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soranokizunaのカケラたちや筆者のひとりごとを さらさらと ゆらゆらと
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こんにちは。
相変わらず、アスランとカガリがほのぼのいちゃいちゃいしています。

冒頭でアスランがホットミルクを作っています。
ハチミツ入りのホットミルクは安眠の効果があるそうで、
アスランが作ればきっと優しい味になるのではないでしょうか。
きっと戦前に、カガリは何度も眠れない夜を過ごしたのだと筆者は思います。
その度に、アスランはカガリに安らぎを与えようと行動したのではないかと筆者は考え
今回のホットミルクが登場しました。

アスランから差し出されたホットミルクを久しぶりに飲んで、
過去と変わらぬ味にカガリは何を想ったでしょう。
変わらないアスランの優しさに触れて、
きっと切なく胸が痛んだのではないでしょうか。

さて、アスランとウィルがカガリの髪を乾かすシーンですが、
まるで家族のようにあたたかな時間を過ごします。
そしてウィルは気付く訳です、
“ずっとほしかったものが今ここにあって、
それは朝になれば消えてしまうこと“に。
しかし、実はこれはウィルだけではなくて、
アスランもカガリもそれぞれに、同じことを想っていました。

そんな中告げられたウィルの小さなお願いは
アスランとカガリに聴き届けられるのでしょうか。

次回、アスランとカガリのお返事です。
引き続き、アスランとカガリはちょっとだけいちゃいちゃします。

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こんにちは。

お風呂上りの姫にアスランドキドキです(笑。
カガリはスタイルが良いけれど、決していやらしく見えないですよね。
サバサバとしたキャラクターですし、普段はパンツが多いですからね。
でも、ふとした瞬間の無防備な姿で無意識に色気をふりまきそうです。

今回カガリは、お風呂上りのネグリジェ姿で登場。
お風呂上りの濡れた髪から滴る雫が胸に落ちるのを
アスランしっかり見てましたね。
アスランはこんなカガリの姿を他の誰にも見せたくないから
今すぐ扉を閉めたくなります。
独占欲丸出しです(笑。

そして、部屋に入ったら入ったで衝動に負けないように理性を総動員。
アスラン、大変でしたね・・・。

次回、アスランの理性は持つのでしょうか、
それとも本能(!)に負けてしまうのでしょうか(笑。
次回は少しだけアスランとカガリがいちゃいちゃする予定です。


最後に「Read more・・・」以下で
前半の硬い文章の補足説明としてカミュの演説に触れさせていただきます。

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読者様の中にはお気づきの方がいらっしゃるかもしれませんが、
今回のカミュの演説はJ.F.ケネディが行った大統領就任演説を重ねております。
J.F.ケネディ大統領就任当時は東西冷戦が深刻な問題でした。
その時に、ケネディ大統領はアメリカ国民に次のように呼びかけます。

『祖国があなたに何をしてくれるのかを問うのではなく、
あなたが祖国のために何ができるかを問うてほしい。』
(サイモン・シーバッグ・モンテフィオーレ『その時、歴史は生まれた 世界を変えた名演説集』清流出版2009年)

この言葉は類稀なスピーチの才能を持っていたケネディ大統領の演説の中でも
特に有名な部分です。
問いを投げかける姿がカミュに重なり、この演説のフレーズを重ねました。
皆様におかれましても機会がございましたら
一度お読みいただければと思います。



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こんにちは。

今回は3つのinnocenceを描きました。
1つ目はカガリと共に自分に出来ることに一生懸命な子どもたち。
2つ目は傷ついたウィル。
3つ目は最後に登場しましたラクスです。

そしてそれぞれのinnocenceに別々の側面を描きました。
1つ目の子どもたちではまばゆい光を、
2つ目のウィルでは真綿のようなやさしさを、
3つ目のラクスでは残酷さを、
それぞれ表現いたしました。


ウィルの新しい家族は、ウィルを助けて命を落としました。
アスランが助けた時は何の反応を見せなかったウィルが
残酷すぎる真実を伝えることができたのは
アスランとカガリの2人の存在に護られていたからです。

