人種も、テキトーに描かれていた点があると

筆者は思っております。

あくまでSEEDの方ということで、ご理解ください。)

戦争と人種の軸に、メンデルという視座で“生命”という軸を加えると

より広がりが出てきます。

この3つの軸で物語を展開させれば、ひとつの未来を示唆できるのではないか、

それが、筆者がこの物語を書こうと思った動機のひとつです。

そしてもちろん、アスランとカガリの幸せな未来を願い、

キラとラクスが本当の使命と向き合い、

シンが過去を受け止め未来を駆ける、

そんな姿を見てみたいということも、大きな動機のひとつです。

(あぁ、全部DESTINYで描かれなかったものばかり・・・。)

 

皆様ご存知の通り、筆者の力量は微々たる微々たる微々たるものです。

どこまで描けるのかわかりませんが、

少しずつ、彼等の未来を綴っていきたいと思います。


拍手[16回]


こんにちは。

 

アスランが部下だったら、

働きぶりは可愛げないだろうなぁと思います。

文字通り全身全霊で取り組み、完璧に仕上げそうな気がします。

そのため、仕事の成果だけで判断すれば、

近寄り難そうな人物と思われてしまうかもしれませんね。

GUNDAMU SEED DESTINYでは、所々でアスランのイメージが先行し

アスラン本人のひととなりと乖離して一人歩きしてしまっているような

そんな描写があったかと思います。

「イメージが先行してしまうこと」は、恐らくアスランに一生つきまとう問題かもしれません。

持って生まれた才能と、誠実すぎるほどの努力で積み上げたスキル、

政治的奥行きを持つ生い立ち、

加えてあの容姿・・・。

本人の意思とは無関係に、目立ってしまうことでしょう。

 

しかし、アスランの本質は、完璧な仕事ぶりとは異なります。

4-5 桜」でカガリがアスランについて、次のように言っています。

 

――優秀なのに、何処か鈍感で。
  冷静なのに、向こう見ずで。
『だから、危なっかしいんだ・・・。』

 

筆者はむしろ

この危なっかしさがあるから、

優秀すぎる位のアスランに人が集まるんだと思います。

そのため、筆者の物語の中ではアスランの周囲は賑やかです。

ムゥやマリュー、アンリやコル爺、エリカにキサカに幕僚長と・・・。

 

こんな風に沢山の仲間に囲まれながら、

それこそ持てる力を全て注ぐ、

そんなアスランの姿が目に浮かぶ方は少なくないのではないでしょうか。

拍手[11回]