ウィルの両親の死を知ったカガリはウィルにこう言います。
ごめんなさい、と。
なんとなく、カガリだったらそう言うのではないかと、筆者は思いました。
カガリは現実的にテロに加担した訳ではありませんが、
ウィルの両親の死に一人の人間として責任を感じてしまうのではないか、と。
その感性があるからこそ、カガリは世界の平和のために現実的に行動できるのではいか、と。

さてさて、このアスラン、カガリ、ウィルの3人の関係が次回以降変化します。
アスランとカガリがちょっといちゃいちゃする予定です(笑。


最後にラクスの登場です。
静養中、音信不通、そんなラクスがいきなり緊急国際放送で現れて、
カガリとアスランはどれ程驚いたことでしょう。
浮かべる微笑みが清らかな分だけ、不安を感じたのではないでしょうか。
innocenceは時に残酷です。
何故なら全てを置き去りにして、消えてしまうからです。

そんなラクスに何があったのか徐々に明らかにしていきますので、
どうか見守っていただければと思います。

次回、アスランとカガリとウィルの登場です。
前半で少しだけ硬い話が入りますが、
後半ではアスランが姫の室へ夜這いします・・・(笑。


最後に、今回はイメージソングをご紹介いたします。
スクリーンに現れたラクスが歌った曲に、
筆者はこれかなぁというイメージを持っていました。
alanの『ひとつ』という曲です。(アルバム『voice of earth』に収録)
人はひとりひとり違って、それぞれに命を持っていても、
『私たちはひとつ』なんだというメッセージが伝わってきます。

『 愛に 心はいま つながってゆくの
永久に ひとりじゃない
私たちはひとつ 』

コーディネーターもナチュラルも同胞であり、同じ人であるのだと
SEED(無印)で訴え続けたラクスの想いに重なる曲だと思います。
また、alanの透明感と強さを一緒に持つような歌声がとてもステキなので
とてもオススメです。

実は物語が進むにつれて、このラクスの歌が別の意味を持つようになります。
その点についても、お見守りいただければ幸いです。

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福田監督の「別れてないって」発言で
ようやくアスランとカガリの未来が見えたと思ったのに、
なぜでしょう、今は胸の痛みばかりが募っていきます。

アスランとカガリが幸せを選べる未来は、
すべての人が幸せを選べる世界であると
筆者は思います。

SEEDの世界観という観点からも
2人には幸せになってほしい。

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筆者、ツイッターをやったことが無いのですが、
なんとなく眺めています。

その中で監督のつぶやきで共感する言葉がありました。

(お話の流れは「正義」について・・・)

『日本のアニメや漫画では、もう正義なんて描かないし、
(昔はあった)、あっても「俺が正義だ!」なんて言って、
力を行使するトンデモナイモノばかりだ。
子どもに見せるアニメだからこそ、何が「正義」なのかしっかりと描くべきだと思う。』

『月光仮面の昔、ヒーローは「正義の味方」だった。
正義を持って生きている人たちを守る人だった。
その守る手段が「力」だったから、ヒーローは正義じゃない。
あくまで「味方」。
「力」が正義になっちゃったら、それは弱者を迫害するモノになってしまう。
アニメはもう一度「正義」を考える必要があるな。』

この言葉を読んで、筆者が思い出すのは
残念ながらDESTINYのキラとラクスの描かれ方でした。
DESYINYでは、始まりから終わりまで、正義も力(=ヒーロー)も
キラとラクスだけが持っていたと
感じてしまった視聴者も多いと思います。

まるで「キラとラクスの勧善懲悪だ」と、そう言われても仕方ないような
誤解を招きそうな設定や描写が多かったと思います。
選択を間違ったカガリとアスランを正し、
過ちを繰り返す世界を止めたのだと。

しかし、筆者個人としては、DESTINYの中で正義を司るのは
アスランとカガリであるべきだったと思います。
なぜなら、正義を個人や限られたコミュニティだけで抱けば、
それは独善的になる蓋然性があるからです。
たとえば、独裁者のように。

そうではなく、正義とは、沢山の他者の感情や願いを聴き、
他者と共に世界を見て、
心に抱くものだと思うからです。
そして、己の正義と他者の正義を寄り合わせていくことで、
正義は公正なものになるのではないでしょうか。

DESTINYでカガリやアスランは、
それぞれオーブとプラント(ザフト)で沢山の声を聞き、世界を見てきました。
言うなれば、パブリックな領域で生きてきました。
その中で己の正義を見つけ、貫くことは大変困難ですが、
最終的に抱いた正義には、沢山の人の声と願いが反映されているはずです。
だから、共に正義を分かち合い、世界の人々と共に実現することができます。
ゆえに、2人は正義を司るにふさわしい。

一方のキラとラクスは、孤児院という癒しの場所で愛をはぐくんできました。
言うなれば、きわめて限定された他者しか存在しない
プライベートな領域で生きてきました。
その中で己の正義を見つけ、貫くことに、何の障害もありません。
なぜなら、意見がぶつかることは無いため、己の正義が脅かされることも無いからです。
そのため正義を見つければ、安全な空間でじっくりと成熟させることができる一方で、
きわめて限定された他者の声や願いだけしか反映できず
独善的になってしまう危険性がある訳です。
(あくまで可能性の話で、キラとラクスがそうだった~という話ではありませんよ。)

個人や限定されたコミュニティだけが抱く正義は、特定の人々だけを護り、

みんなと共に抱く正義は、世界を護ります。
だから、プラントの正義も、ブルーコスモスの正義も、
争いを呼び世界を護れない。
しかし、アスラン(=プラント、コーディネーター)とカガリ(=オーブ、ナチュラル)の正義には
公正さが帯びるはず・・・なのですが
その点がDESTINYでは丁寧に描写されなかったように思います。
だからこそ、(意図せずなのかな?)、
キラとラクスの正義が目立ってしまったのではないかと。

で、キラとラクスの正義が全面に出されれば、
プライベートな領域で生成された正義が
キラのスーパーコーディネータが持つ力によって振りかざされたように、
プラント、地球側から見えてしまうのではないかと、筆者は思います。
(というか、そう見えた視聴者もいるのではないかと、不安です。)

「自由がほしい」と、覚悟を持って言い放ったキラに、
子どもを望めず、未来を失ったコーディネーターがどれだけ共感できるでしょう。
繰り返される争いと、閉ざされた未来を前に
デスティニープランにすがるしかなかったコーディネーターに、
ラクスはどれだけ共感できるでしょう。
DESTINYを見る限り、疑問を感じずにはいられません。
というか、なんでもっとキラとラクスを効果的に描けなかったのだろうと、
残念な気持ちでいっぱいです。

そして何より、アスランとカガリの正義も、想いも、
どうしてもっと丁寧に描けなかったのか!!!
残念という言葉では終われません。
 


さてさて、どうして福田監督が正義についてつぶやいていたのかというと、
ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の「正義」という講義がきっかけです。
NHKで今春3か月位にわたって放映されたもので、
「正義とは何か」、「公正であることはどいうことか」、大変考えさせられる内容です。

正義が見えない時代です。
正義が何かわからないから、正義の指標を人々は探しています。
「誰が正義に導いてくれるのか。」と。
その姿はまるで、ヒトラーを始め独裁者を盲信した戦中の人々の姿と重なります。
そして、デスティニープランを盲信したプラントにも、
コーディネーターの殲滅で世界の浄化を図るブルーコスモスにも。

サンデル教授は「これが正義だ!」と教えてくれる訳ではありません。
むしろ、沢山の人々と共に正義をかんがえよう、そう呼びかけてくれます。
国や文化や人種、思想、考え方、感情、
全てが異なる人々の声を聴く姿に、
筆者はアスランとカガリをの姿を思いました。

筆者はリアルタイムで録画しながら視聴し、何度も繰り返し見て
サンデル教授の本も数回読み返しています(笑。
【著書】
マイケル・サンデル(鬼澤忍=訳)
『これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学』
早川書房

とても興味深いので、皆様も機会がございましたら是非手にとってみてください。

長くなりましたが、ここまでお読みくださってありがとうございました。

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